16 / 52
16 学園生活2
しおりを挟む
「あ“~っ、づ~か~れ~た~」
自室に入るなり、ベッドにボスンっとダイブする。
「こらっ! いくら俺だけだからって、はしたないぞ!」
小言を言いながらも、寄ってきたレオンがベッドの外で浮いている足から靴を脱がせてくれる。
「レオ~ン、レオンも立ちっぱなしで疲れたでしょ? 先お風呂使っていいよ~」
「流石に、それは……従者用の大浴場もあると聞いたし、俺は別にそっちでも……」
そう言いかけて、サッと顔色が悪くなる。
午後から始まった授業1日目は、この学園のこと、魔法の属性についての基本的な授業2本立てだった。
この学園では、科目毎・学年毎に制服につけるバッジの色が違うそうで、まず魔法科のバッジが配られた。
建物の説明に、講師の後をついて学園内をうろうろ歩く私たちの後ろから、従者もゾロゾロ付き従う。もっとも、平民の子供もいるため子供より従者の数のほうが少ない。
移動中や講堂内で時々レオンを振り返ってみても、彼の周りには適度な空間ができていて誰からいじめられる様子もなかった。しかし時折険しい顔をし、神経を尖らせているのか、尻尾を猫が威嚇する時の様に膨らませていた。
さらに、夕食は食堂で利用方法の説明とともに食べて……
ーーかなり、疲れてるよね……。
獣人商人から逃げ出してから、時々一緒に買い物に出ることはあってもほとんど公爵家で過ごしていたのだから、外の人間に警戒してしまうのは当然のことだと思う。
靴を揃えて楽な履き物を出す彼の頭を、よしよしっと、気づけば手が勝手に動いていた。
「なっーー!」
「さーてとっ! じゃあ、先にお風呂いただいてきちゃう! まだ他の従者に気をつけた方がいいと思うから、レオンも大浴場じゃなく、ここのお風呂にゆっくり浸かってね」
撫でられて恥ずかしかったのか、赤く染まった彼の顔は無視。ぴょんっとベッドから飛び降りると寝巻きを持ってひらひらと手を振り、浴室の扉を閉める。
クレームは受け付けません!
コックを捻ると勢いよくお湯が出て、泡風呂用の液体も入れるとあっという間に白いぶくぶくが出来た。レオンが、必要なものは全部置いておいてくれたみたい。6歳が浸かれる程度のお湯はすぐたまり、洋風の白い湯船に入るとほうっと息を吐いた。
入浴文化があってよかった、とつくづく思う。お風呂を堪能すると、レオンが入りやすいようにぱぱっと片付ける。この世界で下着の代わりとなっているドロワーズを履き、寝巻き用の白いスモッグの様な膝下丈の服を着て、長い髪は鏡を見ながらタオルでターバン状に巻いて……
浴室から出ると、そわそわとした様子でソファに座っていたレオンが、びくっと跳ねた。
「……? お風呂あいたよ~、暖かいうちに、レオンも入って来て」
「う……うん」
スクっと立ち上がると、ゼンマイ仕掛けの人形の様にカチカチに手足を動かしながら、一度使用人用の部屋へ入り、服を持って出てきたと思ったら、真っ赤な顔でこちらを睨む……。そして、すごい勢いで浴室へ走って行った。
「? レオンがお風呂嫌いって、聞いたことないけどなぁ? そんなに嫌だったかな」
誰とも無しに呟くと、ベッドサイドに水差しと何個かコップが重ねてあることに気づく。レオンが用意してくれた様だけど……うん、もう一人お手伝いしてくれる人がいないと、彼が忙しくなっちゃうかも。
髪を拭きながらお水を飲んだり、のんびりしているとやがて彼が出てきた。
「あ、お水いただきました! 用意してくれてありがとう。レオンもどーぞ」
「うん……ありがとう」
差し出したコップを受け取る彼は、のぼせたのか、真っ赤な顔をして。私と同じスモッグの様な形状の、でも襟のないブラウスの様な服に、白い半ズボンを履いていた。最も、私の寝巻きの様にフリルはついていないが。濡れたネックレスと耳飾り、水滴がキラリと輝き、水も滴る美少年。
まっすぐな黒髪も、尻尾と猫耳も毛がピタッと張り付いてよく拭けていなさそう。
「ふふ。レオン可愛い! 年上だーーなんて言っても、こうやってみるとあんまり変わらないね! 拭いてあげる!」
「ゴッホッゴホッ」
咽せた彼の首からタオルを取ると、後ろへ回って髪を拭き、猫耳の外側にそっとタオルを押し当てるように拭いていく。
「ちょ……! 自分でできるって」
「いいじゃない! 考えてみたら、レオンにはお世話してもらうばっかりで……濡れた猫耳も猫尻尾もかわいい」
今度は尻尾に優しくタオルをあてていく。
獣人さんも、毛の下の肌は弱いのかな?
