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第七章 誕生

第一話 昔話

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 日もすっかり落ちた夜の闇に浮かぶ、空中浮遊要塞スカイ・ウォーカー。その大広間。

「こ……これは……美味しい……」

 デュラハン達は一様に驚いた顔で、ブレイド主体で作った料理に目を落としている。食材はこの要塞に保管されていた乾物を使用して作られていた。水で戻したり、調味料で味付けしたりしながら美味しい匂いを漂わせる。見た目はそんなに良いものでもなく、色合いも全体的にセピア色だったが、味は唸る程美味い。

「口に合ったなら良かったです。おかわりもあるので良かったらたくさん食べてください」

「く、口に合うなんてそんなもんじゃないわ。料理一つでこんなに変わるもんなの?」

 十女シャークはフルフルと体を震わせながら呟いた。色々な感情が渦巻いているその表情は感動により喜怒哀楽すべてが混ざり合った不思議な顔をしていた。

「……そ、そんなですか?」

 無理もない。第六魔王”灰燼”に仕えて百と数十年、食べ物といえば保存に適用した食材以外口にしていない。ほとんどが乾物で、七女のリーシャが密かに育てたキノコをたまに食す程度。腹を満たせるなら何でも良かったので、食材をそのまま丸かじりしていた。慣れてしまえばどうということはなく、駄々をこねる程の文句も無かったのだ。が、正直丸かじりに飽きていたのは事実。味も一定で食感も変わらないとなれば当然の事だろう。

「わたくしたちは何故これほど無駄な時間を……」

 ただ面倒臭がって作らなかっただけではあるが、ちょっとの変化でこれほど変わるのなら料理も会得しておくべきだった。
 でもよくよく考えてみれば、ブレイドほど上手く作れたとは限らない。長く味わえなかった分、感動も一入ひとしおなので、これはこれで良かったと姉妹全員、心の内で自身を慰めた。

「美味いよな、ブレイドの料理」

「当たり前ですよ。私の為に作ってくれてたんですもん」

 アルルは得意げに鼻を鳴らした。ラルフ達はブレイドの料理に舌鼓を打ち、そろそろ食べ終わろうかと思う頃、アスロンはふいに話をし始めた。

「……儂は生前、イルレアン国の魔法省で働いとった。儂の目指した魔法への探求、それを叶えてくれると思うての就職……じゃが、現実は汚職まみれの排他的な場所で、探求などもっての外。知れば知るほど儂の心に暗い影を落とした」

 しみじみと語り出すアスロンの顔は何処か悲しそうだった。

「儂はそんな魔法省の体質を特段改善する事もなく、粛々と魔法研究に精を出した。まぁ元は素晴らしい場所じゃし、書物は綺麗に保たれ、研究施設も完備しとったからのぅ。埃は被っとったが……そんな儂を疎ましく思う上司や同僚が居ってなぁ、度々邪魔が入ったものじゃ……そんな腐った連中を無視しつつ研究を重ねて十数年、ある権力者の登場で全てが変わった」

「権力者って……マクマイン公爵か?」

 アスロンの話を聞いてラルフは思い出したように口を出す。アスロンは少し驚いた顔でラルフを見た。

「……そなたもイルレアンの出かな?」

「いや、俺は行商人のキャラバン出だから国は関係ない。イルレアンの改革は有名なんで覚えてただけだ」

「へー、ラルフって行商人の子なの?」

 ミーシャが興味津々に聞く。

「……あ、そっか。あの時ガンブレイドを見分けた「審美眼」ってそういう……」

 アルルは以前ブレイドの持つガンブレイドの件で、ラルフが言った事を思い出した。商人の息子なら、小さい頃から審美眼を鍛えられていてもおかしくはない。その会話に一拍置いてアスロンはまた語り始めた。

