上 下
712 / 718
最終章

第四十五話 平和的交渉

しおりを挟む
 歩の能力がさらなる進化を遂げ、多次元への扉の座標を知ることが出来るようになった。
 知っているだけではどうにも出来ないものの、今ここにはラルフという”次元渡り”が居る。次元の壁を突破し、多次元へ旅立つ。

「やはりここか。そんな気はしてたんだよなぁ……」

 ラルフは草臥れたハットを指で持ち上げながら目を細める。
 世界の最果て「ヲルト大陸」。常時黒雲が大陸を覆い、暗闇の世界と化している魔族唯一の安全地帯。昨今、魔王たちが撃破され、住処を追われた魔族たちは最終的にこの地に流れ着いたと噂になっている。
 異世界からやって来た魔族たちが真っ先に根城にしたのが出て来てすぐの大陸であるというのは、ある意味当然のことというか、ここと言われたらここしかないと思えるほど自然なものだった。

「アスロン、守備はどうなっている?」

 ミーシャは腕を組みながら偉そうに尋ねる。アスロンは一拍置いて話し始めた。

『うむ、現在カモフラージュ機能を用いて航行中。相手方に発見された形跡はないのぅ』

 ミーシャはコクリと頷いてラルフを見た。ラルフは肩を竦める。

「多次元への扉を見つけ次第開けようと思うけど、ここで何らか被害を出して恨まれても厄介だ。黄泉に話を付けて攻撃されないようにしとかなきゃな。アスロンさん止めてくれ」

 戦艦は速度を落とし、徐々に停止した。陸からほんの数キロの距離。カモフラージュ機能がなかったら今頃攻撃されているのだろうが、見つからなければ攻撃はおろか何も起こり得ない。

「黄泉は柔軟に見えて堅物だから気をつけないと攻撃されかねないよ?」

 ミーシャの助言にラルフはニヤリと笑った。

「なら攻撃しないでくださいと態度で示すしかないよな?」

 ミーシャはラルフの発言の真意を読めず、首を傾げて疑問を表現した。



 第三魔王”黄泉”。彼はシャドーアイと呼ばれる種族であり、その名の通り、影をそのまま立たせたように黒く、目だけが主張するように光っている。その左目をヒクヒクとひくつかせながら前方に立つ存在を見ていた。

「よう黄泉さん。お久しぶりです」

 ラルフはハットの鍔を摘んで挨拶する。ラルフの背後に立っていたミーシャたちも口々に言葉を発した。

「元気にしていたか?バラン」

「お久しぶりですね黄泉さん」

「第三魔王”黄泉”。私の代わりを務めてくれてぇ、ありがとうねぇ」

「妾ノ中ノ灰燼も久しぶりだと言っておル。む?顔色が優れんヨうだが何かあっタのか?」

 黄泉はため息をつきながら腕を組んだ。

「何を当たり前のように……俺を殺しに来たのか?」

「いや、殺しに来たわけじゃない。ただちょっとお願いがあって来ただけだ」

「お願いだと?ふざけやがって。腐ってもヲルト大陸の支配者であるこの俺に向かってお願いとはいい度胸だな。全員は殺せんが、お前程度なら殺せるぞラルフ」

 いきなりすぎたからか、黄泉も混乱して威嚇して来た。ここで攻撃行動に移れば死は免れないが、ラルフを道連れには出来ると踏んでの行動だ。ラルフという人質がいれば簡単には攻撃出来まいと高を括ったのもある。

 甘い。

 ラルフを睨め付ける目が一瞬腰に下げたダガーナイフに行った瞬間、目と鼻の先にミーシャが現れた。シャドーアイに瞬きの概念はない。目が乾くという概念がないからだ。瞼に相当する部分は存在するが、それは飽くまで眩しすぎる光を遮るために使われる。
 目がちょっとぶれただけだ。全体を視界に入れつつ一瞬ダガーナイフに目が行っただけだ。動く素ぶりはなかったし、警戒していた。
 だがミーシャはそんな警戒など何の意味もなさないと黄泉の実力を軽々と凌駕する。まるで映像の切り貼りのように突然そこに現れたようだった。

