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8章
75、決心
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グルガンの領地シャングリラで休息に入るレッド一行。案内された宿の豪華さ、使用人の礼儀正しさに慄いたレッドだったが、ライトの毅然とした態度でその場は何とか取り繕えた。
1階が食堂や応接間、使用人たちが過ごすスペースがあり、2階にレッドたちの宿泊スペースを用意したとのことだった。ライトからの熱い要望でそれぞれの部屋を用意してもらったレッドたちは、夕食まで各自部屋で過ごすことになった。
ベッドに寝転がりながら天井を見るレッドの視界にはミルレースがふよふよと浮いている。
「……なぁミルレース」
『ん?何ですかレッド』
「俺には分からないことがたくさんあるんだ。別に知らなくても良いこともあるんだろうけどさ……」
『誰しもそうですよ。私だって女神ではありますが、いろんなことを知りません。人の営みや魔族の営み。規則や常識。物の価値や知識、存在理由に至る様々な事柄。こうして力を封印されなければ……レッドに出会わなければ私は……無知蒙昧のまま、いずれ来る世界の終わりまで復活出来なかったことでしょう』
「お、大げさだな……けど、それだけ俺を頼ってくれてるって思ったほうが良いのかな?」
『はいっ!』
「そっか……そんなミルレースに聞きたいんだけど……」
『……ん?なんですか?』
「あ、えっと……いや、何でもない」
『も~何なんですか?ちゃんと言葉にしてもらわないと分かりませんよ?』
「……」
『……』
レッドとミルレースの間に沈黙が訪れる。ミルレースは自嘲気味に笑い、遠くを見つめた。
『……石の下で永きに渡り閉じ込められてきた年月は辛く苦しく、そして寂しいものでした。あなたが救ってくれたのです』
「単なる偶然だよ」
『そう、出会いは偶然でした。しかしあなたは私の願いを二つ返事で受け入れ、復活の目処を立ててくれました。それに報いたいと考えているのです』
レッドは身を起こしてベッドの端に座る。ミルレースを見ないように目を逸らしつつ呟くように口を開いた。
「……俺は、その……普通の人間だ。みんな何を期待しているのか分かんないけど、俺はただ仲間と一緒に冒険がしたいだけなんだ。グルガンさんは俺に何かしらの想いを乗せてくるし、ライトさんのキラキラした眼差しも正直キツい。ミルレースは復活したら一緒に旅出来ない……オリーだけだよ癒しはさ……」
『期待を掛けられることが悪い風に聞こえますね……確かに私は離脱することになるでしょう。でもそれはみんな同じです。旅の終わりは誰にでも来ます。気持ちよく送り出してあげるのが、私を含め一番その方のためになるのです。ですが私はあなたに対する御恩を生涯忘れはしません。どんなに離れていても、あなたのことをいつも思います』
「うん……俺はミルレースを絶対に復活はさせる」
『きゃーっ!うれしーっ!!……って、待ってください。なんですか『復活は』って、その持って回った言い回しは?』
「いや、その……グルガンさんの子供たちを見てさ、喉につっかえてるものがあるんだよ。あの子達がすくすく育って生きていけるような世界であって欲しい。けど俺のやろうとしていることは本当に正しいのかどうかってさ……」
『え?あ、そういうことですか。レッドは私が邪神だの破壊神だのという噂を信じるのですね。私と過ごしてきた冒険をもうお忘れですか?』
「わ、忘れるわけがないだろ?……だから不安なんじゃないか……」
『お?どういう意味ですか?』
「俺はミルレースに命令したり強要したりなんて出来ない。ただお願いすることしか出来ないけど、手荒なことはどうかしないで欲しい」
ミルレースは黙ってレッドの顔を見る。レッドはチラチラと視線を合わせては逸らすを繰り返しながらキョドキョドと落ち着きがなくなってきた。
『私を信じられないのですか?』
