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第五章 戦争
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「記憶を取り込む?」
ラルフ達は第六魔王"灰燼"の居城、浮遊要塞「スカイ・ウォーカー」に居た。
「そうじゃ。妾が此奴ノ記憶を食い、妾ノ物にしタから今こうしてここにおル」
ベルフィア救出に乗り込んだが一足遅く、彼女は灰燼に取り込まれてしまった。ひょんな事で支配権を無理矢理奪い、逆に灰燼を永遠に葬り去ることに成功したのだった。
「ウィ~!」
「おお、ウィー!寂しかっタかノ?」
仲間の再開に心躍らせるウィー。ベルフィアは拒む事なくウィーの手を取る。
「ラルフさんの血のお陰で意識を取り戻せたと言われてましたね。初めに会ったのがラルフさん以外なら……危なかったですね、色々……」
ミーシャなら灰燼とベルフィアが消滅し、それ以外なら殺されていただろう。そうはならなかったが、そうなっていたかも知れない事に内心背筋が凍る思いでブレイドは呟いた。その呟きを横で聞いていたラルフは口を尖らせ愚痴る。
「首に穴が開いたんだぜ?手放しじゃ喜べねーよ……」
「ふふ……なんじゃ?妾がこうして帰ってきタ事が不満じゃとでも言うんか?」
前方に腕を組んでニヤニヤ余裕の笑みを見せる。危険がなくなった時に見せるいつもの雰囲気だが、それ以上に肩の力が抜けているように感じる。ラルフは「そんなわけ……」と半笑いで返すと、彼女はぺろりと舌なめずりをした。ゾッと背筋を凍らせているとミーシャも口を出す。
「何だ何だ?随分偉そうじゃないかベルフィア。助けに来てやった私達に言う事は無いの?」
ベルフィアはミーシャにサッと向き直ると深々と頭を下げる。
「大変感謝しておりますミーシャ様。妾如きノ為に赴いて頂き感激ノ極みにございます。……あ、ぬしらにも感謝しとルぞ」
「……ブレねーなぁ」とラルフは項垂れたように肩を落として呆れた表情を見せる。
「ベルフィアさん真っ白になっちゃいましたね」
アルルは自分の髪を弄りながら話す。ベルフィアは「うん?」と言って頭を触った。
「ふむ、此奴に引っ張られとルヨうじゃな。変かえ?」
「そんな事ないですよ。似合ってると思います」
「なら良いが……」
「良くありませんわ!!」
そんな他愛ない会話に割り込んできたのは剣を取られて後ろ手にきつく縛られた九人のデュラハン。その内のミーシャに真っ先に捕まっていた長女が声を荒げた。
「あなた方!わたくし達を縛っておいて放置とは何なんですの!?とにかくわたくし達の主を解放しなさい!」
「そうですわ!せめて名誉ある死をお与えください!」
周りで口々に「そうだ!そうだ!」と大合唱になってきた。
「……うるせーな、さっきから何だよ。命あるだけ良いと思えよな。その上”主の名誉を”って図々しいにも程があんだろ……」
「まぁまぁ。相手は騎士ですし……俺も物語でしか知りませんけど、誇りや名誉を重んじるのは騎士として当然じゃないでしょうか?」
ラルフの苛立ちを、ブレイドは手を掲げて宥める。しかし何というか物凄い剣幕だ。デュラハンの正座している足に乗っかった大事な首からは汗が滲んでいる。何か裏があると睨んだラルフの後ろからミーシャがすすっと前に出た。
「私達の仲間になるか死か、選ばせてやろうと思ってちょっと生かしてるのよ」
(怖い事言ってんな……)と彼女を流し目で見ていたが、それを聞いてデュラハンの方が活気付く。
「ふんっ!ならば誘うだけ無駄ですわ。わたくし達12シスターズは灰燼様に剣を捧げた騎士。さぁ!ひと思いに殺してくださいまし!」
全員目を閉じてその時を待つ。ミーシャが口を尖らせながら「何よ……生き延びられるのに……」と不満げに手をかざした。その腕の上にラルフはそっと手を置き、ミーシャに耳打ちする。
