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魔眼の聖女
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「シルファ、君との婚約を破棄させてもらう!」
王宮の一室で私、シルファは婚約破棄を言い渡されていた。
私は侯爵家の長女として生まれ、ここアイル王国の王太子殿下と婚約を結んでいる。
今まで王妃となるべくの妃教育も真面目に取り組んできた。
「理由をお聞かせ願えないでしょうか?」
「魔眼だよ。君のその魔眼だ」
私の目は特別なものである。
全ての嘘や人間性を見通すことのできる眼。
世間ではこれを魔眼と呼ぶのである。
この魔眼を使って王国に反旗を翻す者を炙り出したり、これでも国王には尽くして来たつもりである。
それが評価されて私は《魔眼の聖女》と呼ばれるようになった。
悪人というのは大抵が善人の皮をかぶっている。
それをも見抜いてしまうのが、私の魔眼である。
「この眼が何なのでしょうか?」
「不気味なんだよ! 何が全てを見通す眼だ! そんな人間は聖女ではないし、妃として迎えるわけにはいかない!」
王太子が声を荒げた。
これは、王太子の独断であろう。
その時、私の眼には王太子が悪人に映った。
嘘はついていない。
今までは、悪とも善とも判断できなかった王太子が今ははっきりと悪に傾いているのを感じた。
国王陛下は私のことを高く評価してくれていた。
王妃としての品位を身につけるための妃教育。
決して楽なものではなかった。
しかし、ここまで頑張ってこれたのも国王の存在があったからだといえる。
それほど、国王は私のことをよく見ていてくれ、魔眼の聖女の称号を与えてくれた。
しかし、その国王は病に倒れている。
幸い、命に別状はないらしいが、今は療養が必要との事で、公の場に出ることはここ半年近く無かった。
これを好機としたのが、王太子の派閥である。
まだ若い王太子の代わりに今はダイナー公爵が事実上、政権を握っている。
きっと、公爵あたりが王太子に私と婚約破棄するように吹き込んだのだろう。
元々、ダイナー公爵家と私の父が当主を務めるクーロン侯爵家は敵対派閥にある。
ダイナー公爵家に年相応な娘がいたら、王太子の婚約者はきっとそっちになっていただろう。
「かしこまりました……」
私は声を捻り出すように言った。
悲しいという感情は不思議と無かった。
しかし、悔しい。悔しくてたまらない。
私のこれまでの努力が泡となって消えてしまったような、そんな感覚である。
憤りすら覚えた私は、屋敷に戻るために王宮を出た。
王都の貴族街の比較的王宮に近いところに、クーロン侯爵家の王都で滞在する時に使う屋敷がある。
屋敷に戻ってすぐに私は自室に閉じこもった。
こんな顔、使用人にも見せられない。
そこからしばらくして部屋をノックする音が響いた。
どれくらい時間が経ったかはわからない。
すごく長い気もするし、短っかた気もする。
「シルファ、少しいいかな?」
父の声だ。
「はい」
「準備ができてからでいい。私の書斎に来てほしい」
「かしこまりました」
父がこんなに早く帰ってくるのは珍しい。
侯爵という立場上、何かと忙しいのだ。
そんな父がこんなに早く帰ってくる理由は一つしか想像できない。
私は、身だしなみを整えて父の書斎へと向かった。
足取りは重たい。絶対に怒られる。
覚悟を決めて書斎の扉をノックする。
「お父様、シルファです」
「入りなさい」
「失礼します」
父は中央に置かれたソファーに座っていた。
「座りなさい」
「失礼致します」
私は父の対面に置かれたソファーに腰を下ろす。
「王宮からシルファと王太子殿下の婚約を破棄するという通知があった。シルファも納得しているとの事だが、事実か?」
「はい」
父の事だから何かしらの根回しをしていると思ったのだが、違うらしい。
父もたった今知らされたというような言い回しだ。
「そうか。シルファはそれでよかったのか?」
「悲しくはありません。でも、悔しいです」
私は泣きそうな声で言った。