「し、信じてるよ。だからお願いしているんだ。俺が聞いた話が全部嘘で、今言ったことで傷ついたのなら謝る。ごめん!……でもこれは、その……念のためって奴だからさ」
『もう知らないです!』
ミルレースは部屋を透過して廊下に出て行く。レッドは「あぁ……」と情けない声を出し、引き止めることも出来ずにかざした手を静かに下ろした。
*
「何?ミルレースと喧嘩したって?」
レッドが助けを求めたのはライトだった。オリーだと一方的にミルレースを糾弾する恐れもあったため、ライトに仲介してもらおうと考えてのことだった。
「……今まで喧嘩した時にはどんな風に接してきたんだ?」
「え、えっと……ちょっと言い争いくらいで喧嘩には、その……」
「そうか。まぁ、お互いの主張が食い違えば喧嘩も起きるさ。ニールとはどうしてきたんだ?昔の記憶を思い起こせば自ずと道が見えてくるものだよ」
「ニールとはステージが違ってたから……ほ、ほら、喧嘩は同じレベルの者でないと起きないって言いますよね?ニールはずっと先に行ってたから、俺なんかとは比べ物にならなくて……」
「……そうか。そうでなくともレッドは喋り慣れていないからな。引っ込み思案という奴だろう」
「で、でしょうね……」
「ミルレースが部屋に戻ってきたら少し間を置いて、ちょっとずつ話しかけてみてはどうかな?最初は独り言でも良いんだ。トイレを申告してみたり、鼻歌を歌ってみたり、今後のスケジュールを立ててみたりな。普段通りに生活して相手がそわそわし始めたところで声をかけて反応を見るんだ。頃合いを見計らって謝罪しながら会話を試みればいつのまにか機嫌が直ってる。要は『時間が解決してくれる』の短縮版といったところかな」
「おおっ!それって実体験です?」
「ふふ……そんなところだ。相手だっていつまでも喧嘩していたいわけじゃない。どこかで修復出来ないかと機をうかがっているものさ」
ライトは備え付けのピッチャーを傾けてコップに水を注ぐ。レッドにも水を渡すと、先ほどと雰囲気が変わったように表情を引き締めた。
「レッド。ミルレースのことなんだが……復活させた後のことは何か考えているのか?」
「後のこと、ですか?ミルレースは復活したら俺たちとの旅は出来なくなります。寂しいですけどミルレースもそれを望んで……」
「すまない、言葉が足りなかった。彼女は強大な力だ。俺はなんとか精霊を視認するレベルにまで達したが、彼女の足下にも及ばない。最悪の事態を想定して対策を練るべきではないかと思ってな」
「そんなっ!ミルレースは……!あっそうか、こういう気持ちだったんだな……」
レッドは手に持っていたコップの水を呷り、決心したような顔つきで立ち上がる。
「俺はミルレースを信じてみようと思います。もしミルレースが最後の一線を踏み越えることがあれば、俺が責任を持って何とかします。だからその……俺を信じてミルレースの復活を見守ってください。お願いします」
「……覚悟の上か。分かった、レッドを信じよう」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、何かあったらすぐに俺も手を出すからな」
「あ、はい。もしもの時は、その……よろしくお願いします」
レッドはぺこりと頭を下げてそそくさと部屋を後にする。部屋の外でホッと一息をつくと、ズイッとミルレースが顔を覗き込んできた。
「おわっ!ミルレース!」
『どこに行ったのかと思えばライトの部屋ですか。オリーに全肯定してもらいに行ったのかと思いましたよ』
「むっ……べ、別に良いだろそんなこと……」
『いやいや、何を言ってるんですか。素晴らしい成長ですよ!オリーに慰めてもらっているようでは凝り固まって幼稚になるばかり。その点ライトなら多少レッドの味方しても中立の立場からものを見ることが出来る。自分の非を認めることが出来るのは立派ですよ』
「な、なんだよ……褒め殺しか?」
レッドはミルレースの急に軟化した態度に驚きながら自分の部屋に戻ろうと歩き出す。ふとライトから言われたことを思い出した。『相手だっていつまでも喧嘩していたいわけじゃない。どこかで修復出来ないかと機をうかがっているもの』と。
