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2章

14、クエスト再開

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「諸君ご苦労だった。後片付けは別のチームが担当するので諸君らの緊急任務はこれで終了となる。今回の規模を考え、謝礼は弾んであるのでこの後受付に寄ってくれ。我々の町の平和に力を尽くしてくれたこと、心から感謝する。ありがとう」

 ブラックサラマンダーの一件で報奨金をたっぷり支給された冒険者たちはギルドの館を後にし、居酒屋にたむろしていた。
 昼間からわいわいと騒ぐ多数の冒険者チームの中で1組だけが浮かない顔をして座っている。クラウドサインの面々だ。酒を片手に机の上に並んだご馳走を眺めている。
 リーダーのシルニカが遠慮なしにどんどん頼んだので机いっぱいに料理が並んだのはこの際置いておいても、彼らの中でどうしても拭えない疑念があり、表情を曇らせていた。

「つーかよぉ……あんな芸当、誰が出来るってんだ……?」

 盗賊シーフの呟きが呼び水となり、ようやくそれぞれが口を開いた。

「少なくともここに集まった冒険者チームは誰1人関与していないでしょうね。見てよあのはしゃぎ様……降って湧いたお金に群がった恥ずかしい連中ってのがありありと分かるっていうか……」
「おいおい、お嬢が自虐たぁ今夜は雪でも降りそうだな」
くつがえしようもない事実です。実際我々が武器を使ったのは魔獣が本当に死んでいるのか確かめただけですし、遅れてやってきた複数の冒険者チームも確認作業に便乗したに過ぎません。いや、得体の知れない何かに便乗したのは我々とて同じですが……」

 司祭プリーストの言葉が妙に重苦しい。周りの喧騒がいつも以上にうるさく感じる頃、槍士ランサーが高笑いを始めた。

「ハッハッハッ!不毛不毛!答えのない話を何回したところで意味ないだろ!……ってか、んなことよりレッドだぜ」

 何でここでレッドの名前が出てきたのか。しかしすぐに察したシルニカは顔を歪めた。槍士ランサーは続ける。

「俺たちの見たブラックサラマンダーの大群。あの死体の量を俺たちよりも先に見てあのとぼけっぷり。危機感が無いのかイかれてんのか知らねぇけど、チームから追い出された理由ってのはあの性格にあるんじゃねーの?」
「そうそう、それ俺も思った。恐怖のきの字も感じなかったもんなぁ……」

 ポツリと呟く魔獣使いビーストテイマー。彼は魔獣の感情の機微を理解し、懐柔していく能力を持っている。つまり空気が読めて、相手の感情を感じ取れるのだ。そんな彼がボヤくのだから間違いない。レッドの精神は異常だ。

「世界最高のチームと言われているビフレストの足を引っ張るぐらい雑魚の精神異常者。人格破綻者?ま、どっちにしても仲間に入れなくて正解よ。……もともと入れる気無かったけどね」
「にしても何だな。森で遭難してる最中に町が壊滅するほどの災害が起こっていて、且つ解決し終わったであろう現場を知らず知らずに見るなんて……全く運の良い奴だな」
「ふんっ……運だけで生きてるんでしょ」

 鼻で笑ったシルニカは、ようやく樽ジョッキの酒に口を付けた。

「運は運でも悪運だろ?俺たちみたいに任務に参加してりゃ、何をせずとも金が貰えたのによぉ。最低限生き延びるだけの運ってのは辛ぇもんがあるよなぁ?」
「……そりゃ確かに」

 5人は自分たちの幸運と酒に酔いしれながら楽しそうに笑いあった。

「あ、それはそうとお嬢。ここの代金はお嬢持ち?」
「は?割り勘でしょ。当たり前じゃない」
「……ですよねぇ」

 好き勝手シルニカの好きなものばかり頼んでおきながらもそこは譲らない。ちゃっかりしている。
 せっかく手に入れた報酬。出来れば良質な装備品やアイテムに使いたいところだ。大半を飲み代に持っていかれるのは勘弁願いたいが、シルニカに逆らえない男たちは諦めつつそれなりに楽しむことにした。



 レッドは体を休めた次の日、例の畑付近に来ていた。
 前日にギルド会館の受付で洞窟に関連することをそれとなく聞いてみたが情報は無し。出来る範囲で調べたが、結局よく分からない。
 居酒屋のおばさんの依頼をさっさと終わらせてアヴァンティアに向かいたいレッドとミルレースは、当時の状況を思い出しながらゴブリンチックな魔物の行方を追う。

「暗闇で目立った目印も見つけてないし……ただ真っ直ぐ追った印象しかなかったけど……」

 畑の野菜をぼんやり見ながらのんびり歩く。見たところキャベツ畑のようだ。数日前の小さな魔獣が立っていた場所の野菜が5個ほど持っていった跡がある。
 他の畑も見渡せば、被害にあっているのだろう虫食いのようにその箇所だけまるっと持ち去られているのが確認できた。

