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第6話 令嬢たち

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 今宵の主催であるランスフォード公爵夫妻への挨拶を済ませ、人々の好奇の目に晒されながらパーティー会場に入った四人の令嬢達。

「いよいよですわね、シルヴィアーナ様」

 下僕から差し出された飲み物を受け取りながら、小声で話しかけてきたのは、ダフネ・マリー侯爵令嬢。シルヴィアーナの一番の親友である。

 彼女は絹のような光沢の豊かに波打つ黒髪に、吸い込まれそうな深い青の瞳が美しい、四人の中で一番小柄な令嬢だった。

 公式の場ではあまり表情を動かさないことと、整った美貌が相まって人形のような印象を与える、肉感的な美少女だ。

 瞳と同系色の大人っぽいドレスと、大粒の真珠のアクセサリーがよく似合っている。



「ええ、とうとうこの日が来てしまいましたわね、ダフネ様」


 それを受けてポツリとこぼしたのは、社交界の華と呼ばれるにふさわしい容姿の、シルヴィアーナ・バーリエット公爵令嬢。

 彼女を見て美しいと思わない人はいないだろう。

 月の雫を集めたかのような銀の髪に、涼やかな紫水晶の瞳という寒色系の色彩と、右目の下にある泣きボクロが妖艶な雰囲気を醸し出しており、年齢以上に大人っぽく見える令嬢だ。

 細身ながらも沢山のドレープが幾重にも施された白銀のドレスは、金糸で優美な刺繍が施されて優美だった。



 この日の夜会でシルヴィアーナに同伴したのは、とある理由から意気投合し、仲の良い友人になった令嬢達……ダフネ・マリー侯爵令嬢、アンジュリーナ・ロウ伯爵令嬢、ルイーザ・ヴァレンチノ辺境伯令嬢の三人。

 夜会への出発直前に、揃って己のパートナー達から同伴をキャンセルされるという仕打ちを受けたために、単身で出席する羽目になり、場の注目を一身に浴びてしまった女性達でもあった。

 当然ながら、婚約者に恥をかかされたシルヴィアーナたちの怒りのボルテージは、現実進行形で上昇しっぱなしである。

 周囲の人々がさりげなさを装いながらも、興味津々に彼女達の会話に耳を澄ませているであろう状況を考慮し、淑女らしく笑顔の仮面を張り付けながら、注意深く言葉を交わす。



「はぁ。わたくし、憂鬱ですわ」

 二人の会話を聞いて、さりげなく広げた扇で顔を隠しながら溜息をついたのは、アンジュリーナ・ロウ伯爵令嬢。艶やかな栗色の髪にガーネットの瞳を持つ、優しげな雰囲気の令嬢である。

 胸元のスパンコール付きの刺繍が印象的なラベンダー色のドレスは、白いレースの透かし模様がついていて、甘い雰囲気の彼女にぴったりだった。


 アンジュリーナは、婚約者と彼が執着するサリーナからの理不尽極まりない被害に直接あっていて、このところすっかり投げやりになっていたので、友人達は心配し、心を痛めていた。

 そもそもの発端は、社交界にデビューしたばかりの頃のサリーナと不幸にも対面する機会があり、まだ彼女の本性が知れ渡っていなかったこともあって迂闊に言葉を交わしてしまったことにある。

 貴族社会にもの慣れない様子を見兼ね、心優しい彼女は放っておけずに、親切心からあれこれと助言してしまったらしい。

 しかし、それをいじめと逆恨みされたようで、以後、会うたびに一方的に絡んできては勝手に泣きだすサリーナを婚約者が庇い、彼女を責めるという面倒くさい負のループを繰り返していたのだ。

 気鬱にもなるというもの。



「しっかりなさって、アンジュリーナ様。きっと今日でもう、この煩わしさから解放されますことよ」

 そんな友人を励ましているのは、ルイーザ・ヴァレンチノ辺境伯令嬢。彼女もまた、美しい令嬢だった。

 ルビーのような光沢のある髪に、強い輝きを放つ大きなエメラルドの瞳が印象的で、辺境地を治める家に相応しい意思の強さを持っていた。

 ちなみに、四人の中では一番背が高い。


 ヴァレンチノ辺境伯領は宝石の産出地でもある。

 髪飾りやネックレス、イヤリングやブレスレットなどの装身具は全て、彼女の髪色に合わせて選ばれたと思われる大粒のルビーだった。

 今宵のドレスがシンプルなデザインだからこそ、年若い令嬢が重ね付けしても上品に纏まっている。




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