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9章

108、実力

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「貴様……一体何者だ?!どうやって入った?!」
「ふむ……教えん。貴公らに名乗る名は無い。入った過程などもっと無駄だ」
「何っ?!」
「調子に乗ってんなぁ……!」
「はっ!この数を相手に勝てるとでも思ってんの?おめでたい魔族も居たもんね!」

 聖騎士パラディンクリスティン=パウロが粋がる。ジロジロとグルガンはニールたちを見渡し、顎を触りながら頷いた。

「ふむ……圧倒的に物量と魔力量が足りない。我を倒したいのならば、まずは魔法使いマジックキャスターを50人以上用意することだ。もっと広範囲に広がって遠距離から支援攻撃をしつつ、一流の前衛が複数人で代わる代わる休みなく攻撃を仕掛ける。うむ……それくらいやれば面白い戦いが出来そうだ」
「……へぇ?今じゃ不足だってのかい?」
「うむ、我ら皇魔貴族とやり合いたいならば、1体に対し国1つと心得よ。数は多ければ多いほど良い。しかし全員雑魚ならば話は別だ。その数を1つに凝縮してもまだ足りないほどの圧倒的な力を持つ個体が必要なのだ」

 グルガンは淡々と語る。一瞬教師の講義を聞いているかのような気になったが、次の言葉で頭が沸騰する。

「エデン正教は実力派を集めているとの噂だったが、噂とは聞いた者の印象や願望が付け足されてしまうものだ。何が言いたいか分かるか?……この程度とはがっかりしたと言っているのだよ」
「んだとコラァっ!!」

 突っ掛けたのはレイン。喧嘩っ早い彼は底知れぬ相手にも果敢に攻める。無謀とも思える行動だが、軽戦士フェンサーであり、武器もレイピア。踏み込みと体重移動の滑らかさから、戦士ウォリアー職業ジョブの中で初速が最も速い。さらに彼の装備しているレイピアは聖なる加護を付与されていて、羽根のように軽く、鋼鉄を軽々貫通する。その上レインの魔力を硬質化し、レイピアの先端にくっ付けることで威力と切れ味を向上させ、実際の長さよりも15cm長い切っ先を獲得している。魔力の色は無色透明。意表を突いた攻撃は回避と防御を実質不可能な領域へと昇華させた。
 避けられるわけがないという絶対的自信から放たれる突きはグルガンの鳩尾に向けて走る。

 ピゥンッ

 刺さった感触など存在しない。それほど鋭くかつ殺意に富んだ技だ。輝きすら放つ美しい壁に備え付けられていたように綺麗に刺さった。

「っ?!……そんな……!?」

 完璧に捉えたはずのグルガンの体を外し、背後の壁に差し込んでいた。レインの鍛え上げられた動体視力を超える速度で身を翻し、レインの思惑を完全に超える。あの体躯で凄まじい速さだ。
 しかし攻撃の手はまだ終わっていない。レインのすぐ後ろから次の攻撃が繰り出されていた。

「どっせぇぇいっ!!」

 レインが突っ掛けたと同時に攻撃を放ったクリスティン。隙のない二段構え。いや、さらに後ろからライオット=フーバーとヘクターも来ている。

(なかなか良い手数だ。それだけに惜しいな)

 ──ブォンッ

 グルガンに仕掛けた3人はそれぞれ左右に吹き飛んだ。受け身を取りながら起き上がる3人だったが、その顔はきょとんとして何が起こったのか分からないといった顔だった。

「えっ?えっ?」
「な、なんだ?さっきの浮遊感は?」

 グルガンは相手を傷付けることのないようにそっとクリスティンを左へ、ライオットとヘクターを右に押し投げた。見えないほど素早い上に、壁にぶつからない程度に優しく投げ飛ばされたことにまったく気付けなかった。

「太刀筋が素直すぎる。避けてくださいと言っているようなものよ」
「んだとぉっ!?」

 レインはレイピアを引き抜き、グルガンにまたも突っかかろうとする。

「よせレイン。私がやる」

 満を持してブルックが前に出た。だがグルガンに戦う意思はない。

「ああ、待て。貴公らと戦う気などハナから無い。我の持ち物を返してもらえればとっとと帰る」
「何?」
「来い。レガリア」

 グルガンはローランドを見ることもなく手をかざす。するとローランドが大事そうに抱えていた魔剣が腕の中から消え、グルガンの手に現れる。

「やめろぉっ!!」

 バッと凄まじい勢いでニールが飛び出す。グルガンに刃引きされた剣で攻撃を仕掛けた。

斬空ざんくう滅爪刃めっそうじんっ!!」

 ゴオォッ

 空を切り裂く真空の刃。巨大な空飛ぶ斬撃はグルガンを真っ二つにせんとひた走る。

「危ねぇっ!!」

 グルガンの背後に居たレインはすぐさま横に飛び退き斬撃の魔の手から身を守る。しかしグルガンはその場からピクリとも動くことなく大きく息を吸った。

「ふんっ!!」

 パァンッ

 巨大風船が弾けたような凄まじい音が鳴り響く。グルガンは迫り来るニールの渾身の爪刃を気迫だけで破裂させた。

「バカな……?!僕の本気の爪刃をっ!?」
「そうかあれが……。しかし悲観する必要はない。我がレガリアを握ったその時点で貴公と繋がっていたレガリアとのパスを切った。つまりは元々の実力に戻っただけのこと」
「はっ!?う、嘘だっ!!僕の実力は……!?」