「……あ、あのさ、ミルレース。さっきはさ……本当にごめん。俺はちょっと、流されやすいところがあって……」
『知ってますよそんなこと。こちらこそ知っていながらレッドの気持ちに応えられず、感情的に怒鳴ってしまって申し訳なく思ってます。でもレッドにだけは見放して欲しくなかったのです。女神という存在でありながらお恥ずかしい限りです……』
「全然恥ずかしくなんてない!……あ、ごめん……うるさかったよな。見放して欲しくないって気持ちはよく分かるつもりだからつい……」
『私たちは似た者同士というわけですね?』
「……みたいだな」
2人は静かに笑い合う。少しだけ気まずい空気が流れつつ部屋の前に立った時、レッドは意を決してミルレースに目を向けた。
「……やるか」
『え?何をです?』
「ミルレースの復活だよ。せっかく宿まで用意してもらったけど、もう待ってられなくなってきた」
『おおっ!急ですねぇ!』
「やる気っていうのはそういうものだよな。何故かこう、急に湧き上がってくるんだ」
ドアノブにかけた手を離し、スッと廊下の先を見る。
「グルガンさんに伝えに行こう」
レッドはオリーの部屋もライトの部屋も無視して使用人の元に向かった。使用人の部屋を訪れ、グルガンに取り次いで欲しい旨をお願いしたが、女性使用人は難色を示した。
「あまり帰郷されない方なのでご家族との団欒をお楽しみかと……明日の朝というわけにはいかないでしょうか?」
「えぇ……」
『そんな。せっかくレッドが……ふぅ……仕方ないですか』
出鼻を挫かれるレッドとミルレース。当然だが誰しも予定はある。諦めて部屋に戻ろうとした時、血相を変えたデーモンが入ってきた。
「お?!あなたがレッド=カーマイン?丁度良い、グルガン様より知らせがあってきたのだ。『少し用事が出来たため町から離れる。御一行は夕食を食べてしっかり休まれよ』とのことで」
「あら、帰郷されたばかりだというのに大変なのですね……ところでどちらに行ってしまわれたのでしょうか?」
「ダンジョンに向かわれた。侵入者だろう」
「え?グルガン様がお相手を?冒険者や魔獣では相手にならないのでは?」
「それはその……人間や魔獣ではないとだけ言っておく!」
『となれば皇魔貴族ですね。もう話し合いは終わったものと思ってましたがまだ何かありそうですね』
「……もしかして欠片が今ダンジョンに集まってるんじゃないか?」
『そうですよ!早速ダンジョンに行きましょう!!』
鼻息荒く提案するミルレースだったが、デーモンには丸聞こえだった。
「ダメだって!部屋でおとなしくしててくれないと!」
デーモンに叱られ、すごすごと部屋に戻るレッド。しかし一度点いた火を簡単に消すことは出来ない。実体のないミルレースは壁をすり抜けてライトとオリーに事情を話し、2階の窓からみんなで脱出を試みることになった。
身体能力の高い3人は難なく地面に着地し、デーモンの制止を振り切って町を出た。女神の気配を追えば延々と追跡出来るデーモンたちだったが、町を守る使命を優先してレッドたちを逃がしてしまう。森に入ったことで撒くことに成功したのだと考えたレッドたちは足を止めて周囲を見渡した。
「思ったよりもすんなり撒けたな」
『レッドたちならば当然のことでしょう』
「待っていればよかったんじゃないか?他の皇魔貴族と会っているということは欠片を回収している真っ最中だろうに……」
『待っているのに疲れました。目と鼻の先に栄光が待っているならば、飛びつくのは真理というもの。あなただって修行のためにチームを解散させたでしょう?行動の根底にある覚悟と勢いは誰にも止められないのですよ』
「それは……そうだが」
「私は良いと思う。レッドがやる気に満ち満ちているのが分かるからな」
「ああ、もうビンビンだぞ」
「それはそうとレッド。件のダンジョンはどこにあるのだ?」
「あ……」
