上 下
6 / 54
第1章

第6話 辺境の街、オーランド

しおりを挟む
 そこからは、順調に馬車は進んで行った。

「ラースさん、あれがオーランド領です」
「緑がたくさんあって素敵ですね。空気も綺麗です」

 王都は発展している分、緑などの自然は少ない。
こうした、自然に囲まれた地は憧れでもあった。

「そう言って頂けると嬉しいです。他の令嬢たちからは、虫が嫌とか田舎すぎるとか言われてしまう始末で」

 確かに、虫が苦手な貴族令嬢からしたら、この地は嫌になるのだろう。
その点、ラースはあまり虫には抵抗が無い。

「私は、素敵な所だと思いますよ」
「ありがとうございます」

 そうして、馬車は領内へと入って行く。

「あまり、人が居ませんね」

 中央街でも人がまばらに居る程度だった。

「そうですね。いつもはもっと活気があるんですが……」
「何かあったのかもしれませんね」

 現辺境伯である、クレインの父は一代でこの辺境の領地を王国1の麦生産地にまで育て上げた凄腕である。
そんな人の領地が、こんなに活気がなくなっているのは明らかにおかしい。

「父上に聞いてみましょう」

 ラースはクレインと共に辺境伯邸へとやって来た。

「父上はどこに?」
「二階の書斎におられます」
「ありがとう」

 クレインが書斎の扉をノックする。

「父上、クレインです。ただいま、戻りました」
「入りなさい」
「失礼します」

 扉を開けて中に入る。

「こんな状態ですまない。ラースさん久しぶりだね」
「バーロン辺境伯、ご無沙汰しております」

 辺境伯とは、王都のパーティーで何度か挨拶を交わしていた。

 バーロン・オーランドこそ、辺境伯にして一代でこの地を王国でも名の通る街にした一流の手腕の持ち主である。
そのバーロンが頭を抱えるほどのことが起きているというのだろうか。

「父上、これはどういう状況ですか? なぜ領民が外に出ていないのです?」
「実はな、すぐ近くの森で魔獣たちが暴走している。危険なので、戦う術を持っていない領民には避難してもらっているのだ」
「今まで、そんなことは一度も……」
「そうなんだ。あの森は守り神様によって魔獣が抑えられているはずなのだが」

 オーランド領のすぐ近くの森には、神獣が住み着いている。
その神獣が守り神となって、魔獣を街に侵入させることを防いでくれているのだ。

「あの、私から発言してもよろしいでしょうか?」
「ラースさん、どうぞ」
「その守り神に何かあったとは考えられませんか? 例えば、力が弱まっているとか」

 神獣の力が弱まると、加護の力も弱まるという。
もしかしたら、生命に関わる何か重大なことがあったとも考えられる。

「その可能性は私も考えていた所だった」
「神獣さんが居る所はわかるのでしょうか?」
「ああ、森の中央に大きな御神木があって、そこに住んでいるのだ」
「だったら、私をそこに行かせてくれませんか?」

 ラースなら、生命の危機にある神獣を治療することができるかもしれない。

「ラースさん、それはあまりにも危険すぎます! 魔獣が暴走しているんですよ」

 クレインからは止められてしまった。

「クレインの言う通りだ。伯爵令嬢のあなたをそんな危険な目に合わせるわけには……」
「私は、獣医でもあります。そして、今はクレイン様の婚約者です。守って、下さるのでしょう?」

 ラースはクレインのことを見つめる。

「あなたは、ずるいです……」

 そう言って、クレインは一呼吸置く。

「分かりました。ラースさんのことは私が守ります。父上、騎士を何人か借りても?」
「ああ、それは構わん。やってくれるか?」
「お任せください。危なくなったら逃げてきますから」
「来てもらったばかりにこんな厄介事が起きてしまって申し訳ない」

 バーロンは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「いえ、構いませんよ。行きましょう」

 これが、オーランド領にやって来たラースの獣医としての初仕事となるのであった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。

バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。 全123話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

処理中です...