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第135話 不釣り合いな二人
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春田は菊地兄に守られ、何事もなく朝を迎えた。
ナルルがスキルを使用すれば簡単に夜這いを仕掛けることも可能だが、ヤシャとポイ子に睨まれて部屋を出ることが出来ず、ナルルは渋々ふて寝した。滝澤も菊地を寄越した手前、何か仕掛けてくることもなかった。それもこれも風呂でのぼせた所為……いや、おかげというべきか。何にしても、二人とも自重してくれたのは不幸中の幸いというものだろう。
久々に平和な夜を過ごした春田はベッドから軽やかに起き上がる。昨晩のぼせたからか、あるいは日頃来る疲れからか、そのまま朝まで熟睡して体の疲れが綺麗サッパリ無くなった。
ベッドの脇に立つとラジオ体操のように体を動かしてほぐす。腕を回したり、屈伸運動したりで体が温もる。
そんな動きを察知したのかガチャリと扉が開いた。春田はビクッとして動きを止めて扉を見る。
「起きたのか?」
扉の前で待機していた菊地兄が覗き込んだ。
「お兄さんさぁ……ノックくらいしてくれよ……」
「お前にそんな配慮は要らないだろ。後15分くらいで朝食の準備が出来る。移動するか?」
「俺は客ぞ?」と言いたかったが、主張するほどでもない。正直な話ありがた迷惑な形での一泊だったし、今後特にお世話になる予定もないからどうでも良いというのが本音だ。
「あー……はい。んじゃ行きましょうか」
昨晩ナルルに着せ替えさせてもらったシルクのような着心地の良いパジャマをそのままに、用意されたスリッパでペタペタ歩きながら菊池の立つ扉まで歩く。しかし、菊池兄は動こうとしない。春田も訝しんだその時、不意に菊池兄が話しかけてきた。
「……春田聖也。聞きたいことがあるんだが、お嬢様の告白を断ったそうだな。何故だ?」
「……ん?」突然の質問に頭がついていかない。寝起きの頭ということもあるのだろうが、答えにくい事を唐突に聞いてきたのだ。普段の状況でも思考が停止してもおかしくはない。
「えっと……そのお話は滝澤さんから聞いたんでしょうか?」
「いや、妹からだ」
なるほど、お喋りな妹だ。しかしどうやって知り得たのか?春田が漏らさない以上、滝澤本人の口から聞くしか無いが、友達以前に主人と従者の関係上自ら進んで言ったとは考えにくい。となれば聞き耳を立てていたか?滝澤が呼んだあの時すぐ現れたのを思い出す。扉前でスタンバってたからだろうと悟った。
「……そうっすね……月並みっすけど、俺と滝澤さんじゃ釣り合いがとれて無いって感じました。告白されたのは初めてだし嬉しかったですけど、会って間もないし勘違いかも知れないから……もう少し知り合ってからそれでも気持ちが変わらないならって、そう思ったというか……」
たどたどしくもそれっぽく言葉を繋ぐ。それを聞いてうんうんと頷きながら春田に言葉を返す。
「自己分析は出来ているようだな……正にその通りだ。お前ごときではお嬢様と釣り合いが取れるわけもない。お前なんかよりよっぽど相応しい相手はその辺を探せば捕まえられるだろうしな」
当然といった感じで吐き捨てるように伝えられる。春田と違って良く口が回るものだ。滑らかに人を罵倒する。赤の他人を雑草の様に例えて春田はそれ以下だと罵っている。(散々な言いようだな……)と口を真一文字に結んで非難する目で見ていた。
言いたいことが言い終わったのか、菊地兄はじっと春田を見据える。
「……まだ何か?」
あまり口を開きたくなかった。「ああ、あるぞ」何て言いながらペラペラと罵詈雑言吐かれては堪ったものではない。しかし、何か聞かないと動かなそうだったので痺れを切らした形だ。「もう何とでも言え」という気持ちが勝った為でもある。
「……何故断れる。あのお嬢様からの寵愛を賜れる機会を何故……今後一切チャンスは訪れないのかもしれなんだぞ?」
才色兼備でおまけにお金持ちという全てを兼ね備えた最高の女性。そんな人が自分に好意を抱く。凄まじく幸運なことだ。例えその人物に興味がなかったとしても他に目が眩んだりするものだろう。
モデル並みに美しい体だったり、お金だったり、美人な女性と付き合っているという称号だったり。相手が好意を抱いているのだから付き合っている事を口実に何でも好きに出来たはずなのだ。