「……待てミーシャ。こいつらの言う名誉って奴はどうも臭いぜ。灰燼の名誉の死を叫んでいたってのに、自分らに目が向いた途端に打って変わって神妙になりやがった。こいつは罠だ……」
言われて見ればそうである。相手を苛立たせ、攻撃を誘っているようにしか見えない。ブレイドがふん縛っている時にデュラハンを観察して、一番気になっていた奴をこっそり見る。そこには他のデュラハンと違って目をギュッと固く瞑る可愛らしい顔が見えた。耳をすませば微かに金属同士が小刻みに擦れる音が聞こえる。こいつだけ明らかに恐怖の感情が発露している。生来、肝の小さい妖魔なのだろう。その怯えるデュラハンにそっと近寄ると膝に乗っけた首をボールでも抱え上げるように両手で持ち上げる。
「きゃっ……!!」
その声にハッと目を開ける。そこには困惑し、怯える頭とそれを持つドヤ顔のラルフがいた。
「アイリーン!!」
ザワザワとデュラハン達はいきり立つ。初めて名前が出たその顔を持ち替えて顔をまじまじと見る。「ひっ……」まじまじ見られることに恐怖したアイリーンは顔を背けるようにギュッと目を瞑る。
「貴方!妹に何するつもり!?」
「きっと辱めるつもりよ!!」
「やめなさい!やるならわたくしを!」
「そうですわ!アイリーンが辱められるならいっそわたくしが!」
口々にラルフの持つ頭、アイリーンの代わりを申し出る。その焦りようにラルフのキョトンとした顔から黒い笑みが出た。
「あ、出た。ラルフのいつもの奴」
「まったく……何か企むノは構ワんがここには少年少女がいル事を考慮せぇヨ?」
「あーヤダヤダ」という引いた態度の二人にジト目を送る。
「俺にどんな印象を持ってんだ……ったくよー」
ため息を吐いた後、正面を向く。そしてアイリーンの頭を前に突き出した。
「おい、いいかお前ら。アイリーンの頭を返して欲しくば何を企んでやがんのか教えろ。逆らうなら……」
ラルフはアイリーンの頭を胸元に引き寄せて左腕で抱え込むと、右手の人差し指をアイリーンの鼻頭に当てた。何をされるのか分からず恐怖に固まるアイリーン。その様子を見てゴクリと固唾を吞む姉達。
「こいつの鼻を豚っ鼻に変えるぞ!」
騎士であり、女であり、顔に自信がありそうな美貌。そしてデュラハンは頭と体が離れている関係上、大事な頭を何より丁寧に扱う。顔を汚され貶される行為は何より嫌な筈。子供のような脅しだが、ラルフには自信があった。が、その言葉に一瞬しーんっと静かな空気が流れた。皆、ラルフが何を言っているのか理解できずに疑問符を浮かべているようだった。コソッとデュラハンの中でも「え?ぶた?」「豚って?あの?」とコソコソ聞こえてくる。段々いたたまれなくなったブレイドとアルルが揃って声をかける。
「え……ちょ……」
「ラルフ……さん?」
この脅し文句は失敗だ。これ以上は精神が持たないと思ったラルフが止めようとした時、長女が動き出す。
「な、ななな、何という侮辱!即刻おやめなさい!!」
顔を真っ赤にして声が上ずる程の動揺。(き……効いてる……?)無表情になりかけたラルフの心に火が灯る。
「ククク……そうだろうとも。妹の鼻が上に向いて潰れちまわないように洗いざらい吐いちまいな」
ピトピト鼻頭に触りながら脅す。舌なめずりしながらデュラハンを見て最後に長女の元に視線を移す。アイリーンの恐怖に歪む顔を目の当たりにして、長女は心底嫌悪するような顔を見せる。しかし、これでは埒があかないと悟った長女は深くため息を吐いた後ラルフを見上げる。
「……分かりましたわ……何を話せば宜しいのでしょうか?」
「よし。それじゃ聞きたいんだが……お前らは何で死にたがっているんだ?」
「何を……死にたくなんてありませんわ。生き物として当然の事ではなくて?」
高飛車な態度が頭に来るが、そこは無視した。
