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第3話 毒花

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「まぁ、皆様ご覧になってっ。あの方、バーリエット公爵令嬢ではございませんこと!?」

 いち早く確認した貴婦人が、興奮したように言う。

「シルヴィアーナ・バーリエット公爵令嬢? 第一王子殿下のご婚約者の!?」

「ええ、間違いありませんわっ」

「それに、お隣にいらっしゃるのはダフネ・マリー侯爵令嬢ですわ。アンジュリーナ・ロウ伯爵令嬢、ルイーザ・ヴァレンチノ辺境伯令嬢まで!」

 言わずと知れた、そうそうたる高位貴族のご令嬢方である。その彼女が単身で出席するという、あり得ない事実に顔色を変えた。

 パートナーとなるべき婚約者たちは勿論、ランシェル・ハワード第一王子殿下を筆頭に、その側近となるべく育てられた優秀な高位貴族の青年達で、王子にいたっては今夜の主賓でもある。事前の連絡もなしに欠席する筈がない。

 と言うことはつまり、彼らが揃って姿を見せない理由は……。

 貴婦人達はこの件に関して、一つ答えを導きだした。令嬢達が現在進行形で巻き込まれている厄介な問題がいよいよ表面化し、隠しきれなくなってきたのではないかと。

「……これは、やはりそういうことなのかしら?」

「ええ、そうね。あの突然変異の令嬢が原因かと……」

「ああ、例の子爵令嬢ですわね。とっても庶民的だという?」

 このところ社交界で、よく話題に上がるようになった、ボートン子爵令嬢サリーナ。

 彼女は悪い意味で、貴婦人たちの話題を独占している令嬢だった。



「実際に、二年前まではその庶民の娘さんだった訳ですけれど、あのはいつまでたっても貴族令嬢らしいお振る舞いが身に付かないようね」

「庶民的なお生まれのせいか、随分と時間がかかりますこと。余程、物覚えがお悪いのかしら。お気の毒なことね、クスッ」


 母親はボートン子爵家のメイドで、サリーナを身籠った際に正妻に見つかり屋敷から追い出された。

 その後は母娘二人、下町で暮らしていたそうだ。

 だがその母親が二年前に亡くなり、身寄りのなかった彼女を子爵家が引き取ることになったらしい。

 しかし、引き取られてから随分経つのに、サリーナには教養や品格、社交性など、淑女に必要とされる知識が何一つ身に付いていなかった。

 しかも彼女にはある悪癖があり、その事が令嬢や貴婦人達を苛つかせていたのである。


「ホホホッ、奥様ったら。庶民的だけで済めばよろしいのですけれど、あのさんは、ねぇ?」

「ええ、とっても男癖がお悪いのよね」

「噂では最近、彼女を廻って、決闘騒ぎを起こした方までいらっしゃったとか?」

「……その噂、どうやら本当のようですわよ」

 チラリと視線を走らせ、辺りを憚るように声を落とした。

「詳しくは言えませんけれど、お気の毒なことです。当事者の御家が上手く対応されたようで表沙汰にはなっておりませんが……」

「まあ、そうだったんですの」

 当時、サロンで流れた生々しい噂を思い出し、貴婦人たちは神妙な顔になった。




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