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7章

70、同調圧力

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「な、何を言い出すのですかあなたはぁぁああっ!!」

 ベルギルツの声が木霊する。女神の力を押し出し、こんなにも怖いのだと植え付けてからの手のひら返し。これには無表情を貫いていたフィニアスも怪訝な顔を惜しまない。

「何を考えているのだグルガン。それでは意味がない。ここに呼んだのも、この話し合いも……」

 ざわざわと慌ただしくなる場内。今にも話し合いを反故にし『女神を復活させるくらいなら』とレッドたちに襲い掛からんとする雰囲気だ。
 そんな中グルガンは足を上げ、思いっきり床を踏み抜いた。ゴドンッと鈍い音を鳴らしてグルガンの周りに蜘蛛の巣のようにヒビが走る。グルガンは冷徹な目で部下を一瞥し「静まれ」と一言発した。
 時が止まったように静かになる会場。しばらく睨みを聞かせた後、グルガンはフィニアスに向き直る。

「話し合いが無駄だと?そんなことは分かっている。だが我はここにひとつの可能性を見たのだ。レッド=カーマインは女神の力を恐れていない。どころか気にも留めていない。あれだけの重圧を前にしてだ」
「……おい。それはあのライトとかいう男も言っていたが、レッド=カーマインが鈍感だからではないのか?」
「それでは説明が不十分だロータス。我らは幾度もレッド=カーマインの戦いを目にして来たが、いずれも敵意、殺意に敏感に反応していた。他者からの害意に至っては過敏とも思えるほどに反応し、心の底から傷ついている。我らを倒せるだけの力を持ちながら、力量を感じられないのは相手がレッド=カーマインに比べ、遥かに弱いからだと推察する。つまり、女神ミルレースもレッド=カーマインにとっては大した敵ではないのだ」
「……それは単なる憶測に過ぎん。貴様の妄言に付き合っていては世界が滅ぶことになりそうだ」
「ほらほらほらぁっ!言いましたでしょう!!私が正しいのですよ!!やはりここは最初の策である私の人質作戦をば……」
「……貴様は喋るなベルギルツ」
「はぁっ!??」
「しかし女神復活はあり得ませぬぞグルガン殿!!」
「その通りだ!フィニアス様を差し置いて勝手に決めるのは間違っている!!」

 グルガンの血迷った発言から文句が止まらない。先ほど踏み抜いた床をもう一度行くか迷った時、レッドが声を上げた。

「あのっ!!」

 他の野次を抑え込むほど声が響き渡る。急に声を出したレッドに視線が集まり、声の発生源を知った瞬間に怒りが下火になった。思ったよりも声が出て注目されたことが恥ずかしかったレッドは頬を掻きながら心を落ち着ける。

「あ、いや、その……ミ、ミルレースの復活を後押ししてくれるなら俺たちも願ったり叶ったりなんだけど……な、なんで急に手伝ってくれる気になったのか気になっちゃって……その……」

 顔が赤くなって声も小さくなっていく。そんな時にガチャリと扉が開かれた。

「人質を連れてまいりましたっ!」

 デーモンが人質を抱えて連れて来ていた。ルーシーとシルニカは基本的に高慢であり、自分の思い通りにならないことを極端に嫌う。人質として連れてきて数刻、2人の面倒臭さを知ってしまったがゆえにデーモンはさっさと問答無用で抱えて連れて行く。何をされるか不安な2人が腕の中で暴れるために遅くなった。『丁重に』という言葉のせいで雑に扱えなかったのも遅くなった原因である。

「うむ、ご苦労。人質をそこへ」

 グルガンはレッドたちの周りを指差す。猫や犬のように抱えられた2人はレッドたちを見て驚愕する。

「ラ、ライト=クローラー?なんでここに……それからそっちは……」
「確か……レッド=カーマインさん?とか言いましたわよね?」
「あ、ルーシーさんとシルニカさん。お疲れ様です」

 レッドが腰低くペコペコと挨拶をしている。デーモンの手から解放された2人は「ちょっと!私たちの武器は?!」「わたくしたちを解放するのであれば全部お返しくださる?」と連れて来たデーモンに詰め寄っている。
 グルガンはタイミングを見計らって口を開いた。

「先の質問だが、レッド=カーマイン。貴公は女神ミルレースを破壊神だと信じていないのだろう?」
「え?あ、はい。突拍子すぎるというか、俺はその……ミルレースと一緒に旅をして来たからそれなりに分かっているつもりというか……破壊神ではないと思ってます」
「ならば話は早い。復活させてみて、どちらが正しいかを試してみようではないか。我らが正しければ世界の破滅。貴公が正しければ平和となろう」
「な、なるほど。確かにそれなら分かりやすい」
「だが前者だった場合。貴公には女神ミルレースと戦い、倒し切る義務が生まれる。世界を危険にさらしてでも復活させることを熱望したのは貴公となるわけだからな。責任は取ってもらわねばならん」
「そ、そうか……確かにそうなったら俺に責任がある。けど後者ならミルレースは晴れて自由の身ってわけだ。良かったねミルレース」
『え、ええ。どうにも腑に落ちませんが、復活出来るのであればこの際文句は言いませんよ』
「それじゃあ早速欠片を……」