「ならどうして死を選ぶ?生きてりゃ逃げる算段も付いたはずだぜ?言いたかねぇが俺如きに優位を取られる事もなく殺す事だって出来たかもしれないってのに……もう一度聞くぞ。何で死にたがってるんだ?」
「それは……その……」長女の口がモゴモゴしてそれ以上言うのを躊躇う。死を媒介にした罠を発動するつもりだったと公言しているようなものだ。ラルフは確信をつくために息を吸うが、ベルフィアが横から口を出した。
「ふふふ……何を聞きタいノかと思えばそんな事か……そ奴らが死にタい理由はタだ一つヨ。灰燼と”血ノ契約”を交わしていルからじゃ。灰燼は妾が取り込み、支配権を奪っタ。つまりは妾こそが灰燼であり、此奴らは妾ノ奴隷という事に他ならぬ。望むと望まざルとに関わらずノぅ」
その言葉でデュラハン一同にピリッと緊張が走る。
「血の契約……どっかで聞いたような……」
「当タり前じゃ。ほれ、あノ人狼が殊勝にもミーシャ様と結ぼうとしておっタ契約じゃ。そちが雌犬を手に入れヨうとしタ嫌な事件じゃっタなぁ」
そこで思い出す。”血の契約”とは主従の関係をより強固にする文字通り血によって結ばれる契約。自らの血を首輪のように塗って血を受け取った者に永遠に付き従う。主人がその契約を破棄するか、もしくは完全に死に絶える事が契約破棄の条件になる。それが叶わないなら自らが死ぬしかない。
「……って事はベルフィアの部下って事?」
「左様でございますミーシャ様。同時にミーシャ様ノ部下でもあります」
「何だよ……そういう事は早めに共有しろっての。仲間内に敵を作っただけじゃねーか。しかもこの時間無駄だしよ……」
アイリーンの鼻から指を離す。片手に抱えていた頭を両手に持ち替えて何事もなかったようにアイリーンの膝に返した。デュラハン達に残っていた僅かな希望は消えた。血の契約を結んでしまった事をこれ程までに後悔する事になるとは思っても見なかった。12シスターズの内、三体の消滅をこの目で確認して悲しみにまみれていたが、今となっては羨ましく感じる。これで晴れて魔族の敵となった。
9シスターズと化したデュラハン達のチェックをベルフィアに任せて、ラルフ達の要塞となったスカイ・ウォーカー内を五人で散策し、ベランダっぽい場所に出た。空は少し赤みを帯びて、風は身震いする程寒い。
「うぅ~……中とは大違いですね……」
「ウィ~……」
ウィーがアルルと寄り添う。ブレイドもその平和な光景にフッと笑顔が出る。
「しかし、図らずも拠点が出来ちゃいましたね。こういうのって何て言うんでしょうね」
「決まってる。幸運だよ」
特別な用語なんていらない。ただただ運が良かった。全てが噛み合った結果がここにあるだけなのだ。
「……じゃ、どうしよっか」
「ん?どうしようって?」
ミーシャが遠い目をして夕日を眺める。
「もちろん次の目的地」
一応安全が確保された状態だ。この要塞の力を用いれば透明化して危険から遠ざかる事なんてワケない。しかし、ミーシャの目的はイミーナへの復讐。となれば戦いから無縁と言うわけにもいかない。それに食べ物を取る為には結局この安全な要塞から離れる必要も出る。考える事は山積みだが、ふと気になる事が一点頭に降りてくる。
「そういえばジュリアはどうしてるかな?あいつ戻るとか言ったけど、そうなると要塞まで飛んで来なきゃいけなくなるぞ?」
先の”血の契約”の話のせいで思い出したジュリアの存在。ふと気になったら、どうにも頭から離れない。
「確かに……ジュリアさんはお兄さんを連れて来るとか言ってませんでした?」
「言ってた言ってた。必ず戻るって……」
当時を思い出しブレイドもアルルも口を挟む。
「うん、じゃあ決まりね」
ミーシャは一人頷いた。
「は?何が?」
「次の目的地よ。魔獣人たちの故郷”カサブリア王国”。ジュリアと親族の回収の旅に出発、かな?」
次なる目的地、カサブリア王国。ラルフ達に待つのは歴史に刻まれる未曾有の大戦争。何も知らないラルフ達は使えそうな部屋で寝床を確保し、夢の世界へ誘われるのだった——。
