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6章

52、竜殺し

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 ズンッ……ズンッ……

 かなりの重量が少し地面に埋まりながらも何とか前に進んでいるような、そんな音がダンジョンの奥深くから鳴り響く。ダンジョンの出入り口で今から入ろうと思っていた冒険者チームの何組かは、音と共にやって来る怪物にただただ目を丸くして動けなかった。

「お、おい……あれって……」

 息を呑む冒険者たちの中で何とか絞り出した声が口火を切って、ザワザワと周りも言葉を紡ぐ。

「ディロンだ……」
「ディロン=ディザスター?」
「最強の戦士ウォリアー……」
破壊槌ブレイカーだよ」
「じゃあ……あの手に持ってるのは?」
「そりゃお前決まってるだろ」
「……ドラゴンだ」

 ディロンは自分の体の何倍もある巨大なドラゴンを引き摺りながらダンジョンから出て来た。尻尾を握りしめて引っ張るディロンの体は凄まじい戦いの跡を刻んでいたが、それ以上に絶命したドラゴンの体は戦斧で切り裂かれてボロボロ。眉間から口の先までパックリ割れた無骨な切り口がトドメだろうと見て取れた。
 竜殺しドラゴンスレイヤー。ドラゴンを単独撃破した者のみに与えられる最強の称号。誰が最初にこの称号を手にするのか。大方の予想通りというか期待通りに、ディロンは破壊槌ブレイかーから竜殺しドラゴンスレイヤーへとランクアップした。



 ──ガタンッ

「……酒と肉だ。急げよ」

 夜、仕事帰りに立ち寄った飲み屋。ディロンはぶっきらぼうに椅子に座りながら投げやりに注文する。常人とはかけ離れた巨躯で凄まれた店員は、背筋を正して厨房に走った。
 比較的新しい椅子が悲鳴をあげるほどの重量。しかし肥満では無い。筋肉とそれを覆う鎧が椅子にダメージを与えているのだ。床を破壊しないようにゆっくりと下ろした戦斧も相当の重量があり、持ち主以外では移動させることは不可能だろうと思わせた。
 店員が素早く酒を持ってくる。店員のディロンに受け渡す動作が手慣れていることから、今日が初めての入店ではないことを知らせてくれる。受け取った途端に酒を呷るディロン。肉はまだ調理中であることを告げて店員がすごすご下がろうとした時、わずかな間に飲み干された特大ジョッキがエールの泡の跡を残して手渡される。
 おかわりだ。それを言われる前にまた店員が走って取りに行く。この間、先に注文していた一般客から文句はでない。見た目が怖すぎるのもあるが、誰もが知る最強の男だからこそ押し黙って嵐が過ぎるのを待つ。
 ディロンの前に調理された肉が置かれ、ようやく一段落となった。店内に活気が戻ってきた辺りで、ディロンは今話題の噂を耳にする。

「いや、これが本当でさ。かのラッキーセブンが解散、ライト=クローラーが囲ってた女性冒険者は意気消沈で参ってるって話なんだよな」
「解散ねぇ……今の女に飽きて新しいのに交換しようってことかな?」
「有り得る話だ」
「モテる男ってのは何でもありなのかよぉ……」
「俺はチームの女が金を使い込んだって聞いたぜ。女の信用ガタ落ちで解散ってのが本当のとこじゃねぇの?」
「初めて聞いた話だな。どこ情報だ?」
「隣町ではそれが主流よ。俺個人はあのスケコマシが悪党であってほしいけどな。ムカつくから」

 各々が好き勝手に語っている。ディロンは酒をちびちびと飲みながら噂話を元に思考を巡らす。

(……あいつチームを解散させたのか。ふんっ……それがどうしたって感じだな。使えねぇ奴を囲ってたって意味ねぇ。生きるか死ぬかにゃ情なんざ掛けるだけ無駄ってもんだぜ。たく、心底くだらねぇ話だ)

