転生した世界のイケメンが怖い

祐月

文字の大きさ
上 下
2 / 66
本編

第1話「眼鏡の銀着ぐるみは性格が悪い」

しおりを挟む
帝国の首都にある学院は、13歳から18歳までの貴族の子女が通うことを義務づけられている全寮制である。通常貴族の子女につく侍女や侍従はこの学院ではつけることを許されていない。将来人の上に立つ者としての教育の一環で、大人になる前に一通りの身の回りのことは自分でできるように、かつ、働く者の気持ちや苦労を少しでも理解できるようにという配慮から学院に通う5年間だけは侍女も侍従もつけることを許されていないのだ。

もちろん、貴族の子女に掃除や洗濯などの家事までさせることはない。そういったことは学院に雇われている者が請け負っており、貴族の子女が自分でやることといえば本当に自分の身の回りのことだけだ。それでも実家で着替えに至るまでの全てを使用人の手を借りてしてきた人間にとっては初めは戸惑い、困ることも多い。だがここでは爵位や権力を振りかざすことを校則で禁止されているし素直に教えを請えば教えてはもらえるので数ヶ月もすれば大概の者は自分の身の回りのこと程度はできるようになる。

その、全寮制の一室で

わたし、ルドフォン伯爵令嬢ユーリアは今日もうっとり鏡を眺めていた。

「可愛い…生まれ変わってよかった……」

身支度をするために鏡の前に立つと大概数分は自分の顔を見てうっとりしてしまう。この世界での美的感覚ではわたしは平凡程度の容姿になるが、前世の記憶と照らし合わせれば充分可愛い部類に入る。柔らかそうな栗色の髪の毛はさらさらでまだ17歳の肌はぴちぴち、二重の瞳はぱっちりしてて大きめだし鼻の筋は通っていて綺麗だ。残念ながら美人の部類ではなく可愛いの部類にはなるが、前世ならご当地アイドルくらいなら…いや、頑張れば脇役専門女優くらいにはなれるんじゃないだろうか。

前世の自分の姿がどんなものだったかは覚えていないが、ここまで可愛くなかったような気がする。

「その上…この太りにくい体質!最高!!」

ほどよい大きさの胸にくびれのある腰、すらりとした足は、少々不摂生をしたくらいでは変わらない。おそろしいので暴飲暴食は控えてはいるものの、どうも体質的に太りにくいようだ。前世では喉から手が出るほどほしかった理想の体系におしゃれも楽しい。つい毎朝、鏡を見てうっとりしてしまうのも仕方ない。

この世界ではこの容姿は特別可愛くもないと知っているから、こうしてうっとりするのは自室に一人の時だけにしているけれど。

さて、そろそろ登校する時間だ。

時計を見て時間を確認すると、
鞄を手に自室を後にした。










この学院に入学して3年半、あと1年半通えば卒業となるすっかり通いなれた学院の教室へ入った瞬間、わたしは一瞬顔をしかめて動きを止めた。

珍しい…来てる。

すぐに表情を戻し自分の席に向かう。あまりに目立つ容姿になるべく視線をやらないよう意識しながらそっと小さく溜息をついた。

「ごきげんよう、ユーリア様」

「ごきげんよう、レイチェル様」

にこやかに挨拶を交わすのは仲良くしてもらっている友人のイートン伯爵家のレイチェル様。同じ伯爵令嬢なことから入学してわりとすぐに仲良くなった。艶のある真っ直ぐな黒髪が綺麗な美人系少女だ。つくづく、この世界の美的感覚には納得いかない。

鞄を置いて教科書などを机にしまうとレイチェル様が声をひそめる。

「気づきました?シルヴィ様が珍しく授業を受けるおつもりのようですわ」

「ええ…近頃では教室でお見かけすることも少なかったですのにどうしたのでしょうね」

件の着ぐるみーズの一人、侯爵子息のシルヴィ様は残念ながら同じクラスだ。銀色の長髪を緩く結っている眼鏡をかけた着ぐるみ。子爵令嬢に侍っている一人。わたしの目には等しく着ぐるみにしか見えないが、一般的には涼やかな目元のクールな美貌と高い身分が人気だった。

