猫がいない世界に転生しました〜ただ猫が好きなだけ〜

白猫ケイ

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14 【カミーユ】ある神殿長の回想2

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 それから程なく、国王陛下までもが神の御前へと旅立たれた。
 辺境地で魔物が溢れ、辺境伯からの応援要請に応じ、強大な攻撃魔法を持つ陛下自ら隊を率いて討伐へ向かった。陛下が魔力を使い切ったタイミングで、飛び出してきた魔物に……治癒魔法使いも同行していたが、どうにもならない状況だったそうだ。
 他国へ赴いていた私は急いで呼び戻され、皇太子であり友人であるユーグ・ルトルヴェールの元へ駆けつけた時には全てが終わった後だった。
 激動の年だった。



 そんなある日、神に祈りを捧げていると、突然雷に打たれたかのような衝撃が全身に走った。
 それは初めての感覚だった。
「……いかがされましたか? 神殿長様」

 そう、側にいた神官見習いが声をかけてくる。おじいちゃんとお別れしてから、私は頻繁に歪む自分の表情を隠すように白いベールをかぶりはじめた。
 神の元へ旅立たれただけだーーそうわかっていても、戻らないあの暖かな眼差しを、恋しく思い涙があふれる。
 外側から見ると白だが、内側から見ると透けて見えるという不思議なものだ。ユーグにも“お前の顔は凶器だからそのまま被っていたら”と推奨され……

 このベールのため、私は傍目からしたら急に天を仰ぎ見たようにうつったことだろう。

「いえ、何でもありませよ」

 何だったんだろう。
 努めて冷静に、返事をするが顔は真っ青になっていることだろう。手足がまだビリビリとするかのような、意識が強力な何かに吸い込まれそうになるかのような感覚に襲われ、必死にあらがった。





 6年の月日が流れる頃には、神殿長の役目にも大分慣れてきた。
 白い髪も、白いまつ毛も、ベールを被ったままでいることも相変わらずそのままだったが、どういう訳か、自室のベッドには時々女性が入り込むようになっていた。最初の頃は暗殺かと思い、魔法で攻撃までし、夜の神殿内が騒然となった。
 ……そんなことは教わったことがなかった。
 不可抗力だーー。
 神殿ではおじいちゃんがそうだったように、神に生涯を捧げるものだと思っていた。
 恋愛も結婚も制限がなく、男女では(時々同性も侵入していたのは謎だが)そんなことをするなんてーー。

 ベールを外すのは神殿内で食事をとるとき、入浴の時くらいで近年私の顔を見たことのある者は少ないはず。一体彼女達は、顔も知らない相手の何が良くて寄ってくるのだろう。



 その年も例年と同様、大神殿にて魔力測定を進めていた。進行は神殿長の勤め。
 沢山の貴族の子供が、次々と魔力測定を受けていく。貴族は魔力が強いことが多く、実は毎年目がチカチカする。しかしこれも大事なつとめ、淡々と次を促していく。

 金髪の少女が測定の玉に触れた途端、過去に経験のある衝撃を受けた。
 身体中の魔力が一点に集まる感覚があり全身がビリビリする。それと同時に、強烈に意識が何かに吸い寄せられ耐えることができない。
 見たことのない場所の光景が目の前に広がり、金髪の女性が沢山の獣人を従えている。
 その女性は、先ほど魔力測定の玉に触れた少女とよく似た空色の瞳をしていてーー。


 目があったかあわずかのところで、ハッとした瞬間見えていた光景と痺れは幻のように消え去り、しかし目の前には様々な色に輝く世界しか見えず、何が起きているのか理解が遅れる。

 ーーテレシア・ポムエットーー

 光の世界でその文字が目に入ると、かつての私のように、嘘偽りのない名としての書かれた子供が現れたことを知る。
 それは“守護者”の名を持つ公爵家の少女。

 私の測定の時、随分広い範囲が白い光に包まれ膨大な光魔法の使い手だと言われたが、彼女のこの様々な色はどういうことだろう。
 いや、答えは出ている。全属性ということか……