自己分析の出来る春田のような男なら尚更欲しがるモノではないだろうか?自分を着飾る装飾品を手に入れるも同義なのだから。
菊地兄が言いたいこと、聞きたいことを大体察した春田は考える素振りを見せて答える。
「うーん……考えても見ませんでした。とにかく何て言うか……何て言うか、こう恋愛って初めてだったので戸惑ったのが本音っすかね。俺に心の準備が出来てなかっただけだと……そう思います」
それを聞いた菊地兄は訝しい顔を見せた。
「……達観しているというか、何か他人事だな。お前のことだぞ?」
そう言われるとしどろもどろになってしまう。その通りなのだが、どうも自分のことだと思えない。それもこれも後から涌いて出たカリスマという名の気配の暴力が関係している。これも全部魔王って奴の仕業なのだ。付け足された変な特異能力に振り回されていなかったら、考えるまでもなく二つ返事だっただろう。が、現実は違う。
「重々承知ですよ。……もういいっすか?俺腹減っちゃって……」
「あっ……ああ、そうだったな。早くしないと叱られてしまう」
食堂に向かって歩く。春田は菊地兄が突っ掛かって来たことを不思議に思う。滝澤は恋愛は初めてだと言っていた。どこまで信用していいか分からないが、その初めてが春田とかいう馬の骨だったのが気に障ったのは間違いない。
ふと嫌な予感を感じる。
(まさかとは思うけど、俺は知らず知らずに地雷を避けた可能性があるんじゃ……)
もし二つ返事で付き合うことになっていたら「俺は認めない!!」とか何とか難癖付けられてぶん殴られていた可能性があるのではないだろうか?
菊地妹は空手部主将。兄も何らかの武術を学んでいることは間違いない。強そうだし、会長に未熟者扱いされてたことからも容易に想像がつく。
(つまり滝澤さんと付き合うことになれば、菊地兄妹を倒す必要がある?)
その可能性は捨てきれない。別に付き合う気は無いが、もしそうなった場合にも備えておくのがベストだろう。
(ヤシャとでも軽く運動しとくか……)
菊地兄の背中を見ながら詮無いことを考えつつ食堂に向かった。
朝食を食べる時には会長の姿は無く、滝澤とポイ子とヤシャとナルル、そして自分の5人で喫茶店で出てきそうなモーニングセットっぽい豪華な食事を済ませた。途中ナルルがエッグベネディクトとかいうお洒落な食べ物に何やら文句を垂れていたが、その後は特に何もなく楽しく過ごせた。
「本日お帰りの際に賞金をお渡しします。ケースごとお渡し致しますのでお持ち帰りに支障は来たさないと思いますが、何か不備があればお申し付けくださいませ」
滝澤はニコッと笑って春田たちに昨日の賞金について話してくれた。銀行に送金すると言わなかったのは、このお金が正規で手に出来るお金ではないからだろう。こちらとしても通帳に振り込まれると後で親に何て言っていいやら分からないのでこれは素直に嬉しかった。
「分かりました。ありがとうございます」
「お礼を言うのは寧ろこちらの方です。良くぞお祖父様を倒してくださいました。ありがとうございました」
深々と頭を下げる。それに合わせて従者たちも同じように頭を下げた。それにヤシャは胸を張って答える。
「お安い御用だ。戦闘で私の右に出る者はいない」
「ふふふ……頼もしいです。またお力を貸していただくことがあるかと思いますのでよろしくお願いいたします」
腕を組んで得意気にフンッと鼻を鳴らした。春田は頭を掻きながら頭を下げる。
「何と言うか、とんだお泊り会になってしまってすいません」
「とんでもない。久々に楽しい夜を過ごせました。また泊まりに来てくださいね」
卑屈とも取れる春田の言葉に対し何も気にしていない風に、どころか凄い楽しそうに声を弾ませながら答える。その好意的な雰囲気に春田はたじたじ。「はぁ……」と苦笑いで答える。
「今着ているパジャマなどは持ち帰っていただいても構いません。お帰りの際は車を出すので一言声をかけて下さいね」
特にここにいる用事もなかったので「あ、じゃあ服着替えたらすぐ帰りたいです」と伝えた所、「では30分後に玄関口で」ということで話が終わる。ようやく帰られる事に安堵しつつも、話終わった後のどこか寂しげな滝澤の顔に罪悪感を覚える。すぐ帰ることに不満があるようだ。どもりながらポツリと呟くように伝える。
「……あ、あの、また今度お茶でも……どうですか?」
