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第二十六話 日食
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闇の化身となったリョウは地上に降りる事無く浮いたまま水平に動く。
近くにいた毒蛇の信徒は当たっただけで削り取られて骸と化す。リョウはベルゼブブの口を裏返す事で触れることすら適わない無敵の存在となった。真っ直ぐリナに向かっていく。阻害など無意味だ。なんせ全て飲み込まれる。音もなく近付いて音もなく削り取られる。触れたら終わりのブラックホール。
「プルソン!!」
大声を出してプルソンを見る。ハッとしてリナに振り返る。向かってくるリョウと交互に見て、リナを抱きかかえて時計塔に飛び移る。壁に貼り付いて下を見る。毒蛇の信徒を残し一時退避したプルソンとリナの目に飛び込んだのは悪魔を削る黒い何かと逃げ惑う信徒。阿鼻叫喚の地獄絵図。
「……何それ?何でそんな事が出来るの?何でそんなことしたの!?」
リナは恐怖から語気が荒くなる。リョウは上を見上げて情緒不安定なリナに対しポツリと返答する。
「……思いつきだ……二ヶ月前に試しにやったら出来た」
まるでバク宙をやってみたら出来たくらいの口調で語ってくる。
「……”日食”……そう名付けた」
光すら飲み込むこの姿にはピッタリとも思える名前だ。
「はぁ?エクリプス?ダッサ!意味わかんない事言わないで!!」
「……おい……こいつと案を出し合って考えたんだぞ?ダサいとか本当の事でも気を使って言わないもんだろ……」
困った様な声を出しながら何でもないように返答する。完全に形勢が逆転したからこその態度だ。リナは叫び散らすがプルソンはある意味冷静にこの闇の化身を見ていた。物理無効、空気の圧縮も意味をなさない。
つまり自分の現在用いる攻撃手段であれを破壊するのは不可能だと言う事。空間を超越する何かが必要だ。
「……新しい悪魔が必要だ。今の戦力ではあれは殺せん」
リナは舌打ちする。
「グラシャラボラスは良い線いってたし、貴方だっているのよ?何で負けるのよ!!」
「いいかよく聞け、あれは俺達の世界ですら見たことの無い業だ。対処方法がない以上、向かって行っても下僕たちと同様消えてなくなるのがオチだ。意味が分かるな?」
リナは顔を歪ませて「ぐぬぬっ」と唸った。
「……いいわ……仕方ないから、今回はこれでお暇しましょう」
リナはプルソンと頷き合って撤退を選択した。
「……逃げられると思ってんのか?」
その声は目の前で聴こえた。闇の化身は下の悪魔を食い尽くし、そのままリナたちに向かって飛んできた。いつまでも下にいるはずないと思っていたが、思ったより接近が早かった。リョウはリナに向かって手を伸ばしたがプルソンがそれを庇う。
「くっ!!」
プルソンは時計塔の壁面を破壊する勢いで空中に飛び出した。リョウは勢い余って時計塔の壁を透過するように入っていく。透過したように見えた場所は削り取られ瓦礫もなくぽっかり穴が開く。プルソンの腕も同様だ。リョウの攻撃を避けきれず自慢の左腕が跡形もなく消えてなくなる。
建物の屋上に転がりながら着地すると状況を確認する。時計塔から何事もなく闇の化身が他の壁を破壊しながら出てきた。ジャンプの軌道を読んでいたのか見渡す事も無く屋上に目を向けた。人間状態の時から手練れである事は承知していたつもりだったが、これでは逃げるのも一苦労というもの。
「何も考えず全力で逃げるしか道は無いな……」
プルソンも覚悟を決める。ここを逃げ切れれば何らか対策も打てる。
「リナ。少し息が苦しくなるがほんの五分我慢できるか?」
「大丈夫。早くここから脱出して」
