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本編
第22話「青の令嬢着ぐるみ、金の皇子着ぐるみの背中を押す」
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学院に併設されている寮は、全生徒を収容する巨大な建物だ。男女で建物は分かれているが、間には互いが交流することができる食堂や談話室が設けられている。それぞれの建物にももちろん存在はするが、男子生徒は女子寮の中へ立ち入ることは禁止されているし、その反対もまた禁止となっているため、学院外で会おうとするならばこの間にある食堂か談話室を利用することになる。
談話室は誰でもいつでも自由に使うことのできる大部屋と、利用申請をして少人数で使う小部屋が存在する。鍵はないが小部屋の利用には申請が必要になり時間制限もある。その小部屋の談話室で、
アレクとエイレーンが向き合っていた。
「………」
「………」
しばらく無言が続く。
沈黙を取り繕うために、2人は互いにしばらく手にした飲み物を口に入れることで場をしのいでいた。
「殿下は」
エイレーンに呼ばれ
アレクがようやく、顔をあげエイレーンを見た。
「殿下はもう、サンチェ子爵令嬢とお話合いはされたのですか?」
「…いや、まだだ。彼女が停学あけてからと思ってな。停学中に呼び出すわけにもいかない。」
職員会議から四日。公爵令嬢を貶めようとした子爵令嬢の自作自演が露見し、子爵令嬢は謝罪と反省文の提出によって現在停学中である。
「あら」
と。
エイレーンが微笑んだ。
「なんだかんだと言って理由をつけて逃げてるのではなくて?」
「…っエイレーン……」
アレクはぐしゃりと顔を歪め、
それから困ったようにエイレーンを見つめる。
「ふふ。冗談ですわ、アレク」
「エイレーン」
今度は楽し気に笑ったエイレーンの笑顔に、
アレクも安堵の笑みになる。
「ユーリア様を見習って言ってみただけですわ。ちょっと意地悪でしたわね」
「…いや。言われて当然だ。……エイレーン…本当に申し訳なかった」
「…謝罪ならもうきちんとしていただいてるわ。わたくしは怒っても傷ついてもいないって言ったでしょう?」
「だが……」
実際、子爵令嬢からの謝罪など、謝罪と呼べるようなものではなかった。それでも受け入れ、停学だけですんだのは、エイレーンがそれを許したからだ。エイレーンが一言許せないと訴えれば、子爵令嬢はすぐにでも学院を放逐され、子爵家共々重い責を負うことになっていただろう。
「あの子だけを罪に落としていたら、アレク達は一生責任を感じ続けるでしょう?」
暗にそんな必要はないのだと、エイレーンはアレクに微笑んだ。
エイレーンの指摘通り、アレクは今回のことを重く受け止め責任を感じていた。実際に彼のしたことはエイレーンと婚約中の身でありながら他の令嬢に心を奪われ、その本性を見抜けないままほんのひと時周りが見えなくなっていただけとも言える。エイレーンの冤罪には無関係であるし、その時にはすでに目を覚ましエイレーンを擁護している。故にアレク達に罪が問われることはなかったが、自分の浅はかさが起こした事件だと考えているアレクは、子爵令嬢だけが罪に問われていたら
未成年で学生だからこそとも言えるこの青春の過ちを一生悔い続けたことだろう。
それを見越して、エイレーンは子爵令嬢を許したのだ。
そのことを充分に理解しているアレクは、改めてエイレーンに彼女を許してくれたことへの感謝と謝罪をと、
ここにエイレーンを呼ぶことにしたのである。
「一週間たって彼女が戻ってきて…それでも変わっていなかったら。その時はもう、アレク達には関係ないわ。だから、気にすることはないですわ。」
「……っエイレーン…」
エイレーンもまた、アレクとは幼馴染である。シルヴィ達に混じって一緒に遊ぶことはなかったが、アレクとは年も身分も近いということで幼い頃時々皇宮に連れられて行った時には必ずアレクが遊び相手をしてくれていた。特別な仲とまではいかなかったが、それなりの関係は築いていた2人である。
