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第六章 戦争Ⅱ

第三十六話 信じる心

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 白絶はパズルのピースを探す。ミーシャの頭を魔法糸でいくらこねくり回しても出てこない心の扉の鍵。ヒューマンに声を掛けられた時に糸を追加し、その後も限界まで追加するも効果なし。束になってこじ開けようとしてもビクともしない。
 最悪なのは単体に使用した事もない膨大な数の魔法糸を、ミーシャは無意識に突破しようとしている事だ。手足を縛り、自我を封じたのに未だ動こうとする化物。これ以上魔法糸を生成すれば魔力が枯渇する。今戦わせている連中の魔法糸を切ってミーシャに回す事も考えたが、彼女を押さえるのに必死な状況で邪魔者が増えるのは不味い。

 あのヒューマンが話しかけるまでは完璧に掌握出来ていた。後は時間を掛けて奥底に眠る心の核を手にするだけだというのにそれが出来ない。

「……なんて言ってた?……あいつの名前……そうだ……ラルフだ……」

 白絶は顔を上げる。激戦を繰り広げる操り人形たちと喪服女。戦況を知る為に視界を共有し、デュラハンと吸血鬼の戦いを覗く。
 デュラハンは二対一ならある程度余裕で戦えている。強そうなヒューマンが加勢すると多少不利になるが、頼みのヒューマンは劣勢な場所に向かうようで一箇所に留まらない。その内疲れるかダメージを負って足手まといが出ればこちらが勝つ。
 吸血鬼の方は見てくれはかなり劣勢だ。彼女が尋常ならざる再生能力でなかったらとっくに敗れている。致命傷にならず無限とも思える体力を有するからその内吸血鬼が勝つだろう。何の事は無い。時間を掛ければジリ貧で勝てる。あっち側の人数がこちらを上回っていると言ってもそこまで強いわけではないと思えた。

「……ん?……あのヒューマン……さっき殺したような……」

 黒服で身を包んだ強そうなヒューマンは確かに魔法糸で真っ二つにしたはずだった。殺した後消滅した事を鑑みれば何かの魔法の可能性があったが、この空間内では魔法の創造物は消滅する。特異能力か、はたまたただの他人の空似か……。

「……ん?……あれ……?」

 気になったことに注視していて気付いた事がある。デュラハンと戦っているのは同種族のデュラハン。吸血鬼と戦っているのは魔獣人。喪服女は若い方のヒューマンと戦い、黒服で身を包んだヒューマンはあっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しない。
 だがラルフの姿はない。扉近くで観戦しているわけでも誰かの支援をしているわけでもない。

「……ラルフだけじゃない……女とゴブリンも……いない……?」

 ミーシャにかまけ過ぎていた。自分が心底焦っていた事を今ここで知る。

「……どこに行った……?」

 目を閉じて通路内の魔力パイプに神経を研ぎ澄ませる。赤外線モニターのように温度で色分けされた通路を走る者が二人。

「……居た……これはラルフと……ゴブリンか……」

 別のルートで走っている影を見つける。見るからに女のシルエットだ。

「……二手に別れて……出口に向かおうというのか……?」

 女の方は魔法使いではないかと直感する。この場では一切の魔法が封じられているので足手まといだと気付いた女は、邪魔にならないように一時撤退を考えて逃げたのだろう。残念だが辿り着けるわけがない。外に出るには面倒な手順を踏む必要がある。案内も無しに踏破不可能。仮に奇跡でも起こって出られたのなら素直に賞賛しよう。
 この場合の女の行動は理解出来るが、ラルフはゴブリンを抱えて何をしているのか?彼らも何も出来ないから逃げるという事だったとして、どうしてこの場に一旦顔を出す必要があったのか?
 ミーシャの洗脳が解けると踏んで来たが、洗脳が解けなかったので逃げたと仮定すれば一応辻褄が合う。そうだとすれば何故洗脳が解けると踏んだのか……。

「……まさか……」

 そこで仮説が生まれる。この心の扉は、即ちラルフがあらかじめ仕組んだものだという説だ。ヒューマンがみなごろしの力を手に入れる為に、白絶より先に洗脳したのだとすれば掌握しきれないのも納得がいく。「帰ろう」の他にも言葉によるトリガーがあるなら、それを見つける事が洗脳解除につながり、心の核の掌握につながる。

