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第十二章 協議

第三十話 不安と不満

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「いや、困る困る……」

 ラルフはサトリの提案を即座に否定する。

「お前に出ていかれたら俺はどうなる?ただの人間に戻っちまうのか?だとしたらあっという間に死んじまうんだが?」

 ラルフは必死に追い縋る。虚空に話しかけているというのに、そこに背中を見せて去ろうとする女性が居るかのような迫真さだった。

『何をおっしゃいます?貴方様は私が居なくても大丈夫ですよ』

「えっ!?ほ、本当か?サトリが出てって問題ない?」

 いまいち信用していない顔で焦り気味に質問する。心が読めるサトリはラルフの真意に目を向けた。

『……なるほど。あの時のアシュタロトとの会話を聞いていないにも関わらず、その考えに至ったのですか……不安はもっともです。貴方様はお世辞にも強いとは言えませんし、それを逆に誇りにすら思っていますね?だからこそ私が中に入ったことで力を得たのだと思われた……』

 その通りだ。それが確信に至ったのも、あの時アシュタロトが体の中に二つの意識があると教えてくれたからだ。
 多分、サトリが常時力を貸し与えなければ吹いて消えるだけの力。潜在能力を引き出すとか、覚醒とか、英雄譚に綴られる主人公たちのように成りようがない。
 そんな自分が情けなく思えるし、やはり自分にはそんな力はなかったんだと諦めもつく。
 卑屈なようだが、自分のことは鏡を見るようにそっくり分かっているつもりだ。客観的な自分が「お前はそのままで良い」と慰める。

『そう卑下しないでください。私は切っ掛けに過ぎません。潜在能力を引き出し、本来別世界の方だけが特別に付与される異能の覚醒を試したまでです。特異能力はその方々が持つ思想や信念に基づいたものが反映されます。貴方様がその能力に目覚めたのも偶然の産物。いえ、運命だったのかもしれません』

「……ってことは俺は元はこんだけ強かったのに、鍛えなかったから雑魚だったってことか?そうなのか?」

 それは夢がある。

『あ、身体能力は少し盛ってます』

「えっ!あっ……えっと……へへっ……」

 調子に乗った。照れ隠しに笑うしか出来なかった。

『ご安心ください、すぐに戻ります。私はラルフの中に居たいので……』

「何かそう言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいんだが……なんで俺と居たいの?」

『んー……アシュタロト風に言うと”趣味”だからでしょうか?』

 サトリは心底楽しそうに「ふふふっ」と笑って体から離れた。ラルフは何か大切なものが消えたような喪失感を感じた。大切な帽子が失くなったような、自分のアイデンティティを失ったような……。でもすぐに帰ってくる。サトリの言葉を信じて自分を奮い立たせた。

 ラルフの寸劇を影から見守る女の子。パルスはケルベロスに目もくれず、ラルフに大剣を一太刀浴びせようと機を伺っていた。

『い、今のって何やってたのかな?あのヒューマンは……』

 妖精ピクシーのオリビアはパルスの胸ポケットからひょこっと顔を出してパルスに聞いた。

「……知らない……」

 素っ気なく返すが、かなり珍しい反応だ。飲食の時と息をする時以外で口を開くなどほとんどない。チラッとこちらを見ればマシな方で、大抵無視される。返答がもらえただけでオリビアは少し嬉しかった。
 パルスは大剣の柄を握って、今にも飛び出しそうに足に力を入れる。その時、ガッと肩を掴まれた。特に用心こそしていなかったが、気配を悟られることなくこれほど接近出来る人間をパルスは一人しか知らない。

「待つのだパルス」

 案の定、ロングマンが肩を掴んでいた。止められたことに不満顔を見せる。

「そう睨むな。今し方、かの獣が二体滅ぼされた。十中八九ミーシャという魔族で間違いあるまい……」

 それが何だと言うのか。先にラルフを殺し、次にミーシャの相手をすれば良いのだ。単純明快なことだ。
 パルスの顔に描かれてある思いを読み解き、ロングマンは答える。

「ことはそう単純ではない。こうまであっさりと倒し切るとは思いもよらんわ。ふっ、サイクロプスを滅ぼしたと聞いた時は我も単純に考えていたが、聞いていた以上にあの魔族は次元が違う。このまま戦えば確実に我らが滅ぶ。あの魔族を次元の彼方に飛ばす以外に勝ち目は皆無だ」

 ロングマンが期待するのは第八地獄”阿鼻”に備わった能力。名を”無間むげん”。阿鼻の作り出したもう一つの次元に放り込み、二度と日の目を見ない。それはゴミをゴミ箱に捨てる感覚に近い。
 それは良い。ミーシャを無間に閉じ込めるのは考えなかったわけではない。現に藤堂はこの空間に閉じ込めて世界が終わっても阿鼻が存在する限り出られはしない。むしろ阿鼻が壊れれば次元の扉は消失し、それこそ二度と出られないのではないだろうか?
 最強にして無敵。誰も抗えない力に為す術なく取り込まれるのが簡単に想像出来る。
 それは良い……が、それとラルフに何の関係があるのか?ミーシャは倒し切れないから取り込むのは必然として、ラルフを殺してはいけない理由にはならない。

「分からんか?あの魔族はラルフに惚れている。ラルフを囮に奴を呼び出し、揃ったところを纏めて入れろ」

「……ラルフも?」

「ああ。と言うより、それ以外に隙は出来まい。ドラゴンに注意しつつラルフを監視。あの魔族が来ない場合は陽動作戦に出る。分かったな?」

 コクンと頷く。ラルフに攻撃が避けられたまま無間に送るのは癪だが、なりふり構っていられないようだ。ここは気持ちより仕事を優先させることにした。



 サトリはケルベロスに相対する。自分の可愛いペットを何とか殺されないように思考していると、目に靄が掛かっているのが見えた。

『全く……アルテミスでしたか。こんな酷いことをしたのは……』

『たははっ!見破られたかにゃ?というかやーっと見つけたにゃサトリ』

 十代後半の若い女の子が顔を覗かせる。

『あら~、すっごい可愛いですねぇ』

『えへへぇ……はっ!?そうじゃないにゃ!サトリ!お前の行為は目に余るにゃ!この獣共々反省するにゃ!!』

 アルテミスに牙を剥いたケルベロス。その罰で与えられた”狂化”。全てを破壊し尽くすまで狂い続ける。
 サトリはその効果をよく知っている。アルテミスがこれを使用したのは一度や二度ではない。

『仕方ありません。万が一私に反旗を翻した時にと、考えていたアレ・・を使いましょう』

 意味深に呟く。

『なーんでもやってみろにゃ!無駄な足掻きにゃよ!』

 神同士の会話とは思えない幼稚なやり合いだ。アルテミスの大声を合図にケルベロスは光りだした。

『うえっ!にゃんで!?』

 アルテミスは驚いてさっさと退避する。サトリはケルベロスの行く末を暖かく見守った。
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