「少し前はわたくし、自分でもおかしかったと思うわ。いつも苛々してアレクにあたって……自分じゃないみたいに意地悪で。」
「わたしの方こそ。エイレーンの注意をわずらわしい嫉妬などと愚かなことを考えていた…」
エイレーンのする真っ当な注意まで、不当と思っていたのだ。
「わたくし達の間にあるのは初めから親愛でしたわ。陛下がわたくし達の婚約を決めたあの日から、徐々に距離が開いていきましたわね…」
「そう…だな」
何故なのだろう、と思う。婚約する前は男女の違いはあれどそれなりに仲の良い幼馴染だった。けれど婚約が決まり、自分の意思を問われることなく結ばれた婚約に不満を感じるようになり…だんだんと距離が開いていきよそよそしくなった。表面上は互いにうまくやっていたから、それを見抜いていた者はいなかっただろうが。
もしもあのまま。
婚約することなく今を迎えていたら。
2人の関係はもう少し違ったものになっていたかもしれない。異性として、互いに意識をして…強制されることなく自分達の意思で婚約を結んでいたかもしれない。それくらいの仲ではあったのだ。
だが…
今となっては時間は戻せない。どれほど悔やんでも過ぎてしまった時はやり直すことはできないのだ。
強制的な婚約によって育まれていたかもしれない愛情は育つことなく、
ただよそよそしいばかりの政略結婚の相手になった。
その婚約が解消されたことで手に入ったのは、婚約する以前と同じ幼馴染で友人という関係。
互いにもう、自分達の関係がここから変わることはないだろうと理解していた。これを乗り越えても生まれたのが愛情ではなく親愛だったのだ。今後もこれが変化することはない。
「わたくしの皇子妃教育は学院を卒業してからということになっていましたし、解消になっても何の問題もございませんでしたわ」
まるで初めから決められていたかのように。
こうなることがわかっていたかのような不可思議さで、
アレクとエイレーンの婚約が解消となっても何の問題もなかった。
「エイレーン…君には幸せになってもらいたい」
アレクは真摯な瞳でエイレーンに願った。
心からの偽りのない願いであった。
「…ありがとうございます。わたくしも、アレクには幸せになってほしいと願っていますわ」
もう2人の間に愛という情が育つことはなくなってしまった。
それが少し、残念ではあるけれど。
互いの幸せを願う心に嘘はなかった。
「アレクと陛下の配慮でわたくしの評判に傷はついておりません。大丈夫ですわ、わたくし、選り取り見取りですわ」
エイレーンのその言葉に
アレクがまた困ったように笑った。
「ばれまして?ええ、またユーリア様の真似ですわ」
「………エイレーン。君は…兄上のことをどう思う?」
「…皇太子殿下、ですか?」
予想外の名前を出されて
エイレーンがきょとんと首をかしげた。
「いや、わたしが言うことじゃないか…。でもエイレーン。君はきっと幸せになれる。」
その言葉に
今度はふわりと
優しい笑顔でエイレーンは笑った。
「ありがとうございます。アレクも、ですわよ…?」
「っわたし、は……」
「駄目ですわ。罪悪感にかられすぎて、自分のことは後回しにするおつもりでしょう?」
「しかし……」
アレクの迷いに、エイレーンが背中を押す。
「ユーリア様は素敵な方ですわ。きっとアレクを幸せにしてくれます。」
「エイレーン……」
ユーリアがアレク達を怖がっていることは知っているが、それは皇子という身分などのせいだと思っているエイレーンに悪気はない。慣れていけばそれも気にならなくなるはずだという考えている。
「早くしないと誰かに先にとられてしまいますわよ?」
「…っ……、シルも…なんだ…」
「まあ」
アレクが苦笑する。
「同じことを繰り返すわけにはいかないだろう?そんなことをすれば…もう誰もわたし達のことを信用してくれない。」
「馬鹿ですわね、ユーリア様のたった一人に選ばれればいいだけではないですの。」
「そう…だな。」
「わたくしに遠慮して、行動を起こせなかったのでしょう?わたくしより先に幸せになるわけにはいかないとか…アレクなら考えていたのではなくて?」
「エイレーン…」
ずばり言い当てられて、
