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第一章 出会い

第十八話 それぞれの思惑

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ベルフィアは人狼ワーウルフとの戦いにおいてかなり有利に事を運んでいた。

というのも先程から人狼ワーウルフの基本能力を高めに考えて攻撃を繰り出していたが、どうも強いのは一点血掌いってんけっしょうで胸をついたあの一匹と隊長と呼ばれるこの一匹の二匹だけのようだ。

まだいたのかもしれないが、その悉くをミーシャが瞬殺したので、定かではない。

雑魚は身体強化の三発ほどで沈んだので下級魔族よりは強いのだろうが大したことはない。三対一だった戦闘を早めに一対一イーブンに持ち込めたのはベルフィアとしては大きかった。

だがここから戦闘は遅々として進まず焦りを感じることになる。隊長だけは、能力が一つ、いや二つは上だったからだ。

じりじりと身を焼くような、しかし見ようによっては芸術とさえいえる素晴らしい戦いが繰り広げられている。

爪で突けばそれをいなし、返す拳を繰り出せば空いた手で受け流す。蹴りが飛べば、蹴りで返し。大ぶりの攻撃は紙一重で避ける。特殊技能を使えばそれを打ち消し、致命傷を避ける。

一進一退の攻防は、ともすれば演武のように華麗に映る。示し合わせたような技の応酬はいつまでも続くと思われた。が、隊長とベルフィアにとってこの状況はすぐにでも終わらせたい戦闘だった。

隊長はすぐにでも撤退したい。ベルフィアはミーシャに不甲斐ない姿をさらし続けるわけにはいかない。

早期決着をつけたい両者の思惑は拮抗してしまった能力が邪魔をして終わらない戦闘を続ける羽目になっていた。

ベルフィアと人狼ワーウルフが必殺の一撃で打ち合い、ガギンッという鋼鉄同士をぶつけた音が辺りに響いたあと、一度間合いを開け戦闘体勢のまま向かい合う。

「貴様…何者ダ?タダノ女デハナイナ…」

「そちこそ、タだノ人狼ワーウルフではあルまい?純血統種ノ人狼ワーウルフかノぅ?」

「馬鹿ニシテイルノカ?我ラハ全テ純血ダ」

「ふっふ!それにしては能力に差があルヨうじゃが?一体どこで何をまちがっタらこうなるんじゃ?」

ベルフィアが三発程度で死んだ人狼ワーウルフを指差しケラケラ笑いながら、侮辱する。隊長は苛立ちを覚える。一族を馬鹿にされるのは腹に据えかねた。

しかし挑発に乗るのは愚作、実力が拮抗している現状で無闇に飛び込めば返り討ちに会う。

ベルフィアも簡単に挑発に乗らない敵に、苛立ちを覚える。自分が不死身と言われたこの肉体でなければ四度目の激突で命を絶たれている。

こちらの攻撃は全てかすり傷、必殺の間合いを悉く外してくる。それにしては必殺の一撃を、悉く入れてくる。

ただの反応速度だけだと、追い付けない技術において人狼ワーウルフはベルフィアを上回っている。実践経験の差が段違いだった。

死の驚異がほとんど無いから、避けることを忘れているせいでもあるが、これは言い訳である。

ミーシャは二人の戦いを興味深そうに見ていた。

人狼ワーウルフの戦い方はよく言えば堅実、悪く言えば花がない。典型的なモンクタイプの戦闘方法。フェイントと数々の戦闘で培われたであろう体捌きを駆使して隙を見つけては渾身の一撃を叩き込む。

対してベルフィアは変幻自在の動きを見せるが、踏み込んだ必殺の一撃に関しては直線的になる。確実に急所を狙っていくその姿勢は魔獣そのもの。しかしそれゆえに行動がパターン化しているところがあり、その隙を身体能力で補っている。弱者には強いが、実力が拮抗する者には途端に弱い。

ベルフィアは回復能力に助けられ、人狼ワーウルフはベルフィアのパターン化した攻撃方法に助けられていた。

戦闘中に気づいていたが改めて思う、この勝負ジリ貧になれば、間違いなくベルフィアが勝利する。体力が続く限りでしか戦えないモンクタイプの人狼ワーウルフ。ベルフィアの再生能力を遅らせる様な特殊技がない限り勝ち目はない。

人狼ワーウルフがいつ切り札を切るのか、それが楽しみだった。

「いつまでそうしとルつもりじゃ?はヨう来んかい」

ミーシャとベルフィアの視線を外す、その方法を考えていた人狼ワーウルフは動けずにいた。

ベルフィアを殺すことは早々に諦めている。再生能力が異常だからだ。攻撃を加えたそばから再生する。まるで映像の巻き戻しのように現実味を帯びない再生方法にしっぽを巻いて逃げたい気持ちばかりが頭の中でぐるぐる回っていた。

と、その時、足元にコロコロと小さな黒い玉が転がってきた。人狼ワーウルフもベルフィアも見たことがある玉。効能もこの目で見たが、なぜ今ここにあるのか二人とも理解できずにいた。一瞬戦闘も忘れその玉に釘付けになる。

