同人女の異世界召喚

裏山かぼす

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第二章 気づきの冬

68 ネッカーマ伯爵令嬢

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 ジュリアと一緒に居たいからか、それともルイちゃんが気になるからか、ユリスト嬢は貴賓室までの案内を自ら買って出て、テンション高く彼女らに話しかけながら歩を進める。
 その後ろをラガルティハが着いていって、更に後ろ、最後尾を私とモズが居る。ラガルティハとモズは単に会話に混ざらず(あるいは混ざれず)、私自身は自分からは話さないだけで、ちゃんと話は聞いているし、時折相槌も打っている。

 いや何かさ……若い女の子がキャピキャピしてる中に混ざるのは、喪女的にちょっとキツいなって……いたたまれなくなっちゃうんだよね……。
 コミュ障童貞のラガルティハも同じ気持ちなのか、助けを求めるように私に視線を送ってくる。
 いや無理だって。ルイちゃん取られた気分になってしまって寂しいのは分かるけど、いくら何でも私にも出来ないことはあるって。諦めろ。

 耳に届く三人の会話を聞きながら、何となしに窓から見える海を見て、そのまま反対の廊下の壁を見て――そこで私は、あるものを見た。

「あれ……?」

 既視感に足を止める。急に立ち止まった私の背中にモズがぶつかったが、好機とばかりにそのまま両腕を私の腰に回して抱きついた。

 私が足を止めた原因は、飾られている絵画にある。海辺に佇む黒いドレスの女性と、海の向こうに小さく、人のような、魚のような――端的に言えば、人魚が描かれている。

 見たことの無い絵だ。そのはずだ。
 だというのに、どこかで見たような気がした。

 ルイちゃんが私が立ち止まったのに気が付いて、私の元に来て、それに追従するようにラガルティハも来る。芸術に明るくないルイちゃんでも何か感じるものがあったらしく、絵画を見て「わぁ、素敵な絵……」と小さく感嘆の声を漏らしていた。
 ジュリアとユリスト嬢も気付いたらしく、二人も立ち止まってしまった私の元に来た。

「素晴らしい絵画ですね。ネッカーマ伯から以前聞きましたが、こちらに飾ってあるものは全てユリスト嬢が描かれたとの事ですが……」
「その通りです! とは言っても、まだまだ未熟ですけど」
「ご謙遜なさらないでください。このような斬新なタッチの絵は見たことがありません。百年に一人の天才だと言われるだけはあります」
「でへ、でへへぇ、そんなぁ……照れちゃいますよぅ……」

 ユリスト嬢はオーバーリアクション気味にしなを作り、身悶えするように体をくねらせる。ちょっと笑い方が汚いのに何となく親近感が湧いた。
 なんか、妙にオタクっぽさを感じるんだよね。お嬢様っぽさが薄いんだよなぁ。

 確かにジュリアの言う通り、現代の美術史で載っているような油絵や水彩画とは違い、画材こそアナログではあるが、描き方が完全に現代の厚塗り系キャラ絵のそれである。この世界だと、「個性的」と評されてもおかしくない描き方だ。
 だが、私が感じた既視感は、そんな広義的な所には無い。もっとピンポイントな、言ってしまえば、個人の手癖のようなものにデジャブを感じたのだ。

 見た事のある絵柄。その絵師の名を、私は無意識に口にしていた。

「黄昏らむね、さん?」

 黄昏らむね。その名を持つ人物は、ツブヤイターで活動する百合絵師である。
 ARK TALEの百合カプを描き、その中でもかなりドマイナーな、期間限定イベに出てくる声を失った宙族・巨人魚セレナと、慈母と呼ばれているシスターのヘレンの百合カプをメインにしていた。

 たまたまリツイートで流れてきた彼のセレヘレ絵に一目惚れしてフォローし、それからは絵が投稿される度にRTしては感想をツイートし、匿名感想ツールのマカロンで感想をちょくちょく投げていた。
 気づいたら相互フォローになっていたが、完全に挨拶リプをするタイミングを逃した上に向こうからもリプが飛んでくるわけでもなく、結局、互いに存在を認識し、互いの呟きや作品を静かにふぁぼる間柄に留まっていた。

 ただ、私が召喚される一ヶ月前程に突然ツブヤイターが更新されなくなってしまい、当時は彼もジャンル離れしてしまったのかと結構なショックを受けたものだ。

 彼は絵がとんでもなく上手かったが、フォロワーは少なく、自カプを生産するカプ村民が彼くらいしか居ないくらいのドマイナーカプな上、彼がARK TALEにハマったのは割と最近のことで、イラスト投稿サイトにあるセレヘレ及びヘレセレ作品は、一桁とは言わないが二つ合わせてもかなり少なく開拓されていない。

