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第二章 旅立ち

第二十二話 殺ス一撃

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そこには生きることに必死な人間ヒューマンも空飛ぶ魔鳥人もいない。

鋼鉄が打ち合う音が鳴り響き、一瞬も予断を許さぬ攻防が暴風のごとく巻き起こる。もしここに半端な生き物がいれば瞬時にミンチになってしまう事だろう。

直立し、素手を武器に変えた狼。人狼ワーウルフと呼ばれる魔獣人、ジャックスとジュリア。

血に飢えし、この世のものと思えぬ不老不死身の怪物。吸血鬼、ベルフィア。

魔鳥人たちの戦いとは別の視点で超常的な戦いが繰り広げられていた。

二体一という不利な状況の中、ベルフィアは余裕の表情を崩さない。ほぼ無制限に動き回れる体力と、
魔力とは完全に別枠の吸血で得られる能力”吸血身体強化ブラッドブースト”が戦況を支えていた。

だが、人狼ワーウルフも負けていない。モンクによる職業スキル”完全無欠かんぜんむけつ”を使用したこれ以上ない肉弾戦で戦う。

”完全無欠”
このスキルはモンクの習得する五つの職業スキルを駆使して体を成す、秘伝の力である。

具体的なスキルの組み合わせとして、

相手の筋肉の動きや攻撃の所作を予測し、未来視レベルで回避を可能にする”先見之明せんけんのめい”。

筋肉の総量を上げて、身体能力の底上げを可能にする”力戦奮闘りきせんふんとう”。

「モンクの使う魔法」と謳われるほどに間合いを瞬時に詰める事の出来る”電光石火でんこうせっか

幾度の鍛錬を越えた先に存在し、皮膚を鋼とする唯一無二の盾”百連成鋼ひゃくれんせいこう”。

魔法による属性エレメント攻撃、特殊スキルの精神攻撃等、想定できる、あらゆる不可視攻撃に耐性を得る”心頭滅却しんとうめっきゃく”。

一つ一つが到達点と言われるレベルのスキルであり、「達人」と呼ばれるモンクで最上位に位置する者でも難関と言われるほどの高等技であるが、ジャックスはこれを可能にする。

ジュリアはこれほどの高度な技を使えない。この中のスキルで言えば”力戦奮闘”くらいしかまともに使用できないので、他は出来合いのスキルでカバーするしかない。

”先見之明”の下位”見切り”。
”電光石火”の下位”疾風”。
”百連成鋼”の下位”硬皮”。
”心頭滅却”の下位”不屈”。

それぞれ一段階や二段階、三段階くらい下のスキルまである。なので、この戦いについていく為に最強のスキルを使用する兄と力を合わせる事で能力の向上を可能にする”切磋琢磨せっさたくま”を使用し、疑似的に”完全無欠”を模倣した。

この為、攻撃を避ける事が難しいベルフィアはあえて攻撃を無視して、体が抉れようが腕が折れようが、足が潰れようが、首が曲がろうが関係がない。
とにかく手を出し、足を出し、相手を疲れさせる。
ふざけた再生力と、まともに防御できない攻撃力は、戦う気力を失わせていく。その上、この戦いを楽し気に戦う様は呆れを通り越して恐怖だ。

ジュリアはベルフィアに言い知れぬ不安感を感じて、ジャックスと示し合わせてベルフィアとの間合いを空ける事にした。その際、ジュリアは掌底で思いっきり突き飛ばしジャックスは飛び蹴りで顔面を蹴り飛ばした。

