同人女の異世界召喚

裏山かぼす

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第一章 始まりの秋

32 ふわふわのちいさいいのちのぬくもりは愛おしい

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「ただいまー」
「お帰りなさい。外、寒かったでしょ?」

 家に帰ってきた私は、家の中に向かってそう声をかける。
 休日を裁縫や編み物に費やしていたルイちゃんは作業に集中していたらしいが、私の声に気付いたらしく、編んでいたマフラーを一度テーブルに置いて出迎えに来てくれた。

 ルイちゃんはいつも見送りや出迎えをしてくれるが、その度に「良妻か? あれ、私ルイちゃんと結婚してたっけ? もうモズが私とルイちゃんの子供ってことで良くない?」と脳がバグってしまう。
 未成年で垢抜けないドタイプの清純な良妻とか倒錯的すぎるよぉ……児ポになっちゃう……負けないで、私の理性。

 いや、この世界の設定的にはルイちゃんは成人してるけど、それでも私の常識的には十六歳は子供なんです! 私は良識のある大人だから手出ししたくない! でもルイちゃん本人が無自覚に私の性癖を刺してくる! 俺×ルイは地雷とかいう言い逃れが出来なくなるくらい心が滅茶苦茶にされてしまう、というかされてしまってる! この前の正妻ヒロインムーヴで脳を焼かれて炭を通り越して灰にされてんだよこっちはよ!

 ルイちゃんより幼い明らかな子供であるモズが居なかったら、近いうちに理性が爆発していただろう。間違いない。

「日差しが暖かかったから大丈夫だった。とはいえ、風は冷たかったし、そろそろコート着なきゃ夜出歩けないわな」

 話ながら家に上がったせいで、洗面所に寄るのを忘れてしまったことをリビングに入った時に思い出す。
 戻るのも面倒なので、そのままキッチンの洗い場に寄って手を洗う。寒くなってきたし、これからは風邪が流行る季節になる。感染予防はしっかりしておかなければ。
 というか、もう流行り始めている。ここ一週間くらい、明らかに咳止めや解熱剤を求めるお客さんが増えているのだ。
 本格的に流行する前に布マスクでも導入するべきか、とも考えたが、布マスクは不織布マスクより効果が薄いと聞いた事があるのでどうしたものか。効果が薄くても導入した方が良さげな気はする。

「じゃあ、明日はお店をお休みして、冬服を買いに行きましょ! モズ君の服も買いに行かなきゃだし」
「えー……あんまりお客さん来ないとはいえ、繁忙期に入るんだから店は閉めたくないんだけど……」
「一日くらい大丈夫だよ。それに、本格的に寒くなる前に買いに行かないと、着るものなくなっちゃうでしょ?」
「まあ、そりゃそうか」
「モズ君も、それでいいかな?」
「ねえちゃんが良いんならそれでえい」

 手を洗い終わって、拭いている時に、モズが変わらず私の傍に寄り添っている事に気が付く。
 彼は育ち故にか、基本的に音も無く動くし、いつ離れていつ戻ってきたのか分からない。それと心臓に悪い。
 先日夜中にトイレ行った時、行きは着いてこなかったのを確認していたはずなのに、用を足し終わってドアを開けたら扉の前にモズが居た事があった。
 あの時はビックリしすぎて腰を抜かしかけた上に、出し切ったはずの黄金水をチビるかと思った。

「モズ、ちゃんと手洗った?」
「うんにゃ。めんどっちいからしとらん」
「外から帰って来たら手を洗う! 最近風邪流行ってるんだから、感染予防ちゃんとしないと駄目でしょ。というか、薬屋が風邪引いたら医者の不養生でしょうに」
「……? ねえちゃんの言うことは難しくてようわからんち」
「トワさんはね、風邪を引かないように手洗いをしっかりしようね、って言っているんだよ」
「……風邪引いたら、ねえちゃんから看病してもらいる?」
「するはするけど、仕事を優先するからね? 当然、私が仕事してる最中は一人で留守番しててもらうよ」

 そう言うと、モズは慌てた様子で手を洗い始めた。
 扱いやすくてよろしい。

「ちゃんと30秒は洗うんだぞー。……そういやヘーゼルは?」
「ほら、あそこ」

 ルイちゃんが指さした方には暖炉があって、その手前辺りに、猫用布団より一回り小さいサイズの布団の形をしたクッションがあった。
 お布団クッションが膨らんでいて、よく目をこらすと、膨らんだ羽布団部分が少しだけ上下に動いている。