 ムシャリッと肉を食いちぎりながら鼻で笑う。暴力を知らない町民ではたどり着けない境地がある。頂点捕食者であるドラゴンを狩り、昼飯にして食ったディロンからすればラッキーセブンの解散は酒のあてにもならない。
 そんなことよりもドラゴンをとうとう単独撃破した自分の力に焦点を当てることにした。

(チッ……まだまだハウザーに届いちゃいねぇ……ドラゴンの倒し方は何となく分かったが、野郎の攻撃の隙が今ってまったく見えてこねぇ。魔獣の質が悪ぃのか?……クソが)

 ゴンッ

 ジョッキを机に思い切り置いてしまう。店内に響き渡る音にビビって一般客は口を閉じる。それに伴い店員がそそくさとディロンに近付く。

「……もう一杯持って来い」
「は、はいぃっ!」

 店員はジョッキを持って厨房に走った。酒が届くまでの間は静かな緊張が張り詰め、動くことさえままならない。早く酒を持って来いと心の底から願う一般客の沈黙を破ったのは出入り口の扉だった。

 バンッ

 ドキッとしたみんなの目を釘付けにしたのは赤い髪の男と絶世の美女だった。すっかり暗くなった夜空の下、頭を掻きながら居酒屋に入るレッド=カーマインと澄まし顔のオリー=ハルコン。ミルレースは相変わらず誰にも見えていないが、見た目の派手さはチームで一番である。

「いやぁ……思ったより掛かっちゃったな」
『ええ、その日の午後に到着とはなんだったのか……あ、私は良いんですよ?2人と違って浮いているだけですから……ね?』
「う~ん……」

 ミルレースの皮肉交じりの物言いがレッドを凹ませる。意地になって過ちを認めるのが遅かったがために到着が大幅に遅れてしまった。反省に反省を重ね、オリーと力を合わせて獣人の街「トルメルン」に到着したのは予定よりも数日経ってからだった。

「責めるなミルレース。レッドだって完璧ではない。一度幼い時に訪れたとか、そう言うので記憶が曖昧になったんだろう?」
「そん……なことも無いけどね。幼いってほどじゃないけど、単に道を忘れてたみたいでさ……ごめんオリー」
「気にするな、私は大丈夫だ。どちらかといえばレッドの方が心配だぞ。早く宿を取って休んだ方が良い」
「オリー……」
『ねぇ私は?レッドレッド、私は?』
「……ごめんってミルレース」

 煌々と賑やかに店内を照らす魔導球の灯。厨房から出てきた店員は、酒がなみなみと注がれたジョッキを片手に慎重かつ大胆な動きで店内を駆け回る。騒ぎそうな見た目の客も神妙に座る店のカウンターをチラリと見ながらレッドとオリーは2人掛けの席に腰掛けた。
 夜遅くまでまともに開いている呑助たちの憩いの場。それがなんでこんなにも静かなのかと、少し不思議な気持ちになりながら立てかけられた小さなメニュー表に手を伸ばす。表が飲み物、裏が食べ物で構成された1枚の木の板のメニュー表。表に用は無いので裏を確認すると、つまみ類に混じってご飯物が散見された。

「今日は麺がいいかなぁ……オリーは何が良い?」
「私はなんでも良い。レッドと同じ食事で構わない」

 オリーはゴーレムなので食事をしなくても問題ない。しかしレッドが1人で食べるのは寂しいとオリーに懇願したため、意味のあるなしを度外視して一緒に食べることにしたのだ。消化器官がないので魔力で食べたものを分解、分析して情報を取り込み、必要なくなれば魔力で消滅させている。

「じゃあ今日はこの”まぜそば”にしよう。すいませーん」

 レッドの声に合わせてやって来た店員に注文を済ませ、一息ついた頃にようやく巨大な人影に気付いた。

「うおっ!?あ、あれは……!」

 オリーがレッドの視線の先を追うと、ディロンが座っているのが目に入った。

「あれは誰だ?」
「……ディロン=ディザスターだよ。破壊槌ブレイカーの異名を持つ戦士ウォリアー最強の男さ」
『レッドの憧れの人じゃないですか』
「……やめろよ~。恥ずかしいだろ~?」