だがそれも子爵令嬢を追いかけまわすようになるまでのこと。半年前、途中編入してきた子爵令嬢に恋してしまったらしい彼はわかりやすくアプローチを初め、彼女を囲う一人に成り下がってからは令嬢達からの人気は急下降、今では距離を置かれている。元々令嬢達と親しく話をするタイプではなかったので気づいていないかもしれないけれど。

「侯爵家で何か言われたのではありません?あまりにみっともない行動でしたもの。」

レイチェル様もなかなか手厳しい。

「わたくし達学生の本分は勉強ですものね。恋することが悪いとは申せませんが…」

別に恋することが悪いとは思わない。その相手が身分的に低い相手だとしても。好きになってしまうことは自分でもどうしようもないことだ。前世の記憶があるばかりに、わたしは着ぐるみーズの行動をあまりとやかく言う気にはなれなかった。

シルヴィ様に婚約者はいないし、アレク皇子殿下と違ってそこまで責められることでもないと思ってしまう。一人の令嬢に複数の子息が…という図は、見ていて気持ちのいいものではないのはわかるけれど。

着ぐるみだからなぁ。

そういう感情も沸かないわ。

あくまでキャラクターショーの観客の気分が抜けない。

でも勉学を疎かにしてるところは責められても当然だわ。
わたし達貴族の生活を支えているのは領民で彼らが働いて納める税金があってこそ。その税金でわたし達は食べ物を食べ、着る物を着て、教育を施されている。この学院に通うための資金も元はといえば領民達の税金。それなのに恋にばかり現を抜かして勉学を疎かにするのはいかがなものか。

レイチェル様以外の他の生徒達も珍しく教室に一人でいるシルヴィ様に興味津々のようで視線が離せないでいる。わたしも、別の意味で視線を離せない。

やっぱりどう見ても着ぐるみ…!

シルバーのその髪の毛もどこから見ても立派な毛糸です、マフラーでも編めそうです…!

「そろそろ先生が来ますわよ、レイチェル様」

「まあ、もうこんな時間ですのね。ではまた後で、ユーリア様」

「ええ」

やがて教室の前の扉を開けて入ってきた教師はほっとするほど普通の人間で、
わたし達と同じように一瞬だけシルヴィ様の姿に反応を見せたものの

「では本日の授業を始めます」

すぐに何事もなかったように授業を始めた。










「シルヴィ様、真面目に授業を受けていましたわね」

失望した、とは言っても注目の的には変わりがないシルヴィ様。
レイチェル様のそれももしかしたら以前のシルヴィ様に戻ってくれるのではという淡い期待を感じる。

「そうですね」

昼休みに入り、シルヴィ様はすぐに教室から出ていったけれどどこのグループも話題の種は今日のシルヴィ様だろう。
食堂へ向かう廊下を歩きながらレイチェル様が話すのもシルヴィ様のことだ。

わたしは授業に集中できなくて困ったわ…。

遠い目になる。
シルヴィ様が授業を休むことのなかった以前から、同じクラスにあの着ぐるみーズがいることにわたしは内心疲れていたのだ。

だって、着ぐるみよ。
二次元のアニメキャラの姿してるのよ。
身体も普通の人より1.5倍くらい大きいのよ。

どうしたって目につく。

見るつもりはなくても目に入る。おかげでなかなか授業に集中できない。
わたしより前の席に座ってたら見ちゃうし、かといって後ろに座られてもあの無機質な瞳で見られている気がして怖くてたまらないし、だったらいっそ前の席に座ってもらったほうが心臓にいいかもしれないなどと、一人勝手にあれこれ採決を取ったこともあるほどだ。

