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第2章

第3話 飼い主の決断

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 その日、ラースの病院を訪れたのは小型犬を連れた老夫婦だった。
その小型犬のミミはラースが継続治療をしている子である。

 動物看護師のアリアが、小型犬を抱きかかえて治療室へと入ってきた。

「状態、悪化していますね……」
「そうですね。2週間前からこんな感じらしいです」

 見るからに前回より弱っているのを感じた。
ミミは足先の分泌腺のがんである。
それが、それが皮膚伝いに包帯を巻いている上半身に転移して、根治せることはできない。

 発症したのが約1年前。
元は別の医師に診てもらっていたそうだが、その医師に不信感を覚えていた。

 そこで、セカンドオピニオンとしてラースの評判をきいて、わざわざ隣街からラースクリニックを訪ねてきたのだ。
今では近隣の街からの患者さんも数多い。

 そこからは、ラースが主治医となって継続治療をしている。

「ミミ、大丈夫? しんどいよね」

 皮膚の表面にまで広がっているということは、当然痛みもあるだろう。

「ちょっと、不安ですね……」

 患部を消毒して包帯を巻き直すには、鎮静剤を打つ必要がある。
鎮静剤を打つと、血圧が下がる。
病状が悪化しているミミはもう、体力が限界に近いだろう。
そのまま、目を覚さないということも十分に考えられる。

「飼い主さん呼んできてもらってもいいですか? ちょっと話しましょう」
「分かりました」

 アリアが飼い主さんを呼びに待合い室へと向かった。
そして、ラースが待つ診察室に飼い主の老夫婦が入ってきた。

「こんにちは。どうぞお掛けになってください」

 老夫婦はラースの対面へと腰を下ろす。

「かなり進んでますね。状態が」
「そうですよね。この2週間ですごく弱りました」

 奥さんが言った。

「私も今診てびっくりしました」
「このまま早く行かせてやった方がいいのかなとか、自分と毎日葛藤してます……」

 奥さんは声を振るわせながら言った。

「私が今、考えていることを言いますね。今のミミちゃんの状態に鎮静剤を入れて、消毒と包帯の取り替えをすると、体力が限界に近いミミちゃんの命がなくなってしまう可能性があります」
「先生、ワシがいつも考えているのは、ミミがうちに来てくれた時はあんなにワシらを和ませてくれて、今度はミミが落ち目になった時に安楽死させるような気持ちにはなれないんや」

 ご主人も涙目になりながら説明してくれた。

「でも今、命を存続させてやることが酷なのか、それがわからないんや」

 確かに、ここまで病状が悪化していれば安楽死という選択肢もある。
しかし、それはあくまでも選択肢があるというだけだ。

「私も、安楽死は考えていません。ただ、鎮静剤を打ったら逝っちゃうかもしれません」

 ラースは白衣の袖で涙を拭った。
今、飼い主さんたちに伝えたのは紛れもない事実だからだ。

「お前の気持ちはどうなんや? お前の気持ちが一番大事や」
 
 ご主人が奥さんに言った。

「もう、眠らせてやった方がいいのかなと」
「そう思う時もあるのか?」
「最近は、ずっと考えてます」
「じゃあ、どっちの方に出るかわからんけどラース先生にお願いしようか?」

 飼い主のご夫婦は決断をした。

「そうやね」
「じゃあ、ラース先生お願いします」
「分かりました。万全の体制で臨みたいと思います」

 飼い主のご夫婦との話を終え、ラースは治療室へと戻るのであった。
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