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最終章

第四十八話 多次元戦争─変─

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「侵攻が遅い。何をやっておるか?」

 虫魔人たちを掻き分けて男が姿を現した。
 肌が浅黒く、銀色の髪を単発に切り揃え、上半身が裸で下半身に袴のような衣装を身に纏った大男。筋骨隆々の肉体は彫刻家が削り出したような見事なもので、老若男女問わず見惚れてしまうだろう。
 肉体美だけではない。禍々しいオーラが全身から溢れ出し、近寄り難い雰囲気を放っている。
 切れ長の顔に鼻筋の通った危険な香りを漂わせるこの男は間違いなく虫魔人を率いる強者だ。

「ほぅ?我らを前に抗う者どもが居たということか。それも我が軍勢を前に怯まぬどころか押し返すとは……中々やるではないか?」

 腕を組んで口角を上げる。肩で小さく笑いながらラルフたちを嘲笑しているようだ。

「随分と強そうなのが出て来たが、あんたが親玉かい?」

「……そういう貴様は何者だ?見た所……何も持たぬカスだが?」

 ミーシャは怪訝な顔でラルフを見た。ラルフは肩を竦ませる。
 目の前の男が姿を現したところで一時的に止まった戦闘。静まり返った戦場に鳴り響く侮辱。ラルフは周りで戦っていた仲間に目配せと手振りで何もしないようにジェスチャーを送り、会話を再開した。

「俺の名はラルフ。こいつが目印のチンケな男さ。一応この中でまとめ役をやってる」

 お気に入りの草臥れたハットを手で持ってアピールしつつ頭に被り直した。「こいつが……?」と男は不思議な顔を向ける。如何にもな連中が単独で空を飛び、部下を捻り潰している。絶対的にそちらの方が強いはずなのにこの草臥れたハットの男がまとめ役というのはにわかに信じられない。

「んで?あんたは何者だ?」

「我が肉体をその目で見ながら分からんとはな……まだまだ有名が足りぬ。今回ばかりは特別に名乗ろう。我が名はベルゼバル!最強の個にして、世界を統べる王の中の王!!……我が世界は手中に収めた。この世界もまた、我の世界となろう!」

 バッと手を広げて支配者を演出する。他の虫魔人たちは邪魔にならないように後方に下がったり、空中で頭を下げるような不恰好な姿を見せたりしている。

「よく訓練された魔獣どもだな。お前が調教したのか?」

 ミーシャはベルゼバルに尋ねる。不敵な笑みを浮かべていたベルゼバルもこの言いようには真顔になった。

「貴様……我を愚弄するか……」

 ゴゴゴ……と空気が震える。ベルゼバルの怒りが大気を振動させ、聴覚に訴えてくるのだ。何とも迷惑な男だとミーシャはため息をついた。

「私がこいつとやる。みんなは周りを片付けて!巻き込まれないように注意ね!」

 ミーシャはふわりと浮き上がる。ラルフは一言「油断するなよ」とだけ伝えた。

「一対一だと?馬鹿も休み休み言え。我が力を行使するまでもない。行け」

 ベルゼバルが手をかざせば、すぐそこで待機していた虫魔人が大勢襲いかかる。魔障壁を張ったミーシャに接触は不可能。虫魔人たちは魔障壁にへばり付くだけで攻撃は一切出来ない。

「ほぅ?結界か。まぁこのくらい出来ねば我が眼前に赴くことなど出来はしないがな」

 ミーシャはへばり付く虫魔人の顔がキモ過ぎて辟易しながらもベルゼバルの前に到着した。

「ふむ。卓越した技量、経験に裏打ちされた行動、そのどちらも感じれない。ただ強く生まれてしまったというわけか……親近感が湧くではないか?」

「湧くな気色悪い。ほら、対一に持ち込まれたぞ?お前の力とやらを発揮する時ではないか?」

 ミーシャは煽り散らかすが、ベルゼバルは冷静な面持ちで口を開いた。

「戦うことなど勿体無い。むしろ歓迎する。貴様と我は出会うべくして出会ったのだ。強き者同士が惹かれあい、挙句子を成す。生まれながらに強者の我々が次世代を作るとは……感動に打ち震えるほど素晴らしい。そうだ、我はこれを知っている!これこそが運命の出会い!!」

 急に盛り上がったベルゼバルに若干引きながらミーシャも負けじと返答する。

「何を言っているの?正気とは思えないわね。その残念な頭は今世紀では治らないから、来世に期待しよう。大丈夫大丈夫。その恥ずかしい頭を消し飛ばすのに力は貸すから……」

「恥ずかしがらずとも良い。世界を支配してより数百年。退屈で死にそうな我の前に現れた別世界。それに付随する貴様……ところで名前は何というのかな?」

「いや、死んで?」

 ──ドンッ

 ミーシャは対話不能と考え、魔力砲を放つ。接触するかというタイミングで左右上下に分かれた。その様は垂らした水が硬い物質に阻まれるようなイメージ。無論ベルゼバルの体には傷一つついていない。

「……魔障壁?」

「ふむ。この世界では結界を魔障壁呼ぶのだな?また一つ、賢くなったようだ。そんなことよりも、そう拒むことも無いだろう?我が世界の頂点とこの世界の強者が交わることによる化学反応は、考えただけでも卒倒してしまうほどに『運命』である。そっちがその気なら我はいつでも子種を恵んでやる」

「要らない」

「我も成熟している。貴様も既に成熟しているではないか?生き物としての仕事を全うしようと我が譲歩しているのが分からんか?引っ込み事案というのは何とも面倒なことだな……素直になるよう、我が矯正しよう」

 話が通じない。いや、自分の話以外は用をなさないとする強者特有のわがままというところか。ミーシャにもなくはないが、男女の営みをこれほどまでに主張するのは誰が何と言おうと気持ち悪い。
 何だか手を出すのも嫌になってきた。本来湧き上がる殺意や戦闘意欲をまさかの嫌悪が勝る。こんなことは生まれて初めてだった。
 ミーシャは助けを求めるようにラルフをチラリと見た。その視線に気づいたラルフは頷く。

「……どうやら俺の出番のようだな」

 ミーシャを以ってして助けを求める存在を前にラルフが前に出る。
 このような事態は、後にも先にもここだけとなるだろう……。
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