それは春田の精一杯のお誘いだった。先の陰りは一転の曇りもない光に照らされ、満開の華のように咲き誇る。
「ええ、是非とも」
ナルルがスキルを使用すれば簡単に夜這いを仕掛けることも可能だが、ヤシャとポイ子に睨まれて部屋を出ることが出来ず、ナルルは渋々ふて寝した。滝澤も菊地を寄越した手前、何か仕掛けてくることもなかった。それもこれも風呂でのぼせた所為……いや、おかげというべきか。何にしても、二人とも自重してくれたのは不幸中の幸いというものだろう。
久々に平和な夜を過ごした春田はベッドから軽やかに起き上がる。昨晩のぼせたからか、あるいは日頃来る疲れからか、そのまま朝まで熟睡して体の疲れが綺麗サッパリ無くなった。
ベッドの脇に立つとラジオ体操のように体を動かしてほぐす。腕を回したり、屈伸運動したりで体が温もる。
そんな動きを察知したのかガチャリと扉が開いた。春田はビクッとして動きを止めて扉を見る。
「起きたのか?」
扉の前で待機していた菊地兄が覗き込んだ。
「お兄さんさぁ……ノックくらいしてくれよ……」
「お前にそんな配慮は要らないだろ。後15分くらいで朝食の準備が出来る。移動するか?」
「俺は客ぞ?」と言いたかったが、主張するほどでもない。正直な話ありがた迷惑な形での一泊だったし、今後特にお世話になる予定もないからどうでも良いというのが本音だ。
「あー……はい。んじゃ行きましょうか」
昨晩ナルルに着せ替えさせてもらったシルクのような着心地の良いパジャマをそのままに、用意されたスリッパでペタペタ歩きながら菊池の立つ扉まで歩く。しかし、菊池兄は動こうとしない。春田も訝しんだその時、不意に菊池兄が話しかけてきた。
「……春田聖也。聞きたいことがあるんだが、お嬢様の告白を断ったそうだな。何故だ?」
「……ん?」突然の質問に頭がついていかない。寝起きの頭ということもあるのだろうが、答えにくい事を唐突に聞いてきたのだ。普段の状況でも思考が停止してもおかしくはない。
「えっと……そのお話は滝澤さんから聞いたんでしょうか?」
「いや、妹からだ」
なるほど、お喋りな妹だ。しかしどうやって知り得たのか?春田が漏らさない以上、滝澤本人の口から聞くしか無いが、友達以前に主人と従者の関係上自ら進んで言ったとは考えにくい。となれば聞き耳を立てていたか?滝澤が呼んだあの時すぐ現れたのを思い出す。扉前でスタンバってたからだろうと悟った。
「……そうっすね……月並みっすけど、俺と滝澤さんじゃ釣り合いがとれて無いって感じました。告白されたのは初めてだし嬉しかったですけど、会って間もないし勘違いかも知れないから……もう少し知り合ってからそれでも気持ちが変わらないならって、そう思ったというか……」
たどたどしくもそれっぽく言葉を繋ぐ。それを聞いてうんうんと頷きながら春田に言葉を返す。
「自己分析は出来ているようだな……正にその通りだ。お前ごときではお嬢様と釣り合いが取れるわけもない。お前なんかよりよっぽど相応しい相手はその辺を探せば捕まえられるだろうしな」
当然といった感じで吐き捨てるように伝えられる。春田と違って良く口が回るものだ。滑らかに人を罵倒する。赤の他人を雑草の様に例えて春田はそれ以下だと罵っている。(散々な言いようだな……)と口を真一文字に結んで非難する目で見ていた。
言いたいことが言い終わったのか、菊地兄はじっと春田を見据える。
「……まだ何か?」
あまり口を開きたくなかった。「ああ、あるぞ」何て言いながらペラペラと罵詈雑言吐かれては堪ったものではない。しかし、何か聞かないと動かなそうだったので痺れを切らした形だ。「もう何とでも言え」という気持ちが勝った為でもある。
「……何故断れる。あのお嬢様からの寵愛を賜れる機会を何故……今後一切チャンスは訪れないのかもしれなんだぞ?」
才色兼備でおまけにお金持ちという全てを兼ね備えた最高の女性。そんな人が自分に好意を抱く。凄まじく幸運なことだ。例えその人物に興味がなかったとしても他に目が眩んだりするものだろう。
モデル並みに美しい体だったり、お金だったり、美人な女性と付き合っているという称号だったり。相手が好意を抱いているのだから付き合っている事を口実に何でも好きに出来たはずなのだ。
自己分析の出来る春田のような男なら尚更欲しがるモノではないだろうか?自分を着飾る装飾品を手に入れるも同義なのだから。
菊地兄が言いたいこと、聞きたいことを大体察した春田は考える素振りを見せて答える。
