放課後discussion

まるおさん

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横断歩道

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「そういうの、女子は結構気づいてるから気をつけたほうが良いよ」



「いや、そうともいかん」



  通学中の横断歩道。
  年頃並に人目を気にしながら、あくびを手で隠す。
  今日は何か良いことはないかな?  と、願望にもならない事を考えながら、信号が緑になるのを待っていた。

  同じ制服、違う制服、私服、スーツの女性など色々な人間が否応なく視界に入り、すれ違う。

  ゆっさゆっさ。

「……」



  昼休み。
  永遠とも思えた朝の微睡みと別れたのも束の間。母親の持たせてくれる弁当を完食し、ぼんやりと一時の食休みを取る。なんとなくスマホを手にしてはみたものの、何をするでもなく、ぼーっと教室を眺めていた。もちろん視線の目標は無い。目に映る白い人間の真ん中辺りをウロウロしているようなそんな感じ。
  と、昼下りの一時を満喫していると、それをぶち壊す無粋な台詞と共にタチバナが現れた。

「女子ばっかり見て、キモ」
「いや見てないし」

  声の方を見ると、顔は澄ましているものの、悪い笑みを眼に浮かべているタチバナが居た。
  タチバナは前の田中の席の椅子を引いて横向きに座った。
  やめてやれよ。いつも田中が困ってるでしょうが。そういうの陰キャは声かけられないんだぞ。

「朝も駅の交差点の所で、女の人のおっぱいガン見してたよね」
「ガン見はしてない」
「見てたのは認めるんだ……」
「見てないという証拠がないからな。反証が出来ない」
「うわぁ……」

  タチバナは露骨に引いている。まぁ、感想は色々あるだろうが当然だろう。

「そういうの、女子は結構気づいてるから気をつけたほうが良いよ」
「いや、そうともいかん」

  タチバナの善意の忠告に珍しく逆らって見せた。
  良識に則った忠告には基本的に素直に従うのが僕のスタンスなのだが、今回は一つかねてより考えている事があった。実際、タチバナもそれには意外だったようで、少し驚いた様子である。ちょうど今回の話の話題になりそうだったので話す事にした。

「思うんだがな?  確かに人様をみだりになめ見回すのは当然駄目だが、無意識に目線が行くというのは許すべきだと思うんだ」

タチバナは少し呆れた様子で「まあ、まず聞いてあげようかな」といつも通り聞く姿勢になった。

「まず、生物の雄雌の違いとして、一番大きな身体的特徴の違いである以上、持たざる側としてそれに反応してしまうのは仕方ないと思うんだ」
「それはまあ、解らなくもないかな。同性同士でも、やっぱり目についちゃうって事はあるしね」
「理解を得られて嬉しいよ」

  同意を得られたことに笑顔を返すと、それまで穏やかに戻りかけていたタチバナの顔がまた少し引いたような気がしたが気にしない事にした。

「で、次が本題なんだが、僕ら十代に関しては、ある程度意図的に見てしまっても許されるべきだと思う」
「……はぁ」

  察し良いタチバナが珍しく飲み込めていないようなので、説明する事にした。

「いやまず、多感で、未熟な、若い、ティーンエージャーとしては、やっぱり異性の象徴として反応してしまうのは仕方の無い事だと言うのは、さっきの部分と重なると思う。で、思ったんだが、社会に出たらそうともいかんだろうと思ったんだ。
  例えば、働き始めると相手が取引先とか、お客さんだとか、やっぱり失礼をしてはいけない相手が多くなる訳じゃんか。そうじゃなくても歳を取ってからもそういうのに一々反応しちゃうからセクハラとかが起こるんだろうし。でも、それまでに免疫や慣れがなければやっぱり反応しちゃうと思うんだよ」

  今の今まで「はぁ」と相槌を打っていたタチバナが、最後に少しため息を吐くと、久しぶりに口を開いた。

「だからこそ、その慣れや練習の為に、今は許してって言う訳だね?」
「……弁護側からの説明は以上です」
「……」
「……」

 タチバナは細い腕を組み、目をつむり少し考え、しばしの沈黙の後答えた。

「有罪。ただし執行を猶予するってところかな?」

  有罪判決。判決を受け止め、震える声で言った。

「……理由をお教え頂けますか?」
「無意識に目がいっちゃうっていうのは確かに仕方無いと思うけど、開き直っちゃったら駄目だよ」
「…………反省します」
「よろしい」

  少し胸を張り得意そうな顔を浮かべるタチバナ。今日初めてまともないい顔を見た気がする。

「それに、見たいものばかり見るより、見るべき所をちゃんと見れた方が、紳士的で格好良いと思うよ」

  正に理想だな。男女だろうが、仕事だろうが、人間はは見たいものを見て、見たくないものは、見ず、見えず、見ようともしない。しかしコイツが言うと、なぜかそう在りたいと思えてくる。それも若さか。
  
「十理ある」

  タチバナの大きく澄んだ目を真っ直ぐにみて、軽く笑って同意した。
  閑話休題。予鈴が鳴り、そろそろ午後の授業が始まる。

「そろそろ自分の席戻るね」
「おう。田中もさっき戻って来てた所だ」
「ありゃ、悪い事したなぁ」
「まあ、大丈夫だろ、手振ってるし」

  見ると教室の入り口の所で田中が嬉しそうに手を上げて見せていた。

「いつも使わせて貰ってるから、ちゃんと謝っとかないと」
「律儀なのは良い事だ」
「あ、それと……」

  タチバナは振り返って白い制服の襟元を押えて言った。

「あと、やっぱり話す時は胸じゃなくて目を見てた方がいいと思うよ」
「早く戻れよ」

結論、目は口ほどにものを言う。言ってる事は大体本音。

  
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