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第四章 崩壊

第三十八話 邪魔者

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「オラァ!!」

グシャッ

守護者ガーディアン”である正孝の攻撃は処刑人エクスキューショナーを粉砕した。頭を失った処刑人エクスキューショナーはフラフラとしばらくうろついた後、糸が切れたように倒れた。他の守護者ガーディアンもそれぞれ動いてバーバリアンやインビジブルキャッチャーを滅ぼしている。エルフはインプを狩り、着々と魔王軍の部下はその数を減らしていった。

その時、ドォンッドォンッと凄まじい音が鳴り響く。

「……何だ?」

意気揚々と敵を倒し、気持ちよくなっていた正孝たちの体を空気の振動が叩いた。エルフ側の戦いがあらかた片付いた所で鳴り響いたので、上がる土煙に釘付けとなる。

「これは……どういうことだ?」

魔王同士の激突。困惑したのはアンノウン。つい先日、守護者ガーディアンの仲間達にも隠している召喚術式の力を行使し、ドラゴンをけしかけた。力を抑え込んだドラゴンを倒すのにも一苦労といった感じで、「魔王など恐るるに足らず」と認識していた。しかし、全くの過小評価だったと言わざるを得ない。

その後すぐに恐怖に駆られたのは歩だ。守護者ガーディアンの中で唯一の探索系である歩はアンノウン以上に魔王の力を認識できる。

「何だよあれ……桁違いじゃんか……あ、あんなのと戦えってのかよ……」

ガチガチと歯を鳴らし震える。歩が見てきたこの手の作品の異世界人である主人公たちは、大体が魔王に匹敵するほどの力を有し、能力の使い方さえ理解できれば勝てるという無双系の小説である。そして、ここに転移した時にそういった作品通り力を手に入れたのだ。現にこの世界のゴブリンを無傷で滅ぼした時は無敵だと思えた。特異能力に違いはあれど、身体能力は元の世界に比べれば神にでもなった気分だった。

その気を一瞬にして無にするほどのオーラ。逃げたくなるほどの力量差。戦えば死ぬことは目に見えていた。

そこから地面を掘り起こされるような衝撃が大地を走り、そこらかしこに地割れが起こる。小突いただけで全てが崩落するような割れ方に戦慄が走る。この瞬間、このエリアの全ての戦闘が止まる。肉食動物に対する草食動物の様に誰もが無意識の内に息をひそめる。超常の者たちに見つからないようにする為の最低限の方法である。万が一目を付けられれば死が確定するからだ。

こんな時に空気を読まずに歩く影が一つ。草臥れたハットを風で飛ばされない様に押さえながら歩く人影。

「……キールか……」

アンノウンは誰にも聞き取れないくらいの声量で呟く。小さなゴブリンを抱えてこちらに真っ直ぐ来ている事から魔王同士の戦いから逃げてきたと見るのが正しいだろう。

「オオオォォオ!!」

ここまで聴こえる雄たけびを叫んだ魔王がミーシャに突撃する。一瞬の攻防の後、光の柱が降り注ぎ、戦闘が終わる。

もはや闘争の空気も失せ、弛緩した空気が流れる中、さらに土煙を舞い上がらせるような赤い雨が降るのが見えた。局地的なそれは、魔力による攻撃。

「まだ……終わらないの……?」

美咲は手に稲妻を纏わせながら震える。自分ならあれを前に生き残れるのか精査しているのだ。結論を言えば不可能に近い。茂は後退あとずさり、少しでも遠くに行きたい気持ちを隠さない。

そんな土煙を無視して赤いドレスの女性がすぐ近くに降り立つ。そこでアンノウン以外も気付く、ハットを被った男の存在を。

「なんだ?あいつは……」

全員の目がラルフに向く。

「……ヒューマン?」

グレースは首を捻る。今ここにヒューマンがいるとすれば守護者ガーディアンを抜けばただ一人しか知らない。そう、アルパザで鏖と一緒に行動していたラルフという男を。それを思い出した時、ハンターを見ていた。

「ハンター!あの人を助けて!」

ラルフはアルパザの戦闘を……本当の事を知るヒューマン。ここで死んでしまっては全てが謎となってしまう。

ハンターは降り立った赤いドレスの女がタダ者でない事を瞬時に悟る。ここでもし相対すれば死ぬだろう。戦うなんて端から考える方がどうかしている。

「……了解、グレース。危ないから下がってて」

でも他ならぬグレースの頼みなら例え死ぬと分かっていても飛び込む気概がある。ハンターは弓に矢を番え、有効射程距離まで近付く。土煙のせいで矢を外す恐れもあったからだ。放った矢が男に当たっては元も子もない。

