トゥーマウス

大好き丸

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第二十五話 未知なる脅威

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 リョウは顔に手をかざすと唐突にベルゼブブの顔を剥がす。
 瞬間、さっきまであった圧が一気に消える。元の帽子の状態に戻り、トゥーマウスの姿となった。その行動にリナも含めて不審な顔を見せる。その上、唯一の武器であるグローブもおもむろに取り始めた。

「……何をしているの?お兄ちゃん?」

 無抵抗状態になっているリョウを見て困惑する。この状態でも常人の数倍以上強い事は知っているが、プルソンには遠く及ばない。グローブがあれば下級悪魔なら余裕だが、それすらないとなると毒蛇の信徒に囲まれて捕まって引き裂かれるのがオチだ。

「……お前らを殺す……」

 プルソンは「ふんっ」と鼻で笑う。

「その状態でどうやって殺そうというのだ?人の身ではどうあっても勝ち目はない。そんな事はお前自身が良く知っているはずだろう?」

 今の今まで拳で殴り合ってきたのだリョウの経歴を知らなくても大体の実力は把握している。今ここで衝撃波を放てば終わりだ。というよりそれが手っ取り早いだろう。何をしてきても対処できるようにそっと腕を下げた。
 その時、リョウは変な事をし始めた。頭の口に手をかけたのだ。口の上顎部分と下顎部分を持ってギギギギッと口を開き始めた。「あががががっ……」と苦しそうに徐々に開いていくのを見てこの場にいる連中はきょとんとした顔を見せた。トゥーマウスの考えるとっておきの何かをしようとしていることは確かだが、事情を知らない視点から見ればただの仲間割れに見える。

「おい何をしている。今更俺に跪こうというつもりか?何にしろもう遅い。お前は調子に乗りすぎたし、ベルゼブブに至っては俺の持ち物を食ったんだからな。お前らはここで死ぬんだ」

 上位者の余裕に浸りながらリョウを見下す。だが全く意に返す事無く口を限界以上に開こうと力を込め続ける。

「聞いてるのか?その無意味な行動をいつまで続ける気なのか知らないが、何をしても無駄なのだと……」

 ギギギギッ

「おい」

 ギギギギッ

「お前聞いてるのか?」

 ギギギギッ

「………」

 いつまで経っても止めず。ベルゼブブもやられるがまま合間合間に「あががががっ……」と声を漏らすくらいで抵抗するような事も無い。ただひたすら開こうとするだけだ。リナもそろそろ呆れ始めた。

「お兄ちゃん……何がしたいのか知らないけどもう飽きたよ。プルソン、一思いに殺してあげて。もういいよ」

 プルソンはチラッとリナを見た後リョウをいたたまれない顔で見た。

「……ふーっその通りだな。もう死ね悪魔人間」

 腕をさっきより大きく振りかぶる。その時、ガコンッと何かが外れる音が鳴った。ハッとなって音の発生源を見ると、ベルゼブブの口の顎が外れたのか、だらんと骨がなくなったように口が大きく開いた。

「……やっと開いたか……もっと簡単に開けりゃ好き勝手言われる事も無かったんだが……まぁいい」

「おんういあんぁいえお(文句言わないでよ)!おえおおっえうおいいあいんああぁ(これ思ってるより痛いんだから)!」

 顎を外したせいで母音でしか話せない様になってしまった。その為聞き取る事は出来ないが、ニュアンスで聞いたふりは出来る。それに答えるような真似はしない。話始めたらその聞き取りづらい話し方で捲し立ててくるから答えるような真似はしない。
 ようやく変化のあった状況にプルソンの力のこもった手が少し下がる。結局何がしたいのか気になっているのだ。
 リョウはその口をグイッと引き延ばす。実際のニット帽ならとっくに千切れているのだろうが、引っ張られているのは悪魔だ。この世界の常識に当てはめるなら違和感でしかない。
 リョウはその口を裏返して口内を外側にしながらベルゼブブというニット帽に体ごと包まれていく。体の半分ほど隠れた所で体ごと包まれるためにシュッとジャンプした。リョウの体が口内の完全な闇に残らず包まれると、妙に鋭利な牙を残した黒い球体へと変化した。
 光すら飲み込む球体は空中に浮いて留まる。牙の部分がリョウの背中側に徐々に移動を開始する。背中付近に到着すると、黒く浮いた球体は形を変え始める。ズリュッと右手と思われる部分が出現し、それを始めとして左手、右足、左足の順に形を変える。四肢が出た所でグイッと背を伸ばす。そのシルエットはリョウの背丈と一緒で、目だけが光っていた。
 鋭い牙は人型形態を取った闇の背後からギュンッと伸びて羽のように背中についている。
 その姿を見た時この場の悪魔たち、そしてリナに戦慄が走った。何か分からないが良くない気がしたのだ。長い間感じたことの無かった恐怖が襲い来る。

「プ、プルソン!あれを早く何とかして!!」

 ふと呆けて見ていたプルソンもすぐさま対応する。構えた腕を一気に伸ばしてため込んだ空気の塊をありったけ飛ばした。

 ブォンッ

 その衝撃波は確かにその闇に飛ばした。羽のように伸びた牙が揺れている。まず間違いなく衝撃波には包まれたはず。しかし何ともない。続け様に何発にも亘って衝撃波を放つ。しかし全てはそよ風のように牙を揺らすのみ。

「……もう何をしても遅い……」

 その声は布に包まれているように籠って聴こえる。

「……俺たちが遊んでるときに殺しきるんだったな……」

 何故攻撃が効かないのか、理解が出来ないままただ茫然と見ている。

「行け!下僕ども!!」

 声を張り上げて部下に命令を下す。毒蛇の信徒は嫌な顔をしながらもとりあえず向かっていく。リョウであったものに触れた瞬間その謎は氷解する。信徒の手が触れた場所から削り取られた。驚いて下がろうとするが、足を削り取られてバランスを崩し、リョウにしなだれかかるような形になった。触れた個所から削られた事を考えればどうなるのかは目に見えている。体も頭も例外なく失くなった。

「ベルゼブブのお腹の中?」

 リナはそれを直感した。ベルゼブブの口を裏返す事で異空間と化した胃袋を現世に可視化させたのだ。このブラックホールと呼べそうな黒い存在は物質を際限なく食らう。

「……絶望しろ……そして死ね」
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