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第十二章 協議

第四話 勧誘

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 光を閉ざされた暗闇の中、どうするべきかを考えて思考を巡らす。
 自分の能力に出来る精一杯を思えば、この程度の拘束具など意味はない。それは拘束した連中もよく分かっているはずだ。
 しかしそれで尚、敢えて拘束をされている現状に自分の価値を見出そうとしている。単にこのまま捕まっていても命がないことは目に見えているというのに……。

 ガチャリッ

 扉が解錠された。この冷たく硬い床の部屋は精神と共に体力をも奪う。椅子に座らされ、普通に寝ることも許されない状態にようやく光が指した。

「どうよ、気分は?」

 そこに居たのはただの人間。視線を逸らせば入口付近に魔族も立っている。国を統治することを許された屈指の魔族、すなわち魔王と呼ばれる方々が、まるで人間の引き立て役のように背景を飾る。

「ん~っ!ん~ん~っ!!」

 血の騎士ブラッドレイの隣で騒ぎ立てるのは蒼玉の秘書ウェイブ。魔王が一柱、エレノアの電撃による麻痺からようやく解放されたウェイブは、戦闘員のブラッドレイよりも苛烈に抗議に出た。
 捕虜であり、殺されないからと図に乗って「愚かだ」「卑怯だ」と喚き散らす。全くもって往生際が悪い。ブラッドレイにとっても黙って欲しかったくらいだ。
 当然当事者が言われっぱなしであるわけもなく、うるさく感じたラルフ一行は即座に猿ぐつわを噛ませたのだった。こちらとしては殺してくれても良かったが、捕虜交換のために生かされているのでそうもいかない。

「何言ってっか分かんねーよ。いいから黙って大人しくしてな」

 唸り続けるウェイブを無視してブラッドレイに向き直る。こういうのはウェイブの仕事であって専門外だと思いつつも、肝心のウェイブが役立たずなので諦める。

「……私に何の用だ?」

「もうすぐペルタルクに到着だ。そこでお前に一つ提案がある」

「提案?ふっ……囚われの身である私に提案とはな……」

 まるで自由意志を尊重するかのような言い方だ。それが一方的な命令に過ぎないだろうことは想像に難くない。無理難題を強いられるのは当然として選択肢など有って無いようなものだろう。

「まぁ、今の状態から提案といえば予想はついているだろうが。ズバリ俺たちに寝返るんだ」

 その言葉にウェイブが特に反応し、より一層大きな声で唸り始めた。何か必死に喋っているが、厳重に塞がれた口は意味ある言葉を紡がない。

「ふざけるな。これが私の答えだ」

 ブラッドレイの返事は簡素だが分かりやすい否定の言葉だった。これにはウェイブも胸をなでおろす。

「まぁそう早まるな。このうるさいのには使い道があるが、お前にはない。このままだとお前には遠からず消えてもらう必要が出てくる。戦力として申し分ない実力があることは元上司が証言してくれたよ」

 肩越しにエレノアを見る。扉付近でひらひらと手を振った。

「だから敵に無傷のまま渡すのは自分の首を絞める行為だろ?逆に俺たちの仲間に引き込めば戦力強化になるってこった。もちろん、お前にその気があるならな……」

「私にその気はない。殺すなら殺せ」

 頑なに拒むブラッドレイ。脅しは通用しないということだ。

「そうか、残念だな。黒影にどう弁明するか……」

 その名を聞いたブラッドレイは小さく身動ぎをする。錆びた鎧が擦れあった微かな音がラルフの耳に届く。

「……何故そこで黒影様が出てくる?」

 ブラッドレイはエレノアをチラッと見た後、ラルフに視線を戻す。

「気になるか?でも教えてやんね。仲間にならない奴に教えたんじゃ敵に待ち伏せされちまう。そんな間抜けはしたくないね」

 この言いよう。十中八九救出を考えた発言だ。
 黒影は尊敬に値する上司。魔族にとって裏切り者だとしても、出来れば見捨てたくはない。もし仲間に入り、彼らの計画に便乗出来れば助け出すことも不可能ではないだろう。

