上 下
323 / 718
第九章 頂上

第十三話 自慢

しおりを挟む
 ——数十分前——

 ペタペタと廊下を歩く音が聞こえる。その音は足早にある部屋を目指していた。皆に振り分けられた一部屋の前に立つと、じっと睨みつけ、ノックもせずに開け放つ。

 バンッ

「うおぅっ!」

 中では物書きをしているラルフの姿があった。ビクッと跳ねるように体を揺らしたラルフは、思った以上に驚いたのか筆を手から取りこぼした。
 ノックもせず、入る前に一言も了解を取らずに入ってきたのはベルフィアだ。その顔は怒ったようにムッとしている。

「ラルフ。そちに聞きタいことがあルんじゃが……」

「いや、脅かすんじゃねぇよ。ノックくらいしろ……ったく、何だよ聞きたいことって……」

 ベルフィアはため息を吐きながら腕を組んでドア枠にもたれ掛かる。

「鍛冶場ノことじゃ」

 鍛冶場と聞いて思い出すのはウィーの顔だ。
 現在、ウィーは鍛治職人として要塞きっての設備の良い鍛冶場に毎日入り浸って、好きなように様々な武器を作成している。ゴブリンの丘で制作していたのは全部剣だったようで、今では槍の穂先や斧、短剣やガントレットなど多岐に渡る。鎧にも興味を持ち出したので近々フルプレートメイルも出来るかもしれない。
 そんな未来ある鍛冶場の何を聞きたいというのか?

「そちはウィーに短剣を山ほど作らせとルと聞いタぞ?発注本数が多すぎて他ノ武器を作れんと嘆いとルワ」

「え?ああ、そのことか。粗製乱造で良いからこのくらいの投げナイフを作ってくれって発注したんだよ。仕事の傍らでちょちょっと作ってくれるかと思ってたんだけど……」

 取り落とした筆を拾って机の上に置く。使い古した手帳をそっと閉じて筆の横にそっと置いた後ベルフィアを見る。

「ちょっと鍛冶場に行くか」

「全く反省が見えんノぅ。これでは同じことを繰り返すだけじゃなぁ……」

 これ見よがしにため息を吐きながら踵を返した。

「そりゃこっちのセリフだ。何回言ったらノックを覚えるんだお前は……」

 いや、彼女は分かっている。決してノックを覚えないのではなく、ベルフィアは人によって態度を変える。ラルフの部屋だろうとミーシャが中に居たら露骨にノックをする。きっと部屋の前でラルフが一人かどうかを確認してから入ってきたに違いない。
 ブツブツと文句を言いながらもベルフィアの後ろに続き、鍛冶場に着くと両扉を大きく開け放った。

「おーいウィー!やってるかー!」

 広い鍛冶場。要塞は外から見たら意外にこじんまりした印象で、これだけ広く立派な鍛冶場があるとは思えない。魔法により空間を弄っているので、居住空間はもとより、このような施設を作ることも訳ないのだ。
 ウィーは研磨機で刃先を削っていたらしく、ラルフの声が届いていなかった。自分が及第点と思えるまで磨いた刃先を近くの木箱に入れる。もう既に箱の半分以上をナイフの刃先で埋めている。よく見れば、同じような木箱がそこかしこに積み上がり、部屋の空間を圧迫している。その一箱一箱に溢れんばかりのナイフの刃先が光っていた。

「うおぉ……すげぇ……」

 ほんの数日、目を離したらこんなにも作っていたようだ。出来るだけたくさん欲しかったので、この量はありがたい。

(ベルフィアにも睨まれたし、こんくらいで良いんじゃないだろうか?)

 ひと段落ついたウィーの元に歩み寄る。

「よぉっウィー!精が出るな!」

 ウィーは「はっ」として顔を上げる。発注元のラルフがやってきた。いつの間に入ってきていたのか定かではないが、とりあえず自分の成果を見てもらわなければならない。
 与えられた仕事をしっかりこなしたウィーはラルフの手を引っ張り、自信を持って木箱の山を指差した。

「ウィー!」

「おうっすげぇ量だな!ありがとうウィー!これの礼は必ずするぜ!」

 木箱を開けながら「何肉が良いんだ?豚か?牛か?」など対価の話をしている。ウィーとしては美味しいものがお腹いっぱい食べられるなら何でも良かったので、特定のお肉と言われると困ってしまうが、この反応を見るに短剣制作もひとまず終了と考えて良い。ウィーは安心してため息を吐いた。