「すまなかった。魔眼の聖女の重責の上に、王太子妃という重責まで背負わせて政略結婚させるところだった」
「怒らない……のですか?」
「怒ってるさ。でもそれはシルファにではない。私の娘をここまでコケにしてくれた王太子や公爵家にだ」
父の目は怒りに燃えていた。
その言葉を聞いて、今まで耐えていたものが込み上げてくる。
泣いている私を父は優しく抱きしめてくれた。
父に抱きしめられるのは何年ぶりだろうか。
仮にも王太子の婚約者には、たとえそれが父親でも異性が触れることは許されなかった。
久しぶりの父の腕の中はとても温かく感じた。
「少し、落ち着いたか?」
私が泣き止むまで父はずっと優しく頭を撫でてくれた。
そして、私が顔をあげるとそこにはいつもの優しい父の笑顔があった。
「すみません。私、お父様のお洋服を汚してしまいました」
「気にするな。お前の涙よりは安いもんだ」
そう言って、父は私の頭をポンポンする。
父と母も政略結婚だったらしいが、今ではとても仲がいい夫婦である。
父のこういう姿には確かに惚れそうになってしまう。
「しばらくは領地で休んでいるといい。私も一緒に領地に帰ろう」
「ありがとうございます」
クーロン侯爵家の領地は王国の西にある。
鉱山があり、比較的裕福な領地である。
王都からは一週間といった所であろうか。
領地に戻ると決めてから、父はさらに忙しくしていた。
婚約破棄についての後始末や王都での仕事を片付けてからではないと帰れない。
馬車や護衛、御者の手配などもしなければならない。
その間、私も準備を進めていた。
無事に準備を済ませて、五日後に王都を出発した。
父の用意した馬車で領地まで向かう。
馬車の中で、不気味と言われた魔眼について考える。
これは、不気味なのだろうか。
確かに、他の人には無い特殊な力というのは分かる。
悪用も出来るが、私はこの特別な眼を誰かを助けるために使いたかった。
一週間の長旅は無事に終了した。
領地では母と兄がいる。
領地の屋敷に戻ると、母は何も言わずに私のことを抱きしめてくれた。
兄もまた、私の頭をそっと撫でる。
二人とも何も言わない。
それが私には嬉しかった。
そこから、領地でのんびりとした生活を送っていた。
最初の頃は何も手につかない状況だったが、今では本を読んだり庭を散歩したり出来るようになった。
「今日は、街の方に行ってみようかしら」
そんなこと思っていた時、父が私の元にやって来た。
「シルファ、お前に会いたいという方が訪ねて来たんだが、会ってみるか?」
「わざわざ私にですか?」
「ああ、帝国からやってきた方だ」
アイル王国の西にはガーナル帝国という大国家が存在する。
ここ、クーロンはガーナル帝国の一番近い街であり、友好な関係を築いている。
「帝国からわざわざですか。お会いいたしますわ」
遠いところ来てくれた方を追い返すことは私には出来なかった。
応接間に入るとそこには、黒髪を短く切り揃え少し前髪を重たくした青年がいた。
鼻筋が通り、青色の目はとても美しい。
こういう人のことをイケメンというのだろうと思った。
服装から見るに、貴族の人間であろう。
「お目に書かれて光栄でございます、魔眼の聖女さま」
声までかっこいい。
「私、ガーナル帝国公爵家時期当主、クロード・メーテルと申します」
そして、さらに衝撃だったことがもう一つ。
私の眼に何も映らなかったということ。
こんなことは初めてだ。
この魔眼は特別なものであり、いかなるものの干渉を受けない。
だとすると答えは一つ。
この人の誠実さ、人間性に何一つ曇りが無いということだ。
「聖女さま? どうかされましたかな?」
「い、いえ、このたびは遠いところわざわざありがとうございます」
「あなたに会うためなら、この程度の距離は遠いうちに入りませんよ」
美しい笑顔が私に向けられる。
「やっと、出会えましたね。運命の愛に」
クロードが小さくつぶやいたのが聞こえた。
「魔眼の聖女……いや、クーロン嬢、私の妻となって頂け無いだろうか」
クロードは片膝をついて胸ポケットから白い薔薇を私に差し出した。
そして、私は不思議とスッと言葉が出た。