念の為、擦らないようにっと、前世で一緒に暮らした猫のお風呂上がりを思い出しながら拭いていく。ドライヤーがあれば、ふわっふわに乾かしてあげられるんだけどなーー……そんな魔法使えるようにならないかな?
「ねこ……? ねこみみ、ねこしっぽ? テレシアは、獣人のこと時々“ねこ“って呼ぶよな……」
「手慣れてるし……俺のこと拭くの初めてだろ……?」
考え込んでいたせいか、レオンの呟きは聞こえなかった。
「ねぇレオン、今日は一緒にここで寝ない?」
「な“っ!」
「お願い! いつもと違うベッドで寝れるか心配だし……一人だと心細いかもしれなくて……」
ちらっと見上げながら、“わたしが”とは言っていない。
使用人部屋のベッドは固そうだし、彼は慣れない環境で気を張っている様に見える。ふかふかのこのベッドの方がよく眠れるんじゃないかな?
そう考えつつ、いつもレオンに嘘を見破られてしまうからあえて嘘にならないように、誰が不安だとハッキリしないように言ってみた。
けして、やましい気持ちなんてない! ちょっと尻尾とか耳とかもふもふ出来るかなーーなんて下心は1ミリも……いや、1ミリ以上あるかもしれない。
ついつい顔がニマニマしてしまう。
「はぁ、全部顔に出てるよ。どうせ、尻尾とか耳とか触ると“ねこしゃんの夢が見れそうーー“なんて考えてるんだろ」
「いいよ、今夜は一緒に寝てやるよ」
顔を真っ赤にしてふんっとそっぽを向いても、ゆらりと尻尾が揺れているあたり機嫌は悪くなさそう。
灯りを消すと、カーテンの開いた窓から月明かりが入る。左右からそれぞれベッドに入ると、そのほんのりとした光りに今日の疲れが溶けていくようだ。
「ふぁぁ~……今日は忙しかったね~」
「……そうだな」
「あんなにいっぱい歩くとは、思わなかったね~」
「……6歳の貴族にもあれだけ歩かせるなんて、今後の講義が思いやられるな」
左隣でもそもそと布団を被ったレオンが、ポツリと呟き返した。
薄明かりの室内が静まり返ると、見慣れない天井に急に落ち着かなくなる。
「手、繋いでもいい? やっぱり、思ったより心細いかも」
この世界に転生して、公爵家から殆ど出たことがないのは私も同じだった。前世でも、寮に入ったことはなかったし……
えへへと笑って、左向きに転がりおずおずと手を伸ばすと、レオンは驚いた顔のあとニヤリと口角をあげる。
「まだまだお子ちゃまだな。……ほら、寝るまで、だぞ」
思いのほかぎゅっ、と握り返してきたその手は、わたしのものより暖かい。いつもは金色の瞳が、黒目がちになり少し光っても見えて神秘的で、空いている方の手で思わず彼の顔に手を添えた。
「いつも思ってたけど……レオンの眼、きれい。細くなったり、丸くなったりする瞳孔も神秘的だよね……」
「はぁ……また、お前はそうやって……。俺以外の獣人にそういうこと言うなよ。……勘違いされるぞ」
なにそれっと小さく笑う。
「俺もテレシアの眼、空みたいだなって、最初みたとき思った」
言うなりふいっと顔をそむけた耳が、少し赤い。寝るぞと言った切り静かになり……
「おやすみなさい、レオン」
ほのかな手の温もりに、柔らかいベッドに、まどろみは深くなっていった。
はぁっぁっ……ぁ……はぁっ
いき、が……もう許して……っ
ぐいいーーっと、動かないソレを必死に押し返したところで、目が覚める。
巨大な大根で押しつぶされる夢をみた……気がする。
目の前には白いボタンの服。力を込めた腕と服の間にわずかに開いた隙間だが、それでも背中に感じる両腕。
見上げると超絶美形、黒髪少年の寝顔が至近距離にあり……
ーーレオンに抱きしめられてる!?
