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第六章 戦争Ⅱ

エピローグ

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 廃墟と化したカサブリア城。
 その一室でゼアルは、自分の上司であるマクマイン公爵に報告を行っていた。ラルフに前の通信機を取られたので、魔法省に新調させた腕輪型の通信機。かなり渋られて、条件付きでようやく作ってもらえた。ラルフには恨みしかない。
 報告内容は、人類側の勝利に終わった事はもちろん、銀爪の完全討伐と魔獣人の殲滅を伝えた。一部の情報は敢えて隠して……。公爵は顎髭を撫でながら報告を聞き、ゼアルが話し終えてから一つ頷いた。

『……ご苦労。そこの片付けが終わったら、その足でクリムゾンテールに向かえ。獣王に報告を行うのに合わせて現状を探って来い』

 南の大陸、クリムゾンテール。カサブリア王国キングダムとは地続きの獣人族アニマンの領土。

「……それは古代種エンシェンツの確認でしょうか?」

『そうだ。奴らがキマイラと呼ぶ存在は、あの化け物に滅ぼされた。真相を探ると同時に古代種エンシェンツの巣の情報を抜け』

 アニマンが既に調査したであろう巣に関する資料を持ち出せというお達し。外交問題に直結する難題だが、ゼアルは二つ返事で肯定した。公爵はスケジュールを確認し始め、指で紙をなぞりながら顔を上げる。

『期日は……五日程度でどうだ?』

「問題ありません。お任せ下さい」

『うむ。お前には苦労をかけるな……』

 ゼアルは顔の険を取ると、口角を緩めて頭を下げた。

「勿体無きお言葉。この身は御身の為にございます。存分に使い潰し下さい」

『うむ。ああ、それと言うまでもないが、何かあればいつでも報告をせよ。……ではな』

 フッと公爵のホログラムが消えた。報告を終えたゼアルは「フゥ……」と肩の力を抜いた。

(今回のみなごろしの一件……伝えるべきであっただろうか……)

 敢えて省いた情報はミーシャだ。戦っても負けることが見えていたあの邂逅。公爵なら是が非でも戦う事を強要しただろう。
 極め付けは巨大アンデッド。自分たちが手も足も出せなかった瞬間など、もはやどう説明したらいいのか分からないレベルだった。

(いや、これで良い。鏖とラルフの乱入など、公爵の気を煩わせるだけだろう……特に最近は落ち着きを取り戻しつつある。ここでラルフの事など思い出させたら、またどんな癇癪を起こすか分からん)

 腕輪を見る度にあの草臥れた男を思い出す。拳はギシリと音が鳴るほど硬く握り締められた。あの顔面を一発殴ってやらなければ気が済まない。

「フゥー……落ち着け……私が取り乱してどうする……」

 怒りで熱した心を落ち着けて仕事に戻る為に立ち上がる。現在、バクス隊長の主導でアニマンと協力して情報収拾と片付けを行っている。自分もそこに参加し、さっさと仕事を片付けるべきだ。次の任務があるのだから。

 ゼアルはガチャリと扉を開ける。

「よぉ……ゼアル……」

 そこには三人の最強がたむろろしていた。右からガノン、アウルヴァング、アロンツォの並びだ。すぐには気付かなかったが、ガノンの後ろからヒョコッとアリーチェが顔を出した。

