上 下
36 / 133
4章

36、隠密行動

しおりを挟む
 獄炎の門に侵入したレッドはダンジョンの階層を着々と下りていった。見たこともないイソギンチャクのような魔物や巨大ムカデ、燃える虎、トゲトゲのアルマジロなど多くの魔物が住んでいるようだ。どれも当然のように火に耐性があり、マグマを泳いでいたりしている。
 その全てにミルレースは感動し、何かにつけてレッドに報告するが、いつドラゴンに遭遇するかも分からないダンジョンではしゃぐことなど出来ない。自殺行為に等しい。

「……陽気だなぁミルレース。楽しそうで何よりだよ」
『あ、ごめんなさい。うるさかったですか?』
「……いや、ミルレースの姿は俺にしか見えてないし、どれだけ騒いでても大丈夫。……やっぱり封印されてたから羽を伸ばしたくもなるよな」
『ええ、まぁ……というかこういう景色が初めてで純粋に楽しんでしまっているというか……』
「……俺もドラゴンさえ居なかったらもうちょっとはしゃぐんだけどなぁ……というかオリハルコンはまだないのか……」

 マグマの灯りで照らされたダンジョン内の岩肌をくまなく見て回っているが、それらしい物質は未だ発見出来ていない。懐に隠した資料を何度も見返し、その構造や性質を理解したつもりだったが、探査能力に欠けた自分のスキルでは難しいということだろうか。

「……いや、もっと下か?」

 火山の噴火で噴出されたオリハルコン。資料に書かれてあることが事実なら、最深部から放たれた後、長い年月をかけてダンジョン化したとある。予想では最下層に欠片が残っているかもしれないとのことだった。

(オリハルコンの欠片・・か……女神の欠片といい、俺の旅はなんだか考古学のような感じになってきたな……)

 魔物を刺激しないように慎重に進む。このダンジョンは中が驚くほど広い。多分ドラゴンに住みやすい環境に生成されたのだろう。進んでいくごとに段々と魔物の姿が減っていき、ドラゴンの姿が散見されるようになる。
 これまで以上の慎重さが求められるフロアを見てレッドは震え上がったが、足を止めているわけにもいかず、ひたすらに息を潜めて景色に溶け込む。幸いにもここに住むドラゴンは感知能力が低いらしく、レッドには一切気づかない。もっとも、腹を空かしていないので雑魚には見向きもしない可能性もある。

(……俺は陰……俺は景色……。技術やアイテム以上に心の持ちようで隠密の動きを可能にする。ジンの言った通りだな)

 ビフレストのメンバーである盗賊シーフのジン。追い出される前に彼に聞いたことがある隠密行動の極意。1人旅となった現在、大いに助かっていたがここほど役に立ったと思ったことはない。
 しかしその隠密行動を以ってして面倒なのはここら一帯の構造だ。ドラゴンが踏み荒らし、その体をこすりつけるせいか、明らかに障害物が少ない。マグマ溜りが左右に位置し、橋のような通路になっている9階層にはほとほと困り果てる。

『なんだか王の道のような作りではありませんか?ほら、城門に続く橋のような……』

 そう言われたらそうにしか見えなくなってくる。

「……城門に続く道……つまり次が最下層か?」
『それは分かりませんが、多分そうではないでしょうか?』

 オリハルコンに最接近したことを悟って心が躍った。だがこの通路を通らねば最下層にたどり着けない。そこにはドラゴンが寝そべり、ただ居座るだけで門番のように威嚇している。それも1頭や2頭ではない。マグマ溜まりを泳ぐドラゴンを合わせればその数は7頭。他のフロアにも1、2頭ウロウロしていたが、ここの数は明らかに異常だ。

「……ここがドラゴンの住処なのか……それとも真の住処は10階層か……オリハルコンを手に入れるのは骨が折れそうだな」

 レッドは待つ。このフロアの状況が変わるその時を。



 ──コンコンッ

 開いたドアにノックの音が鳴る。借りていた部屋を片付けていたニールは肩越しに出入り口を確認する。そこにはライトが手を上げて立っていた。

「君か……何か用かい?」

 ニールは動かしていた手を止めてライトに向き直る。ライトは一拍置いて扉にもたれ掛かる。

「ただの挨拶だ。俺たちもアヴァンティアを離れるからな」
「一応一段落といったところだね。あの魔族が墳墓から居なくなったことでこの街にも平穏が訪れた」
「あいつが何だったにせよ、人間の脅威であることに変わりない。存在する以上、危機は脱していない。それはお前も分かっているはずだ」
「分かっているさ。それでも出ていく決断をしたのはこのままではいけないと思った。ということだろう?」