瞬間、ドキリとして気を抜くと、また引き寄せられ、かろうじで身を捩って呼吸を確保出来た。
獣人の力は強いと聞いてはいたものの、身を持って体験したのは初めてでーー。当の本人は、ぎゅうっと抱きしめてきながら、あどけない顔ですぅすぅ寝息を立てている。
一体どんな夢見てるのよ……
そっとため息を吐きながら、まだ室内は薄ぼんやりとしていて、夜明け前だと知る。
まつ毛が長いなぁ……、肌が白いなぁ……、唇さくらんぼ色。手を伸ばそうとして、抱きしめられていて動かないことを思いだす。彼の心音と寝息を聞きながら、そのリズムと暖かさがむずがゆくも、心地よくて、もう一度瞼を閉じた。
ーーレオンも、寝ぼけた私にもふもふされるの、こんな気持ちだったのかな。
「……シア、朝だぞ……もう……きないと、遅刻する」
遠くで声が聞こえる……チコク……学校チコク……お母さん……? 今日、電車で行くから……まだ寝かせて。
重い口で返事を返して、あったかい枕を抱きしめながら顔をすりつける。
ーーん? あったかい枕?
ゆるゆると意識が浮上し、薄目を開けると目の前には白いボタンの服。
デジャブを感じて見上げると、両手で顔を覆ったレオンが……ただし、今度は私がレオンの胴体を抱きしめていて。
「おはよう~」
そのままへにゃりと笑うと、指の隙間から金色の瞳がチラリとコチラを見て
「はぁーー。おはよう。早く離れてくれる?」
耳まで真っ赤にして、大きなため息を吐かれた。
「我に宿し力よ、その末端を顕現せよ!! オーブ!!」
「はーい、じゃあ昨日の講義を思い出しながら、魔力をこの様に集めてみましょう!」
そう話す、女講師 ラエット・シェイバー先生の手と手の間に、水色と緑半々くらいの小さな光の玉ができている。
2日目の魔法の授業は、魔力の認識と可視化だった。
一斉に、ぶつぶつ言い始めては、あちこちで極小の花火のような光が散る。今日も隣に座るソフィア、エリアス、テオもぶつぶつ言っては何も出なかったり、光が弾けたりしている。
「この魔法は、討伐などの任務の際夜間の光源としても使えます! 複数の属性持ちは大変かもしれないけど、バランスは気にせず、まず小さな玉を一つ作ることができれば成功です!」
そうシェイバー先生が、講堂内を見て回る。
手と手を向かい合わせて、魔力を認識しながら、小さな玉を作るイメージで……
「あ、出来た……」
詠唱もしていないのに、イメージするだけで簡単に出来てしまった。虹色に、黒や茶色が混ざった不思議な灯りが浮いている。
左右にいるソフィア達がギョッとするのが脇目に見えるが、そーっと左手を離し光の玉を右手の上で浮遊させると、左手を挙げて……
「せんせー! 出来ました! ここからどうしたらいいのでしょう?」
ちょっと大きめの声で言うと先生が寄ってきた。
「よくできました。しかし……この色は……?」
「あ、わたくし全属性持ちなので、こんな色になってしまうみたいです! 全部混ぜちゃうとちょっと見苦しいですよね」
何気ない言葉だが、周囲はざわめいた。
「全属性……」
「全属性持ちなんて存在するのかよ……」
なんて声がうっすら聞こえた。えっと……不味かったかな。思い返してみても、属性に関しては秘密にとか言われなかったような気がする。
光の玉をそのまま維持するように言われて、右手の上でふよふよと浮かせたり戻らせたりして遊んでみた。イメージする通りに動いてくれる。
周りからもできたと言う声が上がり始め、ソフィアは茶色の光の玉、エリアスは緑と赤、テオはイメージ通り真っ赤な光の玉ができていた。
「わぁ、みなさん、綺麗な“オーブ”ですね!」
「わたし、魔法を使ったのは初めてです! 茶色いのに光っていて、不思議です」
ふふっと笑うソフィアがとっても可愛くて思わず見惚れてしまう。
「わっわっうわぁ!!!! 先生!」
「落ち着きなさい、セオドリック!! 両手を安定させて、小さく、丸くです!!」
声を荒げた生徒にダダっと走り寄りながら、先生の慌てた声が響いた。
