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5章
47、ただのバカ
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レッドは困惑した。いつもなら起きているはずの時間にベッドで横たわっている事実に。
「バ、バカな……こんな事があるのか?この俺が寝坊なんて……」
最近ずっと野営ばかりで硬い木や地面に寝っ転がる日々に、これほど凄まじい寝心地のベッドは今までの人生で体験したことがなかったという2つの事柄が相乗効果となってレッドの睡眠を助長したのだ。
レッドが急いで半身を起こすとオリーがベッドの横に座っていた。きっと長らくこの体勢でレッドが目覚めるのを待っていたに違いない。
「おはようレッド」
『あ、おはようございますレッド』
「おはよう。ごめんオリー、ミルレース。起こさず待っていてくれたのか?」
『あれだけ気持ちよさそうに寝ていたら起こすに起こせませんよ』
「そうだな。ゆっくり疲れを取ってほしいから必要ないと思っていたが、もしかして起こした方が良かったのか?」
「い、いや、2人に悪いと思っただけさ」
「なら謝ることはない。私は私で寝顔を楽しんでいたからな」
『レッドには元気になっていただかないとですし。しっかり眠れましたか?』
「う、うん。自分でも驚くほどにね。……しっかし今日の予定が狂ったなぁ……すぐ出ていくつもりだったんだけど……」
朝一で魔導国から出立するつもりだったが、気付けば1時間もしない内にお昼を回る。別の国に行くのは明日に回した方が都合が良い。
「……うん。次の街でやろうと思ったけど今日から始めるか」
『何をするんです?』
「まぁ見てなって。オリー、チェックアウトするから忘れ物がないように確認しといてくれ」
「わかった」
レッドの指示を受けて待ってましたとばかりに即座に行動を開始する。3人はホテルから出て魔道具の店へとやってきた。
『え?昨日全部揃えたはずでは?』
「ふふっ……」
レッドはミルレースの問いに答えることなく店内を散策する。そこでレッドは自身の所持金を余すことなく使い切り、装備を整えて外に出た。日差しにビカビカと反射する純白の鎧。肩が回らないほどデカい胸当て、ブカブカの籠手とすね当てがグラグラガチャガチャと音がうるさい。この仰々しい装備は剣士がつけるには邪魔すぎるし、サイズがまったく合っていない。いつものロングソードをオリーに預け、自分は巨大なサーベルを腰に佩く。
そんな珍妙な格好をしながらも、レッドはどこか嬉しそうに堂々と街の真ん中を歩いて見せた。みんなの驚きの表情がレッドに向く。レッドは自分が注目されていることに不思議な高揚感を覚えつつ街の外を目指した。
「えぇ……」
レッドの勘違いした格好を見てしまった風花の翡翠は愕然とする。生意気な冒険者が歩いていると噂で聞いた彼女たちは、その見た目や佇まいからきっと初級冒険者だろうと思い確認しにきた。もしただの勘違いした初級冒険者なら、勘違いしたままダンジョンに進入させるわけにはいかないので、一発かまして実力のほどをその体に教え込ませるつもりだった。
だがもしただのバカなら。
「関わらないでおきましょう。レッドは……彼の方はかなりの経験をお持ちのはず。あんな格好は……その……多分作戦か何かでしょう」
「だけど、あ……」
「ジューンの言う通りですわ。行きましょう。わたくしたちはわたくしたちの仕事をしないと」
「……うん。だよね」
見て見ぬ振りを決め込んだ。
*
最寄りの街のギルド会館でレッド=カーマインの情報を得たグルガンは、グリードを連れて魔導国ロードオブ・ザ・ケインを目指していた。
「流石だな。1人も傷つけることなく目当ての情報を得られるとは」
「……黙っていろ。気が散る」
空を飛びながら街を探す。森や山などの障害物のない開けた空なら、それぞれの街のシンボルを見れば簡単に見つけられる。実は既に魔導国を見つけてはいるのだが、すぐに行く気がしない。というのも魔導国は人類の発展に必要不可欠な国。その国がグリードによって壊滅させられたなら人類が立て直すのに何十年掛かることになるのか。考えれば考えるほど迂闊に連れて行くわけにはいかない。
