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第十二章 協議

第三十七話 煽り全一

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「何だ?どうなってる?」

 パルスを離れた第八地獄”阿鼻”と呼ばれる大剣は、ひとりでにもがくように空中で暴れている。

「ねぇパルス?!」

 その様に恐怖を覚えたノーンは大声で名前を呼んだ。ただ、当の所有者であるパルスにも一体何が起こっているのかは全く把握出来ていない。ノーンの焦りに首を小さく振って、じっと観察するように見ている事しか出来ない。

「まさか……あの魔族の仕業か?」

 ロングマンは戦慄する。ミーシャという魔族を取り込んだ途端、今までになかった不気味な動きを見せ始めたのだ。あの藤堂ですら取り込まれたらそれっきりだったというのに……。
 起こっていることに全員がただただ釘付けになる。アルテミスも「えっ?えっ?」と誰かを探すようにキョロキョロ首を動かしている。

「……ミーシャ様じゃ」

 ベルフィアもそこに行き着いた。取り込まれたのが事実なら、ミーシャがそのままでいるはずがない。何とかして閉じ込められたところから抜け出そうとするだろう。あの大剣は苦しんでいる。つまりミーシャが中で暴れまわっているのだろうと確信出来た。

「行くぞっ!」

 ベルフィアの発言にブレイドたちは「えっ?」と疑問符を浮かべる。

「ミーシャ様がお出になられルノじゃ!臣下としてお出迎えすルノが正しい!!ついでに奴ら八大地獄を包囲すル!後に続け!!」

 言うが早いか、ベルフィアはタッと走り出す。ベルフィアのミーシャに対する崇拝はある種異常に感じられることがある。確かに今までの経緯、言動、力を考慮すれば、どんな壁でもミーシャなら打ち壊すのではないかと思えるし、それを信じる事も出来る。
 しかし、一体何が起こっているのかを推測で決めつけるのはどう考えても不味い。例えばあそこから衝撃波などの範囲攻撃がないとも限らないし、飛ぶ斬撃や、魔力砲を撃つことだって考えられる。
 ベルフィアは凄まじい再生能力を有しているから危険をかえりみずに行動に移せるのかもしれないが、ブレイドやアルル、デュラハン姉妹だって無謀は避けたい。命の危機が身近に存在しているのだから。

 時期尚早。
 推測は捨てて、確信に至った段階で行動しても遅くはないと考える。

 ダッ

 でも、次の瞬間には地面を蹴っていた。ブレイドは様々な嫌なことを考える。無駄足だったり、返り討ちだったり、そもそも勘違いだったり。
 それで?だから何だと言うのか。何事にも警戒が必要だとラルフに教わったが、それを跳ね除け命の危機に瀕しようとも仲間を助ける矛盾もラルフに教わった。それだからこそ戦う理由があり、守る理由と救助する理由が生まれる。
 無謀は承知。

(そう、今こそがチャンスなんだ。意識外からの攻撃の……)

 相手は八大地獄。用心に越したことはない。身を隠せる距離が少し離れた場所に陣取る。ベルフィアも同じで、先に走り出して置いていった割に、身を隠して様子を窺っている。感情的だったと思ったが、意外に冷静に物事を見ている。取り込んだ灰燼の思考がそうさせるのかもしれない。

 ビギギッ……

 阿鼻の刀身から鳴っちゃいけない音が鳴っているような気がする。ロングマンたちにとっては気のせいだと思いたい類の音だ。
 出てくる。きっとミーシャの魔力砲で”無間”を打ち破ったに違いない。となれば光の柱が立ち、何時ぞやの再来のように光が天に昇る。それが合図だ。自分たちが光に巻き込まれないように、巻き込まれなかった敵を仕留める。
 ベルフィアはどう考えているか分からないが、きっと同じ調子だろう。ブレイドは自身の攻撃に集中する。ベルフィアはニヤニヤ笑いながら呟いた。

「お魅せ下さいミーシャ様。そノ御力を……」

 期待、焦燥感、恐怖。その全てを裏切るように、突然阿鼻の震えが止まった。始まろうとした何かが収まり、全員が一斉に肩透かしを食らう。「え?」「終わり?」何かがあるような素振りを見せて何もない。
 徐々にベルフィアの顔に諦めと失望が綯交ないまぜとなった顔が現れる。ミーシャによって生み出された震えであることは間違いないのだろうが、流石は地獄シリーズ最強の魔道具。結局何ともない。
 驚かされたことによる気恥ずかしさだけが面々を支配していた。封印から解き放たれて以来ここまで一喜一憂したのは初めてだ。「全く脅かしおって……」とトドットが愚痴を零したその時。

 ビリッ

 上等な紙を引き裂いたような音が聞こえた。

「ん?」

 またしても阿鼻からだった。みんなやれやれといった表情で阿鼻を視認する。最初に気づいたのは戦いを中断して戻ってきたジニオンだった。

「おい、見ろよ。ありゃなんだ?」

 視線が集中した先、大剣の切っ先に手のようなものが見えた。何かを探るようで、手が空を切っている。

『……交信できる!ここが元の次元で間違いなかろう!』

 破った穴の中から見知った声が聞こえる。通信が出来たことで興奮したのか、喜びながら断言するアスロンの声だ。

「本当か?!やったぜ!!」

 ラルフはその言葉を聞いて安心しながら次元の切れ目の淵に手をかけた。

 グバッ

 次元を繋ぐ確かな壁。それに穴を開けたどころか、入口を両手で思い切って広げた。

「ラルフさん!」

 ブレイドはせっかくの物影が意味をなさないような声でアピールした。ラルフもその声に親指を立てるグッドサインで応じる。同時にミーシャが降りてくる。

「お、お前……どうやって?」

 ロングマンの質問には笑顔で返した。

「これがラルフの力よ」

 一層自慢するような言い方に疑問を覚えたが、そんなことを言ってられない事態が降り注ぐ。異次元の扉が消滅する前にパッと飛び出した人影は小柄な小汚いおっさんだった。

「藤堂……!?」

 やったことが全部パァ。何てことをしてくれたのか。
 ラルフはグッと背伸びして、大きく息をついた。

「あぁ~……ただいまぁ!」

 もう帰れないかもしれないという不安が起こした心からの安堵だったが、聴くものによっては不快に感じられることがある。ラルフのセリフはロングマンたちの神経を逆撫でするのに一役買った。
 それは殺気となってうねりをあげ、ラルフに襲いかかる。その気を受けて変な寒気を感じたラルフだったが、誰から発されているものかを確認した後、後頭部を撫でながらニヤニヤ笑う。

「あれ?俺また何かやっちゃいました?」

 ロングマンはラルフの顔を見てある一言を思い出していた。
「勝ち目なんてないことは百も承知だ。でも一つだけあんたに出来ることがある。これは誰でも出来ることだが、あんたに対してはきっと俺にしか出来ないことだ」
 それは何だ?
「そりゃもちろん”嫌がらせ”だよ」

 有言実行の男ラルフ。阿鼻を攻略し、藤堂を解き放った。ロングマンに対してこれ以上の”嫌がらせ”は存在しない。

「……殺す」

 ポツリと漏らしたその言葉にラルフに対する全てが集約されていた。
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