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第八章 地獄

第九話 予定外の事態

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 空中浮遊要塞スカイ・ウォーカーがゆったりと進む。町中で騎士達に取り囲まれた経緯から危険を感じ、さっさとホルス島に向けて出発した。ラルフが服屋から戻ってドレスの件を伝えたところ、アルルが盛大に駄々をこね始めた。

「ヤダヤダっ!私もパーティーに参加したい~!!」

 今回は既製品のみ手に入った為、オーダーメイドのジュリアとアルルは必然お留守番となる。普段は大人びた印象を見せるアルルも、この時ばかりは十代の女の子に早変わりする。特にブレイドが参加出来るのに自分が参加出来ないとあっては駄々をこねざるを得ない。

「しょうがないだろ?アルルは既製品が体に合わないんだから……」

 ブレイドはアルルを宥める。今回手に入ったのは男性用のスーツが二着、女性用ドレスが六着である。となれば参加する男性はラルフとブレイド、女性はミーシャ、ベルフィア、エレノアとあと三名。アンノウンは自分で作成するので別枠での参加となる。

「や~だ~っ!もうこのままで行くぅ!」

 ブレイドはお手上げといった風にラルフを見る。ラルフは顔をしかめながらアルルの服装を見た。

「つってもそのワンピースじゃドレスコードに引っ掛かりそうだし……」

「そんなの……!ゴージャスだけがドレスじゃ無いですぅー!これだって立派なドレスですぅー!」

 生活感漂うくすんだ色のワンピースをシワを伸ばすように引っ張りながら主張する。誰より大きくツンッと張った豊満な胸に思わず目がいったがハッとして頭を振った。

「気持ちは分かるが、ドレスってのはこういうのを言ってだな……」

 手元にあった既製品のドレスをかざす。真っ白で美しいシルク生地のドレスは、私服などとはまるで違う雰囲気を醸し出す。パーティー用の作りは煌びやかで、どこか空想の世界を思い起こさせる。目の当たりにすれば自分がどれほど愚かなことを言っているのか理解出来た。アルルはぐぅの音も出ずに泣きそうな顔でドレスを睨みつける。

「あー……えっと……」

 ラルフはその目に同情した。例えば体が大きすぎたり小さすぎたり、太っていたり起伏に富んでいたりすれば、日常生活で使う私服ですらオーダーメイドでないと駄目だったりする。アルルは一般女性に比べればそれこそ起伏に富んだ体をしている。手作り感漂うワンピースくらいしか着る物が無かったと思えば同情もする。

「そうだなぁ……そのワンピースをよく洗濯して、今以上に清潔感を保てばもしかしたら……もしかするかもしれないぞ?」

 アルルの恨みの篭ったドス黒い目が、一瞬にして希望溢れる輝かしい色に変わった。

「本当ですか?!」

「まぁ無理言えば入れるだろうからさ。会場ではアルル一人だけ浮いちゃうかもしれないけど、それで良ければ一緒に行こう」

「はい!!」

 アルルは一気に顔が明るくなり、その場で厚手のワンピースを脱ごうと服を掴んだ。すぐにでも洗濯をしようと先に体が動いたのだろう。それをブレイドは焦って止める。

「待て待て!脱ぐならせめて自分の部屋で脱げよ!」

 当然の指摘だ。ラルフは少し残念に思ったが、雑念を振り払ってアンノウンが買ってきた服の山を指差す。

「新しい服があるから好きなの取って行け。無論、着替えるのは自分の部屋でな」

 アルルは元気いっぱいに返事していそいそと服を選び始めた。

「すいませんラルフさん。アルルがご迷惑を……」

「何言ってんだよ。普段は我慢してばっかなんだから、こんな時くらい我儘言っていいだろ。ほら、ブレイドもスーツを試着してこいよ」

 ラルフはブレイド用のスーツを手渡す。ブレイドは頭を下げてラルフの元を離れた。ラルフは小さくため息を吐きながら自分のスーツに手を伸ばす。大広間ではアンノウンの買ってきた服に興味津々の人だかりが出来ていた。いや、この場合魔族だかりか?ミーシャもはしゃいでいる。

「……服にはあんま興味なかったのにな。変われば変わるもんだ」

 フッと微笑みながらラルフも自室に戻った。



 ホルス島には四つの監視塔がある。その監視塔は敵の発見を知らせるだけにとどまらず、島周辺の天気や風の向き、波の高さなどを観測可能だ。敵の襲撃以外は年に一度くる大時化おおしけくらいしか変化のないこの島で、監視塔の仕事は暇以外の何物でもなかった。
 監視塔に詰めている当直はトロピカルジュースを口にしながら椅子の背もたれに寄りかかっていた。暇すぎて欠伸まで出る始末。このまま仮眠に移れそうな程うつらうつらしていると「ピー、ピー」と甲高い音で異常を観測した。ドキッとして机に組んだ足を下ろす。滅多にないことが起こったので誤作動かもしれないとすぐに異常を確認した。

「!?……これはなんだ?」

 当直の男は慌てて通信機を手に取る。

「監視塔から本部へ!監視塔から本部へ!応答願えます!」

『……ジジッ……こちら本部。おい、どうした?気流が変化して雨でも降るのか?』

 本部で通信を取った男は半笑いで返信する。

「異常事態だ!敵の襲撃の可能性がある!今すぐ誰かを寄越してくれ!!」

 緊急事態発生。先ほどまで半笑いだった男の声が引き締まったものになる。

『了解。すぐに人を送る』

 程なく武器を携えた戦闘員が到着する。当直の男は異常箇所を指差しで伝え、屈強な男がそれを確認した。その異常とは、そこにあるはずもない何か大きな建造物が気流を遮り、そこにぽっかりと空白を作っているというもの。
 しかし目の前にあるはずの異常はまるで計器の誤作動であるかのように何もない。当直の男は敵の襲撃であれ、計器の誤作動であれ、自分に非は無いと確認する為にも人を寄越させたのだが、事態はもっと大変なものだった。屈強な男が何かに気付いたようにハッとして呟く。

「馬鹿な……早過ぎる……」

「早いって?何が……?」

 屈強な男は即座に通信機を手に取った。

「本部。今すぐアロンツォを呼んでくれ。例の奴らがもう既にここに来ている」

 その名を聞いて驚く。

「アロンツォ様を!?一体どういうことですか?!」

「お前が知る必要はない。本来なら次の当直が聞く予定だったのだからな……」

 通信機を乱暴に置くと、目の前に浮かんでいるであろう建造物を見るように虚空を見据える。その顔は不満に満ちていた。

「……魔族を迎え入れろと?チッ、ふざけやがる……」
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