 ニコニコしながらディロンをチラチラ見る。その様はアイドルを見る少女のような落ち着きの無さだった。そんなレッドにすぐ近くにいた気の良さそうな獣人おっさんが話しかけてきた。

「よぉあんちゃん。あんた知らねぇのかい?今あの方ぁ破壊槌ブレイカーじゃねぇぜぇ」
「え?称号が変わったんですか?この短期間に?」
「へへ……聞いて驚くなよぉ?竜殺しドラゴンスレイヤーさぁ」
「ド、ドド……ドラゴンスレイヤーですか?!ええっ!?じゃ、じゃあ単独撃破を?」
「ああ、そうさ」
「へぇ~!!」

 ガタッと立ち上がってレッドはディロンの側まで駆け寄った。

『あっ!ちょっとレッド!何をする気ですか!?』

 ミルレースはいきなりの行動に驚いてレッドを追いかける。テンションに任せてすぐに声をかけるかと思ったが、近くまで行って急に恥ずかしくなったのかモジモジして話しかけづらそうにしていた。追従したオリーが気にする様子もなく先に声を掛ける。

「ディロン=ディザスター」
「え!?あっ……」

 レッドは困惑しながらオリーとディロンを交互に見ている。ディロンはゆっくりと肩越しにレッドとオリーを睨みつけた。

「なんだオメーら……」

 話しかけた以上逃げられない。ミルレースが『ほら』と声をかけるとレッドは意を決して言葉を紡いだ。

「あ、あの!お、おめでとうございます!」
「……なんのことだ?」
「あ、その……ド、ドラゴンスレイヤー?」
「……称号か。称号なんざ何にもならねぇ。そんなくだらねぇことで話しかけんな」
「え……す、すいません」

 しゅんっとしてレッドはすごすごと引き下がろうとする。しかしミルレースとオリーはディロンに怒りを覚えた。

『なに今の態度?!レッドがおめでとうって功績を称えているのに!!』
「その通りだ。ディロン=ディザスター。お前は何様だ?」
「わっ!ちょっ……オリー!」

 オリーのその言葉には流石のディロンも立ち上がる。ヌゥッと天井に頭がつきそうな巨躯でレッドとオリーを見下ろした。

「俺は俺様だ。オメーらこそなんだ?俺は普通に飲んでいるだけ……あ?またオメーか。確か……レッドとか言ったか?オメー俺の邪魔をして楽しいか?」
「い、いえ、すいません!決してそのような……!ほ、ほら、オリー。もういいからさ。席に戻ろう」
「そうか。レッドがそう言うなら……」
『ええっ!??こんな邪険にされてハイそうですかで引き下がるんですか!?』
「……待てコラ。俺に絡んどいてハイそうですかで逃すわけねぇだろ。表に出ろレッド。オメーの体に分からせてやるよ」
「ひえっ!そ、そんな!勘弁してください!」
『何を怯えているんですか!臨むところでしょ!』

 ディロンはレッドに凄み、ミルレースは憤慨し、レッドは恐れおののく。居酒屋の客がレッドに同情している。ディロンが許す気がない以上、これから起こることは避けられない。せめて死なないことを祈るばかりだった。

 ──タッタッタッ……バンッ

「た、大変だ!!」

 喧嘩が勃発しそうな正にその時、この街の衛兵が飛び込んできた。

「ドラゴンが攻めて来たぞ!!」
「何だと?」

 最も心当たりのあるディロンは戦斧を乱暴に握り取り、一般客を机ごと押し退けて店を出た。到着したばかりのレッドたちには全くついていけない状況だ。何が何だか分からないままに一般客に混じって店の外に出る。街はまだ無事のようだが、ドラゴン襲来は時間の問題だった。

「……上等だぜトカゲども。皆殺しにしてやるよ」

 ディロンは走る。レッドとのいさかいをすっかり忘れ、ドラゴンとの戦いを求めて。
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