黒板に近い位置の少年が手をわたわたさせて、中の光がグニャグニャと変形し大きくなりながら光を放ち、球状を維持できていない。
周りの生徒もサッっと離れる。今にも爆発しそうに見える。
「も、もうだめだっ!!」
「いけません!! おやめなさい!」
先生の静止を聞かず、セオドリックと呼ばれた少年は、ぶんっと手を振り回し光の玉を投げた! それは黒板とは反対方向へ飛んでいき、頭を屈めて避ける生徒達のその先には、背の高いーー
「ねこさんがっ!!!!」
咄嗟にそう叫ぶと、私もまた光の玉を投げ、それはセオドリックのものよりも早いスピードで飛ぶと彼の放った光と衝突し、小さく花火のようにパァンっと音を立てて散った。
「……よ、よくできましたテレシア! セオドリック、あなたは講義の後残りなさい!!!」
「くっ獣人如きどうなったところで……」
「セオドリック・オルド!」
「は、はい……。テレシア様? も、ありがとうございました」
セオドリックと呼ばれた少年は、一瞬聞きづてならないことを言いかけたように聞こえたけれど、先生にキツく言われるとこちらへ向かって会釈した。
それより……席を立ち、獣人さんへ駆け寄った。
「あの……お怪我は、ありませんか?」
背の高い……近くで見上げると180cmはあるのではないかと言うほどの、先程の獣人従者に声をかける。
少し暗い茶色のクリクリした髪を、一つに束ねて背中に流しているその獣人は、面白いものを見たように目を細めて頭を下げた。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。今は講義中ですので、後程改めてお礼にお伺いします」
スッと顔をあげた首には、チョーカーのようなデザインに何処かの家紋入りのアクセサリーが輝いていた。
ーーどこの家紋だろう……
背後からざわめきと、チラリと別の壁際を見れば、レオンが首を振っている。
「お礼なんて……お気になさらず。上手くいってよかったです。それでは」
ニコリと笑顔を返してざわめきとチクチクとした視線を感じながら、席へ戻った。
自室に入るなり、ベッドにボスンっとダイブする。
「こらっ! いくら俺だけだからって、はしたないぞ!」
小言を言いながらも、寄ってきたレオンがベッドの外で浮いている足から靴を脱がせてくれる。
「レオ~ン、レオンも立ちっぱなしで疲れたでしょ? 先お風呂使っていいよ~」
「流石に、それは……従者用の大浴場もあると聞いたし、俺は別にそっちでも……」
そう言いかけて、サッと顔色が悪くなる。
午後から始まった授業1日目は、この学園のこと、魔法の属性についての基本的な授業2本立てだった。
この学園では、科目毎・学年毎に制服につけるバッジの色が違うそうで、まず魔法科のバッジが配られた。
建物の説明に、講師の後をついて学園内をうろうろ歩く私たちの後ろから、従者もゾロゾロ付き従う。もっとも、平民の子供もいるため子供より従者の数のほうが少ない。
移動中や講堂内で時々レオンを振り返ってみても、彼の周りには適度な空間ができていて誰からいじめられる様子もなかった。しかし時折険しい顔をし、神経を尖らせているのか、尻尾を猫が威嚇する時の様に膨らませていた。
さらに、夕食は食堂で利用方法の説明とともに食べて……
ーーかなり、疲れてるよね……。
獣人商人から逃げ出してから、時々一緒に買い物に出ることはあってもほとんど公爵家で過ごしていたのだから、外の人間に警戒してしまうのは当然のことだと思う。
靴を揃えて楽な履き物を出す彼の頭を、よしよしっと、気づけば手が勝手に動いていた。
「なっーー!」
「さーてとっ! じゃあ、先にお風呂いただいてきちゃう! まだ他の従者に気をつけた方がいいと思うから、レオンも大浴場じゃなく、ここのお風呂にゆっくり浸かってね」
撫でられて恥ずかしかったのか、赤く染まった彼の顔は無視。ぴょんっとベッドから飛び降りると寝巻きを持ってひらひらと手を振り、浴室の扉を閉める。
クレームは受け付けません!
