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第三十二話 和解
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三限目の体育。
体操服に着替えて教室を出る。体育館に行く途中で声をかけられた。
「こんにちわ、春田さん」
思わずピタッと固まってしまう。
聞き覚えのある敬語と聞いてて心地のいい声は、紛れもなくあいつだ。春田は声のする方に顔を向けることなく話し出す。
「お、おぅ……こんにちわ、滝澤さん」
「体育ですか?奇遇ですね。わたくしたちも体育なんです」
歩いて近づいてくる音がする。しかし春田は振り返ることなく、会話を続ける。
「そういえば今日は合同授業だっけ?すっかり忘れてたな~。まさか滝澤さんのクラスと一緒とは思わなかったけど……」
「わたくしも驚きました。こんな偶然もあるのですね」
何気なく横に並ばれる。目の端に滝澤と思わしき人物が映る。昨日、ポイ子と間違えて、隔絶した格差のお嬢様に馴れ馴れしくも声をかけてしまった。従者っぽい同級生の”菊池”とかいう女子高生に危険人物認定され、どつかれそうになったのも記憶に新しい。
正直怖いので、もう関わってほしくはないが、自分が始めてしまった手前、勝手に終わらせることはできない。あっちから「もういいよ」と許されるまでは我慢すべきだ。
春田は一種の覚悟を決めて、滝澤を見る。
バッチリ目があった。若干前かがみになり、春田の顔を覗き込むように見ていた。目を合わせようとしていたのが分かる。気恥ずかしくなり、目が泳ぐ。
と、菊池の姿がないことに気付いた。
「あれ?一人?」
昨日の様子では忠犬のように、ついて回っている印象だったが、どうもそういうわけではないようだ。
「そうなんです。菊池は体育委員で先に体育館に行ってまして」
その疑問を察して答える。同じクラスではあるようだ。
菊池は多分、滝澤お嬢様の護衛役だろう。強そうで忠誠心が高い同性、同学年と言う事もあり、悪い虫がつかない様、監視している可能性がある。
しかし、菊池とて一介の学生。護衛も大事だが、学園生活も大事。
と、なると菊池のいない今こそが、男子陣の好機のはずなのに、人っ子一人近寄って来ない。どころか、春田たちを避けるように歩いていく。
これも苛烈な菊地のせいだろうと思うが、それ以上に、滝澤と接することが恐れ多いと感じている平民の考えからかもしれない。
現在、その辺の凡人と変わらない春田にとっても、一般の意見に賛同する。こういう”高嶺の花”は憧れはしても、実際にどうにかなるとかは考えない。例え、会話中に目の前に立たれて、通せんぼされ、春田の泳ぐ目を捕まえようと、体ごと動かして追ってくる視線を受けようと、だ。(というか何してんだこの人?)
「……なんだよ」
根気負けて滝澤の顔を見る。目線の高さがあまり変わらないので、見下ろしたり、見上げなくていいのでそこだけは楽だと感じる。
「わたくしがお嫌いなんですか?」
ストレートに聞いてくる。(もっとこうオブラートに包むこともできるだろうに……)と思いながら、きょとんとしている滝澤を見る。
「いや、そういうわけじゃないけど……。会ってまだ昨日の今日だし、よく知らないっていうか……」
「ふふっ、それもそうですね。昨日のは勘違いだとのことですし、当然ですね。良ければ、わたくしとお友達からお付き合いいたしませんか?」
突然何を言い出すのか。春田は一瞬、困惑を滲ませるが、ハッと気づく。(なるほど……そういうことか)春田はニヤリと笑って思考する。
周りから見れば、単なるからかい、冗談として聞こえる言葉だが、これは滝澤の罠だ。昨日の間抜けな勘違いを御し易しと取って、従者にしようと画策しているわけだ。菊池だけではカバーしきれない所を春田という盾で補おうと、そういうわけだろう。
自分の才能と財力なら大抵の事は出来るが、こと部下においてはその人物のカリスマが物をいう。上位者としてではなく、まずは肩を並べた「友達」。そこから発展があるように見せて、「友達」になった段階で詰み。
既に菊池がそばにある以上、というより常識的に手を出すのは難しい。本人が「良し」というまではその体に強引に触れる事すら許されない。
「友達」という枷はある種の縛り。近くに寄れるし、会話できるが、「恋人」ではない。
それ以上の関係を構築したいなら、菊池のように気に入られるしかない。つまり主従関係。となれば、理論上、永久にその体を汚す事は出来ないと言う事だ。春田のしくじりを逆手に取った形だけの関係。それが「友達」。
こなれている。多分、春田のように些細な失敗から、丸め込まれた男子は数知れないだろう。
そして、滝澤はその中から素敵な殿方を選びたい放題と言う事だ。(上位者の器よ……)心の魔王が滝澤に賛辞を贈る。
春田的には特に突っぱねるほど悪い提案ではない。女に興味がないわけではないが、滝澤と恋人のように付き合いたいわけではない。友達なら変に警戒する必要もないし、この状況の説明もつく。
「いいよ。今から俺たちは友達だ」
「良かった。それでは体育館に行きましょう。春田さん」