とにかく違和感が半端ない。

同じ教室内にアニメキャラの着ぐるみの生徒…。

「それよりレイチェル様、今日のランチは何にします?」

やめよう。
楽しい昼休みまで着ぐるみに侵食されたくない。

「いつもシェフのおすすめばかりですからたまには自分でお決めになるのも楽しいですわよ?」

「だって優柔不断で迷ってしまうんですもの」

微笑み合いながら食堂の扉に手をかけた。

その時だった。

「っっいたっ」

開けようと手をかけた扉が、中からも誰かが出ようと押したようで押し負かされ、思い切り顔面にぶつかった。

「~~いったぁ…」

思わず令嬢言葉ではない素が出る。顔を抑えて蹲る。

「ユーリア様!大丈夫ですか?!」

レイチェル様が蹲るわたしに駆け寄って覗き込む。

「大…丈夫、ですわ……」

涙目になりながらも顔をあげ、痛みの原因を確認すべく視線を向けた。

「シルヴィ…様……」

そこに立っていたのは
扉に手をかけた状態でこちらを無表情で見下ろす、

着ぐるみーズのシルヴィ様だった。

「………」

「…………」

なんでこの着ぐるみ、何も言わないの?

見つめ合うこと数秒、互いに無言が続いている。シルヴィ様は謝罪の言葉も大丈夫かの一言もない。

え、この着ぐるみしゃべるんだったよね?
やっぱりしゃべれないの?

こんなに近くで見たのは初めてだけど近くで見ても着ぐるみ。布と毛糸とビー玉だわ。

「あの…」

沈黙に耐えかねて、レイチェル様が話しかけたのを

「邪魔です。」

シルヴィ様が遮った。

…は?

やっぱりこの着ぐるみしゃべれるの?
ていうか邪魔って何。

状況的に考えてどちらも悪くはない。悪かったのはタイミングだ。
でも人としてこういう時は謝って大丈夫くらい言うものじゃないの?!わたしの方は「こちらこそすみません」とか言おうとしてたんだけど?!

「いつまでこれ見よがしに座り込んでる気ですか。どうせ痣にもなっていないでしょう。」

………はぁぁぁあああああ??!!

なにこの着ぐるみ!!

着ぐるみのくせに!
性格が悪い着ぐるみって最悪!
子供に夢を見せるための存在なのに!

「早くどいていただけませんか。わたしの注意をひくつもりなら無駄ですよ。わたしにはルルだけですので。」

だ・れ・が、着ぐるみの気をひきたがってるって?!

ていうか着ぐるみなのに口が動いてる!目が瞬いてる!すごいどういう仕組みなの怖さ倍増なんだけど!!

「聞いてますか」

「…聞いてますわ」

心の叫びは顔には出さず、わたしは立ち上がると目の前の着ぐるみを見上げた。

「お互いにタイミングが悪かったとはいえ、申し訳ありませんでしたわ、シルヴィ様。ですがわたしがあなた様の気をひきたいがために蹲ったという誤解は侮辱ですのでおやめくださいませ。」

侮辱だ!
名誉毀損だ!
着ぐるみに恋する性癖はない!

「では、ごきげんよう」

シルヴィ様の脇を通り過ぎ食堂に入る直前

「性格悪っ」

わたしが悔し紛れに呟いた小さな一言を拾いとったシルヴィ様が

驚いた顔でわたしのことを振り返っていたことを


この時のわたしは知らなかった。
しおりを挟む
感想 631

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームに転生した世界でメイドやってます!毎日大変ですが、瓶底メガネ片手に邁進します!

美月一乃
恋愛
 前世で大好きなゲームの世界?に転生した自分の立ち位置はモブ! でも、自分の人生満喫をと仕事を初めたら  偶然にも大好きなライバルキャラに仕えていますが、毎日がちょっと、いえすっごい大変です!  瓶底メガネと縄を片手に、メイド服で邁進してます。    「ちがいますよ、これは邁進してちゃダメな奴なのにー」  と思いながら

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました

空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。 結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。 転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。 しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……! 「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」 農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。 「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」 ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)

悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)

どくりんご
恋愛
 公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。  ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?  悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?  王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!  でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!  強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。 HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*) 恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

転生したら乙ゲーのモブでした

おかる
恋愛
主人公の転生先は何の因果か前世で妹が嵌っていた乙女ゲームの世界のモブ。 登場人物たちと距離をとりつつ学園生活を送っていたけど気づけばヒロインの残念な場面を見てしまったりとなんだかんだと物語に巻き込まれてしまう。 主人公が普通の生活を取り戻すために奮闘する物語です 本作はなろう様でも公開しています

処理中です...