 ニールは自分の手元を見る。握り締められた剣は訓練中に怪我をしないように刃引きが施されている。

「僕の……実力は……」

 訓練用の剣をポロリと落として膝をついた。

「……我も冒険者の実力はそれなりに知っている。人間の身でそこまでよくぞ練り上げたと褒めてやりたいところだが、上には上がいるということだ。だが強さを誇る時代も次第に終わりを迎える。女神は倒れ、世界はようやく新時代へと移行するのだ。その時には種族を超えた良好な関係を築きたいものよ」

 陶酔しているような台詞回しだが、グルガンの表情や態度、放つ雰囲気は常に一定で一部の隙も見られない。動けない面々を見渡した後、最後にグルガンはブルックに目を向けた。

「時代の幕開けにエデン正教は何を目指す?博愛か絶滅か。一神教の真価が問われる時だぞ?」

 真剣な眼差しを一身に受けたブルックは奥歯を噛みしめ、恐怖に支配されゆく心に喝を入れる。しかし完全には制御出来ず、汗が一筋溢れた。
 グルガンは言うこと言って満足したのか黒いモヤを残して消え去る。出現時と退去時に黒いモヤを残したのは威厳と恐怖効果を演出するためのもので本来は出ないし出さない。あっさり消えて相手にきょとんとされるのは寂しかったので、一応それっぽく出したに過ぎなかったが、効果は抜群だった。
 攻撃のタイミングを失った冒険者と聖騎士パラディンたちはただ眺めることしか出来なかった。



 「何っ!?この大聖堂に魔族が侵入しただと!?見張りは何をしていた!!」

 グルガンが帰って早々に枢機卿カーディナルに報告に来た一行。その容姿や言動の一部始終をそれとなく説明すると、枢機卿カーディナルは目を見開き、数歩後退しながら口を開いた。

「ア、アレクサンドロス……」
「なっ!?ローディウス卿はかの魔族を知っておいでなのですか?!」

 枢機卿カーディナルはよろよろとした足取りで椅子に座り、放心した顔でゆっくりと語り始めた。

「……私も歴史書でしか知らんことだ。数世紀の時を経て、尚もその姿を維持し続けるとは……魔族の寿命とは一体どのくらいあるというのだ?」
「まさかエデン正教を支配していた魔族とは……」

 ヘクターが口走ったその言葉にはビフレストも驚愕する。皇魔貴族に支配されていた歴史はエデン正教でも頂点の者たちにしか知らされず、最近ようやく聖騎士パラディンも知ることが出来た特大級の汚点である。しかし今更隠すことも出来ないと枢機卿カーディナルはヘクターの失態に目を瞑る。

「ああ、その関係だ。アレクサンドロス=侯爵マークェス=グルガンという名前が歴史書に記されていた。ただその獅子頭の魔族は単なる使いに過ぎんがな……」
「アレクサンドロス=侯爵マークェス=グルガン……あれが使い?そんなレベルでは……!」
「信じられんのも無理はない。アレクサンドロスよりも上の存在が人間の支配を積極的に行い、世界征服を目論んでいたのだ。その魔族の名はデザイア=大公グランデューク=オルベリウス。ある時を境にアレクサンドロスもデザイアも現れなくなり、エデン正教は平和を取り戻したとのことだったが……今頃現れたのは女神討伐が引き金となったとしか考えられん……」

 今後のエデン正教の行末に頭を抱える枢機卿カーディナル。際限の感じられない強さを前にどうすれば良いのかと途方に暮れる聖騎士パラディン
 ジンたちはニールの落ち込みっぷりに居た堪れなくなりつつも必死に慰める。とはいえどう慰めて良いかも分からず「元気出せよ」「また手に入れれば良い」などの軽い投げ掛けが上滑りしてどこかへ飛んでいく。

「……聖剣の用意がある。君のような優秀な剣士セイバーが来てくれた時用のな。魔剣が奪われたのならば、その聖剣を使用すればよい。良ければ鎧兜も全てこちらで用意しよう」

 枢機卿カーディナルのありがたい申し出。剣を失ったニールには取り急ぎ必要な装備であることは間違いない。しかし返事など出来ようはずもなく、押し黙って自分と向き合っていた。
 ローランドはニールの代わりに前に出て枢機卿カーディナルに跪いた。

「ローディウス卿。大変申し訳ございません。ニールは今、心ここにあらずの状態でございます。ニールに代わり私が代表して感謝申し上げます」

 枢機卿カーディナルは手を挙げて答える。先程まで粋っていた聖騎士パラディンもニールに同情の目を向ける。

(やっぱり……最後の最後は外から持ってくるしかないんだな?そうなんだな?ニール)

 リックはニールを慰めることもせず、じっと眺めていた。その目には魔剣の強さに酔いしれて子供のようにはしゃいでいた最近までのニールと、今現在のニールとを重ねて見ている。
 努力や才能では超えられない壁を魔剣で補う。常識で考えれば当然のことだが、常識では考えられないほどの爆発的な力の上昇があればニールの落ち込みようにも説得力が生まれるものだ。

(こりゃ……しばらくは無理か……)

 ジンは所在なく虚空を見つめるニールを放っておくことが出来ず、ビフレストからの脱退を先延ばしにすることを決めた。
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