『ヤバって顔をしましたね?フッフーン!私に任せなさい!今やそれなりに力が戻っていて、自分自身を探すことが容易になっているのです!!さぁ私について来て!欠片はこっちです!』
レッドたちははしゃぐミルレースの案内でグルガンのダンジョン目指して歩き出した。
1階が食堂や応接間、使用人たちが過ごすスペースがあり、2階にレッドたちの宿泊スペースを用意したとのことだった。ライトからの熱い要望でそれぞれの部屋を用意してもらったレッドたちは、夕食まで各自部屋で過ごすことになった。
ベッドに寝転がりながら天井を見るレッドの視界にはミルレースがふよふよと浮いている。
「……なぁミルレース」
『ん?何ですかレッド』
「俺には分からないことがたくさんあるんだ。別に知らなくても良いこともあるんだろうけどさ……」
『誰しもそうですよ。私だって女神ではありますが、いろんなことを知りません。人の営みや魔族の営み。規則や常識。物の価値や知識、存在理由に至る様々な事柄。こうして力を封印されなければ……レッドに出会わなければ私は……無知蒙昧のまま、いずれ来る世界の終わりまで復活出来なかったことでしょう』
「お、大げさだな……けど、それだけ俺を頼ってくれてるって思ったほうが良いのかな?」
『はいっ!』
「そっか……そんなミルレースに聞きたいんだけど……」
『……ん?なんですか?』
「あ、えっと……いや、何でもない」
『も~何なんですか?ちゃんと言葉にしてもらわないと分かりませんよ?』
「……」
『……』
レッドとミルレースの間に沈黙が訪れる。ミルレースは自嘲気味に笑い、遠くを見つめた。
『……石の下で永きに渡り閉じ込められてきた年月は辛く苦しく、そして寂しいものでした。あなたが救ってくれたのです』
「単なる偶然だよ」
『そう、出会いは偶然でした。しかしあなたは私の願いを二つ返事で受け入れ、復活の目処を立ててくれました。それに報いたいと考えているのです』
レッドは身を起こしてベッドの端に座る。ミルレースを見ないように目を逸らしつつ呟くように口を開いた。
「……俺は、その……普通の人間だ。みんな何を期待しているのか分かんないけど、俺はただ仲間と一緒に冒険がしたいだけなんだ。グルガンさんは俺に何かしらの想いを乗せてくるし、ライトさんのキラキラした眼差しも正直キツい。ミルレースは復活したら一緒に旅出来ない……オリーだけだよ癒しはさ……」
『期待を掛けられることが悪い風に聞こえますね……確かに私は離脱することになるでしょう。でもそれはみんな同じです。旅の終わりは誰にでも来ます。気持ちよく送り出してあげるのが、私を含め一番その方のためになるのです。ですが私はあなたに対する御恩を生涯忘れはしません。どんなに離れていても、あなたのことをいつも思います』
「うん……俺はミルレースを絶対に復活はさせる」
『きゃーっ!うれしーっ!!……って、待ってください。なんですか『復活は』って、その持って回った言い回しは?』
「いや、その……グルガンさんの子供たちを見てさ、喉につっかえてるものがあるんだよ。あの子達がすくすく育って生きていけるような世界であって欲しい。けど俺のやろうとしていることは本当に正しいのかどうかってさ……」
『え?あ、そういうことですか。レッドは私が邪神だの破壊神だのという噂を信じるのですね。私と過ごしてきた冒険をもうお忘れですか?』
「わ、忘れるわけがないだろ?……だから不安なんじゃないか……」
『お?どういう意味ですか?』
「俺はミルレースに命令したり強要したりなんて出来ない。ただお願いすることしか出来ないけど、手荒なことはどうかしないで欲しい」
ミルレースは黙ってレッドの顔を見る。レッドはチラチラと視線を合わせては逸らすを繰り返しながらキョドキョドと落ち着きがなくなってきた。
『私を信じられないのですか?』
「し、信じてるよ。だからお願いしているんだ。俺が聞いた話が全部嘘で、今言ったことで傷ついたのなら謝る。ごめん!……でもこれは、その……念のためって奴だからさ」
『もう知らないです!』
