猫がいない世界に転生しました〜ただ猫が好きなだけ〜

白猫ケイ

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2 ねこしゃんのお名前

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「ねこしゃん……っ!」
 気がつくとベッドの上だった。馬車で寝てしまったのか、帰ってきた記憶がない。
 2歳の身体は、自分で思うより疲れやすいみたい。大きなベッドからぴょいっと降りると部屋の外へそっと出てみる。ラーダも他のメイドもいない。
 窓の外は既に暗く、一先ず食堂へ向かって行くと人の気配がした。
 
「獣人がテレシアの言っていた“ねこしゃん”だったとは……」
「わたくしが許可したところへしかお出かけしたことはないはずですが、一体何処で獣人と出会ったのでしょう?」

 金髪に私と同じ青い目をしたお父様と、金髪にふわふわの巻き髪のお母様が話している。どうやら“獣人”さんの名前を“ねこしゃん”だと思っていいるみたい?

「テレシア様! お部屋にいらっしゃらないので探しましたよ。こちらにいらっしゃったのですね」

 入れ違いになったみたいですね、と背後からラーダが話しかけてきて、両親にも聞こえたらしくピタッと会話が止まる。
 ラーダに促されて食堂へ入ると、立ち上がり優雅に早足気味で寄ってきたお母様に抱きしめられた。

「目が覚めたのね。テレシアちゃん、どこも痛いところはない?」

 お医者様にも診ていただいたけれど、とお母様が付け足すと、心配をかけて申し訳ないと思いつつ獣人の男の子はどうなったのか気になって仕方がない。

「お父しゃま、お母しゃま、ご心配をおかけし申し訳ごじゃいましぇんでした。テレシアはこの通り元気でしゅ!」
「あの……わたしの連れてきた男の子は、どちらにいましゅか?」

 お母様に抱っこされて隣の席へ座らされると、食欲をそそる香りのディナーが運ばれてきた。
 2歳児の体の影響か、お腹が空いて我慢できず一先ず食事に手を伸ばす。

「テレシア、怪我がなく本当に良かった。怖かっただろう……。食べながらでいいから聞きなさい。」
「獣人の前に飛び出すことは本当に危ないことなんだぞ。彼らはとても力が強い。まだ魔法を使うことのできないテレシアにはぎょしきれない、とても無謀むぼうなことなんだ。わかるかい?」

「はい……お父しゃま、ごめんなしゃい……」

 しゅん、と下を向くと思わず口が尖ってしまう。だって、最初は猫だと思ったし獣人なんて知らなかったんだもの。中身は高校生なのに、感情に引っ張られて俯いた視界にうるうる水がたまる。

「なっ……! お父様は怒ってないよテレシア。ただ、とても危ない行為だとわかって欲しいんだ。大切なテレシアに怪我をしてほしくないから……」

「はい、お父しゃま」

「それで、あの獣人の子供のことだが、既に商人から買い取ってある。どこかへ連れて行かれることも、危ない目に遭うこともない。安心し」
「ありがとうお父しゃま!」

 食い気味にお礼を言うとぱっと満面の笑顔を浮かべた。あの子の安全は確保されたみたい。
 やった! と鼻息を荒くしていると、お母様がニコニコしながらこちらをみている。

「あの子がテレシアの言っていた“ねこしゃん”で良いのかしら? 何処でお友達になったの?」

「あの、あのね……? ……夢で見たの! “じゅうじん”のようにしゃん角のお耳で、もふもふの尻尾の動物しゃん、いない?」
「夢では、しょれを“ねこしゃん”って言うの」

 どう話そうか考えながら夢で見たことにした。前世の記憶もこの世界にとっては夢みたいなものだ、あながち嘘ではない。

「うーん……それは魔犬のことかい?」
「全身もふもふ、なでると幸しぇ、尻尾まっしゅぐなの!」
栗鼠くりねずみ?」
「お耳、しゃん角。お耳も尻尾も“じゅうじん”しゃんみたいな形なの! このくらい! 大人のお膝で丸くなる大きしゃなの」

 両手を頭の上で精一杯三角形にしたり丸にしたりすると、両親は うーん、と考え込んでしまう。
 栗鼠ってリスみたいなものかな……なぜ猫がいない! これまで何度訴えても飼ってもらえないわけだ……。

「ではあの獣人の子供は、テレシアの知り合いだから庇ったわけじゃないんだね?」

「まぁ……。返却しますか?」

「ゴホッゴホッ」

 両親の話にむせてしまう。奴隷のようなものなのかと推測はしていたけれど、私より少し大きい程度の男の子の売り買い返却がまかり通るとは……この世界での獣人の扱いは中々酷い。

