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第九章 頂上

第一話 戦争目前

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 城に連れてこられたガノンたちは謁見の間に行くことをせず、会議場に通される。そこにはブスッとした顔で座るドワーフの重鎮たちが集まっていた。上座には当然この城内で一番偉い鋼王の姿があった。

「おお!待っておったぞ!!」

 ガタッと立ち上がってガノンたちを歓迎する。ドゴールは右手をお腹に添えて礼をすると議場を見渡した。

「我ら白の騎士団。”狂戦士””嵐斧””破壊槌”他お連れの二名、推参致しました」

「まさかガノン殿まで来ていたとは……白の騎士団がこの国に三名も揃うとは我らは幸運であった!」

 鋼王は手をパンっと叩いて喜んだ。現時点でこの国にこれほどの戦力が集結しているとは最高のタイミングだったと言える。だが、よそ者を快く思わない重鎮たちの顔は浮かない。

「ううむ……こう言っては何ですが、この国が直面している危機は一人増えたくらいでは変わりませぬ。ガノン様には失礼かと存じますが、もう一人くらいは追加人員として欲しいところですな。例えば……魔断のゼアル様だとか……」

「……あ?」

 ガノンは聞き捨てならないと声をあげた。それに対してドゴールがガノンの前を封じる様に手をかざす。

「ゼアル殿の強さは誰もが知るところではある。だがこの男は状況次第ではゼアル殿より強い。有名であるということだけで決めつけるのはお門違いであろう。発言の撤回を要求する」

 ドゴールの威圧する様な目に射抜かれておし黙る大臣。自分は間違っていないとでも言いたげな顔だが、実は怖くて何も言い返せないのだ。ムスッとした顔で俯くばかりで要領を得ない。ドゴールはそんな大臣から目を離して席についている重鎮たちを見渡した。

「他にもこの者と同じ様な考えならば、国は確実に滅ぶ。一致団結し、臨機応変に対応してこそ指導者たり得ると知れ。……ガノン殿、すまない。国の危機だというのに……」

「……手前ぇが気にすんな。それで?俺たちをここに呼び出した理由ってのがその国の危機ってんなら詳細を聞かせな」

 図々しい態度でずいっと前に出る。

「ガノン!そなた王の前で調子に乗るな!……大変申し訳ございませぬ鋼王。この粗雑な男には後で言って聞かせます故、言葉遣いに関してはどうか御容赦くだされ」

「良い良い、アウルヴァング。強さとは粗野で横暴な力の権化。彼は腕っ節だけで我らと対等の地位にいるといって過言ではないじゃろ。……とは言えガノン殿、権力を甘く見られる様な真似は慎んでくれんか?私も一国の王ゆえ、事情をお察し願いたい」

「……善処する」

 ガノンは鼻を鳴らして腕を組んだ。完全に舐めきった態度に「善処」など微塵も感じない。だがこれに関しては先の大臣と変わらないので、指摘するのは即ち大臣を貶めることに繋がる。不敬だと思いながらも指摘出来ないことに歯痒さを感じながら場が静まり返った。

「ハァ……お前ら馬鹿かよ。こんなことやってる場合か?たく、国の危機だってのに呑気なことだぜ」

 その沈黙を破ったのは正孝。この場でもっとも若いだろう少年に正論をぶつけられてイラッとした様な、それでいてハッと今の状況を思い出した様な複雑な表情を正孝に向けた。しゃしゃり出てきた少年の顔を確認した瞬間に思ったのが「こいつは誰だ?」であった。
 その全てを察してドゴールが答えた。

「この者はカサブリアで勝利に貢献した一人。我らと共に戦ってくれる。まずは状況説明を……」

 ドゴールは机の前に来る様に手招きしてガノンたちを集める。机の上にはこの国の周辺が分かる地図が置かれていて、チェスの駒の様な凝ったデザインの敵味方を表す駒が並べられていた。

「これを見て分かる通り戦争が始まる。魔族がこの国に宣戦布告を書状で送りつけたのだ。当然我らは受けて立つ。この戦闘に貴様らの力を貸してくれないか?」

 ガノンはギザギザの歯をむき出しにニヤリと笑った。

「……んなこったろうと思ったぜ……俺の力を借りようなんざ、よっぽどのことだからな」

「えー、なんか嘘っぽいな。本当に予想通りだったの?」

「……アリーチェ手前ぇ……馬鹿にすんな。大方の予想では、八割がた戦争で二割は魔獣討伐だと思ってたっつーの」

 アリーチェは「ふーん」と半信半疑の姿勢をとる。その態度にイラっとして舌打ちしたが、別に気にするほどでも無いので放っておく。ドゴールは気にせず続きを話す。

「この鉱山は天然の要塞。簡単には侵入出来ないし籠城戦にはもってこいだ。万が一危なくなれば、緊急用のトンネルを使って避難する準備は整っている。この鉱山を捨てるのは痛手だ。よって避難は最終手段となるので、戦い以外のことは考えなくても良い」