「……テテュース……」

 喪服女はその声を聞くや否や、ブレイドとの剣戟を止める。

 ギィンッ

 鍔迫り合いから後方に飛び、態勢を整えて白絶を見た。

「……如何致しました?白絶様」

「……現在の戦いを放棄し……ラルフを捕まえて……」

「……あのヒューマンを?」

「……必要だから……」

「……畏まりました」

 二人の会話を聞いていたブレイドが剣を構える。

「行かせると思うか?」

「……いいえ。しかし、他ならぬ白絶様のお言葉とあれば……推し通ります」

 ビギッビギビギッ

 その音は喪服女、もといテテュースから出ていた。背中が盛り上がり、ビリッと黒いドレスの背中部分が破ける。そこに現れたのは二本の腕。その腕は生き物の腕というより木材で出来た人形の腕のようだった。その腕は関節の概念が無いように逆側に曲がったり、キリキリと回転したりと自由自在。

「隠し腕って奴かよ……お前こそ本気じゃなかったんだな?」

 ロングソードをさらに二本出現させ、計四本の刃がブレイドに向く。

「……私を通した方があなたの為になるかと思いますが……」

「通さねぇよ」

「……左様ですか」

 二本でも凄まじかったのに、四本になるということは相手をするのがバカらしくなる奴だ。一人で押さえるなら確実に突破されるだろう。下手すれば死ぬ。

「へぇ……これは厳しい状況だね」

 いつ横に立ったのか、アンノウンがテテュースをブレイドと同じ位置で見ていた。

「アンノウンさん、こいつは危険です。下がっていてください」

「いや、私も手伝うよ。こいつは一人じゃどうしようもないだろ?それに私はアルルから君を守るように言われてるからね。ピンチになれば手伝う気でいたのさ。もっとも、他の子の方が危なかったからこっちに来れなかっただけだけど……」

 アンノウンはダガーナイフを逆手に持ち替えて腰を低く戦闘態勢を整える。

「アルルから?……すいません。それじゃよろしくお願いします」

 ザッと二人が構えた。それを見た白絶は目を細めて不機嫌になる。

「……ふむ……テテュース……捕獲はもう良い……そいつらを殺して……ラルフはこっちで何とかする……」

 スッと手を出す。ほんの僅かな違いだが、この戦闘の中で一番扉の近くで戦っていたデュラハンの体がピクッと動いた。イーファだ。イーファはシャークとリーシャとの戦いを放棄して突然扉に向かって走った。

「あぁ?何よ突然?」

 奇行とも思える行動に首を傾げるシャーク。リーシャも目を丸くしてシャークの顔を見た。

「シャークさん!!彼女をこの部屋から出さないでください!!」

「は?え?何で……?」

 ブレイドが叫ぶと同時にテテュースが攻撃を仕掛けた。ハッとして全神経を戦いに集中させる。

「ブレイド!君は左を!私は右を止める!」

 アンノウンはダッと走り出した。「はい!」とすぐさま対応するブレイド。その為、何で部屋から出してはいけないのか分からず終いとなった。その隙にイーファは扉から出ていく。

「しまった!リーシャ姉!行くわよ!!」

 コクリと頷くリーシャ。白絶の部屋での戦いを放棄して三体のデュラハンは通路に出ていく。シャークとリーシャは出て後悔した。
 この通路は転移の罠がランダムで作動する。入り口から出た途端にイーファを見失い。それにとどまらず、焦ったシャークがリーシャを置いて離れた隙に罠の餌食となり、図らずもバラバラになってしまった。

「くっ!ここはどこ?!リーシャ姉!!どこ!!」

 シャークは見知らぬ場所でリーシャを探す。それはリーシャも同様で、よく分からない通路で立ち往生していた。
部屋から出た時点でイーファに追いつく事は不可能。この通路を自在に移動出来る奴相手に、鬼ごっこを仕掛けるのは無謀の極み。転移に耐性の無いシャークとリーシャは離れ離れで闇雲に走り回るしかなくなった。
 当のイーファはスルスルと転移の罠を掻い潜り、時には罠を利用してあっという間にラルフの元に辿り着く。

「なっ!?イーファ!?馬鹿な、ここにいるはずは……!」

 シュピッ

 イーファの剣がラルフを襲う。

(ヤバっ……!!)