(だがいつまでもこうしてはいられない。レッドを連れ出すといって街外れに置いてくるか……いや、先の街でもレッドの情報を仕入れている最中に冒険者チームを殺していた。もしあれが有名どころだったら皇魔貴族全体の箍が外れる可能性もある。どうすれば……)
もともと執事がレッドの元まで案内する予定だったが、女神の欠片の気配ならグリードも感知可能であるために断られた。グリードにヘソを曲げられては困るとあまり強く出られなかったのも最悪の結果につながった。頭を抱え、悩みに悩むグルガンだったが、自分がもう1人居ないと成立しないことだらけで、何の方策もないままに魔導国の周辺に到着してしまった。
「ほう?あれが魔導国か。無機質で手狭で、機械仕掛けの歯車を想起させる。気に入った。75点」
グリードの批評にグルガンは若干期待を持つ。もしかすれば魔導国には手を出さないかもしれない。出しても被害は最小限で済むかもしれない。グリードを制御出来ない以上、気まぐれと運に頼るしかないのだ。
「ん?なにか光っているぞ」
「……?何が光って……?」
グリードの指差す先にチラチラと光が点滅している。森の中から見えるそれはグルガンたちに何かを主張しているように感じさせた。
「ククッ……気になるじゃないか。なぁ公爵殿」
グルガンをチラッと見たグリードはフッと消えた。グルガンが慌てて目で追うと、グリードが真っ逆さまに落ちているのが確認出来た。飛行魔法を解除することで浮力を消失させ、落ちるがままに体を預けているのだ。
自由落下は自在に飛べるものには最高に気持ちが良い。落ちる勢いを利用して飛行速度を上げる魔鳥もいるくらいで、重力とはかくも偉大であると教えられる。
「勝手に動きおって……!」
グルガンは投げ出したい気持ちを抑え、すぐにグリードを追いかけた。木々に飛び込んでいくグリードのすぐ後についていき、木の葉をかき分けて地面へと降り立った。
「貴様どういうつもりだ。面倒をかけるな」
「しーっ。静かに。……あれを見てみろ」
言われるがままに前方を見ると、そこには珍妙な格好をした男が立っていた。その男の顔は忘れもしないあの男。
「レ、レッド=カーマイン……?!」
*
『それで……どうしてその恥ずかしい格好で市内を練り歩いたのです?』
「恥ずかしい格好だって?ふっ、まぁミルレースには分からないよなこの凄さは……」
ガチャガチャと金具同士が音を鳴らす。
「俺は昨日色々なことに気付いた。ちゃんとみんなが知らないと俺はいつまでも誤解されたままだって。オリーとチームを組んだ今、まずは俺の印象を良くすることから始めようってね」
『それで店で売ってた一番高額な装備を身につけたのですか?……レッドは形から入るのですね』
「何事も真似からとは聞く。まず身近なところから変えていくのは悪くない判断だろう。すぐに実行に移せる思い切りが良いと私は思うぞ」
「そうだろうオリー!これでバッサバッサと魔物を斬り伏せればみんなあっという間に手のひら返しさ!」
レッドはこの汚名返上作戦を次の街で行おうと画策していた。しかしホテルで寝すぎたためにちょっと早めることにしたのだった。
『それだけではこれまでと何ら変わりませんよ?ダンジョンに潜って他の冒険者の方々に声をかけつつ、魔物を倒すさまを見せつけるのです。証人がいなければ意味がないのですから』
「あ、確かにその通りだ。ダンジョンに潜れば2、3組は冒険者チームがいるだろうし、タイミングを計って戦い始めればいけるんじゃないか?」
レッドはサーベルを引き抜いて日の光に当てる。新品の剣は刃の幅が広く、未使用の刃先が鋭利な輝きを放つ。素人でも馬の胴体を一刀両断出来る。ウキウキでサーベルを振り回しているとカサッと草木を踏みしめる音が鳴った。その音に特に警戒もせずに目を向ける。
「君が……レッド=カーマイン?」
そこに立っていたのはこんな森には似つかわしくない子供。堂々としていて品のある少年。きっと貴族の出の男の子に違いない。従者も付けず、護衛も親も見当たらない。違和感だらけの存在に対し、レッドはきょとんとした顔を見せた。