コックを捻ると勢いよくお湯が出て、泡風呂用の液体も入れるとあっという間に白いぶくぶくが出来た。レオンが、必要なものは全部置いておいてくれたみたい。6歳が浸かれる程度のお湯はすぐたまり、洋風の白い湯船に入るとほうっと息を吐いた。
入浴文化があってよかった、とつくづく思う。お風呂を堪能すると、レオンが入りやすいようにぱぱっと片付ける。この世界で下着の代わりとなっているドロワーズを履き、寝巻き用の白いスモッグの様な膝下丈の服を着て、長い髪は鏡を見ながらタオルでターバン状に巻いて……
浴室から出ると、そわそわとした様子でソファに座っていたレオンが、びくっと跳ねた。
「……? お風呂あいたよ~、暖かいうちに、レオンも入って来て」
「う……うん」
スクっと立ち上がると、ゼンマイ仕掛けの人形の様にカチカチに手足を動かしながら、一度使用人用の部屋へ入り、服を持って出てきたと思ったら、真っ赤な顔でこちらを睨む……。そして、すごい勢いで浴室へ走って行った。
「? レオンがお風呂嫌いって、聞いたことないけどなぁ? そんなに嫌だったかな」
誰とも無しに呟くと、ベッドサイドに水差しと何個かコップが重ねてあることに気づく。レオンが用意してくれた様だけど……うん、もう一人お手伝いしてくれる人がいないと、彼が忙しくなっちゃうかも。
髪を拭きながらお水を飲んだり、のんびりしているとやがて彼が出てきた。
「あ、お水いただきました! 用意してくれてありがとう。レオンもどーぞ」
「うん……ありがとう」
差し出したコップを受け取る彼は、のぼせたのか、真っ赤な顔をして。私と同じスモッグの様な形状の、でも襟のないブラウスの様な服に、白い半ズボンを履いていた。最も、私の寝巻きの様にフリルはついていないが。濡れたネックレスと耳飾り、水滴がキラリと輝き、水も滴る美少年。
まっすぐな黒髪も、尻尾と猫耳も毛がピタッと張り付いてよく拭けていなさそう。
「ふふ。レオン可愛い! 年上だーーなんて言っても、こうやってみるとあんまり変わらないね! 拭いてあげる!」
「ゴッホッゴホッ」
咽せた彼の首からタオルを取ると、後ろへ回って髪を拭き、猫耳の外側にそっとタオルを押し当てるように拭いていく。
「ちょ……! 自分でできるって」
「いいじゃない! 考えてみたら、レオンにはお世話してもらうばっかりで……濡れた猫耳も猫尻尾もかわいい」
今度は尻尾に優しくタオルをあてていく。
獣人さんも、毛の下の肌は弱いのかな?
念の為、擦らないようにっと、前世で一緒に暮らした猫のお風呂上がりを思い出しながら拭いていく。ドライヤーがあれば、ふわっふわに乾かしてあげられるんだけどなーー……そんな魔法使えるようにならないかな?
「ねこ……? ねこみみ、ねこしっぽ? テレシアは、獣人のこと時々“ねこ“って呼ぶよな……」
「手慣れてるし……俺のこと拭くの初めてだろ……?」
考え込んでいたせいか、レオンの呟きは聞こえなかった。
「ねぇレオン、今日は一緒にここで寝ない?」
「な“っ!」
「お願い! いつもと違うベッドで寝れるか心配だし……一人だと心細いかもしれなくて……」
ちらっと見上げながら、“わたしが”とは言っていない。
使用人部屋のベッドは固そうだし、彼は慣れない環境で気を張っている様に見える。ふかふかのこのベッドの方がよく眠れるんじゃないかな?