「出来た瞬間に入ってから、ずーっとあの状態なの。気に入ってくれたみたいでよかった」
「あーんの野郎、予想はしてたけどすっかり野生を忘れおってからに……」

 私は冷水で冷えた手を温めるべく、お布団クッションに両手を突っ込んだ。

「プッ!?」
「おお、温い温い」

 突然の侵入者、それも冷えっ冷えの手に、聞いた事も無いような声を上げてヘーゼルがびくりと体を震わせたのが感触で分かった。
 そこに、今度こそ手を洗ってきたらしいモズがやってきて、私がお布団クッションに手を突っ込んでいるのを見て、何を思ったか私の真似をして同じように、まだしっとりとしている冷たい手を突っ込んだ。再びビクリとヘーゼルの体がびくついた。

「おお、ぬくいぬくい」
「……シャーッ」

 ヘーゼルは風通しが良くなった上に暖を奪われ尽くされてしまったお布団クッションからのろのろと這い出てくると、目を白黒させつつ私とモズの姿を認識した後、顔を歪めて威嚇をする。
 顔の付いた毛玉が怖い顔をしようが別に怖くは無いんだよなぁ。

「ああ、折角気持ち良さそうに寝ていたのに……可哀想だよ」
「良いんだよ、コイツの扱いなんて多少雑でも」
「トワさんって、お馬さんにしろ猫ちゃんにしろ基本的に動物はすごく可愛がるのに、どうしてヘーゼルちゃんにだけは辛辣な対応するの……?」
「チンチラモドキが嫌いって訳じゃないし、むしろ好きなんだけど、ちょっとコイツには個人的恨みがあるからね。というわけでちょっとヘーゼル借りるよ~」

 実際一度殺されてるようなものだからね。良い印象は持たないわな。仕方ないね。

 私はヘーゼルの首根っこを掴んでお布団クッションから引きずり出して、ルイちゃんの「あんまり意地悪しちゃダメだからね!」という声にひらひらと手を振って返して、自室へと向かった。
 道中、モズが相変わらず着いて来ていたので、すぐに戻るから下でルイちゃんと待っていなさいと伝えて一人で自室に入る。
 二人きりになった瞬間、ヘーゼルは大変不機嫌そうな寝起き顔で人語を喋った。

「もう少し優しい起こし方は出来ないのかい?」
「優しく起こされたかったら、そうしてもらえるような言動をして欲しいんですがねぇ?」
「僕は努めて君のバックアップをしているじゃないか」
「そのバックアップがガバすぎるんよ。というか、バックアップに努めているとかほざくんだったら、魔法少女のマスコットキャラばりに常に近くに居て欲しいんだよなぁ」

 ヘーゼルをベッドの上に下ろすと、一度ブルルッと体を震わせて、寝癖の付いた毛をふんわりまん丸に戻す。
 仕草だけ見れば本当にただのふわふわのちいさいいのちで可愛いんだけどなぁ……。

 私もベッドに腰掛けて、ヘーゼルに話しかける。

「今日モズのアレソレの手続きに行ったじゃん? ついでにジュリアに頼み込んで、戦い方を教わることになったんだけどさ、メインウェポンとして銃を使おうと思って、普通に銃の制作頼んじゃったんだよね。これ歴史改変になったりしない?」
「うーん……まあ、大丈夫じゃないかな。確か、銃が普及し始めたのはもう少し先の話だけれど、その前にも似たような武器は作られたことがあったはずだ」
「そうなん?」
「とはいえ、実際は旧時代の武器を模した美術品みたいなものだったよ。ただのハリボテで、構造的に使えなかったね」
「よかったー、それなら一丁くらい私が持ってても『美術品です!』って言い張ればいいか。とりあえずは一安心だわ。ああそれとさ、私がスペルを使えない原因って、特定の属性同士で相殺し合ってるからっていう可能性無い?」
「ああ、なるほど! そのせいでスペルが使えなかったんだね」