「貴様ら、どうした?何をしている?」

「聞きたいことがあっての。おぬしあのラルフとか言うのと随分と親しい風ではないか?どういう男なのか聞かせて欲しいんじゃ」

「余はあやつの仲間が気になる。何故あの様なヒューマンがあのチームの中心にいるのか。興味をそそられる」

 アウルヴァングとアロンツォはゼアルに詰め寄った。ゼアルは困った顔で答える。

「仲間については私にも良く分からない。あいつと会った時は鏖と吸血鬼の三人だけだったから……」

「はっ……つまりそれ以外なら分かるわけだ……手前ぇの知る三人の情報を俺たちにも共有しな……」

「弱ったな……次の任務もある。そう長いこと時間は取れんのだが……」

「え?一日中話すつもり?簡潔にまとめてよ」

 ゼアルはせっかく一旦忘れようとした記憶を掘り起こされる。一時だけでもあんな奴の事は忘れたいと言うのに周りはそれを許してくれない。

「勘弁してはくれんのか……まったく……」

 はぁ……と、ため息を吐きながら、さっきまで通信場所に使っていた部屋に誘導する。結局、外の手伝いを放棄し、そこから半日くらい恨み辛みも込み込みで情報を共有する事になる。



 マクマインは椅子にもたれかかる。

(……ゼアルめ、何か隠していたな……)

 本人の口から出てくるまで待ってみたが、結局触れもしなかった。こちらから問い詰めても良かったが、あまり時間はかけられなかったが為に早めに通信を切った。

「……そこに居るのだろう?出て来い」

 マクマインはおもむろに部屋の隅に目を向けた。見た感じ誰もいないし、何も置いて無い。もしこの光景を第三者から見ていたら精神を疑った事だろう。
 しかし、それと同時に第三者が居たら驚いたと思われる。何故なら部屋の隅の壁から黒いシミの様に影が浮き上がったからだ。そこから現れたのは人影から体を半分出す魔族の姿だった。

「黒影、こうして会うのはいつ以来であろうか……それで?わざわざこの私に文を出し、こうして現れた理由は何だ?」

 第一魔王の敏腕執事”黒影”。黒影は歩きながら部屋に侵入し、全身を露出しながら答えた。

「お久しぶりです公爵。イルレアンから離れ、この様な辺鄙な田舎まで移動して頂いた事にまずは感謝を……」

「ここは隠していた我が領地でな、視察がてらここまで足を伸ばしただけに過ぎん」

「左様でございましたか、まさに打って付けの密会場所ですね……それでは無駄話はこのくらいにして、本題に移りましょう」

 その瞬間。空気がピリッと緊張感のあるものに変わる。

「我々は助け合えます。前回はあなたからのお誘いでしたが、今回は私共からお誘いいたします。協力し合い、我らに仇なす敵を打とうではありませんか……」

「ふん、何かと思えば……一昔前の和平を結び直そうと言うのか?貴様らが放った狂犬のせいでこちらがどれほど被害を被ったのか考えた事もあるまい?余程の事が無い限りそれには応じられんな。……因みに一体何をしようと言うのか話だけでも聞いてやろう。答え如何によっては協力だろうが何だろうが考えてやらん事もない」

 凄まじい上から目線だ。相手が魔族である以上、戦いの一線を退いたマクマインに勝ち目など無いはず。だが、あの魔族側から協力要請を恥じも外聞もなくしてきたと言う事は切羽詰まっていると見たほうが妥当だ。
 交渉により優位に立てれば、まずは自分の命が安定する。国も魔族進行の恐れがなくなり、安心安全を勝ち取るという寸法だ。単純な発想だが、安地の確保は何より大事である。黒影はほんの少し間を置いて口を開く。

「……みなごろしの討伐を計画しておりまして……」

「乗ったぁ!」

 一も二もなく、すぐさま和平交渉に応じる。皆が知る由もない秘密の場所で許されざる裏切りが発生していた。鏖に対して、手詰まりでどうしようもなくなっていたところに現れた光明。マクマインの目は大きく見開き、鏖討伐の日を夢見る。魔王を味方に付けたマクマインは勝利の様子を幻視する。

「流石はマクマイン公。貴方なら手を取ってくれると信じておりました。過去のいがみ合いは忘れ、我らの未来を取り戻すのです」

 黒影は演劇の様に大げさにマクマインに伝える。しかし、既にマクマインの目には黒影の姿はなかった。黒影の喜びを尻目にマクマインは呟く。

「……我が夢。必ず成就させる」
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