そう考えつつ、いつもレオンに嘘を見破られてしまうからあえて嘘にならないように、誰が不安だとハッキリしないように言ってみた。
けして、やましい気持ちなんてない! ちょっと尻尾とか耳とかもふもふ出来るかなーーなんて下心は1ミリも……いや、1ミリ以上あるかもしれない。
ついつい顔がニマニマしてしまう。
「はぁ、全部顔に出てるよ。どうせ、尻尾とか耳とか触ると“ねこしゃんの夢が見れそうーー“なんて考えてるんだろ」
「いいよ、今夜は一緒に寝てやるよ」
顔を真っ赤にしてふんっとそっぽを向いても、ゆらりと尻尾が揺れているあたり機嫌は悪くなさそう。
灯りを消すと、カーテンの開いた窓から月明かりが入る。左右からそれぞれベッドに入ると、そのほんのりとした光りに今日の疲れが溶けていくようだ。
「ふぁぁ~……今日は忙しかったね~」
「……そうだな」
「あんなにいっぱい歩くとは、思わなかったね~」
「……6歳の貴族にもあれだけ歩かせるなんて、今後の講義が思いやられるな」
左隣でもそもそと布団を被ったレオンが、ポツリと呟き返した。
薄明かりの室内が静まり返ると、見慣れない天井に急に落ち着かなくなる。
「手、繋いでもいい? やっぱり、思ったより心細いかも」
この世界に転生して、公爵家から殆ど出たことがないのは私も同じだった。前世でも、寮に入ったことはなかったし……
えへへと笑って、左向きに転がりおずおずと手を伸ばすと、レオンは驚いた顔のあとニヤリと口角をあげる。
「まだまだお子ちゃまだな。……ほら、寝るまで、だぞ」
思いのほかぎゅっ、と握り返してきたその手は、わたしのものより暖かい。いつもは金色の瞳が、黒目がちになり少し光っても見えて神秘的で、空いている方の手で思わず彼の顔に手を添えた。
「いつも思ってたけど……レオンの眼、きれい。細くなったり、丸くなったりする瞳孔も神秘的だよね……」
「はぁ……また、お前はそうやって……。俺以外の獣人にそういうこと言うなよ。……勘違いされるぞ」
なにそれっと小さく笑う。
「俺もテレシアの眼、空みたいだなって、最初みたとき思った」
言うなりふいっと顔をそむけた耳が、少し赤い。寝るぞと言った切り静かになり……
「おやすみなさい、レオン」
ほのかな手の温もりに、柔らかいベッドに、まどろみは深くなっていった。
はぁっぁっ……ぁ……はぁっ
いき、が……もう許して……っ
ぐいいーーっと、動かないソレを必死に押し返したところで、目が覚める。
巨大な大根で押しつぶされる夢をみた……気がする。
目の前には白いボタンの服。力を込めた腕と服の間にわずかに開いた隙間だが、それでも背中に感じる両腕。
見上げると超絶美形、黒髪少年の寝顔が至近距離にあり……
ーーレオンに抱きしめられてる!?
瞬間、ドキリとして気を抜くと、また引き寄せられ、かろうじで身を捩って呼吸を確保出来た。
獣人の力は強いと聞いてはいたものの、身を持って体験したのは初めてでーー。当の本人は、ぎゅうっと抱きしめてきながら、あどけない顔ですぅすぅ寝息を立てている。
一体どんな夢見てるのよ……
そっとため息を吐きながら、まだ室内は薄ぼんやりとしていて、夜明け前だと知る。
まつ毛が長いなぁ……、肌が白いなぁ……、唇さくらんぼ色。手を伸ばそうとして、抱きしめられていて動かないことを思いだす。彼の心音と寝息を聞きながら、そのリズムと暖かさがむずがゆくも、心地よくて、もう一度瞼を閉じた。
ーーレオンも、寝ぼけた私にもふもふされるの、こんな気持ちだったのかな。
「……シア、朝だぞ……もう……きないと、遅刻する」
遠くで声が聞こえる……チコク……学校チコク……お母さん……? 今日、電車で行くから……まだ寝かせて。
重い口で返事を返して、あったかい枕を抱きしめながら顔をすりつける。
ーーん? あったかい枕?