「おや?迷子か?」
「バ、バカな……こんな事があるのか?この俺が寝坊なんて……」
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レッドが急いで半身を起こすとオリーがベッドの横に座っていた。きっと長らくこの体勢でレッドが目覚めるのを待っていたに違いない。
「おはようレッド」
『あ、おはようございますレッド』
「おはよう。ごめんオリー、ミルレース。起こさず待っていてくれたのか?」
『あれだけ気持ちよさそうに寝ていたら起こすに起こせませんよ』
「そうだな。ゆっくり疲れを取ってほしいから必要ないと思っていたが、もしかして起こした方が良かったのか?」
「い、いや、2人に悪いと思っただけさ」
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『レッドには元気になっていただかないとですし。しっかり眠れましたか?』
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朝一で魔導国から出立するつもりだったが、気付けば1時間もしない内にお昼を回る。別の国に行くのは明日に回した方が都合が良い。
「……うん。次の街でやろうと思ったけど今日から始めるか」
『何をするんです?』
「まぁ見てなって。オリー、チェックアウトするから忘れ物がないように確認しといてくれ」
「わかった」
レッドの指示を受けて待ってましたとばかりに即座に行動を開始する。3人はホテルから出て魔道具の店へとやってきた。
『え?昨日全部揃えたはずでは?』
「ふふっ……」
レッドはミルレースの問いに答えることなく店内を散策する。そこでレッドは自身の所持金を余すことなく使い切り、装備を整えて外に出た。日差しにビカビカと反射する純白の鎧。肩が回らないほどデカい胸当て、ブカブカの籠手とすね当てがグラグラガチャガチャと音がうるさい。この仰々しい装備は剣士がつけるには邪魔すぎるし、サイズがまったく合っていない。いつものロングソードをオリーに預け、自分は巨大なサーベルを腰に佩く。
そんな珍妙な格好をしながらも、レッドはどこか嬉しそうに堂々と街の真ん中を歩いて見せた。みんなの驚きの表情がレッドに向く。レッドは自分が注目されていることに不思議な高揚感を覚えつつ街の外を目指した。
「えぇ……」
レッドの勘違いした格好を見てしまった風花の翡翠は愕然とする。生意気な冒険者が歩いていると噂で聞いた彼女たちは、その見た目や佇まいからきっと初級冒険者だろうと思い確認しにきた。もしただの勘違いした初級冒険者なら、勘違いしたままダンジョンに進入させるわけにはいかないので、一発かまして実力のほどをその体に教え込ませるつもりだった。
だがもしただのバカなら。
「関わらないでおきましょう。レッドは……彼の方はかなりの経験をお持ちのはず。あんな格好は……その……多分作戦か何かでしょう」
「だけど、あ……」
「ジューンの言う通りですわ。行きましょう。わたくしたちはわたくしたちの仕事をしないと」
「……うん。だよね」
見て見ぬ振りを決め込んだ。
*
最寄りの街のギルド会館でレッド=カーマインの情報を得たグルガンは、グリードを連れて魔導国ロードオブ・ザ・ケインを目指していた。
「流石だな。1人も傷つけることなく目当ての情報を得られるとは」
「……黙っていろ。気が散る」
空を飛びながら街を探す。森や山などの障害物のない開けた空なら、それぞれの街のシンボルを見れば簡単に見つけられる。実は既に魔導国を見つけてはいるのだが、すぐに行く気がしない。というのも魔導国は人類の発展に必要不可欠な国。その国がグリードによって壊滅させられたなら人類が立て直すのに何十年掛かることになるのか。考えれば考えるほど迂闊に連れて行くわけにはいかない。
