一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?

大好き丸

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第九章 頂上

第三十三話 愛すべき日常

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 静かな部屋。スラスラと筆の走る音だけが鳴り響く。
 イルレアン国にある庁舎でゼアルが椅子に座り、報告書を作成していた。

 最近遠征の多かったゼアルは久しぶりに鎧を脱ぎ、黒曜騎士団の制服に着替えて机に向かう。各地にいる部下たちの報告書に目を通し、一つにまとめていたのだ。伝えるべきことと削ぐべき部分を精査し、簡潔にまとめ上げて行く。

 この他にも団内で使用した経費や作戦書の承認または改善、その他資料作成など多岐に渡る。
 全部一度目を通していないと気が済まない性分から、ゼアルの仕事と直接関係のないことまでなるべく見る様にしている。多角的観点から見ることで、一見関係ないことでも何かのヒントに繋がるという考えのもと、知識を蓄える仕事人間。
 それもこれもつかえるべき主君のため、国の安寧に寄与するために命をも投げ打つ覚悟だ。

 仕事がひと段落着こうかという時にある報告書に目が止まる。報告書の書き出しにアルパザの文字が見えたからだ。あそこには苦い思い出しかない。
 ゼアルはおもむろに立ち上がり、備え付けの水差しからコップに水を注ぐ。水には柑橘類と思われる果物が薄くスライスされて入っており、さっぱりとした喉越しは彼の好みにマッチしていた。
 作成中の書類に溢したりしたら不味いので、全部その場で飲み干してから席に着く。

 座り心地の良い椅子は、気を抜けばうたた寝してしまいそうなほど気持ちが良い。背もたれに体を預けながら、ホッとため息をつく。
 目の端にチラチラと映るアルパザの報告書。嫌が応にも気になって仕方がないゼアルは「どの道目を通すのだ」と言い訳がましく書類を手に取った。
 そこには案の定ラルフについての事柄が書かれていた。カサブリアでのラルフの顔がチラつく。あの場で死んでいたかもしれないこの命。ラルフの気まぐれで助けられた事実に眉をひそめた。
 読み進めるが、奴らの目的は何か、何をしていたのか一切不明で、捕獲失敗の文だけが唯一理解できるくらいのまるで意味のない報告書だった。苛立った弾みで机に報告書を投げた。

 休憩時間だというのに嫌なものを見てしまった。
 ゼアルは立ち上がって、壁に立てかけた練習用の剣を持って部屋を出る。多少汗をかけばこの気も晴れるだろうと踏んでのことだったが、練習場に行く足はすぐに止まった。

「ゼアル!」

 甲高い子供の声にすぐさま振り向く。そこには容姿端麗で今後の成長を期待させる男の子が立っていた。

 彼の名はファウスト=Aアルヴィン=マクマイン。マクマイン公爵の誇る長男、成長期真っ盛りの十二歳。

「これはファウスト様。お久しぶりでございます」

 ゼアルは深々と頭を下げる。ファウストはメイドを連れて嬉しそうに走ってゼアルに近寄る。

「坊っちゃま。走ってはいけません」

 メイドは小さな主人に注意するが、彼は全く意に介さない。

「これから練習場に行くのか?」

「はい。雑念の多い身ゆえ、汗と共に流してしまおうと思いまして……」

「僕も一緒に行ってもいいか?」

 ゼアルはメイドの方を見る。メイドはコクリと頷くと予定を口にする。

「それは無理というもの。これからお勉強のお時間です。学園で置いて行かれないように努力は欠かせませんよ?」

「……お前は馬鹿か?勉強なら後でもできる。ゼアルと訓練できるのは今日この場だけかもしれないんだぞ?優先すべきはどっちか分かるだろ」

 ファウストの子供らしからぬ口調はメイドの口の端をひくつかせた。メイドは怒りをぐっと堪えて冷ややかに言い放つ。

「……それではアイナ様に御報告させていただいても宜しいのでしょうか?さぞ悲しまれることでしょうね」

 母親の名を出されてはファウストも黙らざるを得ない。母が何より好きな彼は、彼女にだけは嫌われたくないと思っている。その雰囲気にゼアルはニコリと笑った。

「ファウスト様、大変恐縮ですが一時間ほどお時間をいただけないでしょうか?」

 メイドは目を剥いてゼアルを見る。ゼアルはその目を一瞥し、またファウストに目を向けた。それは彼に取って飛び上がるほど嬉しい提案だが、母の顔がチラついて逡巡する。

「で、でも……」

「彼女の言い分はもっともです。しかし、お父上である公爵はファウスト様の剣の上達に期待しています。ファウスト様がおっしゃった通り、私は国を離れることが多く、こんな時くらいしか会うことは叶いません。出来ますれば、このわずかな時間を私にいただけませんか?」

「……ゼアル」

「黒曜騎士団を預かる私の剣の腕で是非指南させていただければと……」

 かの英雄にこうまでへりくだられてはメイド風情ではどうしようもない。メイドはゼアルを真っ直ぐ見据えて脅すような口調で言い放つ。

「……ゼアル様。このことはすぐに報告させてもらいます」

「ああ、そうでなくては私が誘拐したようになってしまうからな。ご子息を強引に連れて行かれたとでも何とでも報告してくれ、頼んだぞ」

 メイドと離れ、ゼアルはファウストと共に練習場に向かった。



「はぁああっ!」

 ブンッ

 ファウストは木剣を上段に構えてゼアルに打ち込む。ゼアルは難なくその攻撃を受ける。

「良い踏み込みです。今までの中で一番良い。しかし……」

 コンッと軽く木剣を跳ね上げるとファウストの脇が上がり、バランスを崩して後ろにヨロヨロと下がった。

「技の精密さが失われています。もっと脇を締めて切っ先にまで神経を集中させてください。疲れたのであれば尚のこと集中を切らしてはいけません。敵は常にこちらの隙を伺っているのだと理解せねば」

