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第十五章 終焉

第七話 シェルター(異空間)

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 フヨフヨと漂う不思議な感覚。支えも無ければ地面も無い無重力空間。徐々に覚醒していく意識と連動してグレースは目を開いた。

「あれ?ここは……どこ?」

 先ほどまで居た幸せの式場は消え失せ、エルフたちや武器などが雲のように浮いている意味不明な空間に放り出されていた。一気に押し寄せる不安にハンターの姿を探す。すぐ隣で眠るように浮いている新郎の姿を見つけてホッと胸を撫で下ろした。

「……えっ?!」「なになに?これなに?!」「何処だよ!ここ!?」

 周りがざわざわと声を上げ始める。見慣れた風景など微塵もなく、子供などは親にしがみついて泣き喚いている。

「……誰かこの空間に見覚えはないの?」

 少なくともエルフたちに見覚えはないらしく、困惑と不安で冷静さを欠いているのが表情から読み取れた。どれだけ長生きしていても、どれだけ知識があっても、初めての経験はこうして何処かに転がっている。

「みなさん落ち着いてください!ここは安全な場所ですから!!」

 皆の視線がその声の主に集まる。ブレイドだ。口元に手を当てて声を拡張させている。

「あんたここが何処だか知っているのか?」「何処だっていいだろ!早く出してくれ!!」

 安全かどうかなどエルフたちには関係がない。結婚式という国民総出のめでたい日に、突如隔離されるなど意味が分からない。この空間のことを把握しているだろうこの男の子は、きっと出口も知っているはずだと水の中を泳ぐように詰め寄る。

「申し訳ないですが、ここからはラルフさんが出してくれないと出ることは出来ません!ここに俺たちが居るってことは外は最悪な状況だということです!今はとにかく冷静にですね……!」

「冷静でいられる訳がないだろ!!」「勝手なことを言うな!!」「ラルフってのはどいつのことを言っている?!すぐにここから出せ!!」

 パニックになった人間は聞く耳を持たない。いや、この場合ブレイドが悪いと言って過言ではない。冷静さを欠いた民衆に専門的な知識をひけらかしたところで、より一層の暴動に繋がるだけなのは目に見えている。何かも分からない無重力空間に放り出されれば、誰もが至極真っ当に狂うのだ。こうなってはもう止められない。一人か二人殴って聞かせるくらいでないと話にならないだろう。

 ゾクッ……

 その時空間全域に走る冷気のような殺気。今の今まで元気にはしゃいでいたエルフたちがしんっと静まり返る。

やかましい」

 ポツリと呟いた風だったが、静まり返ったこの場に妙に響いたように感じた。

「瞑想中だ。もう少し静かにしていろ」

 声を発したのはロングマンだ。座禅を組み、いかにもなスタイルで瞑想していたのが分かる。目を片方だけ開け、右目だけでギョロギョロとエルフたちを威嚇している。効果は絶大、あまりの恐怖に一気に萎縮し、ブレイドから離れていった。ブレイドは頭をぺこりと下げたが、ロングマンを始め、八大地獄の面々は特にリアクションを取らなかった。

「外の様子が落ち着いたら、ラルフさんは必ずみなさんを解放します。もう少し待ちましょう」

 不満タラタラなエルフたちだったが、ロングマンのあの異様な殺気にやられて元気が無くなった。今はヒソヒソと会話をしている。懐疑的で焦燥感が立ち込める落ち着きのない状況。

「ブレイド」

 そこにアイナがアルルと一緒にやってきた。

「この空間のことをもっと知りたいのだけれど、何か知っていることがあったら教えてくれない?」

 単純な興味だろうが、あまりに答えられることが少ない。第一、この空間を展開しているラルフも詳細な説明が出来るのか甚だ疑問である。
 不安渦巻く異空間。八大地獄の面々は視線を交しあっていた。

「ラルフの奴がエルフの連中を外に出す時に一緒に出れば良い。どさくさに紛れてラルフを切れば、もうこのような空間に閉じ込められることもあるまいて」

「うむ。それが良いじゃろう」

 ロングマンの提案にトドットが肯定した。藤堂は腕を組んで唸る。

「賛成……とは言い難いなぁ。ラルフさんは俺の命の恩人の恋人だからなぁ……」

「オメーは仲間でも何でもねーだろ。喋んな。あっち行け」

 ジニオンは冷たく突き放した。藤堂はそんな冷たい言葉に軽いショックを受け、肩越しに恨めしそうにジニオンを見ながら渋々離れていった。

 色々カオスな展開。グレースはハンターの腕に掴まり、不安な気持ちを振り払おうとしていた。そこでようやくハンターも目を覚ます。

「やぁ、グレース。えっと……何があったのかな?」

「うちにも分かんない……けど、これだけは分かるよ。うちらの結婚式は歴代史上最低の結婚式だってこと」

 グレースはハンターの顔を悪戯っ子のような笑顔で見つめる。その顔を見たハンターの胸に愛おしさが充満し、思わずグレースの頬に手を添えた。

「ふふ……確かに。残念だけど、まぁ僕ららしいよ」

 玉座の前で行うはずだった誓いのキスは、誰にも注目されていない異空間の片隅で静かに執り行われた。
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