またもアレクは苦笑するより他なかった。
「わたくしが許すのです。誰に文句言われることもないですわ。ね?」
こうして、
悪役ではなくなった青の令嬢着ぐるみが背中を押し
金の着ぐるみ皇子もまた
ユーリア争奪戦に加わっていくことになるのだった。
※2体の着ぐるみで想像してお読みください
談話室は誰でもいつでも自由に使うことのできる大部屋と、利用申請をして少人数で使う小部屋が存在する。鍵はないが小部屋の利用には申請が必要になり時間制限もある。その小部屋の談話室で、
アレクとエイレーンが向き合っていた。
「………」
「………」
しばらく無言が続く。
沈黙を取り繕うために、2人は互いにしばらく手にした飲み物を口に入れることで場をしのいでいた。
「殿下は」
エイレーンに呼ばれ
アレクがようやく、顔をあげエイレーンを見た。
「殿下はもう、サンチェ子爵令嬢とお話合いはされたのですか?」
「…いや、まだだ。彼女が停学あけてからと思ってな。停学中に呼び出すわけにもいかない。」
職員会議から四日。公爵令嬢を貶めようとした子爵令嬢の自作自演が露見し、子爵令嬢は謝罪と反省文の提出によって現在停学中である。
「あら」
と。
エイレーンが微笑んだ。
「なんだかんだと言って理由をつけて逃げてるのではなくて?」
「…っエイレーン……」
アレクはぐしゃりと顔を歪め、
それから困ったようにエイレーンを見つめる。
「ふふ。冗談ですわ、アレク」
「エイレーン」
今度は楽し気に笑ったエイレーンの笑顔に、
アレクも安堵の笑みになる。
「ユーリア様を見習って言ってみただけですわ。ちょっと意地悪でしたわね」
「…いや。言われて当然だ。……エイレーン…本当に申し訳なかった」
「…謝罪ならもうきちんとしていただいてるわ。わたくしは怒っても傷ついてもいないって言ったでしょう?」
「だが……」
実際、子爵令嬢からの謝罪など、謝罪と呼べるようなものではなかった。それでも受け入れ、停学だけですんだのは、エイレーンがそれを許したからだ。エイレーンが一言許せないと訴えれば、子爵令嬢はすぐにでも学院を放逐され、子爵家共々重い責を負うことになっていただろう。
「あの子だけを罪に落としていたら、アレク達は一生責任を感じ続けるでしょう?」
暗にそんな必要はないのだと、エイレーンはアレクに微笑んだ。
エイレーンの指摘通り、アレクは今回のことを重く受け止め責任を感じていた。実際に彼のしたことはエイレーンと婚約中の身でありながら他の令嬢に心を奪われ、その本性を見抜けないままほんのひと時周りが見えなくなっていただけとも言える。エイレーンの冤罪には無関係であるし、その時にはすでに目を覚ましエイレーンを擁護している。故にアレク達に罪が問われることはなかったが、自分の浅はかさが起こした事件だと考えているアレクは、子爵令嬢だけが罪に問われていたら
未成年で学生だからこそとも言えるこの青春の過ちを一生悔い続けたことだろう。
それを見越して、エイレーンは子爵令嬢を許したのだ。
そのことを充分に理解しているアレクは、改めてエイレーンに彼女を許してくれたことへの感謝と謝罪をと、
ここにエイレーンを呼ぶことにしたのである。
「一週間たって彼女が戻ってきて…それでも変わっていなかったら。その時はもう、アレク達には関係ないわ。だから、気にすることはないですわ。」
「……っエイレーン…」
エイレーンもまた、アレクとは幼馴染である。シルヴィ達に混じって一緒に遊ぶことはなかったが、アレクとは年も身分も近いということで幼い頃時々皇宮に連れられて行った時には必ずアレクが遊び相手をしてくれていた。特別な仲とまではいかなかったが、それなりの関係は築いていた2人である。
「少し前はわたくし、自分でもおかしかったと思うわ。いつも苛々してアレクにあたって……自分じゃないみたいに意地悪で。」
「わたしの方こそ。エイレーンの注意をわずらわしい嫉妬などと愚かなことを考えていた…」
エイレーンのする真っ当な注意まで、不当と思っていたのだ。
「わたくし達の間にあるのは初めから親愛でしたわ。陛下がわたくし達の婚約を決めたあの日から、徐々に距離が開いていきましたわね…」