ミルレースは部屋を透過して廊下に出て行く。レッドは「あぁ……」と情けない声を出し、引き止めることも出来ずにかざした手を静かに下ろした。
*
「何?ミルレースと喧嘩したって?」
レッドが助けを求めたのはライトだった。オリーだと一方的にミルレースを糾弾する恐れもあったため、ライトに仲介してもらおうと考えてのことだった。
「……今まで喧嘩した時にはどんな風に接してきたんだ?」
「え、えっと……ちょっと言い争いくらいで喧嘩には、その……」
「そうか。まぁ、お互いの主張が食い違えば喧嘩も起きるさ。ニールとはどうしてきたんだ?昔の記憶を思い起こせば自ずと道が見えてくるものだよ」
「ニールとはステージが違ってたから……ほ、ほら、喧嘩は同じレベルの者でないと起きないって言いますよね?ニールはずっと先に行ってたから、俺なんかとは比べ物にならなくて……」
「……そうか。そうでなくともレッドは喋り慣れていないからな。引っ込み思案という奴だろう」
「で、でしょうね……」
「ミルレースが部屋に戻ってきたら少し間を置いて、ちょっとずつ話しかけてみてはどうかな?最初は独り言でも良いんだ。トイレを申告してみたり、鼻歌を歌ってみたり、今後のスケジュールを立ててみたりな。普段通りに生活して相手がそわそわし始めたところで声をかけて反応を見るんだ。頃合いを見計らって謝罪しながら会話を試みればいつのまにか機嫌が直ってる。要は『時間が解決してくれる』の短縮版といったところかな」
「おおっ!それって実体験です?」
「ふふ……そんなところだ。相手だっていつまでも喧嘩していたいわけじゃない。どこかで修復出来ないかと機をうかがっているものさ」
ライトは備え付けのピッチャーを傾けてコップに水を注ぐ。レッドにも水を渡すと、先ほどと雰囲気が変わったように表情を引き締めた。
「レッド。ミルレースのことなんだが……復活させた後のことは何か考えているのか?」
「後のこと、ですか?ミルレースは復活したら俺たちとの旅は出来なくなります。寂しいですけどミルレースもそれを望んで……」
「すまない、言葉が足りなかった。彼女は強大な力だ。俺はなんとか精霊を視認するレベルにまで達したが、彼女の足下にも及ばない。最悪の事態を想定して対策を練るべきではないかと思ってな」
「そんなっ!ミルレースは……!あっそうか、こういう気持ちだったんだな……」
レッドは手に持っていたコップの水を呷り、決心したような顔つきで立ち上がる。
「俺はミルレースを信じてみようと思います。もしミルレースが最後の一線を踏み越えることがあれば、俺が責任を持って何とかします。だからその……俺を信じてミルレースの復活を見守ってください。お願いします」
「……覚悟の上か。分かった、レッドを信じよう」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、何かあったらすぐに俺も手を出すからな」
「あ、はい。もしもの時は、その……よろしくお願いします」
レッドはぺこりと頭を下げてそそくさと部屋を後にする。部屋の外でホッと一息をつくと、ズイッとミルレースが顔を覗き込んできた。
「おわっ!ミルレース!」
『どこに行ったのかと思えばライトの部屋ですか。オリーに全肯定してもらいに行ったのかと思いましたよ』
「むっ……べ、別に良いだろそんなこと……」
『いやいや、何を言ってるんですか。素晴らしい成長ですよ!オリーに慰めてもらっているようでは凝り固まって幼稚になるばかり。その点ライトなら多少レッドの味方しても中立の立場からものを見ることが出来る。自分の非を認めることが出来るのは立派ですよ』
「な、なんだよ……褒め殺しか?」
レッドはミルレースの急に軟化した態度に驚きながら自分の部屋に戻ろうと歩き出す。ふとライトから言われたことを思い出した。『相手だっていつまでも喧嘩していたいわけじゃない。どこかで修復出来ないかと機をうかがっているもの』と。
「……あ、あのさ、ミルレース。さっきはさ……本当にごめん。俺はちょっと、流されやすいところがあって……」
