上 下
207 / 718
第六章 戦争Ⅱ

第十六話 会敵

しおりを挟む
 銀爪は意気揚々と外気を吸う。城に籠っていて太陽光すらまともに浴びられなかった事にオルドを憎んだ。
 しかしこうして出てみるとどうだろう。我慢させられた分、開放感が凄まじい。空腹は「最高のスパイス」という言葉があるが正にそれなのだろうと実感する。だからこそ民衆に手をかけた時の喜びは人一倍だった。

「ま、これっきりにして欲しいけどな。やっぱ我慢なんざ性に合わねぇし……」

 鼻歌を歌いそうなほど軽やかな足取りで進んでいく。その先には銀爪を殺そうとギラギラした目でやってくる最強の戦士達が待ち構えているというのに……自分の身を脅かすかもしれない、そんな武力を持った輩達に実のところ期待していた。
 ”魔断”の存在は今でも内心怖いと思っている。父親が殺された様に、戦えば無事に済まないのではないかと不安が襲うこともある。
 だが”風神”のアロンツォや、自分が魔王として一度は認められることとなったアニマンの最強の一角”剛撃”との戦いを経て、白の騎士団の程度の低さを確信した。「俺は親父より強い」という自他ともに認められる戦闘能力がその確信を後押ししていた。
 国民を殺したハイな気持ちも要因の一つだろう。戦いの前に飲んだ酒と命の危険が脳内麻薬を放出し、正常な判断を鈍らせていた。

「さぁて、どこにいるんだ?俺を殺そうってザコどもはよぉ……」

 ポケットに手を突っ込んでニヤニヤしながら練り歩く。前方に複数の影が見えた時、迎え撃つ為に立ち止まる。胸を張って見下すように顎を上げて待つ。銀爪討伐隊は前方に佇む一つの陰にハッとして武器を構える。

「……おい見ろよ……ありゃ噂の何某なにがしじゃねぇか?」

 ガノンが背に下げた大剣の柄を握って呟く。他の連中も同時に気付いたようで武器を構え始めた。

「良いか皆の衆。ここはひとつ落ち着いて……」

 アウルヴァングが口を開いたその時、ルールーが先んじて走り出した。

「あ!てめっ……!!」

「抜け駆けは許さんぞい!!」

 ルールーを追いかけるように走り出す。流石にアニマンの健脚だけあって追いつくのは不可能だ。最初に銀爪に接敵したのはルールーだった。

「シャアァァァ!!」

 双剣を振るって銀爪に斬りかかる。銀爪はそれを難なく避けるとルールーは勢い余って銀爪の後方に抜けてしまう。空中で一回転しながら着地すると銀爪に振り向く。それを見越していたかのように右拳を振り上げ、ルールーの顔面に放つ。

 ブンッ

 ルールーは当たったように見える程紙一重で、拳の振り抜く方向に顔ごと体を回転させて避けると、その回転を活かして双剣を銀爪に薙ぐ。カウンターを放たれた銀爪は内心感心しながら後ろに飛び退いた。同じアニマンと言えど”剛撃”とは明らかに違う技巧。しなやかさを存分に発揮して銀爪に襲いかかる。

「テメーは明らかにあのデカブツとは違うな……」

 ポケットに入れっぱなしだった左手を引き抜き、ルールーを攻撃しようと魔力を高める。しかし、後ろから殺気を感じて地面を蹴る。ボッと空気を切る音と共に鉄板の如き大剣が銀爪が先ほどまで立っていた場所に振り下ろされた。

「チッ……」

 気付かれた事に舌打ちしたガノンは追撃の為に前に出ようとするが、ルールーが邪魔になって踏み出せない。一歩前に出たところで立ち止まる。
 前方に飛んだ銀爪は空中でルールーを飛び越え、一回転しながら着地した。肩越しに敵を観察すると二人の背後から走ってきた仲間達が追いつく。(多勢に無勢……)という言葉が浮かぶが、危うげない自分の状態を鑑みて、鼻で笑いながら振り向いた。

「へっ、俺の国に土足で踏み込んで来やがったのは何処のどいつだ?」

「儂は白の騎士団が一人”嵐斧”のアウルヴァングじゃ!おぬしが銀爪か?」

「見りゃ分んだろチビジジイ。テメーみたいのでも入れんだな白の騎士団っつーのはよ。スッゲー弱そうなんだが?」

 銀爪は肩を竦めつつ呆れる様に両手を挙げた。

「人を見た目で判断するとは不届き千万!儂の斧の錆にしてくれる!!」

 ルールーに比べればハエが止まりそうなほど遅い動きに笑いが込み上げる。

「ははっ!いつまで待たせんだよチビ!んな動きじゃ俺に百年かかっても……」

 軽口を叩こうとした時、アウルヴァングは間合いの外で斧を振るう。地面に叩きつける様に振った斧から凄まじい衝撃波が銀爪に向かって飛んでくる。その衝撃波は地面を抉りながら威力を見せつけてきた。この攻撃に当たるわけにはいかない銀爪は先と同じ様に飛び上がって避ける。