「……避難の判断は誰がするんじゃ?」

「当然鋼王だ。我らは戦いながら状況を把握し、危険なら避難を促す。最終決定は鋼王の一存で決まる」

 アウルヴァングは腕を組んで頷く。それが当然だと言いたげな感じだ。

「ちょちょちょ……それじゃ王が死ねって言ったら死ぬのかよ?馬鹿かお前ら。今回の戦争がそんなに危険だってんなら今からでも避難した方がいいだろうに」

 正孝は当然とも言える倫理観で口を出す。鋼王は静かにゆっくりと首を振った。

「……強さは一級でもモノを知らない様じゃな」

「あ?どう言う意味だ?」

「戦争とはどう言うものかを分かっとらん。国を守る戦い、生存を賭けた戦い、そして意地を賭けた戦い。こと魔族との戦いは取るか取られるかであり、負けは全てを奪われる。我々にとってこの地は故郷であり、生きていく為に必要な場所なのじゃ。勝敗に関わらず、戦争を仕掛けられたのなら全力で守る。死ぬと分かっていても引けぬのじゃ」

 ドワーフたちの覚悟がひしひしと伝わってくる。その空気に飲まれる正孝。戦争はカサブリアで経験しているものの、あれは攻めの戦いであり今回のは守りの戦い。それも籠城戦となれば前回とは真逆。自分が今現在どんな状況に置かれているのかをようやく知る。

「……るっせぇな、御託を並べてんじゃねぇぞ。戦争なんざ敵をぶっ殺して自分が生きてりゃそれで良いんだよ」

「脳死おじさんは黙ってなよ。もうその話終わってるんだからさ」

「……あぁ?今タイミングばっちりだっただろ?」

 空気の読めない男だと白けた空気が流れたところで、咳払いが聞こえた。

「ま、とにかく……この戦いは熾烈を極める。配置に関しては綿密に話合い、敵に備える」

 ドゴールは話を戻して、地図を確認する。そこでようやく最も重要なことに気づく。

「つか、魔族魔族って言うけどよ。国の存続云々ってことは魔王でも出てくるってことなのか?」

「……ったりめーだ。俺に参加を頼んでんだぞ?魔王でも出なきゃそうはならんだろ」

 ガノンが腕を組んで鼻を鳴らす。その傲慢な姿勢に顎髭に手をやり、考えるようにドゴールは唸った。

「本来魔族は一対一で勝てるような手合いでは無い。並の兵士が戦ったら魔族が一、人間が六で対等。ガノン殿はその点で言えば一人で十体以上でも相手に出来る。まぁ、奴らもそんなに簡単ではなく、上級、中級、下級に別れるが……言っても我々白の騎士団からしてみれば物の数では無い。……そしてここからが本題だ」

 勿体ぶってチラリと鋼王を見た後、ガノンたちに向き直る。

「ガノン殿の言う通り魔王が進行中だ。それも大軍を連れてな……奴らは本気で我々を殺しにくる。だからこそこう言ってはなんだが……我らの為に死んでくれ」

「なっ!?お前何言ってんのか分かってんのかよ!そんなもん出来るわけねぇだろ!!」

 唐突すぎて飲み込めない正孝は声を荒げる。しかしガノンとアリーチェはそこまで意に介していない。

「!?……お前らはなんでこの状況で平気な顔してんだよ!!よく知らねぇ奴らの為に死ねって言われてんだぞ!?」

「……騒ぐんじゃねぇよ。当たり前のことを大げさに言ってるだけじゃねぇか」

「そーそー、ガノンみたいな腕っぷしだけの奴が稼ぐ方法なんて戦いの場にしか無いのよ。白の騎士団というブランドは大金吹っ掛けるのに丁度良いんだから」

「?!……手前ぇは余計なこと言うんじゃねぇ!!」

 アリーチェの頭をわしわしと乱暴に撫でた後、ガノンは顔を上げる。

「……然るべき物を貰えるなら俺は文句無く魔族をぶっ殺す。俺の要求を飲むならこの命、惜しくはねぇ」

 鋼王は眉間にしわを寄せる。どれ程の額を要求されるのか、今のガノンたちの会話から測りかねていたからだ。金銭の要求額を聞こうと口を開いた時、いつの間にか近寄っていたドゴールが鋼王に耳打ちする。

「……なっ……ラルフの懸賞金取り下げじゃと!?」

 あれだけコケにされたラルフを野放しにするという要求に頭が混乱する。
 何故ラルフ本人ではなくガノンが取り下げを要求するのか?ガノンとラルフはどういう関係なのか?何か裏で繋がっているのか?分からないことに頭を悩ませる。
 だが答えは決まっている。国の為、民の為、私情を挟むことがどれだけ愚かしいことなのかは重々承知なのだ。

「……分かった、取り下げる。すぐに各国に伝達せよ。……これで良いか?」

 ガノンは今日一番の笑顔をここで見せた。その顔は獣の威嚇と言って過言では無いほど醜く歪んでいた。

「……良いねぇ……話が早くて助かるぜ」
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