「……」

 ブラッドレイは逡巡する。黒影は裏切り者であり、近い内に処刑されるであろう大罪を冒した。だからこそ自分を納得させて、蒼玉の傘下についたはずだ。
 しかし蜘蛛の糸が降りてきたら掴んでしまう。チャンスがあるなら試すべきだと心が叫んでいる。

「そうか迷うか……。まぁ今すぐとは言わんさ。とは言え、二日程で決心してもらわないと困る。こっちにも計画があるからな」

 そのセリフでようやく自分がかなり黙ってしまっていたことに気づいた。チラリと横を見るとウェイブも懐疑的な目でこちらを睨んでいる。
 ラルフはニヤニヤしながら屈み、ブラッドレイの視線に合わせた。

「また来るぜ」

 撤収とばかりに右手をくるくる回し、その合図に合わせて魔王たちも出ていった。ラルフは人間でありながら魔王に指示できる立ち位置に立っている。それもこれもミーシャの威光が強すぎるためだろう。
 ブラッドレイはこれ以降全く喋らなくなってしまう。ラルフを前にすれば墓穴を掘りそうだったから。

 しかしこれこそがラルフの計画。
 捕虜の件を食卓で出された折、本気で悩んだ。出来れば殺さずに仲間にでも引き入れたいと考えていたものの、ブラッドレイは拒むことが分かっていた。
 エレノアからの提案で黒影の名を出して反応を見ることになり、まんまとブラッドレイは欲しい反応をくれた。

「全然駄目みたいだけど、どうするの?」

 ミーシャは訝しげに尋ねる。大体ミーシャ自身はブラッドレイを仲間にするのには反対だった。黒影の元を離れた後、すぐ主人を鞍替えするような奴といるのは気分が悪い。

「いや、これで良いんだよ」

 ラルフの言葉にミーシャは困ったような顔をする。ラルフの意図することが全く分からないのだ。

「良いか?今あいつは黒影の話で悩んじまった。すぐに断って、蒼玉への忠誠心を見せるべきところでだ。これには二つの罠があって、一つは黒影の無事の確認。もう一つは蒼玉の秘書の猜疑心を育てることにある」

 チラッと周りを見てミーシャに視線を戻す。若干声のトーンを落とすように口元に手を添えた。

「二つ返事で仲間になるならそれでも良かったが、義侠心の強い奴が今の主人を捨てて敵に寝返ることは容易じゃない。さっき見たろ?メチャクチャ返答に困っていた。一応それ相応の理由を持って誘うわけだが、最後にはやはり不義理は出来ないと断られる。この焦らされた時間こそが問題で、秘書が蒼玉に「ブラッドレイに謀反の恐れあり」と報告すれば、内部分裂が起こる切っ掛けになる」

「……じゃあつまり……」

「爆弾を抱えさせるのさ。どう破裂するか捕虜交換後に観察してやろうって寸法だ」

 意地の悪い考えだ。真正面から堂々と。そういう考えには決して至れない根っからの根性なし。
 でも決して悪い案じゃない。部屋を出る前に見たウェイブの表情は憤怒の様相を呈していた。

「……上手く行きそぅ?」

 エレノアの質問にラルフはニヤリと笑う。

「手応えは充分。でも別に何も起きなくても良いんだ。これはお試しでもあるからな」

「ラルフ……私はお前が嫌いだ」

 ティアマトは腕を組んで顔を背けた。そう言われると内心傷つくが、ラルフは顔を振って自分を奮い立たせる。

「へっ、だろうな。知恵と打算で生きてきた俺だ。大抵の奴は俺のことが嫌いだろうぜ」

 死なないように立ち回るには利用するしかなかった。人を利用し、物を利用し、権力や権威を借りて窮地を乗り越えることもあった。今更変えられない事実。
 ならばいっそ開き直るのが人生だ。

「私は好き」

 ミーシャは笑顔で返答した。
 気恥ずかしい空気が流れたが、ラルフの心の傷を回復させるのに充分な働きだった。

「おう、ありがとな!」
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