「はい」
白い薔薇を受け取った。
花言葉は《あなたの色に染まる》だっただろうか。
王宮の一室で私、シルファは婚約破棄を言い渡されていた。
私は侯爵家の長女として生まれ、ここアイル王国の王太子殿下と婚約を結んでいる。
今まで王妃となるべくの妃教育も真面目に取り組んできた。
「理由をお聞かせ願えないでしょうか?」
「魔眼だよ。君のその魔眼だ」
私の目は特別なものである。
全ての嘘や人間性を見通すことのできる眼。
世間ではこれを魔眼と呼ぶのである。
この魔眼を使って王国に反旗を翻す者を炙り出したり、これでも国王には尽くして来たつもりである。
それが評価されて私は《魔眼の聖女》と呼ばれるようになった。
悪人というのは大抵が善人の皮をかぶっている。
それをも見抜いてしまうのが、私の魔眼である。
「この眼が何なのでしょうか?」
「不気味なんだよ! 何が全てを見通す眼だ! そんな人間は聖女ではないし、妃として迎えるわけにはいかない!」
王太子が声を荒げた。
これは、王太子の独断であろう。
その時、私の眼には王太子が悪人に映った。
嘘はついていない。
今までは、悪とも善とも判断できなかった王太子が今ははっきりと悪に傾いているのを感じた。
国王陛下は私のことを高く評価してくれていた。
王妃としての品位を身につけるための妃教育。
決して楽なものではなかった。
しかし、ここまで頑張ってこれたのも国王の存在があったからだといえる。
それほど、国王は私のことをよく見ていてくれ、魔眼の聖女の称号を与えてくれた。
しかし、その国王は病に倒れている。
幸い、命に別状はないらしいが、今は療養が必要との事で、公の場に出ることはここ半年近く無かった。
これを好機としたのが、王太子の派閥である。
まだ若い王太子の代わりに今はダイナー公爵が事実上、政権を握っている。
きっと、公爵あたりが王太子に私と婚約破棄するように吹き込んだのだろう。
元々、ダイナー公爵家と私の父が当主を務めるクーロン侯爵家は敵対派閥にある。
ダイナー公爵家に年相応な娘がいたら、王太子の婚約者はきっとそっちになっていただろう。
「かしこまりました……」
私は声を捻り出すように言った。
悲しいという感情は不思議と無かった。
しかし、悔しい。悔しくてたまらない。
私のこれまでの努力が泡となって消えてしまったような、そんな感覚である。
憤りすら覚えた私は、屋敷に戻るために王宮を出た。
王都の貴族街の比較的王宮に近いところに、クーロン侯爵家の王都で滞在する時に使う屋敷がある。
屋敷に戻ってすぐに私は自室に閉じこもった。
こんな顔、使用人にも見せられない。
そこからしばらくして部屋をノックする音が響いた。
どれくらい時間が経ったかはわからない。
すごく長い気もするし、短っかた気もする。
「シルファ、少しいいかな?」
父の声だ。
「はい」
「準備ができてからでいい。私の書斎に来てほしい」
「かしこまりました」
父がこんなに早く帰ってくるのは珍しい。
侯爵という立場上、何かと忙しいのだ。
そんな父がこんなに早く帰ってくる理由は一つしか想像できない。
私は、身だしなみを整えて父の書斎へと向かった。
足取りは重たい。絶対に怒られる。
覚悟を決めて書斎の扉をノックする。
「お父様、シルファです」
「入りなさい」
「失礼します」
父は中央に置かれたソファーに座っていた。
「座りなさい」
「失礼致します」
私は父の対面に置かれたソファーに腰を下ろす。
「王宮からシルファと王太子殿下の婚約を破棄するという通知があった。シルファも納得しているとの事だが、事実か?」
「はい」
父の事だから何かしらの根回しをしていると思ったのだが、違うらしい。
父もたった今知らされたというような言い回しだ。
「そうか。シルファはそれでよかったのか?」
「悲しくはありません。でも、悔しいです」
私は泣きそうな声で言った。
「すまなかった。魔眼の聖女の重責の上に、王太子妃という重責まで背負わせて政略結婚させるところだった」
「怒らない……のですか?」
「怒ってるさ。でもそれはシルファにではない。私の娘をここまでコケにしてくれた王太子や公爵家にだ」