「ジラル……いや、公爵は儂にとっても英雄じゃった。じゃがそれ以上に儂の心を掴んだのはブレイブの存在じゃ」

「親父……」

 ようやく出てきたその名前に敏感に反応する。

「そうじゃ、公爵の手足となって陰で荒事に従事した縁の下の力持ち。それがブレイブじゃ」

 アスロンの言から察するに、ブレイブもイルレアン出身で公爵の元で働いていた。今で言う黒曜騎士団団長ゼアルの立ち位置にブレイブが居たと思われる。

「親と一文字違いか……なんか言い間違えそうで怖いな……」

 ポツリとアンノウンが漏らした。隣に座っていたジュリアが「チョット!……ソレ不謹慎ダカラネ」と軽く肘鉄砲で小突く。

「しかしどういうワけか……「勇者」などという大層な肩書きを持つと聞いておルが、まルで知名度ノ無い勇者じゃノぅ」

「そりゃ非公式じゃからの……じゃが一応イルレアンの王様から賜った称号じゃ。例え歴史に刻まれんでも勇者であることは変わらん」

 ブレイブとアスロンはマクマイン公爵と接点があったようだ。それも結構近しい間柄だったのだろうと予想出来る。多少なりとも因縁があるだけにラルフにとっても見過ごせない話だった。

「複雑だな。まさか噂の大賢者がイルレアン出身で公爵とも繋がりがあったとは……」

「誰に何の関係があっても正直俺にはどうでもいい事です。アスロンさん、本題に移ってくださいよ」

 ブレイドは中々聞きたいことが聞けない現状に痺れを切らして声を上げた。それに追従する声も上がる。

「そうですわ。黒雲様の話を聞きたいのに横道に逸れすぎではありませんこと?」

 デュラハンの長女メラが口を出した。

「まぁそう急くな。儂とて元は人間、感慨に浸りたい時もある。それにのぅ、儂の話に関係ない事などないぞ?」

「?……それは、どういう……」

 アスロンは宙空に目をやり、思い出す様な口ぶりで話し始めた。

「ふむ……儂とブレイブは公爵と国の為に働いていた。儂は研究や開発、ブレイブは実動部隊という形での。ある日公爵から内示が下った。長ったらしい内容を簡単に要約すると「公爵が信じる最高の部下で編成したチームを率い、秘密裏に魔王軍に接近して魔王を討て」というものじゃった」

「つまりイルレアンの諸々が終了したから、ようやく魔族に着手できるようになったわけだ」

「まさにその通りじゃ。イルレアンの栄光がきっかけで公爵は”王の集い”に正式に参入が許され、次なる功績を欲っして魔王の首を取ろうと思ったってわけじゃ」

 魔王の首を取ることは人類全ての悲願であり、最も必要で重要なことだ。だが、その言葉の中にどうしても気になる文言があった。

「待った!……”王の集い”?」

 ラルフは裏の世界で生きてきて、情報を集めてきた。その名は耳に掠めてはいたが

「……実在するのか?」

「うむ、実在する。頂点の者同士が話し合って魔族との戦争や魔族に備える為の、ある種当たり前の機関。公爵から聞いた話では、森人族エルフ山小人ドワーフ獣人族アニマン人間ヒューマン魚人族マーマン翼人族バード一角人ホーン妖精種フェアリーの全八種の王達が集って出来たものとなる」

「そうか、なるほどなー……」

「そんなに不思議なこと?私たちに対抗するなら全人種が結託しても良いと思うけど?」

 ミーシャは首を傾げてラルフとアスロンを見る。

「理屈の上じゃそうだよ。でも魔族とやり合いたくない人種もいるし、そもそも戦いが嫌いな日和見もいる。この話で最も不思議な事は”王の集い”は気位が高いエルフによって作られたって事だ。歴史的に見てもまずあり得ない事だったんだ。この王族の中にエルフがいなけりゃ手放しで信じたかもな。ま、半信半疑って奴だ」

「嘆かワしい事じゃノぅ。自分達が生きルか死ぬかという事じゃというノに。味方同士でも信じル事が出来んとは……」

 ベルフィアは呆れたように諸手を挙げた。

「それが人間というものじゃ」

 アスロンは諦めた顔つきで目を瞑ると、一拍置いて目を開けた。

「……そして第一魔王”黒雲”との戦いが幕を開ける」
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