ラルフ達は第六魔王"灰燼"の居城、浮遊要塞「スカイ・ウォーカー」に居た。
「そうじゃ。妾が此奴ノ記憶を食い、妾ノ物にしタから今こうしてここにおル」
ベルフィア救出に乗り込んだが一足遅く、彼女は灰燼に取り込まれてしまった。ひょんな事で支配権を無理矢理奪い、逆に灰燼を永遠に葬り去ることに成功したのだった。
「ウィ~!」
「おお、ウィー!寂しかっタかノ?」
仲間の再開に心躍らせるウィー。ベルフィアは拒む事なくウィーの手を取る。
「ラルフさんの血のお陰で意識を取り戻せたと言われてましたね。初めに会ったのがラルフさん以外なら……危なかったですね、色々……」
ミーシャなら灰燼とベルフィアが消滅し、それ以外なら殺されていただろう。そうはならなかったが、そうなっていたかも知れない事に内心背筋が凍る思いでブレイドは呟いた。その呟きを横で聞いていたラルフは口を尖らせ愚痴る。
「首に穴が開いたんだぜ?手放しじゃ喜べねーよ……」
「ふふ……なんじゃ?妾がこうして帰ってきタ事が不満じゃとでも言うんか?」
前方に腕を組んでニヤニヤ余裕の笑みを見せる。危険がなくなった時に見せるいつもの雰囲気だが、それ以上に肩の力が抜けているように感じる。ラルフは「そんなわけ……」と半笑いで返すと、彼女はぺろりと舌なめずりをした。ゾッと背筋を凍らせているとミーシャも口を出す。
「何だ何だ?随分偉そうじゃないかベルフィア。助けに来てやった私達に言う事は無いの?」
ベルフィアはミーシャにサッと向き直ると深々と頭を下げる。
「大変感謝しておりますミーシャ様。妾如きノ為に赴いて頂き感激ノ極みにございます。……あ、ぬしらにも感謝しとルぞ」
「……ブレねーなぁ」とラルフは項垂れたように肩を落として呆れた表情を見せる。
「ベルフィアさん真っ白になっちゃいましたね」
アルルは自分の髪を弄りながら話す。ベルフィアは「うん?」と言って頭を触った。
「ふむ、此奴に引っ張られとルヨうじゃな。変かえ?」
「そんな事ないですよ。似合ってると思います」
「なら良いが……」
「良くありませんわ!!」
そんな他愛ない会話に割り込んできたのは剣を取られて後ろ手にきつく縛られた九人のデュラハン。その内のミーシャに真っ先に捕まっていた長女が声を荒げた。
「あなた方!わたくし達を縛っておいて放置とは何なんですの!?とにかくわたくし達の主を解放しなさい!」
「そうですわ!せめて名誉ある死をお与えください!」
周りで口々に「そうだ!そうだ!」と大合唱になってきた。
「……うるせーな、さっきから何だよ。命あるだけ良いと思えよな。その上”主の名誉を”って図々しいにも程があんだろ……」
「まぁまぁ。相手は騎士ですし……俺も物語でしか知りませんけど、誇りや名誉を重んじるのは騎士として当然じゃないでしょうか?」
ラルフの苛立ちを、ブレイドは手を掲げて宥める。しかし何というか物凄い剣幕だ。デュラハンの正座している足に乗っかった大事な首からは汗が滲んでいる。何か裏があると睨んだラルフの後ろからミーシャがすすっと前に出た。
「私達の仲間になるか死か、選ばせてやろうと思ってちょっと生かしてるのよ」
(怖い事言ってんな……)と彼女を流し目で見ていたが、それを聞いてデュラハンの方が活気付く。
「ふんっ!ならば誘うだけ無駄ですわ。わたくし達12シスターズは灰燼様に剣を捧げた騎士。さぁ!ひと思いに殺してくださいまし!」
全員目を閉じてその時を待つ。ミーシャが口を尖らせながら「何よ……生き延びられるのに……」と不満げに手をかざした。その腕の上にラルフはそっと手を置き、ミーシャに耳打ちする。
「……待てミーシャ。こいつらの言う名誉って奴はどうも臭いぜ。灰燼の名誉の死を叫んでいたってのに、自分らに目が向いた途端に打って変わって神妙になりやがった。こいつは罠だ……」
