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第九章 頂上

第十一話 くだらない戦場

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「オラアァァッ!!」

 ガノンは目にも留まらぬ速さで鉄板と見まごう大剣を振り回す。
 速さに加え、威力もあるその攻撃は、強化されたはずの竜魔人を圧倒していた。

(……いったい……どんなヒューマンなのだ?……いや、ヒューマンなのか?)

 橙将はガノンの並外れた身体能力に度肝を抜かれていた。
 控えめにいって強すぎる。
 長い歴史の中、これほど強い人間を見たことが無かった橙将はどうすべきか頭を捻っていた。単純な攻防で嵐のような風圧を放つガノンと竜魔人の間に飛び込めば、部下では一溜まりもない。魔獣を差し向けようにも本能が邪魔をして足が竦んでいる。野生の勘から命を捨てるような真似をしない。
 そして魔王である自分が間に入ったところで、巻き込まれて致命傷を負わされることは火を見るより明らかだった。

「見えねぇ……」

 それは正孝たちも同じだった。
 目で追えないのはもちろんだが、入ったら死ぬことくらい子供でも分かる。援護などもっての他、手を出せばこちらに飛び火するのではないかとビビって手が出せない。

 通常の竜魔人は細身でしなやかな筋肉を持ち、魔力で飛翔可能な万能の能力を持つ。体内で火を生成し、吐き出す姿は正にドラゴン。
 そんな竜魔人をさらに強化した姿が、一回り以上大きくなった筋肉を纏い、見るからにパワータイプの印象を持たせた恐怖の具現化。それが十体はいるのだから勝ち目など無いに等しい。相変わらず火を吐き、鋼鉄以上の鱗はギラギラと光を反射している。
 攻守共に隙のない竜魔人を、己の肉体と使い慣れた大剣で戦うガノン。伝説に語り継がれるレベルの凄いことが目と鼻の先で行われていることに身震いした。

 そんな周りの畏怖など御構い無しに戦いを楽しむ”狂戦士バーサーカー”。体に擦り傷や切り傷が目立ち始めても歪んだ笑顔で殺し合いに興じる。

「死ねオラァッ!!」

 ガンッ

 思い切り振り回した大剣に竜魔人たちが吹き飛ばされる。だが、吹き飛ばされたのとは別の竜魔人が間に入ってすぐさま攻撃を仕掛ける。

「ガアァッ!!」

 ズンッ

 振り下ろした拳を、すぐさま切り返した大剣で受け止める。威力が強すぎて足場の方が耐えきれずにガノンの足がめり込んでいる。

「……この手ぇ……いらねぇんだな?」

 ギンッ

 拳を往なして、前のめりに倒れこませる。ガノンは回転を加えながら大剣を竜魔人の腕に振り下ろした。

 ザンッ

 ガノンの膂力は竜魔人の腕を叩き切った。

「ギィアアアッ!!?」

 自身の腕が切られたことが信じられなかったのか、意識が希薄な中にあっても腕が欠損した精神的ショックと身体的大ダメージで叫び散らす。

「……へへ、竜魔人の腕か……なんかの素材に使えそうだよなぁ」

 ニヤニヤ笑いながら大剣を横薙ぎに振るう。ガンッと硬いものを殴ったような音が鳴り響く。叫んでいた竜魔人の顔面に直撃し、あまりの威力に顔の半分ほどぶった切られながら地面にめり込んだ。

「……これで二匹か。硬ぇんだよクソトカゲども……」

 周りで本能的に機を狙っていた竜魔人三体はガノンに牽制の火の息を吐く。轟々と燃える火がガノンを飲み込もうと迫るも、ガノンは大剣を扇風機のようにブンブン振り回し、迫り来る火を蹴散らす。

「……何度やったって無駄だぁ!!手前ぇら全員俺の手ですり潰してやるよぉ!!」

「グルル……」

 ガノンの技は薬害のせいで意識の薄い竜魔人であっても無視出来ないほどの脅威を感じさせた。
 豪快な脅し文句で震え上がらせるガノンだったが、正直なところガノンも体力の消耗を感じていた。この叫びは脅しであり牽制である。彼の強すぎる腕力と無尽蔵にも思える体力を持ってしても竜魔人の体は硬すぎた。

(……チッ、クソが……手が痺れてきやがった……)

 手だけでは無い。体全身が傷だらけで、アドレナリンで鈍らせるにも限界が来ていた。まだ体裁を保つだけの体力は残っているが、この調子ではいずれどこかでプツッと切れる。一人で戦っていてはダメだ。
 しかし正孝には期待出来ない。強いことは確かだが、経験が浅いのと土壇場で尻込みしてしまう。若いが故に仕方がないが、戦場ではそうも言っていられない。
 自分以外に戦えるといえばアウルヴァングとドゴールの二人だが、肝心の二人は他を守っている。
 回復要員の相棒アリーチェは鋼王の側において来たので、回復も期待出来ない。

(……流石にヤベーかもな……)