父の目は怒りに燃えていた。
その言葉を聞いて、今まで耐えていたものが込み上げてくる。
泣いている私を父は優しく抱きしめてくれた。
父に抱きしめられるのは何年ぶりだろうか。
仮にも王太子の婚約者には、たとえそれが父親でも異性が触れることは許されなかった。
久しぶりの父の腕の中はとても温かく感じた。
「少し、落ち着いたか?」
私が泣き止むまで父はずっと優しく頭を撫でてくれた。
そして、私が顔をあげるとそこにはいつもの優しい父の笑顔があった。
「すみません。私、お父様のお洋服を汚してしまいました」
「気にするな。お前の涙よりは安いもんだ」
そう言って、父は私の頭をポンポンする。
父と母も政略結婚だったらしいが、今ではとても仲がいい夫婦である。
父のこういう姿には確かに惚れそうになってしまう。
「しばらくは領地で休んでいるといい。私も一緒に領地に帰ろう」
「ありがとうございます」
クーロン侯爵家の領地は王国の西にある。
鉱山があり、比較的裕福な領地である。
王都からは一週間といった所であろうか。
領地に戻ると決めてから、父はさらに忙しくしていた。
婚約破棄についての後始末や王都での仕事を片付けてからではないと帰れない。
馬車や護衛、御者の手配などもしなければならない。
その間、私も準備を進めていた。
無事に準備を済ませて、五日後に王都を出発した。
父の用意した馬車で領地まで向かう。
馬車の中で、不気味と言われた魔眼について考える。
これは、不気味なのだろうか。
確かに、他の人には無い特殊な力というのは分かる。
悪用も出来るが、私はこの特別な眼を誰かを助けるために使いたかった。
一週間の長旅は無事に終了した。
領地では母と兄がいる。
領地の屋敷に戻ると、母は何も言わずに私のことを抱きしめてくれた。
兄もまた、私の頭をそっと撫でる。
二人とも何も言わない。
それが私には嬉しかった。
そこから、領地でのんびりとした生活を送っていた。
最初の頃は何も手につかない状況だったが、今では本を読んだり庭を散歩したり出来るようになった。
「今日は、街の方に行ってみようかしら」
そんなこと思っていた時、父が私の元にやって来た。
「シルファ、お前に会いたいという方が訪ねて来たんだが、会ってみるか?」
「わざわざ私にですか?」
「ああ、帝国からやってきた方だ」
アイル王国の西にはガーナル帝国という大国家が存在する。
ここ、クーロンはガーナル帝国の一番近い街であり、友好な関係を築いている。
「帝国からわざわざですか。お会いいたしますわ」
遠いところ来てくれた方を追い返すことは私には出来なかった。
応接間に入るとそこには、黒髪を短く切り揃え少し前髪を重たくした青年がいた。
鼻筋が通り、青色の目はとても美しい。
こういう人のことをイケメンというのだろうと思った。
服装から見るに、貴族の人間であろう。
「お目に書かれて光栄でございます、魔眼の聖女さま」
声までかっこいい。
「私、ガーナル帝国公爵家時期当主、クロード・メーテルと申します」
そして、さらに衝撃だったことがもう一つ。
私の眼に何も映らなかったということ。
こんなことは初めてだ。
この魔眼は特別なものであり、いかなるものの干渉を受けない。
だとすると答えは一つ。
この人の誠実さ、人間性に何一つ曇りが無いということだ。
「聖女さま? どうかされましたかな?」
「い、いえ、このたびは遠いところわざわざありがとうございます」
「あなたに会うためなら、この程度の距離は遠いうちに入りませんよ」
美しい笑顔が私に向けられる。
「やっと、出会えましたね。運命の愛に」
クロードが小さくつぶやいたのが聞こえた。
「魔眼の聖女……いや、クーロン嬢、私の妻となって頂け無いだろうか」
クロードは片膝をついて胸ポケットから白い薔薇を私に差し出した。
そして、私は不思議とスッと言葉が出た。
「はい」
白い薔薇を受け取った。
花言葉は《あなたの色に染まる》だっただろうか。
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