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第35話 予想外

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 剣聖アデルヴァルト・リューディガーの登場に、クレイブ達は困惑を隠せない。

 ルイーザとクレイブ達の怒涛のやり取りに口を挟む隙がなく、暫く空気と化していたランシェル王子やリアン達だったが、さすがに心底驚いたらしい。唖然とした表情で見つめている。

「剣聖」という存在は、彼らにとっても憧れと尊敬の対象であり、崇拝に近い想いを寄せる相手なのだから。

 その彼がルイーザを庇いに出てくる展開は予想外だった。



 当のアデルヴァルトは、クレイブと彼に引っ付いたまま座っているサリーナを感情を消した目で見下ろしていた。

 憧れの人から向けられる冷め切った視線に、クレイブの肩がピクリと揺れる。

「先ずは立ちなさい。彼女に手加減してもらったのだから、立てないはずはないでしょう。いつまでへたり込んでいるつもりだ」

「剣聖……様」

 厳しい言葉をうけて、よろよろと立ち上がるクレイブ。

 その彼に引っ張られる形で、くっついていたサリーナも一緒に立ち上がったのだが。

「うわぁぁぁ……カッコいぃ……」

 大人の魅力たっぷりの危険な色気が溢れる男性の登場に、あれほど心配していたクレイブの状態はすっかり忘れることにしたらしい。ぽーっと見惚れて件のセルフを吐いた。

「あ、あの、初めまして……ですよねっ? わたしサリーナって言います! えっと、アデルヴァルト様って素敵なおまえですけどぉ。ちょっと長くて言いにくいですし、アデル様って呼んでもいいですかぁ?」

 何を思ったのか、剣聖相手に可愛らしく頬を染め、上目遣いで話しかけ始めるではないか。その上、勝手に名を縮め、愛称で呼んでいいかとまで尋ねている。

 これにはクレイブ達からも信じられない言ったような視線が向けられる。

 しかし、彼女は熱に浮かされたように彼を見つめるのに夢中で気にもしていないようだ。



 ルイーザも思わず唖然としてサリーナを見た。


(なんて図々しい……)


 移り気が激しく、馴れ馴れしいにも程がある。サリーナの態度に、益々不快感が高まった。

 そう思ったのは剣聖も同じようで、虫けらでも見るような冷え冷えとした瞳で無礼な女を見据える。

「……黙れ」

「ひぃっ」

 サリーナに怒れる剣聖の威圧が直撃した。

 それに耐えきれるはずもなく恐怖を顔に張り付けると、再び崩れ落ちるようにぺチャリっと床にへたり込む。

「あっ」

「サ、サリーナ嬢」

 ランシェル王子達にも余波が行ったようで、顔色を青ざめさせながらも、放心状態でカクカクと全身を痙攣させている彼女に慌てて声を掛ける。

 しかしその呼び掛けに反応することはなかったようだ。

 当然だろう。

 先程ルイーザに浴びせられたものとは比べ物にならない威力の威圧を受けたのだ。

 暫くは恐慌から抜け出せないはず……。



「フッ、静かになったか」

 サリーナを囲んでアワアワしている王子達を鬱陶しそうに眺めてそう言った。

「剣聖様……」

「これでやっと貴女を口説ける」




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