「……んだよクソが!直接斬らねぇのかよ!」

 斧の錆といったのはブラフだったとイライラしながら空中で吐き捨てると、急な展開が不可能な空中を狙って正孝が手を構えた。

「燃えろぉっ!!」

 火炎放射機から放たれた様な炎の攻撃は銀爪を焼く。

「うおっ!?」

 魔力を溜める事なく放たれた一撃に驚いて顔を隠す。自慢の服がチリチリになりながら火の威力に飛ばされて吹き飛ぶ。地面を転がり、体勢を立て直す為に手足を駆使してブレーキを掛けると大剣を持った大男が、またしても銀爪に対して振り下ろした。

「舐めんなぁ!!」

 難しい体勢だったが何とか手を動かして剣の峰を弾く。ガンッと硬質な物同士がぶつかる音が鳴り、ガノンの大剣は横に逸れる。完全に体勢を崩したガノンに追い打ちをかけようと手を振り上げるが、これは愚策。
 ガノンは大剣をまるで小枝の様に振り回すことが出来るほどの膂力を持っている。先ほどかなり振り回して体力を消耗していたが、そんなことはなかったかの様に横薙ぎに振る。

「!?」

 これに驚いた銀爪は脊髄反射で後方に飛びのく。ブォンッとギリギリで大剣の間合いから離れる事に成功したが、服は間に合わなかった。体こそ切れていないが、ジャケットとYシャツは大剣が振り抜かれた形で切られ、布がはらはらと地面に落ちる。

「……アレを避けるか……」

 ガノンは大剣の長さを確認しつつ銀爪の能力を経験則から測る。流石に魔王と呼ばれるだけはあると納得した。

「……俺のパーティー服が台無しだぜ。弁償しろよクソ野郎」

 手でつまんで無残な服の傷跡を見せる。

「……うるせぇ、手前ぇはここで死ぬんだよ……俺に殺されてな……」

 剣を掲げて宣言するガノン。

「待て待て、儂の獲物じゃ!」

「いいや俺んだ。俺を忘れねぇ様にな」

「……因縁浅キ者共ガ何言ウン?ワダシノモンダァ」

 強者と呼べる者達が銀爪の首の取り合いを始めた。側で聞いていたバクスは困惑気味に呟く。

「……我々は……どうしたら良いのだろうか……」

 この戦いにはついていくことは出来ない。バクスはこのまま見届けるか加勢すべきかを本気で悩むも、背後から騎士の一人に助言をもらう。

「隊長。ここは彼らに任せて我々は先に城を占拠しては如何でしょう」

 それは彼からしてみれば目からうろこの提案だった。

「はっ……名案だ。よし、皆の者。そっと迂回して城を目指すぞ」

 バクスは近くにいた正孝にコソッと近付いて話す。

「ガーディアン。我々は先に城を目指します。魔王討伐をお願いしても宜しいでしょうか?」

「ああ?俺に聞くな。行きゃいいだろ勝手によ……」

 それを肯定と捉えたバクスは頭を下げて身振り手振りで迂回し始める。動きを見て魔王との戦いを諦めたことを知り、ガノンは口を開いた。

「……アリーチェ!此処じゃ足手まといだ、手前ぇもついて行け!」

「……足でまといって……もう……はいはーい。死なないでねー」

 アリーチェは一応残るつもりだったがガノンの心配を察してバクスについていく事にした。城に向かう団体を止めようともしない銀爪。余裕というか民の命がかかっているというのに呆れるほど焦りがない。

「何じゃおぬし……民の命がどうなろうと良いのか?」

「知らねーよバーカ。ま、生きてりゃまた使ってやるかな」

 国民を何だと思っているのか。本当に王なのかと思えるほど傲慢な振る舞いにガノンの顔が引きつる。

「……王の器じゃねぇな」

「……あ?」

 銀爪はその呟きに反応し、魔力を放出する。立ち上るほど見える魔力放射はドス黒く銀爪を彩る。今にも攻撃しそうな程の殺気に四人全員構えた。

「教えてやるよ……俺こそが絶対の王様だって事をな!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー

ノリオ
ファンタジー
今から約200年前。 ある一人の男が、この世界に存在する数多の人間を片っ端から大虐殺するという大事件が起こった。 犠牲となった人数は千にも万にも及び、その規模たるや史上最大・空前絶後であることは、誰の目にも明らかだった。 世界中の強者が権力者が、彼を殺そうと一心奮起し、それは壮絶な戦いを生んだ。 彼自身だけでなく国同士の戦争にまで発展したそれは、世界中を死体で埋め尽くすほどの大惨事を引き起こし、血と恐怖に塗れたその惨状は、正に地獄と呼ぶにふさわしい有様だった。 世界は瀕死だったーー。 世界は終わりかけていたーー。 世界は彼を憎んだーー。 まるで『鬼』のように残虐で、 まるで『神』のように強くて、 まるで『鬼神』のような彼に、 人々は恐れることしか出来なかった。 抗わず、悲しんで、諦めて、絶望していた。 世界はもう終わりだと、誰もが思った。 ーー英雄は、そんな時に現れた。 勇気ある5人の戦士は彼と戦い、致命傷を負いながらも、時空間魔法で彼をこの時代から追放することに成功した。 彼は強い憎しみと未練を残したまま、英雄たちの手によって別の次元へと強制送還され、新たな1日を送り始める。 しかしーー送られた先で、彼には記憶がなかった。 彼は一人の女の子に拾われ、自らの復讐心を忘れたまま、政府の管理する学校へと通うことになる。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

処理中です...