トゥーマウス

大好き丸

文字の大きさ
上 下
27 / 32

第二十六話 日食

しおりを挟む
 闇の化身となったリョウは地上に降りる事無く浮いたまま水平に動く。
 近くにいた毒蛇の信徒は当たっただけで削り取られて骸と化す。リョウはベルゼブブの口を裏返す事で触れることすら適わない無敵の存在となった。真っ直ぐリナに向かっていく。阻害など無意味だ。なんせ全て飲み込まれる。音もなく近付いて音もなく削り取られる。触れたら終わりのブラックホール。

「プルソン!!」

 大声を出してプルソンを見る。ハッとしてリナに振り返る。向かってくるリョウと交互に見て、リナを抱きかかえて時計塔に飛び移る。壁に貼り付いて下を見る。毒蛇の信徒を残し一時退避したプルソンとリナの目に飛び込んだのは悪魔を削る黒い何かと逃げ惑う信徒。阿鼻叫喚の地獄絵図。

「……何それ?何でそんな事が出来るの?何でそんなことしたの!?」

 リナは恐怖から語気が荒くなる。リョウは上を見上げて情緒不安定なリナに対しポツリと返答する。

「……思いつきだ……二ヶ月前に試しにやったら出来た」

 まるでバク宙をやってみたら出来たくらいの口調で語ってくる。

「……”日食エクリプス”……そう名付けた」

 光すら飲み込むこの姿にはピッタリとも思える名前だ。

「はぁ?エクリプス?ダッサ!意味わかんない事言わないで!!」

「……おい……こいつと案を出し合って考えたんだぞ?ダサいとか本当の事でも気を使って言わないもんだろ……」

 困った様な声を出しながら何でもないように返答する。完全に形勢が逆転したからこその態度だ。リナは叫び散らすがプルソンはある意味冷静にこの闇の化身を見ていた。物理無効、空気の圧縮も意味をなさない。
 つまり自分の現在用いる攻撃手段であれを破壊するのは不可能だと言う事。空間を超越する何かが必要だ。

「……新しい悪魔が必要だ。今の戦力ではあれは殺せん」

 リナは舌打ちする。

「グラシャラボラスは良い線いってたし、貴方だっているのよ?何で負けるのよ!!」

「いいかよく聞け、あれは俺達の世界ですら見たことの無い業だ。対処方法がない以上、向かって行っても下僕たちと同様消えてなくなるのがオチだ。意味が分かるな?」

 リナは顔を歪ませて「ぐぬぬっ」と唸った。

「……いいわ……仕方ないから、今回はこれでお暇しましょう」

 リナはプルソンと頷き合って撤退を選択した。

「……逃げられると思ってんのか?」

 その声は目の前で聴こえた。闇の化身は下の悪魔を食い尽くし、そのままリナたちに向かって飛んできた。いつまでも下にいるはずないと思っていたが、思ったより接近が早かった。リョウはリナに向かって手を伸ばしたがプルソンがそれを庇う。

「くっ!!」

 プルソンは時計塔の壁面を破壊する勢いで空中に飛び出した。リョウは勢い余って時計塔の壁を透過するように入っていく。透過したように見えた場所は削り取られ瓦礫もなくぽっかり穴が開く。プルソンの腕も同様だ。リョウの攻撃を避けきれず自慢の左腕が跡形もなく消えてなくなる。
 建物の屋上に転がりながら着地すると状況を確認する。時計塔から何事もなく闇の化身が他の壁を破壊しながら出てきた。ジャンプの軌道を読んでいたのか見渡す事も無く屋上に目を向けた。人間状態の時から手練れである事は承知していたつもりだったが、これでは逃げるのも一苦労というもの。

「何も考えず全力で逃げるしか道は無いな……」

 プルソンも覚悟を決める。ここを逃げ切れれば何らか対策も打てる。

「リナ。少し息が苦しくなるがほんの五分我慢できるか?」

「大丈夫。早くここから脱出して」

 プルソンの懐に潜るように体を丸める。プルソンは残った右腕を布のように変化させ、リナを包み込んだ。これでリナが風に害される事なく全力で走れる。もう振り返らない。残る筋肉を総動員して建物から建物を渡り逃げる。