「ま、待ってくだしゃい。夢で見た憧れの“ねこしゃん”が人になっただけなの。あの子とお友達になりたい!」






「お前……! 俺を買い取って何が目的なんだ!」
「ね、ねこしゃん、テレシアとお友達になって!」
「……はっ?」

 晩餐の後、すぐ獣人さんのいる部屋へと連れて行ってもらった。

「お嬢様、それでは色々説明が不足していますよ」

 獣人さんが怖がるといけないので付き添いはラーダと、ピクニックへ同行した騎士2人が部屋の入り口に控えている。
 獣人の男の子はお風呂に入ったようで、汚れが落ち、ピンと張りのあるシャツに膝丈のズボンを履いていた。
 目の下まで伸びた黒い前髪はそのままだが、何よりぴこぴこと動く耳が、ペシペシと不機嫌を奏でる尻尾がより一層ふわふわして見える。

 改めて椅子へ座ると、ラーダがテーブルにサンドイッチとジュース、お菓子を並べてくれた。
 話し始める前にクッキーを頬張ると、男の子がじっとこちらを見つめていた。

「ねこしゃんも食べて……! うちに来てから何か食べた?」

 ぐぅぅ~……男の子が答える前に彼のお腹が返事をした。

「ほら、毒とかありましぇんよ。安心して、食べて!」

 サンドイッチの並ぶお皿から適当に一切れ手に取りかじってみせ、同じ具材のそれを差し出す。

「テレシア、だっけ。お前みたいな高貴なやつが一体どういうつもりだ? ……獣人をなぶる種味でもあるのか?」
「お嬢様に向かって無礼な……!」

 扉にいた騎士がすかさず手を構え今にも魔法を放ちそうだ。サッと手を上げてそれを制する。

「わたしは、まだ2しゃいの女の子でしゅ! このままならない喋り方を見て、わかりましぇんか? メイドのラーデャすらまともに“ラーデャ”と呼べないようなお子しゃまでしゅ!」

 一生懸命口を動かしても“ラーダ”と呼べないことをもどかしくもアピールしながら、受け取ってもらえなかったサンドイッチをお皿に戻しふんすと鼻を鳴らす。自分で自分をお子様と言うのは中々悲しいものがある。クスクスっと笑いながら、ラーダが代わりに話してくれた。

「お嬢様のお世話を任されております“ラーダ”と申します。ここはルトルヴェール国にあるポムエット公爵家です。先程部屋にお連れした際お話ししました通り、テレシア・ポムエットお嬢様のご希望で公爵家が貴方を商人より買い取りました。既に隷属魔法も書き換えられています。」

 “隷属”という言葉に思わずドキリとした。隷属主に攻撃できないようにする契約魔法の一種らしく、私が眠っている間にお父様が魔法を行使したそうだ。

「わたしは、れいぞくとかしょんなつもりはないの……。ただねこしゃ……あなたとお友達になりたくて、商人から解放しゅるには、一旦しょうしゅるしかないんだって」

「……」

「お名前は、なんて言うの?」

「…………」


「……ない」
「……だから俺は“ねこしゃん”なんて人じゃない」

 ぽそっと呟いた。そう言って横を向く彼の顔は伸びた髪で見えないが背中を丸めてしょげているのがわかる。
 この世界に転生してずっと、公爵家のみんなに愛されて育ち、名前がない子供がいるなんて考えもしなかった。愛されるべき存在の化身であるかのごとき猫、その猫によく似た愛らしい耳と尻尾を持つまだ幼い彼がーー。あのふわふわの耳と尻尾を見ても誰も庇護欲はそそられないのだろうか。この世界の人の目は節穴か! 感情がすぐ反映される身体はふるふると震え目の前に水がたまってきた。
ーーとそこで閃いた。


「ーーじゃあ、わたしがお名前、つけてもいーい?」


 ニコリと微笑むと堪えきれなかった涙が目の端に浮かんだ。
 弾かれたように顔を上げる彼の前でうーんと考える。

「レオン、レオンはどうかな?」

 ギリシャ語でライオンという意味もあるらしい。ねこ科の中でも強い百獣の王ライオン、前世を覚えているわたしにしかわからないけど、そんな意味を込めてーー。

「レオン……」

 尻尾をくねくねさせながら、レオンの顔が赤く染まったのが見えた。そのままサンドイッチに手を伸ばしてパクパク食べ始めた。悪くはなかったみたい。

「いっぱい、食べてね!」


 獣人の男の子は“レオン”と言う名前を受け入れてこの日は解散となった。
 花畑でピクニックもしたし大の大人、商人たちを吹っ飛ばしたし、2歳の身体はへとへとだ……。あれ? そういえばあの商人はなんで吹っ飛んでいったの?
 湯上がりほかほかでベッドに入ってしまったら考えもままならず、意識は睡魔に攫われていったーー。


 
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