ゆるゆると意識が浮上し、薄目を開けると目の前には白いボタンの服。
デジャブを感じて見上げると、両手で顔を覆ったレオンが……ただし、今度は私がレオンの胴体を抱きしめていて。
「おはよう~」
そのままへにゃりと笑うと、指の隙間から金色の瞳がチラリとコチラを見て
「はぁーー。おはよう。早く離れてくれる?」
耳まで真っ赤にして、大きなため息を吐かれた。
「我に宿し力よ、その末端を顕現せよ!! オーブ!!」
「はーい、じゃあ昨日の講義を思い出しながら、魔力をこの様に集めてみましょう!」
そう話す、女講師 ラエット・シェイバー先生の手と手の間に、水色と緑半々くらいの小さな光の玉ができている。
2日目の魔法の授業は、魔力の認識と可視化だった。
一斉に、ぶつぶつ言い始めては、あちこちで極小の花火のような光が散る。今日も隣に座るソフィア、エリアス、テオもぶつぶつ言っては何も出なかったり、光が弾けたりしている。
「この魔法は、討伐などの任務の際夜間の光源としても使えます! 複数の属性持ちは大変かもしれないけど、バランスは気にせず、まず小さな玉を一つ作ることができれば成功です!」
そうシェイバー先生が、講堂内を見て回る。
手と手を向かい合わせて、魔力を認識しながら、小さな玉を作るイメージで……
「あ、出来た……」
詠唱もしていないのに、イメージするだけで簡単に出来てしまった。虹色に、黒や茶色が混ざった不思議な灯りが浮いている。
左右にいるソフィア達がギョッとするのが脇目に見えるが、そーっと左手を離し光の玉を右手の上で浮遊させると、左手を挙げて……
「せんせー! 出来ました! ここからどうしたらいいのでしょう?」
ちょっと大きめの声で言うと先生が寄ってきた。
「よくできました。しかし……この色は……?」
「あ、わたくし全属性持ちなので、こんな色になってしまうみたいです! 全部混ぜちゃうとちょっと見苦しいですよね」
何気ない言葉だが、周囲はざわめいた。
「全属性……」
「全属性持ちなんて存在するのかよ……」
なんて声がうっすら聞こえた。えっと……不味かったかな。思い返してみても、属性に関しては秘密にとか言われなかったような気がする。
光の玉をそのまま維持するように言われて、右手の上でふよふよと浮かせたり戻らせたりして遊んでみた。イメージする通りに動いてくれる。
周りからもできたと言う声が上がり始め、ソフィアは茶色の光の玉、エリアスは緑と赤、テオはイメージ通り真っ赤な光の玉ができていた。
「わぁ、みなさん、綺麗な“オーブ”ですね!」
「わたし、魔法を使ったのは初めてです! 茶色いのに光っていて、不思議です」
ふふっと笑うソフィアがとっても可愛くて思わず見惚れてしまう。
「わっわっうわぁ!!!! 先生!」
「落ち着きなさい、セオドリック!! 両手を安定させて、小さく、丸くです!!」
声を荒げた生徒にダダっと走り寄りながら、先生の慌てた声が響いた。
黒板に近い位置の少年が手をわたわたさせて、中の光がグニャグニャと変形し大きくなりながら光を放ち、球状を維持できていない。
周りの生徒もサッっと離れる。今にも爆発しそうに見える。
「も、もうだめだっ!!」
「いけません!! おやめなさい!」
先生の静止を聞かず、セオドリックと呼ばれた少年は、ぶんっと手を振り回し光の玉を投げた! それは黒板とは反対方向へ飛んでいき、頭を屈めて避ける生徒達のその先には、背の高いーー
「ねこさんがっ!!!!」
咄嗟にそう叫ぶと、私もまた光の玉を投げ、それはセオドリックのものよりも早いスピードで飛ぶと彼の放った光と衝突し、小さく花火のようにパァンっと音を立てて散った。
「……よ、よくできましたテレシア! セオドリック、あなたは講義の後残りなさい!!!」
「くっ獣人如きどうなったところで……」
「セオドリック・オルド!」
「は、はい……。テレシア様? も、ありがとうございました」
セオドリックと呼ばれた少年は、一瞬聞きづてならないことを言いかけたように聞こえたけれど、先生にキツく言われるとこちらへ向かって会釈した。
それより……席を立ち、獣人さんへ駆け寄った。
「あの……お怪我は、ありませんか?」
背の高い……近くで見上げると180cmはあるのではないかと言うほどの、先程の獣人従者に声をかける。
少し暗い茶色のクリクリした髪を、一つに束ねて背中に流しているその獣人は、面白いものを見たように目を細めて頭を下げた。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。今は講義中ですので、後程改めてお礼にお伺いします」
スッと顔をあげた首には、チョーカーのようなデザインに何処かの家紋入りのアクセサリーが輝いていた。
ーーどこの家紋だろう……
背後からざわめきと、チラリと別の壁際を見れば、レオンが首を振っている。
「お礼なんて……お気になさらず。上手くいってよかったです。それでは」
ニコリと笑顔を返してざわめきとチクチクとした視線を感じながら、席へ戻った。
33
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる