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第七章 誕生

第十六話 マクマイン

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 イルレアン国。技術大国であり、人族の憧れの地である。中でもここ、王都は王が住まわれるだけあって都市化が進み、夜でも明るく、賑わいを見せる。
 特出すべきは民度の高さだろう。犯罪者集団を一掃し、安心で安全な国を目指した為に、犯罪発生率も激減。軍事国家であり、力ある騎士が犯罪に立ち会うので、進んで犯罪に手を染めるような間抜けは淘汰された。これが独裁国家の始まりだと警鐘を鳴らす者もいるが、それはごく少数であり言論封殺もされず哀れに叫ばせている為か、陰謀論だと鼻で笑われるに至る。良い意味でも統治者にとってやりやすい国になっていた。

 マクマイン家の家紋が彫られた馬車内で物思いにふけながら邸宅に戻る。アルパザから戻った後はずっと仕事に明け暮れていたので、ふと緊張の糸が切れた様にぼーっとしていた。城下町に目を向け、国民に授けた平和を眺めていた。

(これが……私の成果か……)

 ジラル=Hヘンリー=マクマイン。今や国王より人気で有名な男。マクマインは民衆が何気なく歩く街を車窓から眺め、考え事をしていると馬車が止まる。御者が扉を明ける直前、公爵は頭を振って表情を締めた。

 ガチャリッ

「旦那様、到着いたしました。どうぞ」

「……うむ」

 馬車を下りて玄関を見ると、女使用人と高級なドレスに身を包んだ美麗な女性が立っていた。

「おかえりなさい、あなた」

 真っ先に公爵に声を掛けたドレスの女性はその口ぶりから妻である事が伺える。それに合わせて女使用人たちも頭を下げた。

「おかえりなさいませ旦那様」

「ああ、ただいま」

 城内では決して見る事の出来ない優しい微笑みを見せながら邸宅に入る。彼の邸宅は小さな町の領主程度の大きさで、調度品もあまり無くこざっぱりしている。慎ましい生活様式は国民から愛される要因の一つだ。もっと贅沢に暮らして欲しいと考える者までいるくらいに尊敬されている。

「珍しいな、君がここにいるのは……魔法省での仕事は今日は良いのかい?」

「ええ、大丈夫です。久々に落ち着いて就寝したいと思いまして……」

 彼女はアイナ=マクマイン。有名な魔導士の血統を継ぐ彼女は現在、魔法省の局長を務めている。天然パーマのくせ毛を腰まで伸ばし、顔は左半分が隠れてしまっている。ピタッと肌に吸い付くドレスを押し上げる起伏に富んだ見事な肢体は艶めかしく男を誘う。ほとんど陽の光に当たらないからか肌は真っ白である。

「いつもすまないな。君のお陰で私は今の地位にいる」

「何を仰います。あなたが自分で成した事ですよ。謙遜なされず、堂々としていて下さいませ。あなたの邁進する姿を見るのは私の幸せなのですから」

「……ふっ、君にそう言ってもらえて私は救われている」

 食卓に着くとすぐに料理が運ばれてくる。そんな中でも会話は止まらない。

「アイナ。君の最近作ったあの魔道具だが、少し改良を加えて欲しいと思ってね……」

「食卓にまで仕事の話は持ち込まないで下さい」

「……ああ、すまない」

「魔法省に書類を提出してくださればすぐに対応します。何なら視察に来られても宜しいのですよ?」

「はははっ、良い提案だ。予定を見ておこう」

 高級な葡萄酒を飲みながら二人で楽しく会話をする。使用人は一切喋る事なく淡々と料理を運び、葡萄酒を注ぐ。

「そういえばあの子達はどうしている?」

「元気ですよ。魔法省管轄の学園で学ばせています」

 二人の間に出来た三人の子供。
 長男ファウスト、次男ツヴァイ、三男トロワ。優秀な遺伝子を持つ次世代の三兄弟。

「ファウストとツヴァイは優秀そのもの。特にファウストは魔法の才も武の才も両方秀でています。良き跡継ぎとなってくれるでしょう」

「そうかそうか、それは楽しみだな。残りの二人はどうだ?」

「ツヴァイは物覚えが良く、魔力も潤沢なので良き魔法使いになるでしょう。大きくなったら是非魔法省で働いてもらいたいです。トロワは……」

 そこで言葉が詰まる。

「?……どうした?」

「あ、申し訳ありません。えっと……トロワは面倒臭がりで興味の幅も狭く、教師が苦労しています。魔力の総量は三兄弟の中では一番ですが、それを活かそうとしないので宝の持ち腐れとなっています。少しばかり矯正が必要かと……」

「ふむ、今は十才か?良いだろう。話し合いの場を設けよう。久々に息子達に会いたい」

「宜しくお願いします。しかしこう言っては何ですが、いったい誰に似たんだか……私が付いていながら情けない事です」

「慌てることはない。三人共私たちの子供だ。心配しなくてもすぐに並び立つさ」

 そんな会話を続けながら食事を済ませた二人は口を拭い、どちらからともなく見つめ合う。程無く公爵は顎鬚を撫でながらニヤリと笑った。

「……アイナ、久々にどうだ?」

 特に何をすると明言しない相手に託す質問。しかしアイナには夫が何を言いたいのか即座に理解していた。愛する夫の提案。もう若くないこんな自分を求めてくれる夫が素直に嬉しい。顔を赤くしながらトロンとした目で見つめ返す。