 カップリングが覇権になる定番パターンは、フォロワー数の多い有名絵師数人が、該当するキャラクターが登場してすぐに、短スパンで作品を量産することだ。旬が過ぎてフォロワー数も少ない人が一人で黙々と頑張ったところで、奇跡でも起こらない限り増えないのが現実だ。
 それにカップリング=BLのイメージが強く、実際日本のカップリング界隈では腐女子の層が厚く力が強いので、主に覇権になるのはBLカプであり、喋らない系主人公のカップリングを除くと、男女カプや百合が覇権になるのはごく稀である。

 カプ推しオタクならありがちなことだが、自カプが増えないことに心と筆が折れて、描くのを辞めてしまったのだろうと思っている。
 応援として何作か私もセレヘレとヘレセレの二次創作小説を書いて投稿していたが、やはり小説は二次創作において力になれないのだと痛感した出来事だ。

 不意に視線を感じて振り返ってみると、ユリスト嬢が信じられないものでも見るかのような顔で私のことを凝視していた。そこで私は、はっと気付く。

 そうだ。此処に飾られている絵は、ユリスト嬢が描いたものなのだ。自分の描いた絵を凝視していると思ったら急に知らん絵師の名前なんか呟かれたら、そりゃあ「これ黄昏らむねさんの絵じゃね? パクリじゃね?」と疑っているんじゃないかと勘違いしてもおかしくはない。

 言い訳すら思い浮かばず、あうあうと声にならない声が漏れる。そうしている内に、にぱっと笑顔を浮かべたユリスト嬢は私と距離を詰め、話しかけてくる。

「トワ様、でしたよね。ルージュリアン様からお聞きしましたけど、飛花出身の方なのですよね?」
「へ? え、あ、はい、まあ……」
「私、飛花の方に出会ったら、是非見て欲しいと思っていたものがあるんです! ルージュリアン様、少しトワさんをお借りします! お部屋は三部屋先のお部屋ですから、先に行っててください!」
「わかりました、案内ありがとうございます。トワ、失礼の無いようにな」
「あ、はい。あっ、すみません契約上モズは私から離れられないので、この子も一緒でも」
「構いませんよ! さあさあ、こっちです!」

 ユリスト嬢はお嬢様らしかぬ強引さで私とモズの手を引き、とある部屋へと連れてくる。ただ、特に部屋の中に何か珍しい物があるわけでも無く、私は即座に、お話するために連れて来たんだと理解した。

「あの、さっき呟かれていた人について、教えていただけませんか?」

 静かに扉を閉めて、ユリスト嬢は静かにそう問いかけてくる。
 予想通りではあったが、激昂されなかったのは意外だった。てっきり詰問されるのかと思っていたが、思いの外冷静且つ神妙な顔つきで、プライドを傷つけられて怒り心頭、なんて様子は無かった。
 もしかしたら、自分と似ている絵柄の人物を単に知りたかっただけか、あるいはこの画風を生み出したのは自分だったはずなのに先駆者が居たかもしれない、と不安に思っているのかもしれない。

 腹を括って、私は素直にらむねさんについて話すことにした。

「私の故郷に居た絵師さんでして、まあ知名度はそこまではありませんでしたが……でも、あの人の描く絵の雰囲気と言いますか、やや荒めのタッチなのに無駄が無い絵柄が好きなのは勿論なんですけど、一枚の絵に込められたストーリー性というか、世界観……いや、そこから感じられる空気が素晴らしくて。本当に尊敬する絵師さんなんですよ。あんまりにも好きすぎて、長文の感想をマカロ、ゴホン、匿名で何度も送ったりしてました」

 ユリスト様は扇子で顔を隠しているが、その扇子を持つ手がぷるぷると震えているし、尻尾も犬耳もひっきりなしに動いてる。
 怒らせてしまったか、と思った瞬間、彼女は震える声でぼそりと言った。

「それ僕です……」

 数十秒の静寂。沈黙に飽きたモズが私の服の裾を引っ張って、それで意識が戻ってきた。

「……何て?」
「黄昏らむねとかいう絵描き……それ……僕のこと、です……」

 聞き間違いかと思って聞き返してみたが、そうでは無かったらしい。
 ぷるぷると、恐らく照れと羞恥に震えるユリスト嬢は扇子を閉じ、茹で蛸のように真っ赤になった顔を晒す。挙動不審に涙目で視線を彷徨わせつつ、「ツブヤイターのアカウントID、@TwilightLemonade1853で、あっ、トワイライトとレモネードはくっついてますけど、それぞれ頭文字は大文字です……」と、大凡この世界では聞くはずの無いワードを、羞恥で呂律が回っておらずつっかえながらも、思い出したり考えたりする素振りすら無く発言する。

 それだけで、私は察した。
 少なくとも、中身はこの世界の人ではなく、同じ地球から来た人物なのだと。

「らむねさん?」
「はい……」
「セレヘレもしくはヘレセレの?」
「はい……」
「ご本人?」
「はい……」

 再びの沈黙。
 そして数秒後。

「――えぇーーーーーっ!?」

 恐らく屋敷中に響き渡っただろう声量で、私は驚愕の声を上げた。
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