上 下
452 / 718
第十二章 協議

第十三話 麒麟

しおりを挟む
 ガィィンッ

 それは大気を揺るがす威力を持っていた。鐘の音のように遠くまで響き渡るのは、ミーシャが麒麟と肉迫し、その顔面に強烈なまでの右ストレートを叩き込んだ音だった。
 麒麟はあまりの威力に二、三歩後退し、首を振って痛みをこらえる。全身に隙間なく生えた翡翠の鱗が攻撃の威力を半減させる効果を持っているにも関わらずダメージが通った。この世に生を受けて初めての痛みに困惑と憤りを隠せない。

「ヒヒィン!!」

 麒麟は前足を持ち上げて、威嚇する動きを見せる。それが単なる威嚇でないことは次の瞬間理解した。

 ブワァッ

 麒麟を中心に衝撃波がミーシャとベルフィアを襲う。衝撃波には稲光が走り、触れるものを麻痺させる。
 しかしミーシャとベルフィアは魔障壁を張り、局地的な電磁波を未然に防ぐ。麒麟は吹き飛ぶことすらなかった二つの脅威に対し、即座に戦略を立てる。見た目は獣だが、頭はかなり切れる。
 まず狙うのはベルフィアだ。ミーシャが手強いことは身に染みて分かったので、未知数なベルフィアを叩く。簡単に踏み潰せればそれで良し、踏み潰せなくてもどのみち能力は分かる。もしミーシャと同レベルならば撤退も視野に入れなければならないだろう。

「ブルゥヒヒィン!!」

 麒麟は持ち上げた前足を、地上で隙を伺っていたベルフィアに向けて振り下ろす。何の抵抗もなく地上を踏み砕く。クレーターを作り、大地が揺れる。
 手応えがなかった。あれはミーシャなどとは比べるべくもない雑魚。つまり全くの杞憂。ミーシャが特別と考えるのが妥当だろう。

「馬鹿がっ!!」

 その声は耳元で聞こえた。ベルフィアは転移魔法により、瞬時に移動を可能にしたのだ。戦力を見誤り、驚愕する麒麟の目線まで飛ぶと、その目に魔力を薄く引き伸ばした斬撃を放つ。

 バリィンッ

「!?」

 生き物の中で最も弱いと思われる目玉を狙ったが、当たった途端に斬撃が砕け散った。麒麟は埃が入った程度に瞬きを繰り返しながら首を振る。
 その首が鞭のようにしなり、ベルフィアを叩いた。まともに直撃したベルフィアはあまりの衝撃に、流星の勢いを持って蒼玉の城下町に落ちる。既に魔障壁を張っていたようで町に落ちる直前に阻まれ、ビタァンと轢かれたカエルのように無様に魔障壁に張り付いた。

「なルほど……硬いノぅ」

 ベルフィアにとって痛みなど一瞬だ。骨も肉も何もかも潰れても心臓さえ無事なら瞬時に元通りだ。吸血鬼の特権である不死能力の核、心臓だけはどんな時でも常に魔障壁を張って守っている。
 第六魔王”灰燼”に煮え湯を飲まされたのがかなりこたえたので、何としても誰にも害されることが無いようにしたのだ。麒麟の攻撃でぺしゃんこになるはずだった心臓は無傷だった。
 一撃のもとに破壊したと考えていた麒麟は、再生能力を保持するベルフィアのせいで戦略の立て直しを要求されることになった。

 ドンッ

 そんなことを考えていた矢先、ミーシャは魔力砲を放つ。物理、魔法の有無に問わず攻撃を半減させる鱗だったが、ミーシャの攻撃は全てが特別だった。肩口に放たれた魔力砲は鱗を剥がし、肉を傷つけた。一応すり傷程度の傷ではあったが、傷ついたことのない麒麟はあまりの痛みに地団駄を踏む。

「ベルフィア!私が突破口を開く!お前はそこに追い打ちをかけろ!!」

「御意」

 本来このちょっとした傷ですら他のものには付けられない。というのも、麒麟の体の頑強さは生来この鱗を必要としない。何故なら金属の塊が意思を持って行動していると同じなのだ。
 殴ろうが、斬ろうが、撃とうが、どんな攻撃であれ全てを弾くことだろう。それほど強靭な肉体に無慈悲に生える鱗。どんな攻撃であれ威力を半減させる効果を持つ鱗はその身に生やすには反則過ぎる。
 それをただの魔力砲が引っぺがすのだから、他のものたちとはやはり次元が違う。ミーシャの全てが規格外。
 とはいえ、ミーシャも探りながらの攻撃。何が一番有効か?何が一番理に適っているのか?無い知恵を絞って導き出そうとしていた。
 普段からこうして考えるようになったのはやはりラルフが原因だろう。ラルフの考えに触れすぎた。ラルフは弱者ゆえに生き残るための行動を絞り出すが、ミーシャは強者であり、その必要性は皆無である。
 この唯一付け入る隙も、後五分もすれば大雑把に変わってしまう。麒麟に残された時間はわずか四分と三十秒。そんなことなど知る由もなく、長考に入る麒麟。

 両者共に集中力が切れた時、この戦いの決着は早まる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

闇ガチャ、異世界を席巻する

白井木蓮
ファンタジー
異世界に転移してしまった……どうせなら今までとは違う人生を送ってみようと思う。 寿司が好きだから寿司職人にでもなってみようか。 いや、せっかく剣と魔法の世界に来たんだ。 リアルガチャ屋でもやってみるか。 ガチャの商品は武器、防具、そして…………。  ※小説家になろうでも投稿しております。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使う事でスキルを強化、更に新スキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった… それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく… ※小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

どこかで見たような異世界物語

PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。 飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。 互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。 これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした

コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。 クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。 召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。 理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。 ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。 これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...