「私が今拳を握り、まっすぐ顔面に振り抜けばお前は死ぬ。お前程度なら殺せるぞバラン」

 当然そうだろう。これほど効果的な脅しがあるだろうか。

「……お願いとやらを聞こう」

 黄泉はミーシャから目を逸らし、踵を返して少し離れた椅子に腰掛けた。
 ラルフは事細かに話そうかとも思ったが、説明が面倒なので簡単に説明することにした。

「実は俺たちはこのヲルト大陸に用があってな。詳細は省くが俺たちがやることに目を瞑っていて欲しいのさ。もちろんここに住む魔族たちに危害を加えるとかそんなんじゃないから安心して欲しい」

「信用出来んな。人間の戯言なんぞ……」

「じゃあ私たちが保証するよぉ?」

 エレノアは満面の笑みで黄泉に返した。

「うるさい裏切り者が。ここにいる全員信用出来るわけがないだろう?」

 エレノアは「あれま」と両手を上げておどける。そんなエレノアにイラっとしながらも続ける。

「だいたい何をするかも分からん奴らの奇行を見過ごせというのが気に食わん」

「なら説明しましょうか?」

 イミーナは黄泉の理解に向けてこれからやろうとしていることへの説明を始めた。

「空飛ぶ船を使用してここの空域を通過、ここを通り過ぎた先にある次元の壁を見つけて出入り口を解放。この世界に侵入しようとしたありとあらゆる他次元生物を皆殺しにする。これが真実ですがいかがでしょう?」

 イミーナの説明は要所要所をピックアップした簡単なものだったが、これは初めて聞くものには不親切極まりないものだ。
 しかし黄泉はしばらく考え込んで返事を返した。

「……良いだろう。但し、こちらも用意することがある。一週間……いや、四日待て。そうすれば一切の文句なくお前らがやろうとしていることを放っておくが、どうだ?」

 断る理由などない。ラルフはミーシャたちの顔を見渡し、一つコクリと頷いた。

「分かった四日待とう。こっちもいきなりだったし、そっちの事情も汲むぜ」

 ラルフは感謝の意を込めてハットの鍔をちょんっと摘むと踵を返して次元の穴へと姿をくらます。その穴から情けない声で「ミ~シャ~」と聞こえると、ミーシャは他の魔王たちを引き連れて次元の穴に帰っていった。

「……ふっ、情けない……」

 自虐に走る黄泉の表情にはお手上げの文字が書かれていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

闇ガチャ、異世界を席巻する

白井木蓮
ファンタジー
異世界に転移してしまった……どうせなら今までとは違う人生を送ってみようと思う。 寿司が好きだから寿司職人にでもなってみようか。 いや、せっかく剣と魔法の世界に来たんだ。 リアルガチャ屋でもやってみるか。 ガチャの商品は武器、防具、そして…………。  ※小説家になろうでも投稿しております。

王家から追放された貴族の次男、レアスキルを授かったので成り上がることにした【クラス“陰キャ”】

時沢秋水
ファンタジー
「恥さらしめ、王家の血筋でありながら、クラスを授からないとは」 俺は断崖絶壁の崖っぷちで国王である祖父から暴言を吐かれていた。 「爺様、たとえ後継者になれずとも私には生きる権利がございます」 「黙れ!お前のような無能が我が血筋から出たと世間に知られれば、儂の名誉に傷がつくのだ」 俺は爺さんにより谷底へと突き落とされてしまうが、奇跡の生還を遂げた。すると、谷底で幸運にも討伐できた魔獣からレアクラスである“陰キャ”を受け継いだ。 俺は【クラス“陰キャ”】の力で冒険者として成り上がることを決意した。 主人公:レオ・グリフォン 14歳 金髪イケメン

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使う事でスキルを強化、更に新スキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった… それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく… ※小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...