言われて見ればそうである。相手を苛立たせ、攻撃を誘っているようにしか見えない。ブレイドがふん縛っている時にデュラハンを観察して、一番気になっていた奴をこっそり見る。そこには他のデュラハンと違って目をギュッと固く瞑る可愛らしい顔が見えた。耳をすませば微かに金属同士が小刻みに擦れる音が聞こえる。こいつだけ明らかに恐怖の感情が発露している。生来、肝の小さい妖魔なのだろう。その怯えるデュラハンにそっと近寄ると膝に乗っけた首をボールでも抱え上げるように両手で持ち上げる。
「きゃっ……!!」
その声にハッと目を開ける。そこには困惑し、怯える頭とそれを持つドヤ顔のラルフがいた。
「アイリーン!!」
ザワザワとデュラハン達はいきり立つ。初めて名前が出たその顔を持ち替えて顔をまじまじと見る。「ひっ……」まじまじ見られることに恐怖したアイリーンは顔を背けるようにギュッと目を瞑る。
「貴方!妹に何するつもり!?」
「きっと辱めるつもりよ!!」
「やめなさい!やるならわたくしを!」
「そうですわ!アイリーンが辱められるならいっそわたくしが!」
口々にラルフの持つ頭、アイリーンの代わりを申し出る。その焦りようにラルフのキョトンとした顔から黒い笑みが出た。
「あ、出た。ラルフのいつもの奴」
「まったく……何か企むノは構ワんがここには少年少女がいル事を考慮せぇヨ?」
「あーヤダヤダ」という引いた態度の二人にジト目を送る。
「俺にどんな印象を持ってんだ……ったくよー」
ため息を吐いた後、正面を向く。そしてアイリーンの頭を前に突き出した。
「おい、いいかお前ら。アイリーンの頭を返して欲しくば何を企んでやがんのか教えろ。逆らうなら……」
ラルフはアイリーンの頭を胸元に引き寄せて左腕で抱え込むと、右手の人差し指をアイリーンの鼻頭に当てた。何をされるのか分からず恐怖に固まるアイリーン。その様子を見てゴクリと固唾を吞む姉達。
「こいつの鼻を豚っ鼻に変えるぞ!」
騎士であり、女であり、顔に自信がありそうな美貌。そしてデュラハンは頭と体が離れている関係上、大事な頭を何より丁寧に扱う。顔を汚され貶される行為は何より嫌な筈。子供のような脅しだが、ラルフには自信があった。が、その言葉に一瞬しーんっと静かな空気が流れた。皆、ラルフが何を言っているのか理解できずに疑問符を浮かべているようだった。コソッとデュラハンの中でも「え?ぶた?」「豚って?あの?」とコソコソ聞こえてくる。段々いたたまれなくなったブレイドとアルルが揃って声をかける。
「え……ちょ……」
「ラルフ……さん?」
この脅し文句は失敗だ。これ以上は精神が持たないと思ったラルフが止めようとした時、長女が動き出す。
「な、ななな、何という侮辱!即刻おやめなさい!!」
顔を真っ赤にして声が上ずる程の動揺。(き……効いてる……?)無表情になりかけたラルフの心に火が灯る。
「ククク……そうだろうとも。妹の鼻が上に向いて潰れちまわないように洗いざらい吐いちまいな」
ピトピト鼻頭に触りながら脅す。舌なめずりしながらデュラハンを見て最後に長女の元に視線を移す。アイリーンの恐怖に歪む顔を目の当たりにして、長女は心底嫌悪するような顔を見せる。しかし、これでは埒があかないと悟った長女は深くため息を吐いた後ラルフを見上げる。
「……分かりましたわ……何を話せば宜しいのでしょうか?」
「よし。それじゃ聞きたいんだが……お前らは何で死にたがっているんだ?」
「何を……死にたくなんてありませんわ。生き物として当然の事ではなくて?」
高飛車な態度が頭に来るが、そこは無視した。
「ならどうして死を選ぶ?生きてりゃ逃げる算段も付いたはずだぜ?言いたかねぇが俺如きに優位を取られる事もなく殺す事だって出来たかもしれないってのに……もう一度聞くぞ。何で死にたがってるんだ?」