「うーん……考えても見ませんでした。とにかく何て言うか……何て言うか、こう恋愛って初めてだったので戸惑ったのが本音っすかね。俺に心の準備が出来てなかっただけだと……そう思います」
それを聞いた菊地兄は訝しい顔を見せた。
「……達観しているというか、何か他人事だな。お前のことだぞ?」
そう言われるとしどろもどろになってしまう。その通りなのだが、どうも自分のことだと思えない。それもこれも後から涌いて出たカリスマという名の気配の暴力が関係している。これも全部魔王って奴の仕業なのだ。付け足された変な特異能力に振り回されていなかったら、考えるまでもなく二つ返事だっただろう。が、現実は違う。
「重々承知ですよ。……もういいっすか?俺腹減っちゃって……」
「あっ……ああ、そうだったな。早くしないと叱られてしまう」
食堂に向かって歩く。春田は菊地兄が突っ掛かって来たことを不思議に思う。滝澤は恋愛は初めてだと言っていた。どこまで信用していいか分からないが、その初めてが春田とかいう馬の骨だったのが気に障ったのは間違いない。
ふと嫌な予感を感じる。
(まさかとは思うけど、俺は知らず知らずに地雷を避けた可能性があるんじゃ……)
もし二つ返事で付き合うことになっていたら「俺は認めない!!」とか何とか難癖付けられてぶん殴られていた可能性があるのではないだろうか?
菊地妹は空手部主将。兄も何らかの武術を学んでいることは間違いない。強そうだし、会長に未熟者扱いされてたことからも容易に想像がつく。
(つまり滝澤さんと付き合うことになれば、菊地兄妹を倒す必要がある?)
その可能性は捨てきれない。別に付き合う気は無いが、もしそうなった場合にも備えておくのがベストだろう。
(ヤシャとでも軽く運動しとくか……)
菊地兄の背中を見ながら詮無いことを考えつつ食堂に向かった。
朝食を食べる時には会長の姿は無く、滝澤とポイ子とヤシャとナルル、そして自分の5人で喫茶店で出てきそうなモーニングセットっぽい豪華な食事を済ませた。途中ナルルがエッグベネディクトとかいうお洒落な食べ物に何やら文句を垂れていたが、その後は特に何もなく楽しく過ごせた。
「本日お帰りの際に賞金をお渡しします。ケースごとお渡し致しますのでお持ち帰りに支障は来たさないと思いますが、何か不備があればお申し付けくださいませ」
滝澤はニコッと笑って春田たちに昨日の賞金について話してくれた。銀行に送金すると言わなかったのは、このお金が正規で手に出来るお金ではないからだろう。こちらとしても通帳に振り込まれると後で親に何て言っていいやら分からないのでこれは素直に嬉しかった。
「分かりました。ありがとうございます」
「お礼を言うのは寧ろこちらの方です。良くぞお祖父様を倒してくださいました。ありがとうございました」
深々と頭を下げる。それに合わせて従者たちも同じように頭を下げた。それにヤシャは胸を張って答える。
「お安い御用だ。戦闘で私の右に出る者はいない」
「ふふふ……頼もしいです。またお力を貸していただくことがあるかと思いますのでよろしくお願いいたします」
腕を組んで得意気にフンッと鼻を鳴らした。春田は頭を掻きながら頭を下げる。
「何と言うか、とんだお泊り会になってしまってすいません」
「とんでもない。久々に楽しい夜を過ごせました。また泊まりに来てくださいね」
卑屈とも取れる春田の言葉に対し何も気にしていない風に、どころか凄い楽しそうに声を弾ませながら答える。その好意的な雰囲気に春田はたじたじ。「はぁ……」と苦笑いで答える。
「今着ているパジャマなどは持ち帰っていただいても構いません。お帰りの際は車を出すので一言声をかけて下さいね」
特にここにいる用事もなかったので「あ、じゃあ服着替えたらすぐ帰りたいです」と伝えた所、「では30分後に玄関口で」ということで話が終わる。ようやく帰られる事に安堵しつつも、話終わった後のどこか寂しげな滝澤の顔に罪悪感を覚える。すぐ帰ることに不満があるようだ。どもりながらポツリと呟くように伝える。
「……あ、あの、また今度お茶でも……どうですか?」
それは春田の精一杯のお誘いだった。先の陰りは一転の曇りもない光に照らされ、満開の華のように咲き誇る。
「ええ、是非とも」
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