『知ってますよそんなこと。こちらこそ知っていながらレッドの気持ちに応えられず、感情的に怒鳴ってしまって申し訳なく思ってます。でもレッドにだけは見放して欲しくなかったのです。女神という存在でありながらお恥ずかしい限りです……』
「全然恥ずかしくなんてない!……あ、ごめん……うるさかったよな。見放して欲しくないって気持ちはよく分かるつもりだからつい……」
『私たちは似た者同士というわけですね?』
「……みたいだな」
2人は静かに笑い合う。少しだけ気まずい空気が流れつつ部屋の前に立った時、レッドは意を決してミルレースに目を向けた。
「……やるか」
『え?何をです?』
「ミルレースの復活だよ。せっかく宿まで用意してもらったけど、もう待ってられなくなってきた」
『おおっ!急ですねぇ!』
「やる気っていうのはそういうものだよな。何故かこう、急に湧き上がってくるんだ」
ドアノブにかけた手を離し、スッと廊下の先を見る。
「グルガンさんに伝えに行こう」
レッドはオリーの部屋もライトの部屋も無視して使用人の元に向かった。使用人の部屋を訪れ、グルガンに取り次いで欲しい旨をお願いしたが、女性使用人は難色を示した。
「あまり帰郷されない方なのでご家族との団欒をお楽しみかと……明日の朝というわけにはいかないでしょうか?」
「えぇ……」
『そんな。せっかくレッドが……ふぅ……仕方ないですか』
出鼻を挫かれるレッドとミルレース。当然だが誰しも予定はある。諦めて部屋に戻ろうとした時、血相を変えたデーモンが入ってきた。
「お?!あなたがレッド=カーマイン?丁度良い、グルガン様より知らせがあってきたのだ。『少し用事が出来たため町から離れる。御一行は夕食を食べてしっかり休まれよ』とのことで」
「あら、帰郷されたばかりだというのに大変なのですね……ところでどちらに行ってしまわれたのでしょうか?」
「ダンジョンに向かわれた。侵入者だろう」
「え?グルガン様がお相手を?冒険者や魔獣では相手にならないのでは?」
「それはその……人間や魔獣ではないとだけ言っておく!」
『となれば皇魔貴族ですね。もう話し合いは終わったものと思ってましたがまだ何かありそうですね』
「……もしかして欠片が今ダンジョンに集まってるんじゃないか?」
『そうですよ!早速ダンジョンに行きましょう!!』
鼻息荒く提案するミルレースだったが、デーモンには丸聞こえだった。
「ダメだって!部屋でおとなしくしててくれないと!」
デーモンに叱られ、すごすごと部屋に戻るレッド。しかし一度点いた火を簡単に消すことは出来ない。実体のないミルレースは壁をすり抜けてライトとオリーに事情を話し、2階の窓からみんなで脱出を試みることになった。
身体能力の高い3人は難なく地面に着地し、デーモンの制止を振り切って町を出た。女神の気配を追えば延々と追跡出来るデーモンたちだったが、町を守る使命を優先してレッドたちを逃がしてしまう。森に入ったことで撒くことに成功したのだと考えたレッドたちは足を止めて周囲を見渡した。
「思ったよりもすんなり撒けたな」
『レッドたちならば当然のことでしょう』
「待っていればよかったんじゃないか?他の皇魔貴族と会っているということは欠片を回収している真っ最中だろうに……」
『待っているのに疲れました。目と鼻の先に栄光が待っているならば、飛びつくのは真理というもの。あなただって修行のためにチームを解散させたでしょう?行動の根底にある覚悟と勢いは誰にも止められないのですよ』
「それは……そうだが」
「私は良いと思う。レッドがやる気に満ち満ちているのが分かるからな」
「ああ、もうビンビンだぞ」
「それはそうとレッド。件のダンジョンはどこにあるのだ?」
「あ……」
『ヤバって顔をしましたね?フッフーン!私に任せなさい!今やそれなりに力が戻っていて、自分自身を探すことが容易になっているのです!!さぁ私について来て!欠片はこっちです!』
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