 ニールはしたり顔をしながら止めていた手を動かす。ライトはそれに沈黙で答える。

「……ところでラッキーセブンはこれからどこに向かうんだい?」
「魔導国ロードオブ・ザ・ケインにな。装備を一新する必要があるかもしれない」
「……なるほど。今回の報酬の使い所ということだね」
「ああ。そうそう、風花の翡翠も同じ考えだったようでな。あいつらは昨日出発したよ。後追いになることにハルやコニから文句が出たけど、最新の魔道具が手に入る場所だ。何とか説得したよ」

 ニールはライトの顔を確認する。ライトはやれやれといった呆れた顔を見せていたが、ラッキーセブンのメンバーが何を危惧しているのかを思えば、ライトの勘の悪さには女の子たちもヤキモキしていることだろう。

「……たいへんだったね」
「それほどではない。そこは彼女たちもよく分かっているからな……貴様らはどこに行く?」
「評議国に行く。アヴァンティアだけの情報ではこの危機を伝えきれない。僕らの話も通しておこうと思ってね」
「ほぅ……?それじゃそっちは任せる。さて、ロビーにみんなを待たせてるから俺は行くよ。また会おう」

 ライトの言葉にニールは剣を立て掛けて振り向き、歩み寄って握手を求めた。

「そうだね。また」

 ガチッと握手をして笑顔を見せ合う。これから出て行く友への手向け。これが今生の別れでも良いように。
 ライトは立て掛けた剣をチラッと見る。

「……鑑定は済ませたのか?」
「いや、まだだよ」
「そうか……実は少し気になっていたからな。また教えてくれ」

 ライトはそう言うと後ろ手に手を振ってニールの部屋を後にした。

「……ああ」

 ニールは手に入れた魔剣を見て小さく答えた。
 鑑定など必要ない。抜いた瞬間に分かったからだ。この剣は今まで手に入れた剣の中で最も強い剣だ。様々なスキル、身体能力向上、魔力増大に持ち主にしか扱えない特異武器。
 そう、ニールは選ばれた。もし今勇者を名乗れる人間が居るとすれば彼だけだ。

「頂き……か。重いな……」

 ニールは小さく鼻で笑いながら魔剣を腰に下げ、荷物をまとめて部屋を出た。



「……動いた」

 フレア高山の9階層にて、拓けた通路で寝転んでいたドラゴンがのそりと立ち上がり、ゾロゾロと8階層の出入り口に向かって歩いていく。
 いったい何時間待ったことか。レッドは汗でドロドロになりながらも待った甲斐があったと微笑む。10階層へと進む道がようやくガラ空きとなった。

「……危なかった。革袋の水もなくなった頃だったからな……これ以上待っていたら脱水症状で死んでいたかも……」
『えぇ?!そうだったんですか?!死なれては困ります!そういうことは早めに行ってくださいよ!』
「……いや、どの道引き返してたりとかは出来なかったし、言ったところでさぁ……こればっかりは運次第だったというか……」
『もう最悪ドラゴンに戦いを挑むぐらいした方が良かったんですよ!そんなんになる前にです!』
「おぉ……殺す気か?言いたいことは分かるけど落ち着いてくれよ。こうして運も傾いてきたし……」
『そうじゃなくて……!あぁもう!もどかしい!!』

 ミルレースはレッドの実力を天より高く評価している。この世界で間違いなく最強だと信じて止まない。だからこそドラゴン程度であれば軽く一蹴出来ると踏んでいた。
 でも何故かドラゴンには何かと理由をつけて戦わない。レッドの中に刻み込まれたイメージでのドラゴンはそれほど巨大ということだ。

 レッドはミルレースの突然の発狂ぶりは、フレア高山での移動方法に問題があったのだろうと察する。派手なことがまったく無い、ゆっくりとして地味な移動。きっとフラストレーションが溜まって吐き出しているのだ。こういう時は黙って吐き出させるのに限る。

「……とにかく行こう。今がチャンスだ」
『はい……』

 大人しくなったミルレース。レッドは自分の予想が当たっていたと内心満足する。同時にミルレースという女性の扱い方が分かったような気がして、ちょっと照れくさくもなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

異世界帰りの勇者は現代社会に戦いを挑む

大沢 雅紀
ファンタジー
ブラック企業に勤めている山田太郎は、自らの境遇に腐ることなく働いて金をためていた。しかし、やっと挙げた結婚式で裏切られてしまう。失意の太郎だったが、異世界に勇者として召喚されてしまった。 一年後、魔王を倒した太郎は、異世界で身に着けた力とアイテムをもって帰還する。そして自らを嵌めたクラスメイトと、彼らを育んた日本に対して戦いを挑むのだった。

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...