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第八章 地獄

第二十五話 兆し

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「ちょっと何なのよ!ここまで歩かせといてそれは無いんじゃないの!?」

 黒曜騎士団の団員を前にヒステリックに叫ぶのはSM嬢のような奇抜な格好で相手を威嚇するティファル。ようやく辿り着いたアルパザでとりあえず通された高級宿「綿雲の上」で報告を聞いていた。
 ラルフ一行と思われる連中を取り逃がしたこと、それ以降一切動向を掴めていないこと、関係者と思われる骨董品店「アルパザの底」の店主と服飾店「ローパ」の女性店員の計二名から情報提供を求め、話を多少なりとも聞いてはいたが、決定的な何かを掴む前に二名とも姿を消したということ。
 この呆れ返るほど無能な行動に八大地獄の面々は心の底からため息を吐き、わざわざここまで来たことに後悔していた。

「ふむ……完全な無駄足だったようだな」

「申し訳ございません!まさかこれほど迅速に逃げに転ずるとは思いもよらず……事情を知っていた二名もあっという間にこの町を出て行ったようでして……」

「何故じゃ?この町には簡易的ではあるが検問を敷いているはずじゃろ?出て行こうとする二人を止めるのは容易であろうに。それともそこまで黒曜騎士団とやらは情報伝達に難があるのかのぅ?」

 グサッと刺さるようなトドット爺さんの言い草に小さな苛立ちが芽生える。だがそれを覆い隠して首を振る。

「いえ、それが骨董品店の店主は密かに隠し通路を設けておりまして、町から大荷物を引っさげてこっそり出て行ったようです。自分たちに疑いの目がかかるのを懸念して抜け出したものと思われます」

「なるほどのぅ、関係者に協力を仰げないほど信頼されておらんわけか。この町の警備関連を担っているとは思えん体たらくよ」

「……お言葉ですが、この町の警備に入ったのはつい最近のことでして、信頼関係を構築中の出来事でした。もちろん我々の不甲斐なさは重々承知しておりますが、今回の件に関してはラルフ一行並びにその関係者二名の異常な警戒心が災いしたものと考えております。とはいえ取り逃がしたことは事実。せっかくご足労いただいたのに無駄足を踏ませてしまったことには大変申し訳なく……」

 騎士が言い終わる前にバンッと机が叩かれた。ドキッとして机を見ると、十代の少年テノスが机に手を置いて睨みつけていた。

「うだうだ言いやがって……言い訳なんざせずに謝罪してりゃ良いんだよ。恥ずかしい連中だぜ」

「なっ……!?」

 そろそろ我慢出来なくなって身じろぎが多くなる。ミスしたことは確かだが、そこまで言われることに納得がいかない騎士はテノスを睨む。テノスはニヤリと笑いながら立ち上がった。

「何だよ?やる気か?」

「よせテノス。相手は一応友好国の騎士。せっかくの同盟を無駄にしては勿体ない」

 八大地獄のリーダーであるロングマンは手をかざして好戦的なテノスを止めた。

「そこな騎士。ラルフ一行とやらの動向を掴めていないそうだが、この町に其奴はまだ居ると思うか?」

「……それは……」

 騎士は目を泳がせながら考える。それというのもラルフ一行と思われる二組はいずれも逃げ方が独特だった為だ。一組は忽然と消え、もう一組は竜の背中に乗って彼方に飛んで消えた。もしかしたら既にこの町を去り、居ない可能性の方が高いのだが、そうと言い切れない事柄が一つあった。

「先ほど報告の中にあった服飾店「ローパ」にてオーダーメイドのドレスを注文したようです。どうやら注文は未だ生きてるようでして、頃合いを見計らって取りに現れるのではと昼夜交代で店で張り込みを続けています。この町に隠れ潜んでいる可能性も考慮して厳戒態勢を敷いています」

「なるほど。ならば取り敢えず町民ごと潰してしまうか……」

 突然何を言い出すのか?目を瞬かせながらさっきのセリフの意味を考える。

「ちょ……町民ごと……?」

「うむ。虱潰しというのも面倒であるからな。後は我らに任せ、騎士の全員を退避させよ。退避完了後に焼くか、絞め殺すか、磨り潰すか……我らの技に対抗出来る能力を持っているなら其奴らを炙り出せるし、何もなければイルレアンの……いや、マクマインの悲願は達成されるであろう」