凄まじい攻撃にもかかわらず後ろにわずかに後退した位で留まり、それ以上に離れる人狼ワーウルフたちを見て、ベルフィアは不思議に思う。

「ん?どうしタ?疲れタノかえ?」

「オ前ハ…何ナンダ?」

遂に音を上げるジャックス。
それはジュリアの代弁でもある。
どれだけ攻撃しても、技を駆使してもどうしようもない。

わらわは吸血鬼。ベルフィア=フラム=ドラキュラ。覚えんでもいいぞ?どうせ死ぬんじゃ」

「…吸血鬼…ダト?」

「兄サン…吸血鬼ッテ…アノ?」

それを聞いた時、全てに合点がいった。
この再生能力も、腕力も、この余裕も。
そして、さらに諦めも生まれてしまった。
最初から勝ち目なんて無かった。

「あ、冥土ノ土産にどうじゃ?」

思い出したようにふざける。
ベルフィアは手をヒラヒラして人狼ワーウルフを挑発する。

「…駄目ダナ…ジュリア」

「何?」

「ラルフ ヲ追エ。ココハ俺ガヤル」

ジャックスは言うが早いか、すぐさま前に出る。
ジュリアは肩を持って、ジャックスを制止する。

「駄目ヨ兄サン。相手ガ悪スギル。勝チ目ガナイナラ逃ゲルベキヨ」

「馬鹿言ウナ。シザー様ガ イルノニ、逃ゲラレル訳ガ無イダロ。ソレニ、オ前ハ マダ未熟ダ。俺ナラ、ココヲ抑エラレル」

それを言われた時、”稲妻”を一瞥する。丁度、人間ヒューマンに斬られる姿が見えた。人狼ワーウルフより優れた存在だと豪語していた頃を思い出すと随分、惨めだと思えた。

「アンナ奴ラ…」

といった次の瞬間、ドンッと空気を震わす音と共に遠くで光が瞬いた。魔王の生存を意味する最悪の光。

ベルフィアは光を背にしているが、その顔は恍惚に満ちていた。

「ああ…ミーシャ様。わらわをお許し下さい。もう二度と疑いませぬゆえ…」

「チッ…魔王ハ結局、殺セテイナイノネ…何ガ英雄ヨ…馬鹿馬鹿シイ…」

ジュリアは苛立ちを隠しもせず、魔鳥人の不始末を吐き捨てる。

「止メロ。彼ノ魔王ガ異常ナンダ。ソレニ、ソレヲ言ウナラ我等トテ同ジダ。方々ニ、言エル立場デハナイ」

ジャックスはジュリアの言葉を窘め、今一度伝える事にした。今度はベルフィアからも視線を外し、ジュリアの肩に手を置いて、目を見て話す。

「ココハ俺ニ任セテ、奴ヲ追ウンダ。魔王ヲ殺スノハ、無理ダトシテモセメテ、我等ノ任務ヲ成シ遂ゲヨウ。オ前ナラ出来ル」

ジュリアは精神攻撃に対し、耐性を持てる”不屈”を用いているが、自分の心までは騙せない。暗く滲んだ負の感情にジャックスの真っ直ぐな瞳が刺さり、ジュリアの荒んだ心が復活する。

「分カッタワ兄サン。アタシ ガ間違ッテタ。アノ化物ハ任セル。ラルフ ヲ追ウワ」

ジュリアは兄に鼓舞され、元気を取り戻す。

「作戦会議は終ワっタかえ?ふぁ~…退屈してきタとこじゃぞ?」

ベルフィアは欠伸をするフリをする。退屈を絵に描いた様な仕草だが、特に寝なくても支障がない化け物には単なる真似事でしかない。

「ワザワザ待ツトハナ…アリガタイ。良ケレバソコデ…世界ノ終ワリマデジットシテイテクレナイカ?
オ前ハ、全テニ置イテ面倒ダカラナ。コチラハ大変迷惑シテイルンダ。分カルカ?」

「なルほどノぅ…じゃがそんな頼みは聞かんぞ。もしわらわをどうにかしタいなら、消滅させル事じゃな…って、ぬしらには無理か?」

吸血鬼は笑いを抑えられず、半笑いで人狼ワーウルフを見ている。ジュリアとジャックスは視線を交わしあい、互いにうなずき会うと、同時にベルフィアに向かって走り出した。

急に臨戦態勢となった二匹だが、ベルフィアには関係がない、何しろ予想済みの行動だ。早く来いとすら思うほどに退屈していた。

直進し、間合いがつまる。人狼ワーウルフの二匹は右拳を腰に持っていき、引き絞るように捻って、正拳突きをかまそうと走ってくる。
二匹とも同じ構えで前のめりにだ。

しかし、あれなら特に構えず、分からない様に同時に攻撃するとか、やり方はあるはずだが、あの型が強いという自信だろうか?

そして、型は既に見せてしまったら次の行動が読める為、隠しながら突進するのが基本だろう。ツープラトンで戦おうにも、休憩前の先の戦闘より御座なりとなっている。

だが、二匹はここで思わぬ行動に出た。
ベルフィアの間合いに入る直前、構えた拳で地面を叩いた。地面が抉れ、砂や石が飛び散り、土煙を作る。目眩ましを使われ、体を隠してきた。

ベルフィアは次の攻撃を待つ。次の攻撃を楽しみにしてだ。そこで飛び出したのはジャックス。
左肘を前に出し、ベルフィアの顔面めがけて一気に詰める。虚を衝かれた形になった為に、ベルフィアはそれに抗えず、顔面にぶち当たった。

天を仰ぐベルフィア。
そこに、頭上を飛び越え、後ろを取ろうとするジュリアの姿が目に見えた。

(挟み撃ちか、なルほどノぅ)

ベルフィアはずっと正面で戦っていたので、それも面白いと、振り返るが、ジュリアは着地と同時に入り口に走り去った。

「え?」とまたも虚を衝かれたベルフィアはその一連の行動に呆けてしまう。背後からジャックスの回し蹴りが左頬を蹴り飛ばした。クリーンヒットした為に、その反動は凄まじく、ぐらりと体勢を崩す。辛うじて踏みとどまり、ジャックスを見ると、また左手を庇うように構えていた。