 やせ我慢しながらも大剣を構えて橙将に向けた。

「……おいコラァッ!こんなんじゃ俺を取れねぇぞ?……手前ぇで来いよ、魔王」

 自身の残り体力を考慮し、竜魔人の戦いを避ける目的で橙将を挑発する。橙将としてもこのまま戦力を削られるのは痛手であると感じていた。
 がしかし、ガノンは橙将より強い。正確には、ほぼ互角の戦いとなるだろうが、戦えば橙将がジリ貧で負ける未来が想像出来た。

(真正面からの戦いは自殺行為か……まさかヒューマン風情に勝てる気がしないとは思いもよらんな)

 自嘲気味に笑みを浮かべ、ガノンを見据える。

「ふんっ、中々のツワモノであると褒めてやろう。が、貴様如きが吾と戦おうなど笑止!竜魔人ども!奴を殺せ!!」

 対峙するならせめて隙を突いてからだ。竜魔人を捨て駒にガノンの体力を削り、動けなくなったところを容赦無く殺す。戦いとは常に優位に立って行うべきである。たとえそれが無様でも。

「……クソ野郎が……」

 挑発に乗らない。相手はドゴールのように慎重な男だ。
 戦場で死ぬのは戦士の本懐。しかし魔王を討ち取らねばゼアルに負ける。それでは死んでも死に切れない。

 恥を忍んで撤退するか?
 否、常に前だけを見据えて戦ってきたガノンに後退の文字はない。

「……良いだろう……ここで死ぬ定めなら、その前に俺が全員叩き斬る」

 大剣を正眼に構えて、息を細く長く吐き出す。体からなけなしのオーラが立ち上り、生にしがみ付こうとする生き物として当然の恐怖を心の奥底にしまい込んだ。あとは間合いを詰めてひたすら斬る。
 思えばアリーチェと出会って一緒に旅をするようになってから死ぬことを考えた試しがなかった。回復魔法はガノンの心を体たらくにしてしまっていたのだ。
 今ここに当時の懸賞金最高額の殺人鬼が目覚める。はずだった。

 ドンッ

 その音は山の上方から聞こえてきた。花火が上がったような破裂音。その正体に気づいたのはガノンの目の前で唸る竜魔人が、地面に消えるように突如埋まったのを見たからだ。

「こ、これは……!?」

 ガノンは山を見上げる。同時に正孝たちと橙将たちも見上げた。

「砲弾だと!?あれだけ強化した竜魔人が一撃で……!」

 その正体にいち早く言及したのは橙将。対空砲として用意してあるものだと勝手に思い込んでいたが、まさか味方が戦っているだろう下に向けて撃つとは予想外だった。

「……チッ、余計なことを……」

 ガノンは大剣を仕舞い、踵を返してドワーフたちに下がるように手で支持する。その動きに気づいた正孝たちもサッと後退を始めた。

「なっ!?奴らを逃がすな!!」

 橙将の指示に従って竜魔人が前に出るが、すぐにまた地面に埋まった。ガノンたちはこの攻撃に巻き込まれないように戦略的撤退を選んだのだ。とはいえ、見える位置で成り行きを見守っている。

「ぐっ……このっ!竜魔人ども!レッドデビルにレッドデーモン!貴様ら全員であの忌々しい砲弾を破壊しろ!!」

 空が飛べる魔族たち総出で山に向かって飛び上がる。地上を狙っているということは上空は疎かのはず。かなり楽観的な考えだが、頭に血が上った現在の橙将ではそこには思い至らない。すぐさま空が飛べる魔族たちは命令通り飛翔した。
 こうなるとドワーフ側にまたもやピンチが舞い込む。砲弾の射線上に飛んできた魔族には最高の一発をお見舞い出来るが、ほんの少しでも浮上されたら射線から外れてしまう。その上、砲弾を装填している遅延が発生するので、間髪入れずに連続で撃つのは厳しい。
 そして当然の如く空飛ぶ魔族たちは射線から逃れた。
 最大戦力が下を守っている以上、こちらに魔族が入り込まれては勝ち目がない絶体絶命。

 山の上方でドワーフたちが焦っていると、それを尻目に魔族たちの動きが止まった。突然の停止にドワーフたちは疑問符を浮かべる。砲弾の行く末を追っていた橙将は勝手に停止した部下に憤慨する。

「貴様ら何をやって……!!」

 叱責しようと声を張り上げた瞬間、橙将もそれに気付いた。

 山の頂上付近の横あいから顔を覗かせる一つ目の怪物。
 その巨大さ、顔を覗かせた瞬間に感じた圧倒的な恐怖、その怪物はこう呼ばれていた。
 サイクロプス。古代種エンシェンツが誇る最強の単眼巨人。

 何故ここにいるのか?どうして今現れたのか?どうして……?どうして……?……。
 疑問は次から次へと頭から湧いては消え、湧いては消えを繰り返す。答えは出ない。それを知るのは外でもないサイクロプスだけだろう。誰も望まぬ破壊の化身が最悪のタイミングでやってきた。

 怪物は小さな虫を見るように地上を見下ろし、世界に干渉する。
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