 見た目だけは可愛い顔をきゅるんと輝かせる。何かが胃の腑に落ちたようだった。

「何か心当たりが?」
「モルド体と一口に言っても、細かく分類すると何種類も存在していてね。その中でスペルとして活用される属性モルド体が何種類か存在しているんだけど、それらを同じ比率で組み込んだことが原因だろうね」
「おめーーーーーの設計ミスじゃねーかバーーーーーカ!!」

 つい小学生みたいな罵倒の言葉が出てしまったが、私は悪くない。と思いたい。
 だってこの世界のルールとかを良く知っていて「チートの力を授ける」とか豪語していた自称神のくせに、そんな初歩的ミスでチートが出来ないとか、世の中の異世界召喚最強チート希望の人から非難の声が上がるぞ。
 これが「自ジャンル世界に召喚された同人女、推しを愛でつつチート無双で世界を救います!」とかいうタイトルのネット小説だったら「タイトル詐欺」と言われていたことだろう。

「だけど理論上は使えてもおかしくないんだ。君に属性モルド体を使う才能が無いのが原因だよ」
「机上の空論を押しつけんじゃねえ!」

 声量を抑えつつそう反論した瞬間、部屋のドアが派手に開く。驚いて1センチくらいベッドから浮いたかもしれない。
 立っていたのは、モズだった。どこか警戒しているような顔つきだったが、部屋の中に居るのが私とヘーゼルだけだと分かると、いつものジト目無表情に戻った。

「ビックリするからノックしてから入って来て!?」
「ああ、その毛玉が話しったんか」
「ア!?」

 どうやらヘーゼルの人語ボイスを聞きつけて、誰か侵入者が居るかもしれないと思ったらしい。

 が、それはとりあえずどうでもいい。
 問題は、ヘーゼルが人語を喋っているという事を知られたかもしれないという点だ。

「ななな、なーにを言っているんだろうね? 動物が人語を喋れるわけがないでしょ? 私がヘーゼルに話しかけてただけだって」
「ねえちゃんは男ん声なんて出せんじゃろ。それに、前もそいつと話しったどれ」
「エッ嘘いつ!?」

 すっとぼけようとしたが、モズは前にもヘーゼルが喋っているのを見たことがあるようだった。
 確かに共同生活をしているからそのうちバレるかもしれないリスクはあったが、そんなバレるようなタイミングがあっただろうか。

「そういえば、彼と始めて合った時は、普通に彼の前で話していたね」
「……言われてみればそうだわ!」

 バレてしまったからか、最早隠す素振りすら見せず、ヘーゼルは普通に流暢に人語を話した。

 彼の言う通り、モズと始めて会った時、逃走中に思いっきりヘーゼルと話していた事を思い出す。ついでに、二度目の戦闘時にも、ノルトラインさんと会う前は普通に話していた記憶がある。
 当時は仲間にするなんて考えてすら居なかったから油断していた。

 少し考えて、私はモズの両肩を掴み、屈んで目線を合わせて彼に言った。

「いいかい、モズ。ヘーゼルが喋れることは誰にも言っちゃいけないよ。いいね?」
「おん」
「普通の獣は人語を喋れないから、こんな風に流暢に人語を話す動物なんて見たら、普通の人だったら驚いちゃうんだ。だから秘密にするんだよ。わかるね?」
「おん」

 他にも、実験動物だの見世物だので連れ去られたりでもしたら困るという理由があるが、モズは子供だからあまり難しい話は止めておこう。
 人前で話しかけたら駄目だ、とも言おうかと思ったが、まあこの歳なら「あら動物に話しかけるなんて子供らしくて可愛いね」と思う人が多そうだし、とりあえずはいいだろう。

「でもねえちゃん」
「どうした」
「なしてこいつ喋れるん?」
「それは僕が――もごっ」
「どうしてだろうねぇ~~~~~ちょーっと私にもわかんないかなぁ~~~~~」

 慌ててヘーゼルの短いマズルを押さえて発言を中断させた。
 ヘーゼル、喋れる相手が増えたからって余計なことを言うんじゃない。自称神とか、世界を救いに来たとか、現実だと痛すぎる。

 ただ、もしも、の話だが。
 この先、ゲーム本編とは展開が大きく変わるような事があれば、全てを話して協力してもらわなければならないだろう。
 それまでは、秘密にしておいて良い。
 別に、情報共有しなければならない必要な情報ではないのだから。
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