「あ、おい!正気か!?」

正孝もこれほどの存在を前に恐怖で足がすくむ。だがハンターは迷わず進む。そこで自分も行くかどうか考える。(……いや、あいつを囮にして力を測るんだ)恐怖から動けない理由を転嫁し、踏みとどまった。

「ラルフ、ここで死んでください」

イミーナが感極まって嬉しそうに笑っているのが見えた。その言葉が聞こえた瞬間、猶予は無いと判断する。ハンターは得意の弓を最大限活用し、瞬時に五本矢を飛ばす。

ビュンッ

空気を切る音は五つ飛んでいるというのに均等に寸分の狂いもなくイミーナに向かって飛んでいく。

パキィッ

手を振るい、弓矢を防ぐ。やっと殺せると思った矢先、弓矢による妨害がやって来ては面白くないどころか苛立ちを超えた怒りがわき上がる。彼女の反応は顕著だった。

「あああっ!!糞が糞が糞がぁっ!!もういいだろぅ!?私に殺させろぉ!!」

わめき散らしてハンターに目を向ける。怒りから正常な判断を失い、地団太を踏んで大地を揺らす。

「悪いが僕の女王様の命令だ。全力で邪魔させてもらうよ」

ハンターはニヒルに笑う。ラルフは(しめた!)と考え、一気にエルフ達の元に走る。

「!?……逃がさん!!」

イミーナは焦って追いかけようとするが、ハンターが神業とも言える弓の技術でまたもや矢を飛ばす。

ビュンッビュンッ

矢筒から弓の弦に番え、射出するまでが零コンマの世界。これでまだ”光弓”の方が速いというのだから、白の騎士団への加入はまだ先であると感じる。

魔力を纏った矢はダメージも貫通力もしっかりある特別な矢だ。イミーナは魔障壁を展開する。しかし、特別な矢はその効果を打ち消し、自分が生成した槍の様に何の阻害もなくイミーナに向かって飛んでくる。それに気付いたイミーナは反射速度のみで飛んできた矢を全て掴んで見せた。

「邪魔だぁ!!」

バキィィッ

手に持った矢を握力で握りつぶすと地面に叩きつける。ハンターにはイミーナを傷付ける程の力がない。ここで足止め出来るのはどれほど凄いと言ってもここまでだ。イミーナはハンターに手をかざし、魔力を練り始める。ハンターではイミーナの攻撃を防げない。射出されれば掠っても重症だ。死は免れない。

その時、稲妻が走る。バチバチィッと軽快な音を立ててイミーナの手に絡みついた。

「なっ!?」

またも横槍を入れられる。纏わりついた稲妻は魔力を練る事を阻害した。この稲妻は”遅延ディレイ”効果があるようで、攻撃手段を奪われた。

「危ないわハンターさん!早くこっちに!」

美咲はイケメンハンターを助ける。ここで自分のお気に入りが殺されそうになるのは見過ごせなかった。

「恩に着ます!」

ハンターはラルフの背中につくと、攻撃を警戒しながらラルフと一緒に下がる。イミーナの怒りは頂点に達した。

「ふざけるな……ふざけるなふざけるな……ふざけるなぁ!!」

イミーナは手をかざす。未だ稲妻が纏わりついているせいで魔力は練れないが、既に生成していた槍は操作可能だ。未だ土煙を上げる赤い雨の槍を停止し、こちらに寄こす。ミーシャ達に使用した槍の数は全体の九割、つまり残りは一割。問題ない。これならばここにいるヒューマンとエルフを皆殺しにできる。ミーシャとそれに与するヒューマンとは違うのだから。

頭に血が上ると言う事は一つの事にしか頭が回らなくなると言う事でもある。確かにこの槍なら今目の前にいる連中を訳もなく殺せる。

だとするならその槍でせき止めていた三人を一体誰が止めるというのか?