プルソンの懐に潜るように体を丸める。プルソンは残った右腕を布のように変化させ、リナを包み込んだ。これでリナが風に害される事なく全力で走れる。もう振り返らない。残る筋肉を総動員して建物から建物を渡り逃げる。
疾風迅雷。この速度に付いて来られる生き物は今この場にいない。
「……面倒臭ぇなぁ……逃げんじゃねぇよ……」
リョウは地上に戻る。地下に何の抵抗もなく潜ると背中に浮いていた牙を四方八方に射出した。牙はこの都市を囲う様に円形に配置される。
「……ベルゼブブ……食事の時間だ……」
ブワァッとリョウの形を模っていた闇が広がる。地面が全て一瞬にして黒い影のように広域に、それこそプルソンの移動など目じゃない程のスピードで広がり、円形に配置された牙の下に伸びる。まるでコンパスで円を描いた様な黒い丸が街の全てを囲った。
ゴゴォン……
突如地盤が液状化したように建物が傾いて闇に沈んでいく。
「馬鹿な……何なんだこの力は……?」
走りながら現状を嘆く。元から規格外の悪魔だと思っていたがこれは正直やりすぎだろう。王と皇の差がありすぎる。
いやそんなはずはない。自分は二十二の軍団を束ね、いくつもの領土を持つ剛王。対して蠅の皇は民すら持たぬ孤独の皇。それもそのはず目に映るものは全て食料なのだ。蠅の通った後は何も残らない。そんな名ばかりの皇がこんなに強くあっていいわけがない。
この街はベルゼブブに飲まれる。跡形もなく何も残さずに。しかしプルソンの健脚なら逃げられる。そう、どちらもこのペースなら。
ズッ
牙が大きく太く壁のように立ちはだかった時に気付く。この下にある黒い影は先程リョウを包んでいた裏返しにした胃ではなく、口そのものだと言う事に。頭の上にあった口がこの都市を丸呑みできるほどの大きさに変化したのだ。
「の、飲まれる!!」
もう上空にしか逃げ道はない。徐々に閉まっていく口を見て光が消えていくのを感じる。
「”日食”……」
その意味を知る。
近くにいた毒蛇の信徒は当たっただけで削り取られて骸と化す。リョウはベルゼブブの口を裏返す事で触れることすら適わない無敵の存在となった。真っ直ぐリナに向かっていく。阻害など無意味だ。なんせ全て飲み込まれる。音もなく近付いて音もなく削り取られる。触れたら終わりのブラックホール。
「プルソン!!」
大声を出してプルソンを見る。ハッとしてリナに振り返る。向かってくるリョウと交互に見て、リナを抱きかかえて時計塔に飛び移る。壁に貼り付いて下を見る。毒蛇の信徒を残し一時退避したプルソンとリナの目に飛び込んだのは悪魔を削る黒い何かと逃げ惑う信徒。阿鼻叫喚の地獄絵図。
「……何それ?何でそんな事が出来るの?何でそんなことしたの!?」
リナは恐怖から語気が荒くなる。リョウは上を見上げて情緒不安定なリナに対しポツリと返答する。
「……思いつきだ……二ヶ月前に試しにやったら出来た」
まるでバク宙をやってみたら出来たくらいの口調で語ってくる。
「……”日食”……そう名付けた」
光すら飲み込むこの姿にはピッタリとも思える名前だ。
「はぁ?エクリプス?ダッサ!意味わかんない事言わないで!!」
「……おい……こいつと案を出し合って考えたんだぞ?ダサいとか本当の事でも気を使って言わないもんだろ……」
困った様な声を出しながら何でもないように返答する。完全に形勢が逆転したからこその態度だ。リナは叫び散らすがプルソンはある意味冷静にこの闇の化身を見ていた。物理無効、空気の圧縮も意味をなさない。
つまり自分の現在用いる攻撃手段であれを破壊するのは不可能だと言う事。空間を超越する何かが必要だ。
「……新しい悪魔が必要だ。今の戦力ではあれは殺せん」
リナは舌打ちする。