 ウィーを守る為、咄嗟に背中を見せる。ザクッと背中を切られるが、まだ動ける程度のダメージだったので、すぐさまウィーを離した。首にネックレスを掛けられて、それを確認しながらウィーが振り向いた。

「行け!ウィー!俺の代わりにあれを見つけてくれ!!」

 ラルフの言葉に一瞬不安そうな顔を見せたが、強く頷くと転がるようにその場を離れた。

(アスロンさんがついてる。多分何とかなるだろ)

 ラルフは背中の傷の痛みを堪えつつ、ウィーから貰ったダガーナイフを引き抜く。

「……こいつをお前に使うことになるなんてな……」

 デュラハンの中で一番最初に仲良くなったと思えるイーファ。ラルフとミーシャの世話や、炊事洗濯、ウィーの鍛冶場の点検や手入れまでしてくれる万能メイド。本人に言ったら「騎士ですわ!」と怒られそうな事だが、ラルフは姉妹の中で突出していない純朴さを気に入っていた。
 出来れば一緒にいて欲しい仲間の一人だが、戦うのならこちらも覚悟が必要だ。何せ生け捕りに出来るほど強く無いし、断然彼女の方が強い。必然殺す気でいかなければ一矢報いる事も出来ずにお陀仏だ。

 幸いベルフィアよりは弱い。自分の動体視力でも追いつけるはず。そう考えたのも束の間、イーファの剣はそう単純で安くはなかった。

 シパパッ

 速い。全く動く事が出来ずにラルフの両腕の健が切られた。

 カランッ

 右手に握っていたダガーナイフは握る力の失ったラルフの手から簡単に落ちる。

「ぐっ……!!」

 血がじわっと服を汚し、だらんと垂れ下がった手の先からポタポタと血の雫が落ちる。受ける事すら適わない太刀筋はラルフの予想など遥かに上回る。

「何がベルフィア以下だよ……それでどうにか出来るかもって馬鹿か?俺は誰より遥かに弱いんだぞ……!」

 自分の力の無さ、不甲斐無さに歯噛みする。これがヒューマンと魔族だ。常人のラルフでは魔族に対して擦り傷すらつける事は出来ない。毎度ながら情けない。このままこの剣で喉を掻き切られるのだと覚悟するが、そうはならなかった。健を切ったのは抵抗させない為、生かして捕らえなければ何の意味もない。
 イーファは襟首をひっつかんでラルフを引きずった。処刑場に連れていかれる気分のラルフは何とかこの状況を打破出来ないか考える。とりあえずは落としたダガーナイフを足で器用に拾うくらいしか出来る事は無かった。自慢の手癖が使えなければラルフの力は八割以上削減されたと言って過言ではない。

 到着したのは白絶の部屋。ズルズルと引きずられながら無様に入っていく。

「ラルフさん!」「ラルフ!」と周りから声がするが、答えているような余裕がない。ある程度引きずられた後、ブンッとミーシャの前に投げられた。ドタタッと為す術無く倒れると、上を見上げる。そこには白絶がラルフを見下していた。

「……愚かなヒューマンよ……死にたくなければ……私の願いに答えよ……」

「……何だよ」

「……この鏖にかけた……洗脳を……今すぐ解除せよ……さすればお前の命だけは……助けよう……」

「はぁ?」

 洗脳。白絶は最強の魔王がヒューマンであり、力もないラルフと共にある事を洗脳と勘違いしているらしい。

「洗脳してんのはお前だろうが!さっさとミーシャを解放しやがれ!!」

「……ほう……とぼけるか……心に掛けた鍵……お前にだけ反応した事……これだけの状況証拠があって……洗脳していないと?……白々しい……」

「……何言ってんのかさっぱりだが、そんな勘違いしてるって事はミーシャは抵抗しているんだな?当たり前か、ミーシャは強い。お前なんかに操られたりしないさ」

(チッ……遠いな)

 ラルフは会話をしながら攻撃の機会を窺っていた。手も使えないので難しいし、そもそもダガーナイフでどうこう出来る相手では決してないが、虚をついてビビらせるくらい出来るのでは?と、じっと様子を窺う。白絶の目がギラギラした感情ある色から、スッと感情がなくなるほど影が落ちて目が据わる。

「……はぁ……面倒な……殺したら解除出来るとか……そういうのがあれば良いのに……」

(あ、これヤバイ……)白絶の零した言葉にドキッとする。このまま放置すれば一も二もなく首が飛ぶ。戦々恐々としていると、ヒィィン……という耳をつんざく音が鳴り響く。その音に命の取り合いをしていた者も一様に手を止めて、全員がその音の出所を探ろうと上を向いた。

『ザザ……あー、あー、テストテスト。聞こえるかの?』

 その言葉に全員の目が丸くなる。

「……何……誰……?」

 聞いた事もない声に困惑して白絶も思考にノイズが走る。どこかで聞いたおじいさんの声にラルフはニヤリと笑った。

「……俺たちの勝ちだ」
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