 ファウストは息を切らしながら剣を構え直す。

「はぁ……はぁ……もう一本だ。もう一本だゼアル!」

「流石は公爵のご子息。剣を交えることを幸運に思います」

 一時間はあっという間に過ぎた。ファウストは期待されるに足る才覚を見せ、ゼアルのしごきに果敢に挑んだ。
 ファウストは体を投げ出して、床に寝転がった。はしたないと理解しながらもこうしないと疲れが癒えない。

「お疲れ様でした。少し見ない間にかなり上達しましたね。ご両親もさぞ鼻が高いでしょう」

「はぁ……はぁ……全然だ!一本も取れなかった!」

「はっはっ、そう簡単に取られません。しかし、そう遠くない未来にその時は来ます。慌てず精進してください」

 微笑ましく見守るゼアルの後ろ、出入り口がガチャリと開いた。ゼアルが肩越しにその姿を見る。その存在を見るやすぐさま振り返って臣下の礼をとる。

「……楽にしてください」

 澄んだ声にゼアルは頭を上げた。
 アイナ=マクマイン。公爵の奥方でファウストの母。メイドはあの後すぐにアイナの元を訪れ、彼女を引き連れてやってきた。アイナの近くに勝ち誇った顔のメイドが侍っている。
 お腹の中にいた頃から聞いてきたその声に、ファウストも疲れた体を無理矢理起こして母の姿を認める。

「……母様……」

 ファウストのバツが悪そうな表情を聖母のような笑顔で迎える。

「よく頑張りましたね。大浴場を用意させました。汗を流して今日はもう休みなさい。ゆっくり休むのも必要ですよ」

「母様……ありがとうございます」

 ファウストは舞い上がりそうな気持ちを抑えて粛々と頭を下げた。

「……今日の夕飯は精の付くものでお願い」

「かしこまりました。さぁ坊っちゃま、こちらへ」

 今度はメイドに逆らうことなく練習場を後にした。
 アイナはいつも一緒にいる侍女に目配せをすると、一人歩いてゼアルの元に来た。

「お忙しい中、息子の面倒をありがとうございました」

「いえ、強引に誘ったのは私です。ご子息の勉学を邪魔してしまい、大変失礼致しました」

「あなたほどの人に師事していただけるなら何も言うことなどありません。頭をお上げください」

 二人で謙遜けんそんしあい、互いの腹を探り合う。
 こんなことをしていてはらちが明かないとゼアルが切り込む。

「それで……私に何か用でしょうか?察するに、ご子息の件とは別件ですね?」

 アイナは鼻で笑う。

「ふふっ、聞いた通りのお方ですね。それでは遠慮なく……実はあなたにお頼みしたいことがありまして……」

 すぐ側まで近寄ってきたアイナに耳打ちされたことはゼアルを驚かせた。

「そんな……しかし公爵からは一言も聞いておりませんが……」

「あくまで非公式にと言うことになります。情報の出所は不確かですが、私には信じるだけの価値はあると認識しています。実に歯がゆい話ですが、あの人ほどの情報収拾能力を持ち合わせていません。出来れば彼らに関する報告書を私に回していただきたい。それと、この話はどうか内密に……」

「……何か訳ありだということは重々承知でお聞かせください。ご息女……ですよね?隠す必要が?」

「ええ、あなたを見込んでお願いしたいのです」

 ゼアルは公爵の部下。奥方であるアイナも言うなれば仕えるべき主君ではある。
 しかしこれを容認するのは背任にあたるのではないだろうか?国のためなら命をも捨てる覚悟のある殉教者たる彼が裏切るなど本来あり得ない。
 多くの葛藤が彼の心を埋め尽くす。しかし、割とすぐに腹が決まる。

「……分かりました。直近の報告書でよければ都合がつきます。ご期待に添える物かは保証し兼ねますが……」

「ありがとうございます。それでは後ほど……」

 アイナは頭を下げて練習場を後にした。

 執務室に戻ったゼアルは机の上に放った報告書を眺める。捕獲失敗。捕らえ損なった二人の男女。カサブリアで見た容姿をよくよく思い出せば、確かにアイナに似てなくもない。ただ、あまりちゃんと見てなかったせいか、ぼやっとシルエットだけがそうだったように感じるだけだが。

「……これが一番新しい報告書であるのは間違いない」

 ゼアルは椅子に座ろうと手をかけた。

 コンコンッ

 アイナがもうやってきたのか?
 否。その音は扉の方ではなく、窓の方からした。
 ここは一階ではなく、ベランダもない。外に人が立つことはできない。
 アイナが浮遊魔法でやってきたのか?
 否。窓を叩くのは魔鳥。伝書鳩のように鳥がゼアル宛に手紙を届けに来たようだった。

「差出人は……ガノン?一体何用か?」

——近い内にイルレアンを尋ねる。大人数で押し掛けるから、盛大に持て成せ——

「……何なんだ……」

 ゼアルは度重なる事態に困惑し、窓の外を眺めた。
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