「グラシャラボラスは良い線いってたし、貴方だっているのよ?何で負けるのよ!!」
「いいかよく聞け、あれは俺達の世界ですら見たことの無い業だ。対処方法がない以上、向かって行っても下僕たちと同様消えてなくなるのがオチだ。意味が分かるな?」
リナは顔を歪ませて「ぐぬぬっ」と唸った。
「……いいわ……仕方ないから、今回はこれでお暇しましょう」
リナはプルソンと頷き合って撤退を選択した。
「……逃げられると思ってんのか?」
その声は目の前で聴こえた。闇の化身は下の悪魔を食い尽くし、そのままリナたちに向かって飛んできた。いつまでも下にいるはずないと思っていたが、思ったより接近が早かった。リョウはリナに向かって手を伸ばしたがプルソンがそれを庇う。
「くっ!!」
プルソンは時計塔の壁面を破壊する勢いで空中に飛び出した。リョウは勢い余って時計塔の壁を透過するように入っていく。透過したように見えた場所は削り取られ瓦礫もなくぽっかり穴が開く。プルソンの腕も同様だ。リョウの攻撃を避けきれず自慢の左腕が跡形もなく消えてなくなる。
建物の屋上に転がりながら着地すると状況を確認する。時計塔から何事もなく闇の化身が他の壁を破壊しながら出てきた。ジャンプの軌道を読んでいたのか見渡す事も無く屋上に目を向けた。人間状態の時から手練れである事は承知していたつもりだったが、これでは逃げるのも一苦労というもの。
「何も考えず全力で逃げるしか道は無いな……」
プルソンも覚悟を決める。ここを逃げ切れれば何らか対策も打てる。
「リナ。少し息が苦しくなるがほんの五分我慢できるか?」
「大丈夫。早くここから脱出して」
プルソンの懐に潜るように体を丸める。プルソンは残った右腕を布のように変化させ、リナを包み込んだ。これでリナが風に害される事なく全力で走れる。もう振り返らない。残る筋肉を総動員して建物から建物を渡り逃げる。
疾風迅雷。この速度に付いて来られる生き物は今この場にいない。
「……面倒臭ぇなぁ……逃げんじゃねぇよ……」
リョウは地上に戻る。地下に何の抵抗もなく潜ると背中に浮いていた牙を四方八方に射出した。牙はこの都市を囲う様に円形に配置される。
「……ベルゼブブ……食事の時間だ……」
ブワァッとリョウの形を模っていた闇が広がる。地面が全て一瞬にして黒い影のように広域に、それこそプルソンの移動など目じゃない程のスピードで広がり、円形に配置された牙の下に伸びる。まるでコンパスで円を描いた様な黒い丸が街の全てを囲った。
ゴゴォン……
突如地盤が液状化したように建物が傾いて闇に沈んでいく。
「馬鹿な……何なんだこの力は……?」
走りながら現状を嘆く。元から規格外の悪魔だと思っていたがこれは正直やりすぎだろう。王と皇の差がありすぎる。
いやそんなはずはない。自分は二十二の軍団を束ね、いくつもの領土を持つ剛王。対して蠅の皇は民すら持たぬ孤独の皇。それもそのはず目に映るものは全て食料なのだ。蠅の通った後は何も残らない。そんな名ばかりの皇がこんなに強くあっていいわけがない。
この街はベルゼブブに飲まれる。跡形もなく何も残さずに。しかしプルソンの健脚なら逃げられる。そう、どちらもこのペースなら。
ズッ
牙が大きく太く壁のように立ちはだかった時に気付く。この下にある黒い影は先程リョウを包んでいた裏返しにした胃ではなく、口そのものだと言う事に。頭の上にあった口がこの都市を丸呑みできるほどの大きさに変化したのだ。
「の、飲まれる!!」
もう上空にしか逃げ道はない。徐々に閉まっていく口を見て光が消えていくのを感じる。
「”日食”……」
その意味を知る。
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