ボフッという音とともに煙がその場に吹き上がる。

「「煙幕!?」」

「!」

突然の煙に虚を突かれる二人と一柱。こんな小賢しい真似をするのは一人しかいない。

「ラルフ!!何ノ真似じゃ!!?」

ベルフィアは後ろを振り向く、それに釣られてミーシャも後ろを振り向いてしまうが誰もいない。

人狼ワーウルフは今がチャンスと脱兎のごとく逃げ出す。

「逃がすかぁ!!」

ベルフィアは追いかけるため煙に向かって突撃する。
そこに投げナイフが4本ベルフィアの胸部に刺さる。
だが関係なしとそのまま来る。

さらにでかいダガーがベルフィアの頭に投げつけられた。煙から急に出てきたダガーを避けきれず、右目に直撃しその重量と右目の喪失でノックバックして後ろに倒れてしまう。

体を起こすと煙が晴れだす。そのころには完全に見失ってしまった。
ダガーを右目から引き抜き、そのまま握りつぶす。
当然のように右目はダガーを抜いた矢先に復活していた。

「…ラァルゥフゥ…」

苛立ちからいつもの余裕が消え般若の形相で名前を吐き出す。

「あぁーっ!」

城内から大声が聞こえる。改めて目をやるとそこには、左手をかばってヒョコヒョコ動くラルフがいた。

「お前なんてことしやがる!俺の愛用の武器だぞ!」

「ラルフゥ…おんどりゃぁぁ…」

ベルフィアは血管を浮かせ、ラルフを睨み付ける。ラルフはその様子に心底震えるが、ミーシャはベルフィアの目の前に立ち、手を出して行動を制する。上位者に出てこられたら感情を殺すほかない。ベルフィアは興奮しながらも立ち尽くす。

「ラルフ…どういうことだ?あれらはお前の武器だろう?」

そのセリフには「事と次第によっては…」という言葉が隠されていた。発言を間違えれば殺されるかもしれない。

「取られたんだよ!人狼ワーウルフの生き残りが城内に入ってきやがったんだ!戦闘になったが、この通り腕を折られちまった!」

「え!折れたのか?大丈夫かラルフ…」

ミーシャはラルフに安否を確認する。
ベルフィアはこの一連の動きに我慢が利かなくなった。

「待ってください魔王様!無事じゃないにしろ何故こやつは生きとルんですか!?ふところをまさぐられルほど接近を許しタんですヨ!?」

その言葉は納得の一言だった。敵である人狼ワーウルフが脆弱な人間を生かすほどお優しい種族なのか?

「ふむ一理あるな、どうだラルフ?」

お奉行様のような物言いに少し困惑するラルフだったが、ミーシャを納得させればこの場が収まる事に気づく。今まさにベルフィアが示してくれた。

「そいつはしょうがないだろ…殺されかけたんだ。何とか許してもらうために武器を放棄する他なかったんだ」

ラルフは続けて発言する。

「それにベルフィアが追い詰めてたやつを助けるために飛び出していきやがったからこそ助かったんだ。仲間を助けるために時間がなかったのも俺の命のつなぎに一役買ったってとこだろうぜ」

ラルフの発言を要約するとすべて運が絡んだ結果と言う事だ。ラルフの戦闘を見てない以上、真偽を確かめる方法はない。

それに武器の放棄に関してはミーシャに脅された時
同じことをしたので、ミーシャには納得できることだった。

「…仕方ない、ラルフは弱いからな」

「魔王様!?」

ラルフの勝利である。ミーシャがラルフに甘いのも考慮してもこのような杜撰な結果になった事実に、ベルフィアは呆気にとられる。

「しかしなラルフ、いくら弱いとはいえ限度があるぞ。少しは鍛えたらいいんじゃないか?」

「まぁ…な」

下級悪魔にすら勝てない一般人レベルのラルフに中級悪魔を殺せというのは酷な話だが、話を合わせておく。

「くぅあああ!!」

ボギャッ

ベルフィアがムカついて木に八つ当たりをしている。
太い幹は軽々と折れてその威力を如実に表している。

それもそのはず、ミーシャが自分に味方をしないことはもちろんの事、ラルフが人狼ワーウルフの逃亡の機会を生んでしまった事は事実だ。

それに自分が助かるためだけにあの人狼ワーウルフを全回復させたのもそうだ。その件に関しては二人は知る由もないのでラルフ個人の問題だが、影の戦犯ラルフは命の危機は、一応去ったと安堵した。

と同時に不味い状況になったことはぬぐえない。事も在ろうにミーシャが生きていることを知られたのは痛い。

「魔王様はラルフに甘すぎルと思うノですが…」

「悪い?」

「いえ…しかし、裏切られてからでは遅いことだけ肝に銘じておいてください…すでに考慮済みとは存じますが…あえていわせていタだきます」

ミーシャはフンッと鼻で笑い、そっぽを向く。傲岸不遜といった態度だが、(そうなったらいやだな…)という思いが心で渦巻いた。

ミーシャは信じていた家臣の裏切りから、心のよりどころを求めていたのだ。そのことに気づいてしまったせいでベルフィアの目をまともに見られなかった。

「その時はその時だ。脆弱な人間に何ができるんだ?」

そんな心の機微を知られたくなかったミーシャは
ベルフィアに強気に出る。ベルフィアは目を伏せ、それ以上の追及はしない。

「…どうすっかなー…これから…」

ラルフは誰にも聞かれることのない独り言で天を仰いだ。
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