 すすっと両手を出すレッドにベルギルツはいきり立つ。

「そんな簡単に欠片を渡すわけがないでしょう!!バカ!!おバカ!!」

 レッドとグルガンの間ではすんなり決まった話し合いも、周りを含めれば堂々巡り。女神の復活は死と同義であることを昔から言い含められている魔族たちにとって、簡単に差し出せるようなものでないことはグルガンも承知のところ。魔族の狼狽はライトとオリー、フローラにも納得の反応だった。

「……冗談では済まされんぞグルガン。勝手に話を進めるとは……これは裏切り行為に他ならない」
「女神の復活を阻止するのが後世に残されたわたくしたちの使命。これを一代で覆すというのはわたくしとて看過出来ない」
「ならばどうする?レッド=カーマインは女神復活を諦めることはない。乾きの獣すら屠った化け物とここで対立し、どちらかが倒れるまで戦い続けるか、女神を復活させて全員で対処するかの2つだぞ?」

 究極の選択。しかしベルギルツは臆さない。

「それならば簡単な話。ここでレッド=カーマインを私たち全員で叩くのです!一斉に攻撃すれば肉片の1つも残りますまい!」

 ベルギルツは鼻息荒くレッドを指差す。それに対して騎士ナイトゴンドールが口を出した。

「ベルギルツ殿はもうお忘れか?我が槍の誉れナイツオブランスが壊滅したことを……あの時、ベルギルツ殿が戦闘に参加しなかったのを責めはしたが、今思えば懸命な判断だったと私も考えを改めた。レッド=カーマインを敵に回してはいけない」

 魔族たちがレッドに対し、恐れ慄いている。何が起こっているのか全く分からないルーシーとシルニカはライトの元にそっと近づいた。

「……ねぇ。なんなのこれ?なんで魔族が仲間割れみたいなことしてんの?」
「レッドさんを警戒しているように聞こえますが、もしかして魔族たちは勘違いをしているのでしょうか?」

 レッド=カーマインとは人の足を引っ張りまくり、邪魔にしかならない最弱の冒険者。それが冒険者の間で知れ渡っている噂だ。レッドを追い出したビフレストが一気に有名チームへとのし上がり、世界最高のチームとまで言わしめる結果となっているのだから。そんな男が話題の中心となり、力を信奉する種族が戦いを避ける素振りまで見せている。そんな常識外れを目にした2人が混乱するのも無理はない。ライトが説明しようと口を開いたその時、ベルギルツがとんでもないことを言い始める。

「ではこういたしましょう!ここにいる皆の魔力をレッド=カーマインにぶつけるのです!フィニアス様のお力で全ての魔力を一つにし、余すことなく放出!それに耐えたなら私も欠片を渡しましょう!」
「へぁっ!?」

 レッドから変な声が出た。無理難題を押し付け、なんとかレッドを亡き者にしようとするベルギルツ。

『レッドが耐えたなら欠片を渡すのですね?』
「ミミ、ミルレース……?!」
「ええ、約束いたします。私たち皇魔貴族の一斉攻撃をどうにか出来たのなら、ここに居る全員が保持している欠片をお渡ししましょう」
「……ベルギルツ。貴様も勝手なことを言ってるんじゃ……」
『お受けいたします!』
「はっ!?お、俺……俺の意見は?!」
『考えても見てください。ここにいる全員を負かして勝ち取るより早く、はるかに簡単なことを提示しているんですよ?乗っからない手はありません』
『消し炭になってもかえ?攻撃を受ける前提の話なのじゃから、ここは断って帰るべきじゃな。態勢を立て直して順繰りに倒していく方が理に叶っとる。時間は掛かるがのぅ』
「フローラの意見が適当だ。早く復活したい気持ちは分かるが、レッドを酷使するような真似は私が許さないぞ」
「ミルレース?フローラ?一体なんの話なのよ……」
「おやおやおやぁ?逃げるのですかぁ?それではやはり欠片は渡せませんねぇ!」

 ライトは気づいた。無理難題を吹っ掛けて諦めさせる。精神勝利に浸りたいがための行為。とはいえ、相手がレッドの欲しいものを握っている以上はこの煽りは効果的だ。

「ふむ、それも一つの解決策か。レッド=カーマイン、この勝負を受けるのだ」
「えぇ!?そんな……は、話し合いだけって……!」
「女神復活が成った時、簡単に負けられては困る。フィニアスの力で我らの魔力を一点に集中させ、貴公に放つ。弾いても良し、消しても良し、耐え切るのも良し、とにかく生き残るのだ」
「し、死んだら……」
「死なんさ。貴君は死なん。もし生き絶えたならば……それまでだったのだと我も諦めよう。我はレッド=カーマインに賭けている。これは我が生涯に一度の大博打である」

 グルガンは自分の背負っているもの、絶対に成し遂げたいことをレッドに託す。レッドはグルガンのこの発言を受け、「やるのは……俺なのに……?」と放心状態になった。

『大丈夫。レッドなら大丈夫です。私も信じています。この無理難題を解決し、私を自由にしてくれると……』

 達観したすべてを包み込むまさしく女神といった笑顔でレッドに発破をかける。レッドは愕然としながらも逃げられないことを悟り、口を一直線に結びながら何とか首を縦に振った。土壇場に追い込まれたレッドはどんな頼みであろうと断り切れない。オリーはレッドが頷いたことに悲しい顔をしながらも応援することに決めた。

『難儀なもんじゃのぅ。人間というのは』

 フローラは泣きそうなレッドに同情した。
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