「そう…だな」
何故なのだろう、と思う。婚約する前は男女の違いはあれどそれなりに仲の良い幼馴染だった。けれど婚約が決まり、自分の意思を問われることなく結ばれた婚約に不満を感じるようになり…だんだんと距離が開いていきよそよそしくなった。表面上は互いにうまくやっていたから、それを見抜いていた者はいなかっただろうが。
もしもあのまま。
婚約することなく今を迎えていたら。
2人の関係はもう少し違ったものになっていたかもしれない。異性として、互いに意識をして…強制されることなく自分達の意思で婚約を結んでいたかもしれない。それくらいの仲ではあったのだ。
だが…
今となっては時間は戻せない。どれほど悔やんでも過ぎてしまった時はやり直すことはできないのだ。
強制的な婚約によって育まれていたかもしれない愛情は育つことなく、
ただよそよそしいばかりの政略結婚の相手になった。
その婚約が解消されたことで手に入ったのは、婚約する以前と同じ幼馴染で友人という関係。
互いにもう、自分達の関係がここから変わることはないだろうと理解していた。これを乗り越えても生まれたのが愛情ではなく親愛だったのだ。今後もこれが変化することはない。
「わたくしの皇子妃教育は学院を卒業してからということになっていましたし、解消になっても何の問題もございませんでしたわ」
まるで初めから決められていたかのように。
こうなることがわかっていたかのような不可思議さで、
アレクとエイレーンの婚約が解消となっても何の問題もなかった。
「エイレーン…君には幸せになってもらいたい」
アレクは真摯な瞳でエイレーンに願った。
心からの偽りのない願いであった。
「…ありがとうございます。わたくしも、アレクには幸せになってほしいと願っていますわ」
もう2人の間に愛という情が育つことはなくなってしまった。
それが少し、残念ではあるけれど。
互いの幸せを願う心に嘘はなかった。
「アレクと陛下の配慮でわたくしの評判に傷はついておりません。大丈夫ですわ、わたくし、選り取り見取りですわ」
エイレーンのその言葉に
アレクがまた困ったように笑った。
「ばれまして?ええ、またユーリア様の真似ですわ」
「………エイレーン。君は…兄上のことをどう思う?」
「…皇太子殿下、ですか?」
予想外の名前を出されて
エイレーンがきょとんと首をかしげた。
「いや、わたしが言うことじゃないか…。でもエイレーン。君はきっと幸せになれる。」
その言葉に
今度はふわりと
優しい笑顔でエイレーンは笑った。
「ありがとうございます。アレクも、ですわよ…?」
「っわたし、は……」
「駄目ですわ。罪悪感にかられすぎて、自分のことは後回しにするおつもりでしょう?」
「しかし……」
アレクの迷いに、エイレーンが背中を押す。
「ユーリア様は素敵な方ですわ。きっとアレクを幸せにしてくれます。」
「エイレーン……」
ユーリアがアレク達を怖がっていることは知っているが、それは皇子という身分などのせいだと思っているエイレーンに悪気はない。慣れていけばそれも気にならなくなるはずだという考えている。
「早くしないと誰かに先にとられてしまいますわよ?」
「…っ……、シルも…なんだ…」
「まあ」
アレクが苦笑する。
「同じことを繰り返すわけにはいかないだろう?そんなことをすれば…もう誰もわたし達のことを信用してくれない。」
「馬鹿ですわね、ユーリア様のたった一人に選ばれればいいだけではないですの。」
「そう…だな。」
「わたくしに遠慮して、行動を起こせなかったのでしょう?わたくしより先に幸せになるわけにはいかないとか…アレクなら考えていたのではなくて?」
「エイレーン…」
ずばり言い当てられて、
またもアレクは苦笑するより他なかった。
「わたくしが許すのです。誰に文句言われることもないですわ。ね?」
こうして、
悪役ではなくなった青の令嬢着ぐるみが背中を押し
金の着ぐるみ皇子もまた
ユーリア争奪戦に加わっていくことになるのだった。
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