『ここですよ。ここから踵を返して森に入ってますね。あ、植物を掻き分けてますよ。これを追ったら行けます』
「おおっ!凄いなミルレース!その観察眼ならレア職業ジョブの適性があるよ」
『いえいえ、それほどでも無いですよ。これを見てください。ほら、こんなに踏み荒らした跡が……粗っぽい逃走ですね』
「ああ、言われてみれば……まぁ腕いっぱいに食料を抱えてたし無理もないか。お陰であの洞窟に着けそうだ」

 逃走経路を確認すれば思ったよりもジグザグに走っていることに気付く。中々賢い魔獣だが、森を熟知している職業やそういったスキルを持つものならこのくらいすぐにも気付ける。

「あの様子だとその日の内に全部食べてるんだろうな。消費が激しいから農家の出荷数が激減するんだ。数日に1、2個でも迷惑なのに……これは確かに放っておく訳にはいかないな」

 程なくして洞窟が見えた。月明かりに照らされていた全てを飲み込みそうな闇の入り口も、昼間に来てみれば何のことはない。よくある自然の風景である。

「あの小さな魔獣の住処なのか、それともダンジョンなのか……」
『何か違いがあります?』
「魔獣がいるという一点だけならどっちも変わらないけど、ダンジョンは大概深いからさ。入り口付近に住んでいるなら楽なんだけど、万が一にも5階層より下なら途端に数日コースだ」
『それではすぐにも見つかることを祈って入りましょう』

 シルエットで見た独特な鎧は忘れられない。多分見間違えることはないので、目の端にでも写ればラッキーである。
 レッドはチラリと太陽を見た。まだ日が高い。夕方までには出てこようと考えながら洞窟に侵入した。



 ボリボリ……バリバリ……

 ひたすら口を動かしながら盗んだ野菜を頬張っている。たくさんの小さな生き物が寄り集まって成長しようとしている。
 調理をしていないので素材の味が口いっぱいに広がっていることだろう。それも仕方がない。何故なら調味料を持っていないし、持っていても味を調ととのえるなど出来ない。そもそも料理の仕方を知らない。

 ──ヒィィィィン……

「……!」

 その音にバッと振り返る。何かが中に入って来た。洞窟に設置した魔道具アイテムが警戒信号を出しているようだ。抱え込んだ野菜を下に置き、野菜に群がる小さな魔獣を跨いで歩く。
 背筋がぞわぞわする。これほどの寒気を感じたのは久しぶりだった。

「……とうとう見づかったか?」

 小さな手は斧を握りしめる。両刃の華美な斧は小さな体と同じサイズであり、重そうに引きずりながら気配の方へと向かっていった。



 洞窟の中は鍾乳洞のようにつらら状の石が垂れ下がり、そこから冷たい水がポタリポタリと一定の間隔でしたたり落ちている。中はかなり寒い。あまり長く居たら凍えてしまいそうなほどだ。

『凄く神秘的な洞窟ですね。異性と逢い引きするのにピッタリな場所じゃないですか』
「逢い引き……いや、ここは寒すぎるんじゃないかな?もっと暖かいところの方がウケが良さそうだけどな……」
『分かっていませんね~。女子は寒さよりも雰囲気を気にするんですよ。ほら、ご覧ください。あの星のように輝く石を。お昼だというのに夜空が広がっているようじゃないですか。こういうのを見ながら肩を寄せ合えば、たちまち良い雰囲気になりますよ?』
「そんなもんかなぁ……?まぁ確かに、ここにテントでも張って温かいスープを飲みながらとかは良さそうだけどな。ここがダンジョンという一点を除いて……」

 レッドは腰に差した剣の柄に手を掛ける。その挙動は魔獣が近くに居ることの証明。

「ミルレース。俺の後ろに下がってくれ」

 その言葉を合図にミルレースはサッとレッドの背後に隠れる。同時に剣を鞘から引き抜いた。
 洞窟の岩肌は魔力を含んでいるからかほんのり明るい。お陰で灯りを持たずとも中の様子を確認可能。

「あれか……」

 ズリズリと斧を引きずりながらやって来る小人。
 レッドはこのダンジョンはそこまで強くないように思っている。二足歩行のトカゲや泥の魔人など、初心者に持って来いの水準だ。
 だが今やってくる小人は違う。黄金の鎧に身を纏い、首都でも売って無さそうな豪奢な斧を引きずっている。

「ん?人間?……女の子?」

 鎧に包まれたその中身は年端もいかない女の子。気づいた瞬間にレッドは力を抜いてしまった。

 ──ビュンッ

 少女と思しき戦士は大凡おおよそその姿からは想像も出来ない速度で間合いを詰める。さらには大きな斧をその小柄な容姿から考えられないほどの速度で横薙ぎに振るった。
 だがレッドは紙一重で体を仰け反らせて斧を避ける。完全に不意を打ったはずの少女は目を見開いて驚いた。当たらなかったことはもとより、レッドの背後に浮かぶ女性を目にしたためだ。
 それは振り抜いた格好で映像を一時停止したかのような、時が止まったかと思うほどの衝撃。

「あ、あなた様は……め、女神……様?」

 小さな口から紡がれるその言葉は2人にも衝撃を与えた。

「見えているのか?!」
『見えているのですか?!』

 急に斧を振るわれた以上の驚きが声となって洞窟に木霊した。
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