「いや待ってください!町民ごとなどあり得ません!人道に反しています!!」

「あはは!人道ってマジ?!私たちのチーム名を知ってそのセリフを言ってるんなら超お笑いなんですけど!」

 それまで黙って見ていた今時女子のノーンはケラケラ笑いながら騎士を馬鹿にする。騎士はその笑いに戦慄しながらロングマンに助けを求めるような視線を送る。

「我らは冥府の番人。生きるも死ぬも魂に変わりはない。むしろ地獄が繁盛して暇つぶしに丁度良い」

 ロングマンは至って冷静に伝える。そのどうしようもないほど薄気味悪い空気に騎士は後ずさりした。

「く、狂っているのか……?そんなことに我々は手を貸せない!」

「?……貸す必要などない。言ったろう、退避すれば良いと。この町から一時退避することも出来ないのなら、共に死んでもらっても構わないが……マクマインにはどう言い訳をしたものか……」

「必要ないだろ。文句があるなら説得する、それでも駄目なら殺せば良い。今やっていることと何が違うんだよ」

「ふむ、一理ある」

 彼らは騎士の常識から逸脱し、勝手に話を広げる。騎士に残された選択肢は二つ、生きるために町民に黙って退避を選択するか、それとも抵抗して一緒に死ぬか。人道を説くなら後者だが、自分を取るなら前者となる。町民皆殺しで話がまとまりつつある中、八大地獄で一番体の大きいジニオンが慌ただしく部屋に入ってきた。

「おいテメーら!壁の外を見ろ!凄ぇことになるぞ!!」

 何が何だか分からないが、嬉々として伝えてきた。疑問符を浮かべながらも皆それに従って外に出る。特に何ともない町の風景にさらに疑問を持つ。

「何も無いではないか?」

「違ぇよ!壁の外だっつったろ!パルスの奴が感知したんだ。すぐにデケェ何かが起こるってよ!!」

 興奮冷めやらぬジニオン。彼自身も何かを感じ取ったと思える行動に一同表情を硬くした。ロングマンは一緒に出てきた騎士に視線を送る。

「すぐに壁の上に案内せよ」

「馬鹿そんな暇ねぇよ!足があんだろうが!とっとと壁の上に行くぞ!!」

 案内を断るとはどういうことか?騎士は不思議に大男を見たが、その答えはすぐに分かった。

 ダンッ

 地面が抉れるほどの脚力から放たれた衝撃は大男の体を宙に浮かせて、瞬く間に建物の屋上へと登らせた。それを繰り返せば確かに案内するよりも早く壁の上には行けるだろうが、そんなもの常識では考えられない。

「何よあいつ。強引すぎでしょ」

 だが、八大地獄は常識では測れない。次々にジニオンを追って空へと飛んでいく。見た目はヒューマンだが、その身体能力は人間ではない。あっという間に壁の上に立つと、既にそこで待機していたパルスと妖精のオリビアがくるっと振り向いた。

「パルスよ、何があった?」

 少女は前を向くと、遠い雲の先を指差す。その指で示された場所を追って目を凝らしていると奇妙な現象を目にすることになった。

『ひ、光の柱……』

 オリビアは体を震わせながら空を照らす灯りを見る。破滅の前兆、厄災の兆候、死の予兆。良からぬことの前触れに現れる光の柱はオリビアにとってのトラウマ的象徴であった。

「あれは目覚める直前に夢に見た光……なるほど、彼奴を解き放ったのは彼奴自身ではない。あれを発生させた何かということだな?」

「ゾクゾクするぜ……こんなことは久しぶりだなぁおい!」

 狂喜乱舞する戦闘狂。光の柱が消えて尚、しばらくその場所から目を離せない八大地獄のところに、息を切らせながら騎士がようやく追いついた。

「はぁ……はぁ……!い、一体……何があったんです!?」

「そうだな。アルパザには例の連中が居ないことが判明した」

「は?そ、それは本当ですか?!」

「うむ、我らは急ぎ南の方角に下る。もうついてこなくて良いぞ、彼奴等を逃したくは無いのでな」

 暗に遅いと言われているが、これほどの身体能力を見せつけられれば納得出来る。

「ではな……」

「あ!ちょっ……!!」

 騎士は止めようとしたが、お構いなしに八人は壁から外側へと飛んで森に消えた。
 暴風の如く危険な連中は、その光に向かって南下する。噂の怪物と相見える為に……。
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