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第七章 誕生

第三十二話 隙間

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 その気配はどんどん大きくなる。徐々にではなく、かなり速い。その気配に呼応するように、サトリはゆっくりと振り返った。

『んー……何だか凄く忙しないように感じますが、何かあったのでしょうか?』

『ほら、彼だよ。最近静かにしてたのにどうしたんだろうね』

 いつも話す古き友人と疑問を共有していると、突然やって来た大きな気配は言葉を紡いだ。

『……友よ、私が聞きたい事は三つだ。一つ、何故そなたは体を持っている?二つ、最近「箱庭」に干渉している者がいるが、誰かな?三つ、守護獣ガーディアンの気配が二つ消えているのは何故か?』

 唐突な質問。余計な会話をせずに本題に入るのは決して悪い事では無いのだが、情緒が無さすぎて質問された者によっては不快に感じる事だろう。彼はこういう性格である。それを知る二つの超常の存在は含み笑いで応じた。

『なんだい君は?ずっと寝ていたのかい?もう他のみんなはとっくに気付いているよ』

 嫌味を混ぜつつ滑稽を楽しむ。答える気の無い友達を尻目にサトリが答える。

『ふふ、一つは気紛れ。二つは私とアトム。三つは破壊されたから、ですね』

 浮かぶ気配は少し考えながらまた質問をする。

『……二つ聞きたい。一つ、アトムとは誰か?二つ、守護獣は誰に破壊されたか?』

『誰、と言われても困りますね。単なる呼び名ですし、私達は個として存在する事を止めたのですから、その質問は答えられませ……いえ、そうですね。最近破壊されたダークビーストの創造主と言えば分かりますでしょうか?』

 気配の主が「アトム」が誰であるかを認識した所で次の質問に答える。

『守護獣は箱庭の魔王に破壊されました。旧神ナーガと先程も申し上げたダークビーストの二体です』

『……一つ質問。その魔王とは一体……』

 サトリはニコリと笑うと、嬉しそうに答えた。

『私の作った地上最強の魔王です。その名はミーシャ。少し強く作り過ぎましたかね?』

『なるほど……最後に一つ質問』

『どうぞ』

『ナーガが破壊されたという事はつまり……』

『……藤堂 源之助は脱出したのかって?したさ。とっくに』

 サトリの代わりにもう片方の存在が答える。

『でも安心しなよ、既に八大地獄が動いている。近い内に方が付くだろうさ。そんな事よりもさ、僕らも固有名詞を付けてみないかい?サトリやアトムの様に』

『サトリ?』

 その疑問にサトリが手を上げてアピールした。彼女の存在を確認すると次の質問に移った。

『……一つ、固有名詞は箱庭の存在と重なる恐れがあるからとそなたが禁止にしていたはず。何故今になってその様な……』

『あー、それね。よく覚えてたね。当時は面倒だったし、覚えてられる自信もなかったから適当に言ったんだ。現にみんな好き勝手やってたから、会う事もほとんど無かったし、名前なんて有っても無くても一緒だったでしょ?けど最近固有名詞に興味が出たからさ、永遠の時の中の一興だと思って付き合ってよ』

 名前を考えているのか、それとも騙されていたのに憤慨したのか。いずれにしても質問ばかりしていた気配は黙ってしまった。

『体を作るともっと楽しいですよ?』

 そこにサトリが名前以外に追加で差し込んでくる。しかしそれにはすぐに答えた。

『……体はいい。自由がなくなるのでな』



「てかさ、マジで手を組んだのかよ。姉ちゃんは何て?」

 八大地獄の拠点、北の大陸「ガルドルド」。そこに最近やって来た公爵を名乗る男との会談。公爵の提示する条件と、こちらが求めるものの奇妙な一致が、長い時から目覚めた彼らの初めての平和的解決を選択させた。

「ふむ、ティファルなら割とすんなり快諾してくれた。頭の良い子だ。暴れるにせよ、やり方は幾らでもあると分かっている。それに手を結んだ方が戦いに限らず、他の娯楽にも手を付けられるというもの。せっかくの狩りだ存分に楽しもうではないか」

 ロングマンはサラサラと紙に文字をしたためる。テノスから見れば単なるミミズ文字だが、それは達筆と呼ばれる読みにくい文字だった。筆を置いて紙に墨汁が染みるのを待つ。多少乾いた所で目の高さまで持っていくと、その出来栄えに満足したのか、一つ頷いて机の端に紙を置いた。ロングマンの言葉を側から聞いていたトドットはため息を吐く。

「はぁ……楽しむ、か……儂らには感覚的な部分が欠落しておる。娯楽なんぞ有って無い様な物では無いか?」

「それは違うぞトドット、全ては気持ちの問題だ。花を愛でて綺麗だと思える感性さえあれば、他はどうとでもなる。我が保障しよう」

 風流を楽しめと説法を説いていたその時、カッカッカッとヒールで廊下を歩く小気味良い音が聞こえてくる。ヒールを履いているのはティファルだけだ。間も無く甲高い声でこの部屋一杯に音を充満させ、耳を障る事だろう。

「ちょっと!ノーンが縄張りを主張し始めたんだけど!?ロングマン何とか言ってよ!」

 やはり来た。テノスはあからさまに耳を塞いでいる。ロングマンはティファルの言葉を聞いてトドットに顔を向けた。

「そら見た事か。全ては気持ちの問題だと言っただろう?ノーンの様に自分に正直になれば多少感情が欠落していても何とでもなるんだ」

 トドットはロングマンの言い分に一応納得し、ひょうきんに肩を竦めた。

「聞いてるのロングマン!」

「まぁ落ち着け。ノーンは一人になれる部屋が欲しいのだろう。彼女は年齢的には思春期真っ盛り。拠点に居る時くらい好きにさせてやりなさい」

「そうやってすぐ甘やかす!ワタシの気持ちも考えてよね!」

 バンッと勢いよく扉を閉めた。

「……姉ちゃんのスイッチがどこにあるのかよく分かんないな……」

 テノスは呆れ気味に呟く。

「……トドット。パルスはどうしている?」

「相変わらず高台で口笛を吹いとる。オリビアも恐怖からか辛抱強く付き合っとるわい」

「そうか。近く移動するからな。主からあの子に知らせて……いや、我が後で行こう」

 椅子の背もたれに身を預けて天井を見る。

「確かあの何とかって公爵、ラルフ一行をどうにかしろって言ったんだよな?ラルフって何者なんだ?」

「ふむ、聞く限りではただの人間だ。しかし、それだけでは無い何かを感じる。我の推察ではラルフとは源之助の奴が名乗っている今世の通り名ではないかと疑っている。もしそうだとしたら、手を組んだ方が目的遂行が早くなるとは思わんか?」

 目だけでテノスを見ると、彼は何度か頷いた。

「なるほどね、ようやく納得出来た。そりゃ判断が早いわけだ」

 チャリッと懐からネックレスを取り出す。公爵に渡された通信機だ。

「使える物は何でも使わんとな……」

 ロングマンは今後の事を思い、不敵な笑みを浮かべた。
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