人狼ワーウルフの一連の行動はラルフを追う為に、二手に別れた形だ。一瞬わからなかったが
そう考えれば合点がいく。

「ぬしらも懲りぬなぁ…ラルフを殺す気かえ?無駄じゃ無駄じゃ。ミーシャ様ノ手を掻い潜りあやつを殺そうなど不可能じゃて」

カラカラ笑いながら、ジャックスを嘲る。ジャックスはその言葉を聞いてはいるが、あえて無視を決め、折れた左腕を持ち、元の真っ直ぐな位置に無理やり戻す。ゴキリと景気のいい音が鳴り、顔をしかめるが左腕は元の位置に戻っている。

そんな事をしても、ベルフィアと違い、再生は出来ないが、丹田に気を集中させ、回復力を上げるモンクが誇る回復の法、”起死回生きしかいせい”を発動させる。

他者に分け与える事が出来ないが、自分は回復可能。完全回復には至らないが、折れた個所を無理やりつなぎ合わせるにはこれしかない。

細胞を活性化させるため極度の疲労が襲う諸刃の剣だが、死なないようにする為の処置で在り、一対一で戦うためには仕方がない事だ。

「ほほぅ。まだまだ遊べルヨうじゃな。いいおもちゃを貰っタノぅ」

ベルフィアはウキウキしていた。先の肘鉄のダメージは瞬時に消え、チロリとジャックスに焦点を当てた。

「フゥゥゥゥ…」と息を吐き、構える。最早、ベルフィアとお喋りをするつもりもないらしい。

「なんじゃつまらん…わらわを楽しませルなら、それなりノ行動をせい。会話は基本中の基本
という奴じゃ。ぬしは戦いだけでは、わらわをどうすル事も出来ぬノじゃぞ?」

とか言いつつ、ちゃっかり構えるベルフィア。相手の行動を読めない以上、神経を研ぎ澄ませる。

ジャックスは左足を前に右足を下げて腰を落とす。
振りかぶるように右拳を後ろに上げて、逆に左手を前に下ろす。右拳は頭より上、左手は腰より下の位置で固定し奇怪なポーズとなった。

それだけを見るなら、瓦割りとかを連想させるが、今の状況には似つかわしくない。

目を閉じ、神経を集中させている。戦いの最中、目を閉じるなど隙でしかないが、その姿勢は堂に入ったもので、これを隙と捉え攻撃を仕掛けようものなら即座に返り討ちになるのが目に見える様だった。

ならば、カウンターの類かと言われればそうでもない。またも丹田に気を集中させ、まるで引き絞られた弓矢のように、発射の時を待つ。

何が来るのか楽しみにしていたミーシャさえゾクりと来る異様な気配に、邪魔せずには、いられなかった。

それが放たれる前に、仕掛けたのはミーシャだ。

この技を見たいが、見たくないという一行で矛盾してしまう奇怪な感覚に襲われ、我慢が利かなかった。

だがこれは既視感のある行動だったと改めて知らされる事になる。

つい先日戦った、黒曜騎士団団長との一騎打ち。先に動いたのはベルフィアだった。そして返り討ちに遭ったのも他ならぬベルフィアだった。それに気づいた時は既に技は決まっていた。

ベルフィアの手が届く瞬間、下に下ろした左手が迫りくる攻撃に反応し、かち上げる。振り上げた右拳で顔を殴り、そのまま振り下ろして左肩を脱臼させる。

左手は右足の太股を伸びた爪と、手刀で切り落とし、返す抜き手で左足の太股を刺す。機動力を奪った後、刺したまま引き寄せつつ懐に潜り込み、左肩で鳩尾みぞおちの部分を押す。

脚を起点にし、上に押し上げるように弾き、抜き手で太股に刺していた左手を引き抜くと、ジャックスはそれまで閉じていた目を見開き、ここぞというタイミングに合わせて、無防備となった胸に一本拳を叩き込んだ。

心臓があるであろう部分を正確に射貫いている。

その拳はめり込み、胸骨を易々砕き、内蔵に達する凶悪な一撃。

疾風怒濤しっぷうどとう”。

ジャックスが密かに編み出したオリジナル技。同業のモンクたちがこの場にいれば、見惚れるほど素早く流麗な動きは、ベルフィアを翻弄し、血液を吐き出すほどだった。

「がはぁっ!!」

肺から絞り出すような声を伴って、その場にうなだれる。団長の時ですら、バラバラにされても流す事の無かった血を流し、人間ヒューマンであれば白目を向いている感じで、黒目を向き、気絶にまで追い込まれていた。

「…終ワリダ」
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