魔王復活!

大好き丸

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第七十二話 要求

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春田は購買に行くと、宣言通り紙パックのジュースを購入した。オレンジ100%と印字されたフルーツジュースだ。

そこらに設置されたベンチに座るとジュースを飲み始める。

「ちょっといい?」

後ろから不意に声をかけられた。最初こそ自分の事だと思わず、二秒ほど静止し、振り返る。

そこには仁王立ちで腕を組んで立つ見知った顔がいた。

「……木島……さん?」

春田を見下ろし、尊大な態度でそこにいる。
朝の一件は終わったし、いさかいは無いはずの現状、どうしたというのか?

「どうかした?」

「……どうかした?って、あんたまさかあんなので終わったと思ってるわけ?」

どうやら終わってないらしい。

「……あの謝罪では不服だと言いたいのか?」

「あんなの謝罪じゃなくて、おためごかしでしょ。謝罪になってないから」

分からない。謝罪は謝罪だろう。

「これは誠心誠意謝っても許してくれなさそうだな……」

ベンチに座り直し、木島を無視することで平静を保つことにした。あまり言い合っていると、また腹が立ってきそうなので、視界に入れないようにした。

「……当然でしょ」と言いつつ回り込んで春田の隣に座る。逃がすつもりはないらしい。

「……おっし!分かった!何をすれば許してくれるんだ?モノマネか?土下座か?掃除当番代わるか?金は都合がつかないからジュース一本で許してくれよ?」

畳み掛けるように話し出すが、木島の目は冷ややかだった。

「そんなのどうでもいい。私は真実が知りたいの」

(真実?)何の事か分からず聞き返すように木島に顔を向けると、木島は木島で凝視していた。バッチリ目が合うわけだが、その目はギラリと鋭い。

「全然分からん……何の事だ?」

「何って……みゆきの事よ!言わなくても分かるでしょ!」

虎田の事を何故か持ち出した。(知らんがな)と思いつつも、昨今の虎田の動きを考える。

「あー……最近虎田さんと一緒にいることが多いかもな……」

「白々しい!」

バン!とベンチを叩く。春田は勿論の事、近くにいた購買のおばちゃんも木島の行動に驚いた。

「みゆきの何を握っているわけ?答えなさい」

目をぱちくりさせる。(虎田の弱みを握っているとでも言いたいのか?)そのせいで春田と一緒にいる事を強要しているとでも言いたいのだろうか。

何という勘違いだろうか。言いがかりも甚だしい。しかし、木島の目は本気も本気だった。

「俺が虎田の何を握るって言うんだ…お前さぁ、勘違いもほどほどにしとかないと恥ずかしいにもほどが……」

といったところでハッとなる。虎田の弱み。ないわけではなかった。
お弁当箱だ。(そういえば返してなかったな…)朝方返そうとしていたが、木島の変なウザがらみから、仕方なく春田が謝る流れにした矢先、記憶の彼方に追いやっていた事をこの段階で思い出した。

そしてその一瞬の間を木島は見逃さない。

「やっぱりあるんじゃない!」

今度は大声で詰め寄る。顔がぐっと近くなり、春田の目と鼻の先に木島の顔があった。その様子を見ていた購買のおばちゃんが「ゴホン」と咳ばらいをすると、木島はハッとなって離れる。興奮しすぎたと自分を戒めた後、冷静な物言いで語り掛ける。

「……みゆきを解放しなさい。それでチャラにしてあげる」

耳にかかった髪を右手で後ろに流し、腕と足を組んで、また尊大な態度に戻る。
(解放って……まるで束縛してるみたいに……)文句の一つも垂れたいが、まずは誤解を解くところから。
春田は木島に向き直り、正々堂々といった風な態度で話し始めようとしたが、その瞬間に頭に疑問符が浮かんだ。

ただ弁当を貰った。作りすぎただけで他意はなく、それどころか多めに作りすぎた事を周りに知られては恥ずかしいとまで思っているくらいだった。こっちも助かるから食べたのであって、それを弱味だと思ってないし、武器にする気もない。

だが、どう伝えるべきか分からない。「作りすぎの弁当を貰っただけ」と伝えられればどれ程楽なのか。

「いや……それとこれとは別って言うか……何と言うか……」

そのどもる様を見た木島は眉をそばだてる。怒りで顔が紅潮し、苛立ちを募らせるが、頭を振って考えを改める。

「……みゆきの解放が嫌なの?」

「そういうわけじゃなくてな……なんというか……」

春田の目が泳ぐ。虎田の昨日の様子を見れば木島には、決して知られたくないことだろう。少し考えるため視線を落とす。木島の腕を組んだ尊大な態度が目に写る。

(しかし……こいつはなんでこんなに偉そうなんだ?俺が何した?)

「こんな理不尽があるなんて世も末……」くらいに腹が立ちながら眺めていると、木島が腕を自分の身を隠すように、組み換えた。肘よりちょっと肩よりを抱え込んで、寒そうな感じを醸し出す。

「ん?」と思い、視線を会わせると、木島がさっきまでの怒りの顔とは違う、頬を真っ赤に染め、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。

「あ、あんたまさか……わ、私と引き換えだっていうんじゃないでしょうね?」

(こいつは何を言ってるんだ?)また変な勘違いをさせてしまった。

木島は諦めるべきか、突っ走るべきか考える。

今までたくさんの男を振ってきた。それもこれも自分の体目当ての男ばかりだったからだ。見栄を張って遊んでそうな服装を自らに課していたが、いつもいやらしい目で見られてきて嫌だった。そして今回も春田は虎田の安全を担保に体を差し出すよう要求している。

虎穴に入らずんば虎児を得ず。

虎田を助ける為なら飛び込むのが正解なのではないだろうか?

「あ、あんたがどんな奴だろうと構わない……私はどうなってもいいからみゆきを解放してくれない?」

「……まず、俺の事をなんだと思ってるんだ?」

春田は自分の思われているイメージを聞くことにした。

悪い事しているならそれなりの悪事が出るはずである。その上で、もしかしたら勘違いではなく真実であると証明されるかもしれない。無意識のうちにやってしまっている事があるかもしれない。何をやったのか定かでない以上ふわふわした問答になっている感は否めないが、誤解とはつまりお互いの認識の齟齬である。それを正せば見えるものがあるはず。

「そんなことを聞いてどうするわけ……?」

「どうもこうも俺とお前には何かしらの隔絶した隔たりがあるみたいだからな。腹を割って話そうじゃないか」

一応、自分には何も隠す事は無いと堂々と胸を張ってみる。木島は逆にシュンっと委縮する。ここまでデカく出てみたはいいが、まだまだ分からない事が多い。大きく出れば痛手を食うかも知らないが、かと言ってここで逆ギレでもして突っぱねれば、今後、話し合いの機会は訪れないかもしれない。

慎重を期して臨んでいると、このタイミングで予令が鳴った。「あ、チャイム……」春田は間抜けな顔でスピーカーを見た。早く戻らなければ遅刻してしまう。

「話は後だな……行こうぜ木島さん」

一人ベンチから立つが木島は動こうとしない。

「……サボりか?」

竹内に話すような感じで質問する。いわゆる腫れ物に触るように、責めない、呆れない、傷つけないを気を付けて言う。その言葉にフルフル首を振る木島。

「じゃあ行こう」

木島の肩に手を置くとビクリと体が跳ねる。春田もその反応にビビるが、その後は特に抵抗もなく立ち上がり、一緒に教室に向かう。

(なんだかなぁ……)と思いつつ、また面倒な事になった自分の境遇にため息をついた。
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