ドドドドドンッ

槍がイミーナの手元に到着する前に魔力砲が包み込んだ。高出力の魔力砲はイミーナが丹精込めて作ったであろう槍を無慈悲に消滅させたのだ。

「……あ?」

イミーナはまさかの事態に首を傾げる。そう、相手は一人じゃない。

銀爪ぎんそうでも居たら殺せずともミーシャの足止めにはなっていただろう。が、そうはならない。銀爪はビビってそのまま逃げた。黒影はいるが動いていない。

ミーシャの抑えも、ラルフ殺害に関しても全部自分でやっていた。ラルフに関しては完全に私用なので、私兵でもない限りはすぐ諦める。ブラッドレイがいい例だ。

信じられるのが自分しかいない。出来るならここで殺したいが……。

「イミーナ、ラルフに構うな。お前の相手は私だろ?」

もう追い付いた。ミーシャは頭上でイミーナを睨み付けている。わざわざ見下すように浮いているのは自分が上位者だとする示威行為だろう。それにしてもさっきまでの攻撃を防ぎきっていたとは到底思えないケロッとした顔だ。正に化け物。

魔障壁を阻害する特別術式。槍の構造を一から一つずつ組み上げ、構造を複雑化させることで生み出した頑丈設計。貫通力を出すために鋭利さを極め、さらに加速を実現させた高出力の推進力装置を考案し組み込んだ。それを一瞬で多く組み上げる為にテンプレートを構築し戦闘中でも即座に生成できるように術式を組んでいる。

ミーシャを仕留める為に作成した自慢の槍だが、結局その願いは叶わなかった。

「……あああぁあっ!!」

イミーナはこれ以上どうしようもない状況にヒステリックに叫んだ。ヒューマンごときを殺せない苛立ちに精神が揺らぐ。

そして動くことが即ち死に直結する現在の状況でイミーナはラルフに右手をかざす。未だ解けない”遅延ディレイ”効果を無視して何とか攻撃できないかとしているのか?

その瞬間、ドンッという音と共に光の柱がイミーナの手を包んだ。ジュッとイミーナの右手は消滅する。

「……っ!!」

ミーシャがイミーナを攻撃する。傷すらつかなかったその体に欠損が出る。初めての体験だった。成功だけの半生にまさかの欠損。痛みから蹲りたい衝動に駆られる。

だが、これは布石。

魔力の流れが消えた手から微かに感じる。腕に絡み付いた稲妻を取る為に攻撃させたのだ。

ボッ

形も何もない赤い魔力砲。この程度の魔力砲は強いヒューマンなら弾かれるかもしれない。しかし、ラルフは弱いヒューマンの代名詞。小突かれただけで死ぬことだろう。つまりこの魔力砲はオーバーキルと言える。

パシィンッ

その赤い魔力砲はラルフの目の前で弾かれる。

「!?」

イミーナは完全に虚をついたつもりだった。それは勘違いだったと言わざるを得ない。何故ならそれを弾いたのはミーシャ。さっきまで頭上でイキっていたくせに、瞬時にラルフの前で手を出していた。

(速い……!)

彼女は規格外である。第四魔王”紫炎しえん”を……いや、”古代種エンシェンツ”を倒した事でも分かるように、誰も勝てない。欠損までしてこれだ。一緒の世界で生きている事が嫌になるほど強い。

「……覚悟は出来てるんだろうな?」

ミーシャは血管が浮き上がるレベルで怒る。イミーナは下瞼をひくつかせながらその様子を見る。

(……これ以上は無理……か……)

イミーナは完全に諦めた。腹こそ立つが命を捨てるわけにはいかない。失くなった手を下ろし意気消沈する。

「……もう少し計画を練らなければ駄目……ですか」

付け焼き刃ではどうしようもない。特に出鱈目な奴を相手にするなら、全て計画の上くらいでないと勝ち目などない。イミーナは左足の太股を擦る。ある特別な触り方をする事で発動する術式。

ブゥンッ

何かが起動したような音が鳴り、赤い靄がイミーナを包む。それを見たことがあるミーシャは見抜く。

「転移か……?」

「今回は私の負けです……また会いましょうミーシャ。そして……ラルフ」

紅い靄が濃くなるにつれイミーナの気配は希薄になる。この転移は特別性だ。発動し、靄に包まれればもう攻撃は通らない。それはイミーナも同じで、発動した瞬間に攻撃が出来なくなる。イミーナに昔、説明してもらったことがあるのは次元の壁に挟まると言う事。同じ次元にいないから攻撃が通らないとの事だ。正直よく分からなかったが凄い事だけは分かった。

靄が晴れるともうそこにはイミーナはいない転移は成功した。

その様子を文字通り影ながら見ていた黒影はポツリと呟いた。

「終了ですか……みなごろしには期待していましたが、そう簡単ではないですねぇ……。行きましょうか」

黒影はブラッドレイを連れて踵を返す。戦いは終わった。
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