(だがいつまでもこうしてはいられない。レッドを連れ出すといって街外れに置いてくるか……いや、先の街でもレッドの情報を仕入れている最中に冒険者チームを殺していた。もしあれが有名どころだったら皇魔貴族全体の箍が外れる可能性もある。どうすれば……)
もともと執事がレッドの元まで案内する予定だったが、女神の欠片の気配ならグリードも感知可能であるために断られた。グリードにヘソを曲げられては困るとあまり強く出られなかったのも最悪の結果につながった。頭を抱え、悩みに悩むグルガンだったが、自分がもう1人居ないと成立しないことだらけで、何の方策もないままに魔導国の周辺に到着してしまった。
「ほう?あれが魔導国か。無機質で手狭で、機械仕掛けの歯車を想起させる。気に入った。75点」
グリードの批評にグルガンは若干期待を持つ。もしかすれば魔導国には手を出さないかもしれない。出しても被害は最小限で済むかもしれない。グリードを制御出来ない以上、気まぐれと運に頼るしかないのだ。
「ん?なにか光っているぞ」
「……?何が光って……?」
グリードの指差す先にチラチラと光が点滅している。森の中から見えるそれはグルガンたちに何かを主張しているように感じさせた。
「ククッ……気になるじゃないか。なぁ公爵殿」
グルガンをチラッと見たグリードはフッと消えた。グルガンが慌てて目で追うと、グリードが真っ逆さまに落ちているのが確認出来た。飛行魔法を解除することで浮力を消失させ、落ちるがままに体を預けているのだ。
自由落下は自在に飛べるものには最高に気持ちが良い。落ちる勢いを利用して飛行速度を上げる魔鳥もいるくらいで、重力とはかくも偉大であると教えられる。
「勝手に動きおって……!」
グルガンは投げ出したい気持ちを抑え、すぐにグリードを追いかけた。木々に飛び込んでいくグリードのすぐ後についていき、木の葉をかき分けて地面へと降り立った。
「貴様どういうつもりだ。面倒をかけるな」
「しーっ。静かに。……あれを見てみろ」
言われるがままに前方を見ると、そこには珍妙な格好をした男が立っていた。その男の顔は忘れもしないあの男。
「レ、レッド=カーマイン……?!」
*
『それで……どうしてその恥ずかしい格好で市内を練り歩いたのです?』
「恥ずかしい格好だって?ふっ、まぁミルレースには分からないよなこの凄さは……」
ガチャガチャと金具同士が音を鳴らす。
「俺は昨日色々なことに気付いた。ちゃんとみんなが知らないと俺はいつまでも誤解されたままだって。オリーとチームを組んだ今、まずは俺の印象を良くすることから始めようってね」
『それで店で売ってた一番高額な装備を身につけたのですか?……レッドは形から入るのですね』
「何事も真似からとは聞く。まず身近なところから変えていくのは悪くない判断だろう。すぐに実行に移せる思い切りが良いと私は思うぞ」
「そうだろうオリー!これでバッサバッサと魔物を斬り伏せればみんなあっという間に手のひら返しさ!」
レッドはこの汚名返上作戦を次の街で行おうと画策していた。しかしホテルで寝すぎたためにちょっと早めることにしたのだった。
『それだけではこれまでと何ら変わりませんよ?ダンジョンに潜って他の冒険者の方々に声をかけつつ、魔物を倒すさまを見せつけるのです。証人がいなければ意味がないのですから』
「あ、確かにその通りだ。ダンジョンに潜れば2、3組は冒険者チームがいるだろうし、タイミングを計って戦い始めればいけるんじゃないか?」
レッドはサーベルを引き抜いて日の光に当てる。新品の剣は刃の幅が広く、未使用の刃先が鋭利な輝きを放つ。素人でも馬の胴体を一刀両断出来る。ウキウキでサーベルを振り回しているとカサッと草木を踏みしめる音が鳴った。その音に特に警戒もせずに目を向ける。
「君が……レッド=カーマイン?」
そこに立っていたのはこんな森には似つかわしくない子供。堂々としていて品のある少年。きっと貴族の出の男の子に違いない。従者も付けず、護衛も親も見当たらない。違和感だらけの存在に対し、レッドはきょとんとした顔を見せた。
「おや?迷子か?」
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