「おう、滝澤さん」
二人は肩を並べて歩き出した。
体操服に着替えて教室を出る。体育館に行く途中で声をかけられた。
「こんにちわ、春田さん」
思わずピタッと固まってしまう。
聞き覚えのある敬語と聞いてて心地のいい声は、紛れもなくあいつだ。春田は声のする方に顔を向けることなく話し出す。
「お、おぅ……こんにちわ、滝澤さん」
「体育ですか?奇遇ですね。わたくしたちも体育なんです」
歩いて近づいてくる音がする。しかし春田は振り返ることなく、会話を続ける。
「そういえば今日は合同授業だっけ?すっかり忘れてたな~。まさか滝澤さんのクラスと一緒とは思わなかったけど……」
「わたくしも驚きました。こんな偶然もあるのですね」
何気なく横に並ばれる。目の端に滝澤と思わしき人物が映る。昨日、ポイ子と間違えて、隔絶した格差のお嬢様に馴れ馴れしくも声をかけてしまった。従者っぽい同級生の”菊池”とかいう女子高生に危険人物認定され、どつかれそうになったのも記憶に新しい。
正直怖いので、もう関わってほしくはないが、自分が始めてしまった手前、勝手に終わらせることはできない。あっちから「もういいよ」と許されるまでは我慢すべきだ。
春田は一種の覚悟を決めて、滝澤を見る。
バッチリ目があった。若干前かがみになり、春田の顔を覗き込むように見ていた。目を合わせようとしていたのが分かる。気恥ずかしくなり、目が泳ぐ。
と、菊池の姿がないことに気付いた。
「あれ?一人?」
昨日の様子では忠犬のように、ついて回っている印象だったが、どうもそういうわけではないようだ。
「そうなんです。菊池は体育委員で先に体育館に行ってまして」
その疑問を察して答える。同じクラスではあるようだ。
菊池は多分、滝澤お嬢様の護衛役だろう。強そうで忠誠心が高い同性、同学年と言う事もあり、悪い虫がつかない様、監視している可能性がある。
しかし、菊池とて一介の学生。護衛も大事だが、学園生活も大事。
と、なると菊池のいない今こそが、男子陣の好機のはずなのに、人っ子一人近寄って来ない。どころか、春田たちを避けるように歩いていく。
これも苛烈な菊地のせいだろうと思うが、それ以上に、滝澤と接することが恐れ多いと感じている平民の考えからかもしれない。
現在、その辺の凡人と変わらない春田にとっても、一般の意見に賛同する。こういう”高嶺の花”は憧れはしても、実際にどうにかなるとかは考えない。例え、会話中に目の前に立たれて、通せんぼされ、春田の泳ぐ目を捕まえようと、体ごと動かして追ってくる視線を受けようと、だ。(というか何してんだこの人?)
「……なんだよ」
根気負けて滝澤の顔を見る。目線の高さがあまり変わらないので、見下ろしたり、見上げなくていいのでそこだけは楽だと感じる。
「わたくしがお嫌いなんですか?」
ストレートに聞いてくる。(もっとこうオブラートに包むこともできるだろうに……)と思いながら、きょとんとしている滝澤を見る。
「いや、そういうわけじゃないけど……。会ってまだ昨日の今日だし、よく知らないっていうか……」
「ふふっ、それもそうですね。昨日のは勘違いだとのことですし、当然ですね。良ければ、わたくしとお友達からお付き合いいたしませんか?」
突然何を言い出すのか。春田は一瞬、困惑を滲ませるが、ハッと気づく。(なるほど……そういうことか)春田はニヤリと笑って思考する。
周りから見れば、単なるからかい、冗談として聞こえる言葉だが、これは滝澤の罠だ。昨日の間抜けな勘違いを御し易しと取って、従者にしようと画策しているわけだ。菊池だけではカバーしきれない所を春田という盾で補おうと、そういうわけだろう。
自分の才能と財力なら大抵の事は出来るが、こと部下においてはその人物のカリスマが物をいう。上位者としてではなく、まずは肩を並べた「友達」。そこから発展があるように見せて、「友達」になった段階で詰み。
既に菊池がそばにある以上、というより常識的に手を出すのは難しい。本人が「良し」というまではその体に強引に触れる事すら許されない。
「友達」という枷はある種の縛り。近くに寄れるし、会話できるが、「恋人」ではない。
それ以上の関係を構築したいなら、菊池のように気に入られるしかない。つまり主従関係。となれば、理論上、永久にその体を汚す事は出来ないと言う事だ。春田のしくじりを逆手に取った形だけの関係。それが「友達」。
こなれている。多分、春田のように些細な失敗から、丸め込まれた男子は数知れないだろう。
そして、滝澤はその中から素敵な殿方を選びたい放題と言う事だ。(上位者の器よ……)心の魔王が滝澤に賛辞を贈る。
春田的には特に突っぱねるほど悪い提案ではない。女に興味がないわけではないが、滝澤と恋人のように付き合いたいわけではない。友達なら変に警戒する必要もないし、この状況の説明もつく。
「いいよ。今から俺たちは友達だ」
「良かった。それでは体育館に行きましょう。春田さん」
「おう、滝澤さん」
二人は肩を並べて歩き出した。
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