「それは……その……」長女の口がモゴモゴしてそれ以上言うのを躊躇う。死を媒介にした罠を発動するつもりだったと公言しているようなものだ。ラルフは確信をつくために息を吸うが、ベルフィアが横から口を出した。
「ふふふ……何を聞きタいノかと思えばそんな事か……そ奴らが死にタい理由はタだ一つヨ。灰燼と”血ノ契約”を交わしていルからじゃ。灰燼は妾が取り込み、支配権を奪っタ。つまりは妾こそが灰燼であり、此奴らは妾ノ奴隷という事に他ならぬ。望むと望まざルとに関わらずノぅ」
その言葉でデュラハン一同にピリッと緊張が走る。
「血の契約……どっかで聞いたような……」
「当タり前じゃ。ほれ、あノ人狼が殊勝にもミーシャ様と結ぼうとしておっタ契約じゃ。そちが雌犬を手に入れヨうとしタ嫌な事件じゃっタなぁ」
そこで思い出す。”血の契約”とは主従の関係をより強固にする文字通り血によって結ばれる契約。自らの血を首輪のように塗って血を受け取った者に永遠に付き従う。主人がその契約を破棄するか、もしくは完全に死に絶える事が契約破棄の条件になる。それが叶わないなら自らが死ぬしかない。
「……って事はベルフィアの部下って事?」
「左様でございますミーシャ様。同時にミーシャ様ノ部下でもあります」
「何だよ……そういう事は早めに共有しろっての。仲間内に敵を作っただけじゃねーか。しかもこの時間無駄だしよ……」
アイリーンの鼻から指を離す。片手に抱えていた頭を両手に持ち替えて何事もなかったようにアイリーンの膝に返した。デュラハン達に残っていた僅かな希望は消えた。血の契約を結んでしまった事をこれ程までに後悔する事になるとは思っても見なかった。12シスターズの内、三体の消滅をこの目で確認して悲しみにまみれていたが、今となっては羨ましく感じる。これで晴れて魔族の敵となった。
9シスターズと化したデュラハン達のチェックをベルフィアに任せて、ラルフ達の要塞となったスカイ・ウォーカー内を五人で散策し、ベランダっぽい場所に出た。空は少し赤みを帯びて、風は身震いする程寒い。
「うぅ~……中とは大違いですね……」
「ウィ~……」
ウィーがアルルと寄り添う。ブレイドもその平和な光景にフッと笑顔が出る。
「しかし、図らずも拠点が出来ちゃいましたね。こういうのって何て言うんでしょうね」
「決まってる。幸運だよ」
特別な用語なんていらない。ただただ運が良かった。全てが噛み合った結果がここにあるだけなのだ。
「……じゃ、どうしよっか」
「ん?どうしようって?」
ミーシャが遠い目をして夕日を眺める。
「もちろん次の目的地」
一応安全が確保された状態だ。この要塞の力を用いれば透明化して危険から遠ざかる事なんてワケない。しかし、ミーシャの目的はイミーナへの復讐。となれば戦いから無縁と言うわけにもいかない。それに食べ物を取る為には結局この安全な要塞から離れる必要も出る。考える事は山積みだが、ふと気になる事が一点頭に降りてくる。
「そういえばジュリアはどうしてるかな?あいつ戻るとか言ったけど、そうなると要塞まで飛んで来なきゃいけなくなるぞ?」
先の”血の契約”の話のせいで思い出したジュリアの存在。ふと気になったら、どうにも頭から離れない。
「確かに……ジュリアさんはお兄さんを連れて来るとか言ってませんでした?」
「言ってた言ってた。必ず戻るって……」
当時を思い出しブレイドもアルルも口を挟む。
「うん、じゃあ決まりね」
ミーシャは一人頷いた。
「は?何が?」
「次の目的地よ。魔獣人たちの故郷”カサブリア王国”。ジュリアと親族の回収の旅に出発、かな?」
次なる目的地、カサブリア王国。ラルフ達に待つのは歴史に刻まれる未曾有の大戦争。何も知らないラルフ達は使えそうな部屋で寝床を確保し、夢の世界へ誘われるのだった——。
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