「それだけノ量をどう捌くつもりじゃ?使ワなければ作り損も良いとこじゃぞ?」

 呆れたように様子を見ているベルフィア。ラルフは一本手に取って右手の人差し指と親指で挟み直す。切っ先が下になるように吊り下げると、床に落ちないように左手で受け皿を作った。

「?……何をしとル?それを落としたら、そちノ掌に傷がつくぞ?」

「ああ、そうだな。この一本一本がウィーの作った最高級品の短剣だ。見ろよこれ、まるで宝石のような反射だろ?妥協しない男、それがウィーってことなんだな」

 そう言うと、指を離してナイフを落とす。「あっ」とベルフィアも体が反応してしまうほど無防備な掌に、ナイフが吸い込まれていった。

「……え?」

 突然の手品めいた出来事に素で驚くベルフィア。刺さったと思ったら、そのまま手の中に入っていった。掌から手の甲に貫通することなく腕の中にまでナイフが侵入したとかそんなグロい感じではなく、まるで別の場所に入れたかのように不自然な出来事に脳の処理が追いついていなかった。

「今……え?」

 彼女にしては珍しい可愛い反応で首を傾げる。牙の隙間を通して息を吸う「スゥー……」と言う音を立てながら何が起こったのかを必死に考えているようだった。

「ふふっ実はな……お前には黙っていたんだが、俺は最近ある条件下で強くなってしまったんだ」

「ん?強くなっタ?アホ抜かせ。そちはどこまでいっても雑魚じゃ。……まぁ、もしそれが事実として、強いノと今ノそれとは何が関係があル?」

「大いに関係あんのさ。俺はこの歳にして後天的に神の贈り物をこの体に宿した。と言うより宿してもらった」

 木箱からごそっとナイフを七本取り出して見せる。だが、そのナイフは瞬きの間にラルフの手に吸い込まれていった。やはり何かの手品のようだ。ラルフもドヤ顔で鼻高々だ。

「……それで?」

「それで?って何だよ」

「何って……仕舞っタということは同時に出せルということじゃが、肝心ノこれだけ作らせタ意味が全く分からんぞ?そちが仕舞えル量にも限界があルじゃろうしノぅ」

 ベルフィアはジェスチャーで袖の中に隠したことを主張する。
 手品のトリックは視覚誘導にある。持っていないと思わせて、空だったはずの掌にコインを出現させるトリックなどが良い例だろう。袖に隠していたコインを早業で握り込んだり、身振り手振りで別のものに集中させてからこっそりと握ったりとその手口は様々。
 奇術や手品を見せるのは暇つぶしにもなるし面白いから良いが、戦場に持ち込むとしても、自身の体重分持って行くわけにはいかない。機動力が損なわれるとラルフのような常人は死んでしまう。
 もし重量面、腕力の関係をクリアしたとして、この木箱一箱でもナイフの量は十分多い。一回限りの使い捨てにするのが目的であるなら、勿体無いの一言だ。

「なるほど、ようやく言いたいことを理解したぜ。俺のこれは手品じゃねぇ。今をときめく特異能力ってやつさ。ベルフィアなら再生能力、白絶なら魔法糸での洗脳のような超超特別な能力。その名も”ポケ……”」

 ラルフが堂々と胸を張って、偉そうに能力の開示をしようとするも、そこに要塞内放送が流れた。

『危険!危険!衝撃に備えよ!!』

 せっかく意気揚々と説明しようと思った矢先の問題。十中八九敵だろうと看破したラルフとベルフィアは、外の状態を確かめる為に廊下を走った。その最中、ラルフのニヤニヤが止まらない。

「来たぜ!活躍の場!雑魚だった俺とはおさらば!みんなの度肝を抜いてやるぜ!!」

 強気な態度で駆け回り、正面の窓から顔を出した。

 ——現在——

「……いや、あれは無理だ……」

 ラルフのやる気はサイクロプスを前にポキッと折れた。その情けなさにいつもの調子を見たベルフィアは鼻で笑った。

「しっかりしろ、自称強化人間。今こそ そちノ出番じゃぞ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...