「……ええ、是非」

 夫婦の間で交わされる蜜月の約束。求め会う男と女。湯気が立つほど熱い口付けから始まる濃厚で濃密な夜の宴は、二人の愛の巣を美しくも淫靡に染め上げた。



 スースー寝息を立てて高級なベッドで眠るアイナ。それを尻目に窓際に立ち、月夜に佇むマクマイン。目を細めて月を見た後、肩越しに眠るアイナを見る。よく眠る妻にフッと微笑むと、部屋から出て行った。ガウンのまま廊下を歩き、使用人の目を避けて書斎に入った。訝しい顔をしながら椅子に座ると頬杖を付きながらため息を吐く。情事の後で疲れているし、すぐにも寝つきたかったが、ある気配のせいで目が冴えてしまった。

「……何の様だ?王都には結界が張られていて都合が悪いのでは無かったか?」

「ふふふ……流石はマクマイン公爵、まだまだ現役ですなぁ。もっと戦場に足を運んでみてはいかがでしょうか」

 どこからともなく響き渡る声。マクマインは気配を探り、一番影が濃い場所に当たりをつけて睨み付ける。そこが丁度正解だった様で、影が立体的になる。第一魔王の敏腕執事”黒影”だ。

「お休みになられる所を申し訳ございません。お取り込み中だったので書斎にて待たせて頂きました」

「覗きとは趣味が悪い。プライベートの侵害はマナーに反するのでは無いかね?……もう一度聞こう。何の様かね?」

「あ、これは失礼いたしました。実は最近……と言っても多少間隔は空きますが、気になる方々と相対しましてね。もしやご存知ではと思いまして、この機に情報共有の為、馳せ参じました」

「ふむ、聞こう」

 頬杖を付いていた手を前に組んだ。

「ブレイド、という名をご存知ですかな?」

「初耳だ」

「本当に?私も遠くから見たので定かではありませんが、良く似た人物を見た記憶がありましてね。ほら、貴方が寄越した兵士が居たでしょう?確かガンブレイドを持たせていた、あの……」

「ブレイブの事か?ブレイドでは一文字違いの別人になるではないか。それに奴は死んだ。そんな妄言を告げる為に邪魔しにきたのか?」

「そんな言い方は傷つきますねぇ。彼が死んだのは理解しておりますとも。そのせいで我が王がご乱心だという事は貴方も知るところでしょう。もっとも、それを引き起こしたのは貴方自身であるという事もお忘れなく……」

 黒影は公爵を睨み付ける。公爵は冷静に黒影を見据えた。

「……まぁ、それは良いんです。ブレイブが死んだという事ですが、彼のご自慢のガンブレイドは回収されたのですかな?」

「それは……」

 回収出来る筈もない。ガンブレイドはある時期を境に持っていなかったのだ。今出回っているガンブレイドのオリジナルだけあって、研究の為にも回収したかったのだが、それは叶わなかった。もし当時から研究出来ていたなら、兵士に持たせる武器は全てガンブレイドになっていた事だろう。実に惜しい事だ。

「……なるほど、回収出来なかった様ですね。となるとやはりあれはブレイブの……エレノア様のご子息で間違いないでしょうな」

「……半人半魔ハーフ……だとでも?」

「ええ、その通りです。事実その力の片鱗を見ました。エレノア様にお伝えすべきかどうか悩んでいる所です。もし今の状態で知らせた場合どう反応されるか……」

 公爵は足を組んで椅子に背を預ける。

「ふむ……無駄な事に手を焼かれては面倒至極。ここは私も情報を収集しよう。しっかりと精査し、見極める。それまで何も言わぬように頼めるかな?」

「助かります」

「それで?いつ何処で見たのかな?」

「それが……人族の地理には疎く、ハッキリと場所が言えないのですが……共に旅をしているヒューマンなら分かります」

「なるほど、私も知っていればいいがな」

 黒影はニヤリと笑った。

「ふふ……それは問題ないでしょうな。ハットを被った忌まわしいヒューマン、確か……」

「……ラルフか……」

 公爵はため息混じりに声を出した。

「ええ、それです。その通りです」

「……何故あいつが関わってくるんだ?どうして!!」

 ガンッと肘掛けを殴る。

「落ち着いてください、怒りは分かります。その怒りはどうぞ本人にぶつけて下さい」

 黒影は踵を返した。

「……何処に行く?」

「急用は以上ですので退出しようかと」

「そうか。一応聞いておこう、他に気になる事は?」

 黒影は黙って少し考える。「あっ」と何かに気付いた様にピッと人差し指を立てた。

「公爵の奥方はかなりの美人だと伺いました。実際目の当たりにして驚きましたが、彼女のシルエットも何処かで見た記憶がありまして……」

「何を馬鹿な……アイナは国から出ない。他人のそら似だろう」

「あくまでもシルエットですよ。彼女よりずっと若い女性でした。確か名前は、アルルとか何とか。まぁ、これも部下からの報告ですがね」

 その名を聞いた途端に顔から表情が消える。

「……何処で?」

「同じ場所で、ブレイドと共にいましたよ。ふむ、気になる様ですね。そちらはお好きにどうぞ。それでは……」

 黒影は影に溶けて消えた。目が泳ぐ公爵。自分とアイナの第一子アルル。アスロンが連れ去り、二度と会う事も出来ないと思っていた娘の十数年ぶりの吉報。だが心が追い付かず、放心していた。
 そんなマクマインと黒影の会話をこっそりと聞いていた一つの人影があった。書斎の前で聞き耳を立てていたアイナは、誰にも気付かれる事無くそっと寝室に戻った。

「……ブレイブの息子……ブレイド……アルルが生きてる……」

 アイナも気持ちが追い付いていない。夫婦は別々の部屋で各々の問題を抱える。自分に何が出来て何をすべきか。黒影が落とした情報共有という名の爆弾に対して、結局答えは出ないままに夜は更ける。
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