 大神殿での魔力測定が終わると、神官長から見習いまで神殿内の全員を集め、魔力測定の輝きに包まれた範囲を確認した。
 驚くことに、それは神殿の門まで確認され、王城から早馬が届いたことにより、王城までもが光に包まれていたことを知る。調査によるとその範囲は王都の門まで続いており、それ以上は不明だったが更に広い可能性もあった。念の為他国にある神殿へも確認するよう使いを出した。
 ただ、大きな騒動とならなかったのは不幸中の幸いで、門番への調査からも王都の人たちは気のせいかうたたねだと思っている人が多いとわかった。
 前代未聞の事態だ、当然だろう。


 素早く早馬へ返事を持たせユーグ・ルトルヴェール国王陛下とテレシア・ポムエットとの謁見を手配する。


 夜、ベッドへ入るとふいに、6年前……謎の衝撃が身体を走ったことを思い出した。
 6年前ーー6歳で行われる魔力測定ーー
 まさか! と思い、今日できたばかりの魔力測定記録書を確認する。そこには6歳であの玉に初めて触れた者の記録が残る。魔力測定の結果の他、生年月日もありーーテレシアの生年月日はあの日と一致した。


 あぁ……私が“神殿長”を神より任されたのは彼女のためだったのか……



 そんな考えが脳裏を過ぎると、おじいちゃんと過ごした暖かな日々までもあの少女によって与えられたかのような気がして、胸がいっぱいになった。



 翌日、王城で再び対面した彼女は、白と青の6歳らしいフリルのあしらわれたドレスを見に纏い、愛らしい。しかしその瞳には、深い知性が感じられるーー気がした。いや、私は6歳の少女に何を考えているのだろう。
 公爵夫妻にも、陛下にも見てもらった方が早いだろうと、魔力測定の玉に再び彼女に触れてもらう。
 そして昨日と同じ現象が起きる。


 多様な光に包まれる世界と、名前と“守護者”の文字の間に謎のーー文字と思われるもの。

 該当する文字や記号の記録はなく、誰にも読めないものであることから、神よりテレシア様にのみ知らされた“名”なのだろうと推測する。
 そして私の脳裏に浮かんだあのイメージ、テレシア様の噂も考慮すると、おそらくその文字は……

 王城の別室へ移動し、獣人の話を振られたテレシア様から魔力の揺らぎが感じられた。
 子供は感情の変化が激しく、魔力のコントロールもままならない場合が多い。落ち着いていただこうと、そっと手に触れると、軽く痺れのようなものが指先に走る。
 やはり6年前の衝撃は、この子と関係がある……


 
 謎の文字が読めるのではないかと話をふると、瞳を泳がせた彼女は熟考ののち、その文字は“獣人”であることを明かした。



ーーテレシア・ポムエットーー獣人の守護者ーー



 この世界で権利を確立しておらず、家畜である馬と同様あるいはそれ以下の扱いをうけ売り買いされる存在である獣人。そんな獣人を守護するものが、神によってもたらされた。これは大変な意味を持つ。
 神が獣人の守護を望んでおられることに相当する。

 神のご威光が絶対である神殿では、テレシア様が獣人の守護者であれば、獣人を保護しテレシア様が守護できるようサポートしなければならない。全力でサポートすることができる。
 逸る気持ちを抑えようと甘い甘い紅茶を流し込む。幸せとはこういう感情を言うのだろう。



 神の、並びにテレシア様のご威光を知らしめようと捲し立てれば、
 しかし突然そのような発表をすれば、テレシア様のお命が狙われる可能性を暗に指摘される。それ程まで獣人への差別は深く、愛玩者も多い。獣人が、不都合の多い者がいるのである。
 また、彼女がいかに聡明に見えても、まだたったの6歳。かつての私と同様、沢山のことを学ぶ時間が必要であることは明白。
 魔力測定で多数の“6歳の子供”を見てきた私には、彼女が公爵令嬢であることを差し引いても、どうもただの6歳には見えなかった。



 しかし何であろうと関係ない。
 なぜ私が神より“神殿長”の名を賜ったのか。
 その理由が彼女にあったとするならば、神に感謝し仕えていたと同等の感謝を彼女に贈ろうーー
 そう、思わずにはいられなかった。



 ポムエット公爵家が帰路についた後、ユーグにもその様な話をしたところ
「お前ーー、神殿に篭ってばかりでついに、おかしくなったか? 大人の女を見繕ってやるから今すぐそのこじらせをどうにか……」

 と、あまりに私にとっても、テレシア様にとっても失礼なことを言われた。
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