 疾風迅雷。この速度に付いて来られる生き物は今この場にいない。

「……面倒臭ぇなぁ……逃げんじゃねぇよ……」

 リョウは地上に戻る。地下に何の抵抗もなく潜ると背中に浮いていた牙を四方八方に射出した。牙はこの都市を囲う様に円形に配置される。

「……ベルゼブブ……食事の時間だ……」

 ブワァッとリョウの形を模っていた闇が広がる。地面が全て一瞬にして黒い影のように広域に、それこそプルソンの移動など目じゃない程のスピードで広がり、円形に配置された牙の下に伸びる。まるでコンパスで円を描いた様な黒い丸が街の全てを囲った。

 ゴゴォン……

 突如地盤が液状化したように建物が傾いて闇に沈んでいく。

「馬鹿な……何なんだこの力は……?」

 走りながら現状を嘆く。元から規格外の悪魔だと思っていたがこれは正直やりすぎだろう。王と皇の差がありすぎる。
 いやそんなはずはない。自分は二十二の軍団を束ね、いくつもの領土を持つ剛王。対して蠅の皇は民すら持たぬ孤独の皇。それもそのはず目に映るものは全て食料なのだ。蠅の通った後は何も残らない。そんな名ばかりの皇がこんなに強くあっていいわけがない。

 この街はベルゼブブに飲まれる。跡形もなく何も残さずに。しかしプルソンの健脚なら逃げられる。そう、どちらもこのペースなら。

 ズッ

 牙が大きく太く壁のように立ちはだかった時に気付く。この下にある黒い影は先程リョウを包んでいた裏返しにした胃ではなく、口そのものだと言う事に。頭の上にあった口がこの都市を丸呑みできるほどの大きさに変化したのだ。

「の、飲まれる!!」

 もう上空にしか逃げ道はない。徐々に閉まっていく口を見て光が消えていくのを感じる。

「”日食エクリプス”……」

 その意味を知る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

大丈夫おじさん

ホラー
『大丈夫おじさん』、という噂を知っているだろうか。 大丈夫おじさんは、夕方から夜の間だけ、困っている子どもの前に現れる。 大丈夫おじさんに困っていることを相談すると、にっこり笑って「大丈夫だよ」と言ってくれる。 すると悩んでいたことは全部きれいに片付いて、本当に大丈夫になる… 子どもに大人気で、けれどすぐに忘れ去られてしまった『大丈夫おじさん』。 でも、わたしは知っている。 『大丈夫おじさん』は、本当にいるんだってことを。

オーデション〜リリース前

のーまじん
ホラー
50代の池上は、殺虫剤の会社の研究員だった。 早期退職した彼は、昆虫の資料の整理をしながら、日雇いバイトで生計を立てていた。 ある日、派遣先で知り合った元同僚の秋吉に飲みに誘われる。 オーデション 2章 パラサイト  オーデションの主人公 池上は声優秋吉と共に収録のために信州の屋敷に向かう。  そこで、池上はイシスのスカラベを探せと言われるが思案する中、突然やってきた秋吉が100年前の不気味な詩について話し始める  

ゴーストバスター幽野怜Ⅱ〜霊王討伐編〜

蜂峰 文助
ホラー
※注意! この作品は、『ゴーストバスター幽野怜』の続編です!! 『ゴーストバスター幽野怜』⤵︎ ︎ https://www.alphapolis.co.jp/novel/376506010/134920398 上記URLもしくは、上記タグ『ゴーストバスター幽野怜シリーズ』をクリックし、順番通り読んでいただくことをオススメします。 ――以下、今作あらすじ―― 『ボクと美永さんの二人で――霊王を一体倒します』 ゴーストバスターである幽野怜は、命の恩人である美永姫美を蘇生した条件としてそれを提示した。 条件達成の為、動き始める怜達だったが…… ゴーストバスター『六強』内の、蘇生に反発する二名がその条件達成を拒もうとする。 彼らの目的は――美永姫美の処分。 そして……遂に、『王』が動き出す―― 次の敵は『十丿霊王』の一体だ。 恩人の命を賭けた――『霊王』との闘いが始まる! 果たして……美永姫美の運命は? 『霊王討伐編』――開幕!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Catastrophe

アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。 「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」 アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。 陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は 親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。 ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。 家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。 4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。

痛覚研究所の記録

ROOM
ホラー
痛覚研究所で働く女博士と助手の男の子による実験記録です。 グロテスクなシーンが出てくるのでご注意ください。

処理中です...