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最終章

第十一話 鉄板

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「ほい、着いた」

 ラルフは仲間を引き連れてイルレアンの路地裏に姿を現した。

「すごいな、もう路地裏ですか。ダルトンさんに入れてもらえた日が懐かしく思えます」

「あ、そういえば居たねそういう人」

 ブレイドはアルルの発言に困り顔を見せる。

「……アルル。それは本人の前では言うなよ?」

「言わないよ。多分」

「いや、絶対言うなよ?」

 不安がるブレイドにミーシャが肩を叩いた。

「そういうもんでしょ?思い入れのない誰かの顔なんて」

「いや、ミーシャさん?それは失礼ですって。思ってても言わないのが配慮ってもんですよ?」

 ブレイドは焦った。アルルとミーシャの認識と価値観が似通っている。自分だけはしっかりせねばと心の中で気合を入れた。

「おやっさんはもう抜け道業はやめちまっただろうし、多分あの抜け道も塞いだだろうからな。この街の英雄さんは仕事が早いからよ」

 ラルフはマクマイン公爵のことを頭に浮かべながら鼻で笑った。ススっと路地裏から大通りへと顔を出し、空を見上げた。

「いやぁ我ながら感動しちまうな。西の大陸からここまでひとっ飛びだぜ?いや、一跨ぎか?何にしろ面白いよなぁ?」

「でも何でこの路地裏に来たの?さっさと魔法省に行けば良いのに」

 ミーシャの当然の切り返しにラルフはウィンクしながら指を振った。

「そう!そこなんだよ!……スゥー……何でかなぁ?」

 ラルフは腕を組みながらとぼけたようなことを言う。
 これはラルフの癖だ。言ってみれば悪いことをしていると思った時、人は他人の目から隠れたがる。本来国や街に入るためには検問所を通る必要がある。他国に入るための通行証をどこかの街の役所で発行してもらい、国境を跨ぐ。
 通行証は言ってみれば信用状。発行した街が発行先の人物を保証しますと言っている契約のようなものなので、万が一その人物が犯罪を起こした時に発行した街には責任が重くのしかかる。
 具体的には三度犯罪者を出したら街全体がブラックリスト入りだ。かなり重要な取引先以外は一切通ることは不可能。
 治安維持のためには当然犯罪者を入れられないので、この工程は絶対必要なことなのだ。

 そういうことを踏まえ、ラルフの心の中にある罪悪感がコソコソするのを選んだと言って間違いない。

「じゃあ……魔法省に行きます?」

 アルルは首を傾げながらラルフに尋ねる。

「そうしよう。なんか……ごめんな」

「謝るほどのことではないですよ。どうせ一跨ぎですし」

「……だな」



 魔法省はいつものように平和に研究に明け暮れていた。
 人々の暮らしを豊かにするために必要な日用品から魔障壁のような重要なものまで幅広く取り扱っている。

 この施設の局長アイナ=マクマインは省庁の長の中では最も若く、才覚に溢れ、おまけに美人。前局長の大魔導士アスロンを超える逸材として高い評価と支持を得ている。
 マクマイン公爵の妻という立場に甘んじない実力でもぎ取った地位である。
 そんな彼女には三人の息子がいる。ファウスト、ツヴァイ、トロイ。才色兼備のアイナと古今独歩のジラル=ヘンリー=マクマインという二人の間から産まれた三人息子。当然全員が優れている自慢の息子たちである。

「はぁ……」

 そんな富、名声、家庭環境、全てを持ち合わせた完璧な存在がため息をつく。局長室で書類を見ながらの作業。決して疲れたわけではない。問題は夫の隠居騒動だ。
 長男のファウストが時代を継ぐことに異議はない。それが習わしであり、ファウストなら任せられるという信頼でもあった。
 しかし問題はその年齢だ。
 黒曜騎士団団長に就任したバクスも同じ苦言を呈しているが、まだ若いだろうという意見には正直に言って賛成である。決めた夫の顔を立てて全て従ったものの、やはり不安が残るのも事実。どうしたものかと母として考え込まされていた。

(あの人は自分が手取り足取り教えると意気込んでらっしゃるけど……それがファウストの成長を妨げないかと言われれば……。それにトロワは祝福しているけど、ツヴァイが嫉妬している。普段父親に構ってもらってないが故に、愛情を独り占めされるのではと危惧しているのね……。近く家庭が崩壊しないか心配……)

 公爵家の跡取り問題。アイナが口出し出来ないところであるが故にもどかしい。そんな中、ざわざわと騒がしくなっていることに気づいた。

「ん?何かしら?」

 気になって椅子から立ち上がると、ノックと共に「局長!!」と呼ぶ声が聞こえた。

「お入りください」

 勢いよく放たれたドアから転げ落ちるかのように入ってきたのは副局長のダルトン。また少し薄くなった頭頂部が息を切らした彼の必死な姿から見て取れた。

「落ち着きなさい。何があったのです?」

「はぁ……はぁ……し、侵入者です!!」

 アイナは眉を片方釣り上げた。

「警備は何をやっていたのです?あなたも私に報告する前に敵に攻撃をしなさい。この施設にはどれほどの重要な研究資料があるとお思いですか?」

 説教をしつつ出入り口に向かう。部屋にインテリアのように立てかけられた杖を握り、戦闘態勢に入ったアイナにダルトンは手をかざして静止した。

「ダメです局長!我々では相手になりませんよ!相手はゼアル団長を倒せるほどの腕前を持っています!すぐに避難してください!!」

「……ゼアル元団長ですよ副局長。それに騎士と私では攻撃の仕様が違います。勝てないまでも傷の一つや二つであれば何とかなります。そこを退きなさい」

 杖をかざして退くように指示する。ダルトンは渋々横にズレてアイナを通した。

「お母さん!」

 その声にアイナとダルトンが反応する。

「お、お母さん?」

 ダルトンは間抜けに口を開けてアイナを見た。アイナの手から杖が離れる。

「アルル!」

 走り出した二人を遮るものは居ない。感動の再会は局長室の前で行われた。

「いつ見ても感動するよな。親子の再会ってのは……」

 ラルフは草臥れたハットを目の位置まで深く被った。
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